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<title>ヒット商品応援団</title>
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<description>日記で綴るマーケティング着眼（日記内文章の無断転用を禁じます）</description>
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<title>2009年雑感</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2009-ef0c.html</link>
<description>日本にはあり余るほどの豊かな過去という資源を持ち、それらを工夫することによって次の時代、ポストモダンへと向かうことが出来る。近代という合理性を求めた経済世界からこぼれ落ちてしまったものが、実は地方に埋もれたままとなっている。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No431（毎週2回更新） 　2009.12.27.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここ2週間ほど、日経ビジネス、エコノミスト、東洋経済、ダイヤモンド各誌の2010年の予測特集を読んできた。リーマンショック以降の出口の見えない大不況、デフレはこれからも続くといった認識は共通しているが、毎年巻頭に組まれている日経ビジネスの提案は一つの着眼となっている。「常識を捨てた者が生き残る！」とし、そのためには「応変」「個客」「自立」の3つのキーワードを掲げている。私の言葉に直すと、前回書いた異端児、ビジネスアーチストとなるが、何か10年前の「顧客満足」が主要なテーマであった時代、その原点回帰のように思える。&lt;br /&gt;
来年から始まるNHKの大河ドラマ「龍馬伝」を踏まえてのこともあって、書店には明治維新や坂本龍馬に関する雑誌や書籍が平積みされている。ここ数年、和回帰を筆頭に多くの回帰現象を消費の視点で見てきたが、今年は特に歴史や過去へと遡る現象が多発した一年であった。坂本龍馬を始め、歴史・過去の中に何を見出すのか、これが最大課題である。単なる英雄待望論的なものに終わるのか、それとも未来への何かを見出しえるのか、ここ当分の間はそうした論議が続くであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「気分の時代」といったのは誰であったか忘れてしまったが、昨年末のような年越し派遣村といった暗いニュースがないにもかかわらず、うっとうしい位の重苦しさが漂っている。デパ地下のおせち予約も高額のものは売れず、上野アメ横の正月商品であるいくらや数の子といった商品も既に20〜30％引きの安売りが始まっている。年末年始の近場の韓国旅行は依然として人気は高いが、激安ツアーは国内も同様で更に価格を下げた販売がこれでもかと続いている。&lt;br /&gt;
移動は消費のバロメーターであるが、今年の夏のお盆休みもそうであったが、年々故郷への帰省人口は少なくなっている。私の世代であると、老いた両親を呼んで同居するか、あるいは既に亡くなり、帰る故郷がない。この傾向は若い世代にとって顕著で、もはや第二の故郷づくりを自分で目指すしかなくなっている。自宅での巣ごもり正月となり、何か消費氷河期の入り口に来ている感すらする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大掃除をしながら書籍や雑誌を整理していたが、ああそう言えばあの頃印象深く読んだ本で当時の記憶を呼び戻した本が何冊か出てきた。最近といっても7年ほど前であったが、リゾートの沖縄ではなく、もう一つの沖縄に魅せられて一人旅を更に促した一冊が作家陳舜臣の「沖縄の歴史と旅」であった。1993年NHKの大河ドラマ「琉球の嵐」の原作を書かれたのが陳舜臣であるが、沖縄の今を読み解きながら旅するにはとても良い一冊で、私の沖縄理解の土台となった本である。&lt;br /&gt;
もう一冊は、黄色く変色した岩波新書の「古事記の世界」（西郷信綱著）である。西郷信綱先生は私が在籍した大学の文理学部の教授で、当時商学部に居た私が簿記など商学部の講義に興味を覚えず、何回か相談した先生である。「文学なんかは社会人になってもいつでもできるから」といって、社会学のゼミに転学部させてくれた方であった。その西郷信綱先生の「古事記の世界」の序文「古事記をどう読むか」を思い起こした。歴史や過去をどう読み解くのかという良き方法なので活用されたらと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『・・・・たとえば、古事記を理解しようとするには、現代という椅子に腰をおろしたままふり返って眺めるのではなく、古事記の世界に実践的に入り込んで行き、古代人と親しく交わるようにしなければならない。』&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、古代人と同じ言葉で対話することだと続き、フィールド・ワークという対話の重要性を説いている序文である。フィールド・ワークを現場に置き換えてもかまわない。現場で何事かを感じ取ることこそが重要であると説いてくれており、今なおその着眼は新しい。&lt;br /&gt;
前回「ポストモダン」について触れたが、日本にはあり余るほどの豊かな過去という資源を持ち、それらを工夫することによって次の時代、ポストモダンへと向かうことが出来る。近代という合理性を求めた経済世界からこぼれ落ちてしまったものが、実は地方に埋もれたままとなっている。埋もれたままを都市という舞台に上げても、「古事記の世界」ではないが、そこには対話は成立しない。そこにどんな工夫が必要なのか、マーケッターの課題だ。そして、そのことは価格競争を超える一つの方法であろう。つまり、文化という固有性は何物にも代え難い価値を持っているということだ。&lt;br /&gt;
この一年、ブログをお読みいただきありがとうございました。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-27T13:21:30+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2010-6ded.html">
<title>2010年予測　　ビジネスアーチストの時代へ　</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2010-6ded.html</link>
<description>異端児こそ、この時代には必要である。そして、願望を込めてだが、デフレ時代を切り拓くビジネスアーチストの時代が来ていることだけは間違いない。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No430（毎週2回更新） 　2009.12.23.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年の元旦、出口の見えない時代の踊り場から「次」を見出す試み、既成を破壊するための人物を称し、「出てこい異端児」と呼びブログに書いた。一年経ったが、残念ながらそうした異端児は現れてこなかった。いや、未だ悪戦苦闘しており、ビジネスの表舞台には登場していないだけであると確信している。「明日というものは、無名の人たちによって今日つくられる」と指摘したのは、あのP.ドラッカーであるが、町工場で、商店街の片隅で、あるいは山間のどこかで無名の人達が、世間を、世界を驚かそうと繰り返しトライしていると思う。2010年6月W杯が南アフリカで開催されるが、日本代表監督の岡田武史氏はW杯4強を目指し、十分可能性はあると語っている。くだけた言葉に置き換えれば、”世界を驚かそうじゃないか”ということだ。コトの大きさや困難さの違いはあれ、無名の人もW杯の代表選手も監督も、とんでもない何かをしようとすることにおいては同じである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この2年ほど価格についてのブログが多かった。付加価値といった生半可なこだわり程度では、目の前の大きな価格差の前では何の役にも立たない、そう書いてきた。10年間で100万円の所得が減少した時代の生活である。マクロ経済の専門家は需給ギャップが30数兆円に及んでいると言うが、所得が更に減少し続けることが予測される時代に、どんな需要を創れば良いのであろうか。政府のデフレ宣言と共に発表された10月の消費者物価指数は前年同月比2.5％の下落であった。デフレ脱却には大きな財政出動と金融緩和策が必要であると言われているが、消費は所得の関数である。以前、欲しい商品がないのか、それとも欲しくても買えないのか、そうしたテーマでブログを書いたが、一部富裕層やシニア世代を除き、圧倒的に後者の生活者が増大した。流通を中心にエブリデーロープライス、エブリデーバーゲンとなり、更には総アウトレット化が進行した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「国滅んでユニクロ栄える」といったバカな経済学者がいたが、少し前からデフレの犯人探しが始まっている。デフレは結果であって景気低迷の原因ではない。もし犯人というのであれば需給ギャップであって、内需を創造すべく財政出動という議論がある。昨年末の年越し派遣村問題の時、地方自治体が直接一定期間雇用するといった方法がとられたが、それらは根本的な解決策ではない。エコカー減税・補助金、エコポイントも官製消費促進策であり、来年6月から始まるであろうこど子ども手当支援も景気を下支えする効果はあっても、デフレの根本的解決にはならない。価格は需要と供給のバランスの上で決まる。その価格はユニクロに代表されるように、地代、人件費、設備費、素材原価といった低コストの財を持つ東アジアや東南アジアで製造・供給される。そして今、生産拠点の様々なコスト上昇から、中国沿海部から内陸部へ、ベトナムやカンボジア、更にはラオスやネパールにまで及ぼうとしている。日本における財の価値が下がり、こうした新興国・途上国の持つ財が上昇し、一定のバランスがとれるまで、日本の財という価値はゆるやかに下がり続ける。つまり、今のままでは所得は下がり、デフレはこれからも続くということだ。これはグローバル経済のもつ構造的宿命である。このバランスはいつまで続くか、私はマクロ経済の専門家ではないのでわからない。しかし、金融政策を実施しても財政出動しても、当分の間デフレが続くことは間違いない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした時代にあって、「誰を顧客とするか」が極めて重要な課題であると書いてきた。同時に、「内」も「外」も無い時代であるとも。内を日本国内、外を海外と置き換えても良いし、内を地元、外をTOKYOと置き換えてもかまわない。内を既存顧客、外を新規顧客と置き換えることも出来る。&lt;br /&gt;
これは仮説であるが、前回書いたブログのキーワードである「ポストモダン」への着眼は、付加価値ではない、新しい価値創造の一つであると考えている。何故、欧米人が日本文化を「クールジャパン」と称し、アニメ、コミック、禅、サムライ、更には寿司や日本食レストラン、こうしたものに高い評価をするのか。一言でいえば、カルチャー、サブカルチャーを問わず、これらを産み出す日本の精神文化への高い評価としてあるからだ。機能と合理という単一的物差しで進化してきた欧米であるが、その行き詰りを脱却すること、ポストモダンの世界を多元的な日本の精神文化に見出しているからに他ならない。一つの事例であるが、以前「五感の取り戻し」というテーマで次のようにブログに書いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『実は音も合理化された音に囲まれている。最近は凋落傾向が激しい演歌であるが、日本は「こぶし」や「うねり」といった音楽感性をもった民族であった。古くは江戸時代に「虫聞き」といった風情ある遊びがはやっていたが、風鈴や鐘の音といった自然音は西欧音楽には無い世界である。実は、西欧もこうした自然音のような複雑な音階を使っていた。しかし、ピアノが大量生産されるようになり「12音階」に統一してしまった。音楽の合理化である。勿論、この合理化によって誰でもが演奏することも聞くこともできるようになった。あのマックスウェーバーが「音楽社会学」の中で「近代の音楽芸術作品は、われわれの楽譜という手段がなければ、生産することも伝承することも再生することもできない」と書いているが、合理化することによって進歩がなされてきた。そして、12音階に統一された西欧音楽が今日の私たちの音楽の基礎になっている。こうした12音階にはない、音符には表せない音楽は日本では民謡として、あるいはアフリカや中近東に今なお残っている。少し前のニュースで見た程度であるが、横浜で声明によるイベントがあり好評であったという。仏教音楽では高野山の声明が有名であるが、謡曲、民謡、浄瑠璃といった日本の伝統音楽は声明をそのルーツとしている。声明はまさに自然音に近く、私たちに「ゆらぎ感覚」といった心地よさを与えてくれる音楽だ。』&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は好きで良く沖縄に行くが、三線もその一つであろう。機能と合理という便利さに隠れ、足下にはどれだけの宝物が眠っているか、日本人は欧米の人たち、外からによって、「クールジャパン」という評価で気づかされている。タイトルの「ビジネスアーチスト」とは、芸術家がビジネスを行うという意味ではない。キャンバスからはみ出してしまう奔放なエネルギー。常識から外れた、ユニークさ。前例のない発想。そんな形容がふさわしいビジネスを起こす人間を、私はビジネスアーチストと呼ぶ。そんな異端児こそ、この時代には必要である。この一年そうした眼をもって消費市場を見てきたが、未だ現れてはいない。しかし、願望を込めてだが、デフレ時代を切り拓くビジネスアーチストの時代が来ていることだけは間違いない。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-23T13:20:44+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2010-004b.html">
<title>2010年予測　　エコライフ元年</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2010-004b.html</link>
<description>巣ごもり生活の中で熟成されつつあった考え、無駄をなくし、費用対効果を考え、財布にも環境にも優しいとした考えが、一つの価値観としてライフスタイルやその表現としての消費に更に広く進化して表れてくる。2010年は、エコロジーが日常化するという意味で、エコライフ元年になる。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No429（毎週2回更新） 　2009.12.20.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;予測は当たらないというのが私の持論であるが、P.ドラッカーの「すでに起こったことの帰結を見る」ことを通して、敢えて2010年以降の消費傾向、ライフスタイル変化について書いてみたい。&lt;br /&gt;
経済誌などの予測記事から離れ生活実感としてあるのが、エコライフ・エコ社会が本格的に始まるということであろう。これは仮説であるが、巣ごもり生活の中で熟成されつつあった考え、無駄をなくし、費用対効果を考え、財布にも環境にも優しいとした考えが、一つの価値観としてライフスタイルやその表現としての消費に更に広く進化して表れてくる。2010年は、エコロジーが日常化するという意味で、エコライフ元年になる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前政権によるエコカー官製販促支援が来年度も続くことが予定されている。今年度の目標である270万台が達成するか見極めることが必要ではあるが、市場は急速にHV車、電気自動車へと向っていることは間違いない。特に、三代目のプリウスが発売後1ヶ月で受注台数が18万台に至ったのも、価格が普通の車並みの200万円前後に設定されたことによる。二代目までのプリウスが「価格は高いが燃費は安く、5年乗れば元が取れる」という価格設定から、三代目は「3年で元が取れる」価格に設定されたことによる。&lt;br /&gt;
こうした価格設定への考え方と同様なのがLED電球である。今年の春、一般家庭向けに発売されたLED電球は競合商品の参入により、既に半額以下となっており、急速に広がっている。来年春には薄型TVへと本格的な導入が予定されており、あらゆる光関連分野に浸透していく。こうした一般家庭への浸透もそうであるが、既に新築＆リニューアル物件である商業施設は順次LED電球による照明へと転換している。&lt;br /&gt;
これら省エネ型商品に共通していることは、「初期購入（投資）は高いが、結果お得になる」省マネー型商品である。従来の概念「エコは大切にしたいがお金がかかる」という認識から、「エコはお得」という新しい価値観が急速に広がっていく。こうした新技術商品は一定の価格以下に量産されることにより、キラーコンテンツならぬキラープライスによって急速に市場拡大していく良き事例である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;既に一般家庭にも太陽光発電が浸透してきているが、自家消費分以外の電力の買い取り価格が、これも一定金額以上に設定されることによって、同様に「エコはお得」という価値観が更に生まれる。ここ数年、石油エネルギー（＝輸入依存）からの脱却を目指し、多くの新エネルギー開発が行われてきた。太陽光を始め、風力、地熱、海水、水力と。最近では、昔の水車のような小水力発電が山間の集落でテストされており、各家庭ごとの自給自足型エネルギー開発が進んでいる。こうした小さな単位でのエネルギー開発という地方でのインフラ整備は、次第にエコ・コミュニティ、エコ・ヴィレッジへと向かっていく。一方、エネルギー消費地である都市は無駄を削ぎ落とし、なおかつ都市鉱山と言われるようにリサイクルできるものを循環させる江戸時代のような生活へと向かう。&lt;br /&gt;
但し、既に米国では始まっているスマートグリッドのような双方向の送電網が全国に整備されたらのことである。エネルギー生産地は地方、消費地である都市はそれらエネルギーを購入するということである。既に、全事業所のエネルギー使用に対し石油換算による改正省エネ法が実施されることが決められている。こうした背景から、東京新丸ビルでは青森六ヶ所村の風力発電から直接電力購入を始めている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;リサイクルといったことについては「下取りセール」を始め、フードバンクやアウトレット等、循環型社会モデルである江戸時代の例を付け加えながら数多くブログに書いてきたのでここでは省略するが、これらは更に日常化するということだ。&lt;br /&gt;
ところで、数年前から単身世帯の増加を踏まえた個人化社会についてコメントしてきた。そのなかで、一番注目すべきは「単位革命」であると。食がそうであるように、無駄を省くには「小単位」にしなければならない。この「小」は「省」につながる極めて重要な着眼である。前述のエコカーもそうであるが、現時点での究極のエコカーは軽自動車であるとも言える。燃費ばかりか、税や保険、高速料金、メンテナンス費、・・・・HV車と比較してもかなりお得な車である。しかも、軽自動車のトップメーカーであるスズキは再資源化率も極めて高い。地方の場合、一人一台であり、こうした軽自動車は継続して売れていくであろう。一方、都市においては徐々にではあるが、カーシェアリングが浸透していく。所有から使用価値へ、しかもその使用は地球にも、財布にも優しいという価値観によってである。&lt;br /&gt;
また、リサイクルと共にこの1年間ブログのテーマとしてきたのが、自己体験型消費、安全安心を求めた消費生活である。食生活で言えば、顔の見える商品から始まり、自ら家庭菜園・ベランダ菜園で食材を育て料理するといった自己防衛生活である。都市郊外の休耕地利用についても農業委員会などの制度障壁はあるが、こうした休耕地利用のレンタル農業＆スクールといったものも更に流行るであろう。これもエネルギーにおける自給自足型生活と同じで、地産地消と共に食料自給率を上げ自立していく方法の一つである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2009年、過去に遡り「温故知新」ではないが、多くのヒット商品や社会現象が生まれた。阿修羅像ブーム、歴女（戦国BASARA）ブーム、ドラクエ9、機動戦士ガンダム、サントリー角ハイボール、ビートルズの復刻CD、オリンパスペンのレトロデザイン、・・・・・・遡る時間の差はあれ、それらは一見するとバラバラに見えるが、時代転換の踊り場に立って次を目指すための、「日本って何！」を探ることであった。こうした回帰現象を私はタイムトンネル型消費とネーミングしたが、それらを通じ「生き方が変わる」ということでもある。何回も書くようであるが、近代化によって忘れ去られ、失ってしまったものへの取り戻し、ある意味ポストモダンへの自覚がそうさせているのだと思う。俯瞰的な見方をすれば、欧米の「クールジャパン」評価も、こうしたポストモダンを評価してのことだ。&lt;br /&gt;
こうした過去・歴史を学ぶ先に江戸時代の生活・社会にたどり着くと私は考えている。今日のライフスタイルの原型は江戸時代につくられたものであるが、学ぶべきエコライフ・エコ社会の良きモデルだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;勿論、過去へと単純に戻るということでは決して無い。近代の経済合理主義からこぼれ落ちてしまったものや出来事を取り戻す、そうした意味でのポストモダンである。今年2月「おくりびと」がアカデミー賞の外国語映画賞を受賞したが、納棺師の仕事を通じ、象徴的な意味で失いつつある日本の儀礼に多くの人が気づかされた。1990年代に盛んにポストモダン論議がなされたが、そのポストモダン的なるものは、まだ地方には残されている。なんとか残るお盆や祭り、縁日といった先祖や神仏との関係、あるいは風土に培われた生活の知恵を表す一種の儀式・文化・生活スタイルに注目が集まると思う。既に、日本古来の伝統野菜に注目が集まっているが、それら素材調理法を含め郷土料理の復活が起きるであろう。決して大きなヒット商品にはならないが、欧米や若い世代からの評価によって気づかされる。特に、欧米や若い世代にとって、時代の行き詰りを打開すべく、OLD NEW、古が新しい、という着眼、「日本って何！」を問うことを通じ、新しいエコライフスタイルが創造されるであろう。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-20T13:28:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/post-d6d4.html">
<title>未来予測は可能であろうか</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/post-d6d4.html</link>
<description>数年前までは、過剰な情報刺激によって消費は牽引されてきた。しかし、周知のようにサプライズ手法は終焉し、巣ごもり生活のなかで、新たな生活価値観・考えが熟成してきた。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No428（毎週2回更新） 　2009.12.16.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;12月に入り、経済誌を始め2010年の景気予測をテーマとした特集が組まれ始めた。予測は当たらないというのが、私の持論であるが、次回以降に日経ビジネスを始めとした各誌を土台にコメントしてみたい。&lt;br /&gt;
ところでその予測であるが、サブプライムローン問題に端を発したリーマンショック、その後の世界大不況について、予測した経済学者、エコノミストはほとんでいなかった。私の知る限り、慶応大学教授の金子勝氏、ミスター円・慶応大学教授の榊原英資氏、三菱UFJ証券の嶋中雄二氏、水野和夫氏、更には野村総研のリチャード・クー氏、といった人達がかろうじて証券化を始めとした金融技術、その源である米国経済の危うさに警鐘をならしていた。マクロ経済の専門家でもない私であるが、月刊誌や経済誌に寄稿された内容を読む限りではあるが、こうしたエコノミスト以外の人達はリーマンショック以降の一年、その象徴的人物である中谷巌氏のように「間違った判断」をしてしまったと懺悔と混乱のなかにいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;3年ほど前に、「未来は予測できるか」という課題に対し、P.ドラッカーの次のような言葉を入り口にブログを書いたことがあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;未来について確実に言えることは2つしかない。&lt;br /&gt;
未来は分からない。&lt;br /&gt;
未来は現在とは違う。&lt;br /&gt;
未来を知る方法も2つしかない。&lt;br /&gt;
すでに起こったことの帰結を見る。&lt;br /&gt;
自分で未来をつくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私がブログに書いてきたことは、「すでに起こったことの帰結を見る」こと、という一言に極まる。常に変化し続ける消費について、「動かし難い事実」という断片情報を集め、本当にそれは動かし難いものかを繰り返し問い続けることによって、一つの「消費傾向」を言い当てることであった。P.ドラッカー流にいうならば「既に起こった未来」として情報を分析することである。例えば、今年の夏前に厚労省から発表された「過去10年間で100万円の所得減少」といったデータ類や公開されている各種調査結果、あるいは社会的事件とまではいかないが注目すべき話題、更には小売り現場を歩いての実感、そうした断片情報を集め、共通的な因子を探る作業であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうして集めた情報の分析であるが、ある人はノートブックに、ある人はカードにメモとして書き留めている。私の場合もメモとノートを使っている。それら小さな事象を傾向毎にグルーピングをし、俯瞰して見る。そのグルーピングは生活であり、そこには単なる消費だけではなく、歌謡曲・Jpopから政治の世界まで、生活者の興味関心がどこに集まっているか、そこに共通する因子はあるのか、それらを探る。そして、その傾向因子は、ドラッカーのいうように「動がしがたい事実」であるかどうかを検討する。こうした一つの過程を実はメタノートの意味合いを含めブログに書いている。理屈っぽくいうとそうなるが、この傾向因子は他の生活領域や流通にも等しく及ぶであろうか、その時必要とする条件はなにか、について常に考えている。前回書いたように、2009年度の場合は、ライフスタイル的には「価格を軸とした生活再編集」の年であり、その中でも特徴的であったのは過去に遡る因子が強く出てきたと結論づけた訳である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした思考の作業は、広告会社やマーケティング会社が行うライフスタイル調査、その因子分析のようなもので、私の場合は超アナログ的な方法で行っている。ただ、こうした方法の良いところは「考え」を寝かせることが出来る、熟成させることができるという点にある。情報ばかりか、「知」ですらストックされずに日々消費される便利な時代である。例えば、Googleなどで手に入らない情報は何か、と考えたことがあるだろうか。今なら、ツイッターを使って、「知」へのガイダンスも可能な時代である。しかし、情報の受けての想像力を刺激することは必要ではあるが、「知」へと熟成されることは稀である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今、私は「熟成」という言葉を使ったが、実は生活者は巣ごもり生活のなかで「熟成」が行われていると私は仮説している。数年前までは、過剰な情報刺激によって消費は牽引されてきた。それを象徴したキーワードが「サプライズ」であった。しかし、周知のようにサプライズ手法は終焉し、巣ごもり生活のなかで、新たな生活価値観・考えが熟成してきたということである。どんな熟成、どんな消費として発酵してきているか、次回以降「すでに起こったことの帰結」という意味で、2010年を考えてみたい。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T13:19:39+09:00</dc:date>
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<title>2009年度の消費模様</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2009-d7ce.html</link>
<description>転換期の変化は、まず価格破壊から始まる。そして、実はこの２年ほどの間、生活者は「価格」という良き体験をしてきたということだ。好みや個性と価格とのバランス感覚がこの体験によって培われたということである。ここに新たなライフスタイルが生まれてくる。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No427（毎週2回更新） 　2009.12.13.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回過去3カ年のヒット商品の傾向について書いてみた。一昨日には今年の世相を表す漢字一文字「新」が清水寺から発表されたが、今年の消費市場の模様をキーワードとして表現するとどうなるであろうか。前回のブログを読んでいただくと分かるが、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2007年度の消費模様　「まだら」&lt;br /&gt;
2008年度の消費模様　「新価格パラダイム」&lt;br /&gt;
2009年度の消費模様　「生活再編集」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2007年当時は「格差」というキーワードと共に、2003年頃から始まったミニバブル的消費傾向とがまだら模様のように偏在していた。当時、ヒトリッチというキーワードが示すように単身女性が消費を牽引していた。しかし、2007年夏をピークに都心の地価は既に下がり始めていた。そして、2008年には「10年間で100万円収入が減少した」ことが明確に消費市場へと反映した。ユニクロ・H&amp;M、あるいはPB商品、低価格小型PCに代表されるように「低価格帯」というキーワードが急速にあらゆる消費分野に浸透した年であった。&lt;br /&gt;
さて、2009年であるが、東京お台場のヴィーナスフォートが12月11日リニューアルし、3階部分に49店舗のアウトレットショップが入ったと報じられた。従来は都心にあるブランドショップと競合することから郊外にアウトレットモールが出来ていたが、ヴィーナスアウトレットは都心初のオープンとなった。その背景であるが、ブランド既存店の低迷を踏まえアウトレット利用客を少しでも取り込もうという点と、来年秋に羽田に第四の滑走路が本格稼働することを踏まえた中国富裕層を獲得するためであろう。更に言えば、総アウトレット化がここまで進行してきたということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この3年間の市場模様をマーケティング的に言うならば、格差というまだら模様の消費は次第に価格という軸に再編されてきたということだ。一言でいえば、生活者は価格（＝収入）を軸とした生活再編集を行ってきたということである。この再編集の在り方であるが、例えばリアル店舗で商品を確認し、ネット通販やアウトレットショップで購入する。わけあり商品を美味しく、あるいは上手に使うことが日常化する。あるいは、GSがセルフ式に変わったように、自給自足型消費、セルフ化へと進んできた。その象徴が内食であり、家庭菜園であろう。&lt;br /&gt;
流通もこうした消費動向を踏まえ、イトーヨーカドーではキャッシュバックセール、イオングループでは既に1ヶ月早く冬物衣料のバーゲンが始まり、百貨店も福袋に名を借りたバーゲンが行われている。ブログに何回も指摘してきたが、エブリデーバーゲン、エブリデーロープライスが当たり前の時代となった。家電量販店もビッグカメラのようにアウトレット商品の常設売り場を設けた。旅で言うならば、随分前からH.I.S.はLCC（ローコストキャリア）を使った安価な旅を売り出していたし、同様にホテルや旅館は空室となった部屋を格安で提供してくれる一休を使うということが日常化していた。つまり、生活者、流通、生産者、3者共にリニューアルしてきたということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;恐らく5年後10年後に、2007〜2009年にかけて大きなパラダイム転換があったと指摘されると思う。一昨日、今年の世相を表す漢字一文字「新」が清水寺から発表された。戦火が絶えず、環境も大きな課題になり、「新たな心で生まれ変わって」という主旨であったが、時代の踊り場・曲がり角にいるという認識を踏まえてだ。昨年の世相一文字は「変」であり、「新価格パラダイム」という消費模様にも符号する。今年の「新」は新たに生活再編集が始まった年と言えるであろう。「新」は真であり、心であり、更には信である。様々な受け止め方があるが、時代の転換点を迎え多くの「新」が消費にも現れてきたということである。少し前に、「愚の力」というテーマで自己認識の重要性に触れたが、つまり「自ら変わろう」という大きな潮流を迎えたということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;転換期の変化は、まず価格破壊から始まる。初期のダイエー、ユニクロのフリース、マクドナルドの100円バーガー、最近では回転寿司も既成への価格破壊であろう。実はこの２年ほどの間、生活者は「価格」という良き体験をしてきたということだ。ただ単に安いものと、それなりの質を伴った安さ、両者の体験という意味である。断片ばかりの過剰情報の中で、唯一信じられる自己体験によってである。興味・関心という情報から、リアルさ・実質への原点回帰と呼ぶことも出来る。ただ、物不足であった時代に戻るということではない。好みや個性と価格とのバランス感覚がこの体験によって培われたということである。ここに新たなライフスタイルが生まれてくる。どんなライフスタイル変化として現れてくるか、次回以降書いてみたい。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T12:58:54+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/3-8961.html">
<title>過去3ヶ年のヒット商品傾向</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/3-8961.html</link>
<description>過去3ヶ年の日経MJによるヒット商品の推移・傾向について、この3年間で何が変わり、何が変わらなかったか、ある意味2010年以降の変化の在り方が見えてくる。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No426（毎週2回更新） 　2009.12.9.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回は少し異なった視座、過去3ヶ年の日経MJによるヒット商品の推移・傾向について書いてみたい。この3年間で何が変わり、何が変わらなかったか、ある意味2010年以降の変化の在り方が見えてくる。&lt;br /&gt;
2007年&lt;br /&gt;
東横綱　Wii、　西横綱　電子マネー&lt;br /&gt;
東大関　自動認識技術、　　　　西大関　ハイビジョンビデオカメラ&lt;br /&gt;
東関脇　デカ盛りフード、西関脇　TOKYO&lt;br /&gt;
東小結　Youtube、　　　西小結　ホワイトプラン&lt;br /&gt;
2008年&lt;br /&gt;
東横綱　ユニクロ・H&amp;M、　西横綱　PB商品&lt;br /&gt;
東大関　低価格小型PC、　　　　西大関　WiiFit&lt;br /&gt;
東関脇　ブルーレイ、西関脇　パルック（蛍光灯電球）&lt;br /&gt;
東小結　円高還元セール、　　　西小結　プレミアムローストコーヒー&lt;br /&gt;
2009年&lt;br /&gt;
東横綱　エコカー、　西横綱　激安ジーンズ&lt;br /&gt;
東大関　フリー、　　　　西大関　LED&lt;br /&gt;
東関脇　規格外野菜、西関脇　餃子の王将&lt;br /&gt;
東小結　下取り、　　　西小結　ツィッター&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2007年、遠い昔のように思える位のわずかな時間経過であるが、食品偽装が多発した年であった。また、偽装ではないが、いまだに解決されない中国冷凍餃子事件が2007年末に起き、グローバル時代の食の安心安全という課題、今日の地産地消・農家レストランブームの背景となった年である。西関脇のTOKYOはグローバル時代・地球都市の象徴として東京ミッドタウンや新丸ビルがオープンした。一方では格差が叫ばれ、デフレ型商品である「デカ盛り」や「ホワイトプラン」、更にはマクドナルドを始めとした「地域価格」が全国に導入された年度である。ちなみに、この年の流行語大賞は「どげんかせんといかん」であった。こうした混迷・停滞する市場の在り方について、「まだら模様」とし、誰を顧客とするのかが極めて重要な課題となっていることを指摘した。&lt;br /&gt;
こうしたデフレ型商品のヒットは、2008年にはより鮮明になり、ユニクロ・H&amp;M、PB商品、低価格小型PC、円高還元セールへと続き、2009年度へと続いていくのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2007年はデカ盛りフードに注目が集まったが、一方では「カロリー・ゼロ・コーラ」に人気が集まる。ダイエットでは、周知のかなりハードな「ビリーズブートキャンプ」がブームになった一方、楽して痩せる「ぷるぷるフィットネス」の手軽さが人気となる。こうした価値観の反対軸にあるような商品が売れる市場の情況を私は「振り子消費」と呼んでいた。さて、こうした振り子はどう推移してきたかである。&lt;br /&gt;
2008年には健康・美容をテーマとしたヒット商品はほとんどなく、2009年には「ランニング＆サイクリング」が前頭に入った。それまでの過剰なダイエット、あるいはサプリメント依存症が社会問題化したような時代は終わったということであろう。終わらせたのは勿論のこと収入が減少したことにある。しかし、健康＆美容というテーマへの関心がなくなった訳ではない。例えば、東京では近場の高尾山ハイキングが人気で年間250万人に及んでいる。振り子の幅が小さくなると同時に、自分の健康はお金をかけずに自分でコントロールする、そうしたセルフ型健康法へと移行したということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2007年の前頭に「ニッサンGT-R」がリバイバル商品として現れている。確かその前年度であったと思うが、ミニヒット商品として「冷凍みかん」や「揚げパン」がプチ思い出消費として中学生の間で人気となっていた。小学校の給食に出された食への思い出消費であるが、年齢問わずこうした過去へと遡る消費は一つの時代特徴として存在する。3年前、私は、先が見えない停滞した時代の傾向を「踊り場」にいると表現し、こうした踊り場から過去を振り返る思い出消費はこれからも続くであろうとブログに書いていた。&lt;br /&gt;
こうした傾向のヒット商品は2008年には出てこなかったが、2009年には続々と出現した。そのヒットの着眼傾向は前回のブログを読んでいただきたいが、戦国BASARAから歴女が生まれ、「美少女キャラと日本の田園風景」が描かれた米通販が話題となったように、単なる回帰消費ではなく、オタク文化の一つの発露として新しいマーケティングの可能性を読み取ることが出来る。こうした傾向は、ゆるキャラブームを背景に、若い世代の「平成ロマン」として物語化されていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一つ大きな傾向はなんといっても「価格」への着眼商品である。単純化して言うならば、2007年時点では「まだら模様」状態であった市場は、2008年にはリーマン・ショックという引き金もあって急激に市場は「低価格」に覆われた。日経MJは”逆風下「お買い得」全盛”と表現していたが、それまで底流としてあったデフレ型商品が一挙に市場を席巻したということだ。こうした価値観変化・ライフスタイル変化を次のように私は指摘していた。&lt;br /&gt;
１、外から内へ、ハレからケへ&lt;br /&gt;
２、エブリデーロープライス&lt;br /&gt;
３、個族から家族へ&lt;br /&gt;
４、小さなアイディア、小さなうれしい&lt;br /&gt;
5、振り子消費からの脱却&lt;br /&gt;
6、あれこれRE（再生）アイディア、使用価値の最大化&lt;br /&gt;
７、流通サービスの再編&lt;br /&gt;
そして、前回書いたように、2009年には新たな「価格帯市場」＝「巣ごもり生活」が形成された。上記のような大きなライフスタイル傾向はこれからも続く。例えば、「外から内へ、ハレからケへ」という傾向も、外食から内食へと、しかし日常（ケ）にも小さな美味しさを求め、2008年のヒット商品であった「熱いまま急っと瞬冷凍」できるような冷蔵庫や最近では5〜10万といった高額炊飯器が売れる時代である。「個族から家族へ」もそうであるが、今年は変り種の鍋が流行るであろうし、この延長線上には子供の食の遊園地ではないがエンターテイメント溢れる回転寿司も流行ると思う。巣ごもり生活は外側からは消費縮小のように見えるが、実は「消費移動」が起きているということである。これから年末にかけて、来年度の景気予測など特集されると思うが、それらを踏まえどんな消費移動が起こるか次回以降書いてみたい。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-09T13:26:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2009-fb00.html">
<title>2009年ヒット商品番付を読み解く　</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/2009-fb00.html</link>
<description>パラダイム転換期という時代の踊り場に立ち止まり、「次なる何か」を探しに出かけている「消費者像」が目に浮かぶ。探しに出かけるところは「過去」であったり、「環境・エコ」であったり、あるいは生活防衛のための「価格」といったところである。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No425（毎週2回更新） 　2009.12.6.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日経MJから今年度のヒット商品番付が発表された。毎年、ヒット商品がどんな消費傾向によるものなのか読み解いてきたが、番付に入った商品の多くはこの一年間ブログで取り上げてきた商品がほとんどである。同じことを書いても仕方がないが、一年間の整理の意味で、私なりに読み解いてみたい。&lt;br /&gt;
全体に言えることだが、パラダイム転換期という時代の踊り場に立ち止まり、「次なる何か」を探しに出かけている「消費者像」が目に浮かぶ。探しに出かけるところは「過去」であったり、「環境・エコ」であったり、あるいは生活防衛のための「価格」といったところである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東横綱　エコカー、　西横綱　激安ジーンズ&lt;br /&gt;
東大関　フリー、　　　　西大関　LED&lt;br /&gt;
東関脇　規格外野菜、西関脇　餃子の王将&lt;br /&gt;
東小結　下取り、　　　西小結　ツィッター&lt;br /&gt;
東西前頭　アタックNeo、ドラクエ9、ファストファッション、フィッツ、韓国旅行、仏像、新型インフル対策グッズ、ウーノ　フォグバー、お弁当、THIS IS IT、戦国BASARA、ランニング＆サイクリング、PEN E-P1、ザ・ビートルズリマスター盤CD、ベイブレード、ダウニー、山崎豊子、1Q84、ポメラ、けいおん！、シニア・ビューティ、蒸気レスIH炊飯器、粉もん、ハイボール、sweet、LABII日本総本店、い・ろ・は・す、ノート、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;１、「過去」へ、失われた何かと新しさを求めて&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大仰に言うならば、戦後の工業化・近代化（都市化）によって失われたものを過去に遡って取り戻す、回帰傾向が顕著に出た一年であった。しかも、今年の特徴は、数年前までの団塊シニア中心の回帰型消費が若い世代にも拡大してきたことにある。復刻、リバイバル、レトロ、こうしたキーワードがあてはまる商品が前頭に並んでいる。花王の白髪染め「ブローネ」を始めとした「シニア・ビューティ」をテーマとした青春フィードバック商品群。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」は出荷本数は優に400万本を超えた。ブログにも書いたが、若い世代にとって温故知新であるサントリー角の「ハイボール」。私にとって、知らなかったヒット商品の一つであったのが、現代版ベーゴマの「ベイブレード」で、昨夏の発売以来1100万個売り上げたお化け商品。この延長線上に、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」や神戸の「鉄人28号」に話題が集まった。あるいは、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラだ。売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ　リマスター版CD」であり、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。&lt;br /&gt;
更に、今年の特徴の一つが「歴史回帰」である。国宝阿修羅像展についてはブログにも書いたので省くが、歴女ブームの火付け役となったのが「戦国BASARA」で、累計150万本売ったとのこと。&lt;br /&gt;
こうしたヒット商品番付に載るほどのヒットではないが、2年前にネット通販で話題となった「美少女キャラのお米」がある。秋田羽後町出身の編集者が村起こしとして企画したものだが、その包装ビジュアルには「美少女と日本の田園風景」が描かれていて、実は羽後町を多くの若者が訪れているという。こうした傾向も今なお残っている日本の原風景への、いわばオタク文化・美少女キャラを通じた「故郷回帰」の一つであろう。あるいは、私たちより上の世代にとって竹久夢二は大正ロマンのシンボルであったが、現代の若者にとってはメイド喫茶や萌え系キャラは平成ロマンのシンボルということになる。故郷を持たない都市漂流している若者にとって、虚構であるキャラクターの向こう側に、リアルな故郷を見出したということだ。歴史の向こう側に、あるいは昭和の遊びやゲーム、音楽や書籍に何を求めているのか多様さはあるものの、こうしたタイムトンネル型消費傾向は当分の間続く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２、「エコ」は生活そのもの、持続する新しい合理的ライフスタイルへ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;誰もが予測したように「エコカー（HV車）」、「LED電球」、「下取りシステム」といったエコ商品、省エネ商品、循環型生活への意識化の仕組みが番付けに入った。その他前頭には以前ヒットするであろうと書いた花王の「アタック　Neo」という節水型洗剤やエコ容器のコカ・コーラの「い・ろ・は・す」も入った。&lt;br /&gt;
エコカー・LEDがヒット商品となったのも買いやすい価格へとハードルが下げられたことによる。前者は周知の官製販促である減税・補助金であり、後者は競合の参入による市場拡大に伴う価格ダウンによるものであった。しかも、両商品共に、燃費や耐久性といった観点から「お得な買い物」という商品である。&lt;br /&gt;
このように、生活者にとってエコライフも「お得」な省マネーの時代へと既に入っているということだ。つまり、「省」という視点で商品やサービスを見直してみるということである。省エネから始まり、省スペース、省時間、省人。人についてもそうであるが、省く（はぶく）という単純な意味ではなく、生かし切れているかという意味も含めてである。今までのライフスタイル変化の中心は省時間であった。特に、都市型ライフスタイルの場合夫婦共稼ぎが多く、全てが時間に追われる生活であった。そうした意味で、省時間型道具、省時間型サービス、省時間型メニューに注目が集まり、いわば「便利さ」を生活へと取り入れてきた。しかし、こうした便利さを買ってきたライフスタイルから、省マネー型、しかもエコ型という新たな合理的なライフスタイル、しかもセルフスタイルへと変化し始めたと理解すべきであろう。&lt;br /&gt;
まだ、CO2の排出量取引の価格設定が定かではないが、中長期的に見た場合「エコはお得」という新しい価値観が生活にも産業においても確立された時、省エネ技術大国である日本は独自な国家になり得ると思う。つまり、全てに於いてエコな生活となり、それが普通であるという価値観へと進化していく。エコ経済、エコ社会の良きモデルが江戸であったように、東京を始めとした都市はエコな街づくりへと向かっていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;３、「価格」の津波は、あらゆる商品、流通業態、消費の在り方を根底から変える&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少し前にファミレスの元祖「すかいら〜く」の最後の1店がクローズした時、新たな価格帯へと再編されてきたことを「新価格帯市場」というキーワードを使ってブログにも書いた。ファミレスにおいては客単価1000円の「すかいら〜く」業態は客単価750円の「ガスト」業態に再編した。今回の番付にも、西の横綱の激安ジーンズは1000円以下、東の関脇の規格外野菜はわけあり価格、西の関脇の餃子の王将は安くて満腹、前頭のファストファッションは「フォーエバー21」のように上から下までコーディネートして1万円以下、更には韓国旅行、お弁当、sweet（宝島社）、・・・・・新たな価格帯市場を形成したシンボリックな商品が並んでいる。どれもこれもブログで書いてきた商品ばかりなので個々については触れないが、こうしたシンボリックな商品の価格帯を軸にして市場は再編されるということである。消費は収入の関数であり、この10年間で年間100万円収入が減少した時代にあっては至極当然のこととしてある。前回の番付に「ひき肉ともやし」が入っていて確かに不況期に売れる商品であるが、日経MJが載せることではないだろうと書いた。今回も同じ意味合いで「粉もん」（お好み焼き粉）が入っている。確かに、こうした不況型商品が売れる傾向は続いているということである。&lt;br /&gt;
こうした生活者の価格意識に合わせるように、次々と新価格帯市場形成へと参入が始まっている。例えば、売れない音楽業界にあってTSUTAYAはCDのPB化によって999円で発売すると発表があった。JALの地方空港撤退に伴って、その隙き間を埋めるように本格的なLCC（ローコストキャリア）が生まれた。物流大手の鈴与はFDA（フジドリームエアライン）を誕生させ、燃費の良い小型機2機からスタートするという。街角には必ず置いてある自販機であるが、昨年大阪でゲリラ的に80円台の飲料自販機が現れ、その波は東京にも出始めている。今年もミシュランガイドが発表されたが、ほとんど話題にすらならない。逆に、B級グルメを競う「B-1グランプリ」に行列する、そんな空気感が支配している。数年前までは居酒屋の客単価は3000円であったが、この1年ほど前からは2000円となった。しかし、最近では1000円となり、先日の朝日新聞は「せんべろ酒場」と表現していた。「千円でべろべろに酔うことが出来る」という意味で、これが笑えない現実である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、こうしたヒット商品を見ていくと新たな価値観を求めながらも堅実な消費を求めるといった、生活仕分けが進んでいることが分かる。今年の年末消費を見ても、クリスマス用のホールケーキは小さくなり、福袋も実物を見て予約販売するといった先行バーゲンのような売り方となった。年末年始の旅行予約も安近短の韓国旅行が人気だという。縮小というキーワードが使われると思うが、私は数年前から消費は好みといった厳選から量や回数を減らす減選へ、便利さからセルフ方式へとゆるやかに移行してきたと指摘してきた。生活仕分けという俯瞰的視点に立ったキーワードであれば、まさに「省」の時代に入ったということだ。今年の流行語大賞は「政権交代」であったが、消費も「便利さ」から「省」へと交代したと言うことである。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-12-06T13:19:56+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/post-adee.html">
<title>愚の力　</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/12/post-adee.html</link>
<description>大仰な理念をいうのではなく、愚者であることを自覚し、目の前のお客様に「たった一言」「たった1つのアクション」を真摯に本気になって示せばよいのだ。もし、その一言、1アクションが普遍性をもっているとすれば、それは大きなヒット商品となる。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No424（毎週2回更新） 　2009.12.2.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;時代の踊り場にいる、と私は良く表現してきた。踊り場に立って見回してもどこに進んでいけば良いのか分からない、でも小さな一歩を踏み出すことが必要だと。混迷、混乱、ねじれ、混沌、閉塞、新たな価値観を創っていくために、この十数年踊り場で多くの事柄を見聞き、そして体験もしてきた。どう突破したら良いのか、パワーを求めた発言が多かった。最後は「人」に行き着き、最初の頃は知力から始まり、直感力、眼力、現場力、応用・転用力、大人力、脳力、最後は希望力といった具合である。&lt;br /&gt;
タイトルの「愚の力」は、「愚」をキーワードに西本願寺24代門主大谷光真氏が書かれた本のタイトルである。（「愚の力」文春新書刊）戦乱の世、何でもありの末法の時代に現れた親鸞の教えを今の時代に生かすための本として書かれものだ。大谷光真氏は「愚者になれ」と呼びかけているが、同時に愚者であることの自覚の難しさもである。いかに生きるかという人生の指針もさることながら、どうビジネスをすべきか多くの示唆を受け止めることのできる一冊で、是非一読をお勧めしたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私はマーケティングを専門領域としているので、ビジネス現場で愚者になるとはどういうことであるか、今回は私見を書いてみたい。&lt;br /&gt;
大谷門主は愚者の自覚には「裸の自分にかえること」であると言う。あるがままのビジネス、現場のビジネス実態、顧客から見たビジネス、あるいは経営数字から見えることもある。多様な視点による「自覚」が必要ではあるが、ビジネスの原点に立ち帰ると、「裸のビジネス」とは何か、ということである。言葉を変えて言うと、「何のためにビジネスをしているのか」ということでもある。大谷門主は、更に「愚者になる」とは人間は本来有限であり、その自覚を自分一人のこととして行うことであると言う。他者との比較ではなく、自分（自社・自店）で何が出来、何が出来ないかの自覚ということであろう。少し無理があるかもしれないが、私の言葉で言うと、競合との比較で自社・自店を自覚するのではなく、顧客に対する自覚ということになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;10年ほど前、自覚の一つの着眼方法としてあったのが「顧客満足」であった。いつしか忘れ去られ、死語となってしまったが、今一度思い起こすことが必要な時代である。当時は市場競争下で「何」をもって差別化したら良いのか、常に他者を見て、特にサービス領域に違いを求めていた。つまり、顧客が満足する「違い」をいち早く探り提供することがマーケティングの主要課題であった。先日、ユニクロの柳井会長が記者会見であったと思うが、「同じ商品であれば、競争の最後には、無料となる」と。つまり、無料が唯一の競争力になるという意味であったが、価格に満足を求める顧客がマスマーケットを構成し始めていることは事実である。小売業はそうした顧客要請に従って、低価格商品のPB化を計ったり、訳あり商品をメニューに入れるようになった。今、円高であればイトーヨーカドーのようにタイムリーに「円高還元セール」を行うのは至極当然である。一方、生産者、メーカーは何を拠り所に顧客満足を得なければならないのであろうか。言わずもがなであるが、追随を許さない商品力そのものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした小売りとメーカーとの間で価格を間にした衝突がある。それは常にあることで、しかし顧客に対しては常に同じである。顧客にどれだけの満足を提供できるかという一点に於いてである。もっと分かりやすく言えば、どれだけ喜んでもらうかで、また次回も買ってみたい、食べてみたい、と思ってもらうことだ。リピーター顧客、俗に言うところのリピーターの囲い込みと理解してはならない。顧客は誰も囲い込まれたいなどと思ってはいない。&lt;br /&gt;
2年半ほど前に、「儲ける」と「役に立つ」　　、この２つのテーマについて書いたことがあった。２つともビジネスには不可欠で表裏、鶏と卵のようなものであるが、この２つをもう少し分かりやすく整理すると、「儲ける」にウエイトを置くのが欧米の商慣習、「役に立つ」にウエイトを置くのが今までの日本の商慣習である。1990年代半ばから、日本も欧米型の儲けるビジネスへと大きくシフトしてきた。しかし、行き過ぎた儲け主義の先に待っていたのが周知のリーマンショックであった。私の考えであるが、今一度「役に立つ」　ことを続け、結果「儲ける」ことという理想に戻るべきと考える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのためには、顧客を、量で、数値で見てはならないという原則に戻ることだ。今日来てくれた顧客に感謝し、またのおこしをと願ってお辞儀することだ。お辞儀と言えば、やはり和菓子の「叶匠壽庵」の創業者芝田清次さんから聞いた話を思い出す。&lt;br /&gt;
芝田さんは太平洋戦争に従軍し満州で片目を失い日本に戻り、その戦争体験を踏まえ「美しく生きる」ことをビジネスとし和菓子の専門店をスタートさせる。話の中心はパリの菓子博覧会で優秀な賞をいただいた菓子職人の話であった。彼は身体が不自由でうまく接客できないでいたという。当時は、1号店を大阪梅田の阪急百貨に出店し、間もない時期である。職人も売り場に立って接客もこなす状況とのことであった。芝田さんは、うまく接客できないその職人にこう言ったと話されていた。”自分たちが創った商品をお買い上げいただいた思いを伝えたいのならば、ただ一つお客様が見えなくなるまでお辞儀をしていなさい”と。ハンディキャップのある職人さんにとって、出来ることはお辞儀であり、その自覚を促したということである。後日、阪急百貨店の方に聞いた話だと、小さな坪数であったが年間20数億の売り上げを上げたとのこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな効率の悪いことなどできないと思うかもしれない。しかし、叶匠壽庵の職人さんの思いはいつしか顧客に伝わるものだ。それが低価格市場の特効薬にはならないが、「小さな何か」が実を結ぶ。愚直なまでに、ひたすら何事かを追い求める、そんなことが問われている時代である。その愚直さの中から、次へと向かうヒット商品が生まれてくる。巣ごもり生活の中で心の扉は閉じられ、洪水のように押し寄せる断片情報に翻弄されることにも生活者は疲れてしまっている。そうした時代にこそ、「生き方」共感がキーワードとなる。大仰な理念をいうのではなく、愚者であることを自覚し、目の前のお客様に「たった一言」「たった1つのアクション」を真摯に本気になって示せばよいのだ。もし、その一言、1アクションが普遍性をもっているとすれば、それは大きなヒット商品となる。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<title>江戸時代の成長戦略</title>
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<description>江戸時代の好不況から学ぶとすれば、この大転換期への一つの視座は「バランス感覚」、あるいは「第三の道」ということとなる。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No423（毎週2回更新） 　2009.11.29.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回江戸時代の不況対策、吉宗が行った享保の改革の概要について書いた。そして、好況と不況を交互に繰り返したとも。今回は好況を生み出した成長戦略について書いてみたい。&lt;br /&gt;
まず、江戸時代最初の好況期で元禄バブルと言われた頃の経済であるが、当時の経済を活性させたのはインフラとしての水上交通であった。海と川、これら水路を通じて多くのモノが流通していた。この元禄バブル期の象徴で伝説の人物が周知の紀伊国屋文左衛門である。紀州のみかんを江戸へ、江戸に集まった塩鮭を上方へ、といわば江戸と上方との価格差を巧みにビジネスに持ち込んで莫大な富を手にした商人である。幕府の側用人柳沢吉保に取り入り、賄賂政治、賄賂経済を行ったとされ、浅草吉原での豪遊ぶりが絵にも残っている。そこには吉原を一人で借り切り、豆まきの豆の代わりに金銀を蒔いて、幇間や芸者が競い合って拾っている絵であるが、拾った金銀は背後にいる役人に渡るという、官僚接待の構図である。一晩で千両、二千両がばらまかれたと言われている。しかし、バブル期にはバブルであると認識しないのが江戸時時代も今日も同じで、新興企業、新興商人の代表で江戸庶民のヒーロー的存在であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;江戸に幕府が置かれ、1600年代〜元禄にかけて漠大は富を得たもう一人の人物に淀屋常安がいた。大阪の陣の時に徳川方を支援し、その褒美として米の相場を立てる「米市」の権利を得る。米の価格は仲買人によって無秩序に決められ、実はインフレ＆デフレを起こすのであるが、その安定をはかる市である。淀屋は大阪中之島に市を立てる。その淀屋に行くために橋を架け、その地名は淀屋橋として今も残っている。&lt;br /&gt;
ウイキペディアによると、1620年当時米の収穫量は約2700万石で自家消費や年貢の分を除く約500万石が市場で取引され、その4割の200万石が大阪で取引されたと言われている。米市の取引は現物取引ではなく、手形の売買に発展するのだが、ある意味世界の先物取引きの起源とされている。米経済「＝米の価格は他の物資の価格統制・安定につながる」という幕府の考えと、貨幣経済「＝先物取引き・貨幣それ自体が富を産む」と考える商人、この2つの矛盾が次第に生まれてくる。今で言うところの実体経済と金融経済（投機マネー）という言葉に置き換えてもそれほど違わない。&lt;br /&gt;
そして、五代目廣當（こうとう）の時、「町人の分限を超え、贅沢な生活が目に余る」という理由で、実は諸大名への貸し付けが莫大になり、（ウイキペディアによると銀1億貫／現代では100兆円に相当）淀屋の全財産を没収する処分を行う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少し短絡的な言い方になるが、貨幣経済が日本全国に浸透していくことによって、新たな産業も生まれ、経済は活性化する。この活性化を可能にしたのが前述の物流・水上交通であった。今日の高速道路に該当するが、江戸も大阪も水の都と言われるように、水路が張り巡らされていた。米価を決める大阪はいわば通貨政策を取り仕切る大蔵省や経済産業省であり、京都はというと皇室があり公家文化とそれに基づいた下り物商品の生産経済機能というある意味文化庁があり、長崎にはさしづめ外国との交易を含めた外務省がある、そして江戸は政治機能を果たす行政府や国会があり、それぞれの機能を果たす分散型国家がこの時代に出来上がりつつあった。&lt;br /&gt;
こうした政治機能以外は、幕府から認可され商人自らが実施する国づくり・町づくりであった。水上交通のみならず、陸上交通についてもこの頃五街道が整備され、ヨーロッパの街道が軍事道路であったのに対し、日本の場合商人によって街道は整備・発展した。この街道を天秤棒を担いで全国へと商売に出かけたのがあの近江商人であった。今日言われているような政官業の癒着といった問題や一人歩きしてしまう投機マネーといった問題をはらみながらも、商人を中心にした民に任せる民活戦略が江戸初期の経済を成長させた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした元禄期のバブルを改革したのが、前回書いた吉宗の享保の改革であった。前回を少し補足すると、実は吉宗は5代将軍綱吉の重用によって幕府に参画しており、綱吉の頃の元禄政治を全否定することはできなかった。享保の改革は緊縮財政政策と社会福祉・保障政策を中心に行われたが、拠って立つ思想的裏付けをしなければならなかった。吉宗は幕府を開いた家康に戻る、いわば原点回帰を拠り所にした。キーワード的に言えば、元禄という華美で贅沢になってしまった風土に対し、「質実剛健」をポリシーとした。1990年代バブル崩壊後、多くの企業が危機に対処するために創業回帰、原点回帰に向かったとのと同じである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;話を元に戻すが、吉宗は倹約令を始めとした多くの禁止令を実行する。元禄期の過剰な遊び、物見遊山などは贅沢であると。歌舞伎、人形浄瑠璃の退廃的演目、特に「心中もの」を禁止。岡場所、賭博も禁止。以降、こうした政策は松平定信などへと引き継がれていくのだが、「毎日が節約」「まじめに働く」、そんな日々が長く続くと、楽しみがないと江戸市民は思うようになる。そんな江戸市民の気持ちを代弁するような歌が残されている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;白河の　清きに魚も棲みかねて　もとの濁りの田沼恋しき&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;白河とは白河藩主松平定信を引っ掛けたもので、田沼とは賄賂政治の田沼意次のことである。田沼が明和・安永という元禄と同じバブル時代を作った世を懐かしむ、今一度バブル時代が来て欲しい、と歌ったものである。松平定信によるあまりに道徳的清貧的ばかりの世では窒息しそうだと、そんな歌である。ある意味、民意は右に揺れ、左に揺れる、いつの世も同じであるように思えてしまう歌だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この田沼意次であるが、新たな税収を求めるために、多くの成長拡大政策を民の力を活用実施した人物である。町人資本による印旛沼・手賀沼干拓事業や蝦夷地での新田開発・鉱山開発、更には長崎を通じた輸出の振興、株仲間への規制緩和・・・・こうした成長戦略を採ったが、賄賂政治を批判され、天明の大飢饉（冷害と悪天候で数万人が餓死したと言われている）によって失脚し、松平定信へと政権が移るのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;江戸時代も、右肩上がりの成長期には「新（外）市場の開発」と「規制緩和」、それらを行うに足りる貨幣の流通と消費の促進、結果として生まれる「インフレ」によって成長してきた。前回、260年ほど続いた江戸時代には好況期3回、不況期3回存在したと書いた。ほぼ40年サイクルで好不況の波があった訳である。1955年保守合同によって自民党政権が誕生した。54年ぶりに民主党に政権が移行した訳だが、まるで享保の改革を思わせるような動きに見える。&lt;br /&gt;
このブログを書いている最中にドバイ発の金融ショックがあり、円高へと大きく振れた。勿論、輸出企業にとって大きな痛手となるが、更に海外現地生産が加速されるであろう。仕事の場が国内には少なくなっていくということである。既に、数年前から技術を持った中高年のリストラがあり、仕事の場を海外に求め、中国を始めとしたアジアへと向かっている。大学生には少し困難さが伴うが、アジアに就職の場を求めるという発想の転換は必要である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今、緊縮or成長、規制強化or規制緩和、公的支援or市場解決、消費で言うと低価格or適正価格、セルフ解決orプロ解決、・・・こうした二項対立的な発想・論議からの転換が必要ということだ。実は吉宗は元禄バブルの後始末として緊縮財政、社会福祉といった政策だけを採ってきた訳ではない。成長政策も同時に実行してきた。漢方薬の国産化や米に頼らない他の農産物の開発、あるいは江戸市民の華美な娯楽の禁止に代えて、健全な娯楽場所として桜の名所づくりを行った。つまり、吉宗はバランス感覚のある政治家であったということだ。&lt;br /&gt;
もし、江戸時代の好不況から学ぶとすれば、この大転換期への一つの視座は「バランス感覚」、あるいは「第三の道」ということとなる。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:date>2009-11-29T13:15:22+09:00</dc:date>
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<title>江戸時代の不況対策　</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-fb62.html</link>
<description>不況時の改革はこのように「町づくり」という市民参加によるものと併行して行われた。それは何よりも、市民の認識を変え行動することによってのみ変革は可能だということだ。そして、ある意味豊かな都市づくりが可能となったのも、江戸の生活が町単位という小さな単位であったからである。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No422（毎週2回更新） 　2009.11.25.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今日のライフスタイルの原型は江戸にあり、今日の消費を読み解く視点や新たな市場着眼の一つになるというのが私の持論であるが、江戸時代にも好不況の波は存在していた。昨年のリーマンショック以降の大不況について1929年に始まった世界恐慌の事例を持ち出す専門家はいたが、江戸時代の不況事例を持ち出す専門家、歴史研究者は皆無であった。勿論、日本一国の不況と市場が世界に広がる時代の不況とでは参考にならないということだが、当時の幕府（政府）がどんな改革という不況対策を採っていたか、奇妙に符号する点もあったので少し調べてみた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;江戸時代には好況期（元禄、明和・安永、文化・文政）は3回、不況期（享保、寛政、天保）も3回あった。NHKの「天地人」ではないが、周知のように戦国の世は終わり、江戸時代は天下泰平の世となった。この江戸初期は信長・秀吉による規制緩和の延長線上に経済を置いた政策、特に新田開発が盛んに行われ、昭和30年代の「もはや戦後は終わった」ではないが、戦後の高度成長期と良く似ていた時代である。この経済成長の先にあの元禄時代（1688年〜）がある。浮世草子の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門、といった江戸文化・庶民文化を代表するアーチストを輩出した時代だ。貨幣経済は地方へと広がり、以前ブログにも書いたが紅花や木綿などが各地で栽培され、瀬戸内の塩や京都の日本酒が全国各地へと流通する。鉱山（金銀銅）開発が積極的に行われ、それらを基に海外からどんどん舶来品を輸入していった。桜が盛んに植えられお花見が庶民の季節イベントになり始めたのもこの頃である。まさに「消費都市」として爛熟した文化を咲かせた時代であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、元禄期の後半にはそうした鉱山資源は枯渇し、不況期に突入する。幕府の財政は逼迫し、元禄という過剰消費時代の改革に当たったのが、8代将軍の徳川吉宗であった。享保の改革と言われているが、倹約令によって消費を抑え、海外との貿易を制限する。当時の米価は旗本・御家人の収入の単位であったが、貨幣経済が全国に流通し、競争もあって米価は下落し続ける。下落する米価は旗本・御家人の収入を減らし困窮する者まで出てくる。長屋で浪人が傘張りの内職をしているシーンが映画にも出てくるが、職に就くことができない武士も続出する。吉宗はこの元凶である米価を安定させ、財政支出を抑え健全化をはかる改革を行う。この改革途中にも多くの困難があった。享保17年には大凶作となり、餓死者が約百万人に及び、また江戸市内ではコロリ（コレラ）が大流行する。ちなみに、吉宗が死者を供養するために翌年行われたのが両国の花火であった。その花火が名物となり、川開きの日に今もなお行われているのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今日の日本経済と単純に重ねてしまうことは危険とは思うが、生活者は10年前から収入が減り始め、ここ数年の消費はまさに倹約令を自ら行ってきたようなものだ。国債・地方債という借金を増やさないために、今「事業仕分け」という倹約をやっと政府が始めたところである。江戸時代の武士はいわば行政マンというサラリーマンで米価を基準にした禄高が唯一の収入源であった。収入保証を幕府は政策として打ち出すのだが、米価安定とはいわばデフレ対策としてあった。。現政権の政策であれば、直接的デフレ対策は出ていないが、こども手当という家計支援などが間接的ではあるが該当するであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;8代将軍吉宗は老中水野忠之や江戸町奉行大岡忠相というブレーンと共に、江戸市民の声を聞く「目安箱」を置き、民意を生かした行政を行う。この目安箱に町医者が投じた意見書から生まれたのが小石川養生所である。貧しい町民の医療を含めたセーフティネットであるが、山本周五郎が描いた小説「赤ひげ診療譚」の舞台となった施設である。&lt;br /&gt;
こうしたセーフティネットの背景には吉宗の改革ポリシーが明確にあってのことであった。一言でいえば、「元禄バブルによって、心が荒み、本来もっていた優しさを取り戻したい。財政の赤字改善だけでなく、こころの優しさをも」ということになる。この吉宗のポリシーは、後の松平定信に引き継がれる。それは、「七分積立金」という寄付制度で、町会費を節約してもらい、その節約分の七分（70％）を小石川療養所の運営費に充当してもらう制度である。おもしろいことに、この制度は明治政府になっても「東京市立養育院」となって続き、水道や道路整備更に築地の埋め立てなどにも使われた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした吉宗による享保の改革はいわば社会福祉政策と呼ばれているが、そこには町民への明確な「権利と義務」を明らかにした上でのことであった。江戸は木造家屋であったことから火事は日常的にあり、安全・安心のための最大課題であった。当時の消防は、武士（行政）によるものであったが、町民自身も消防に参加すべきとし、「町火消し」制度が創られる。町火消しの番所建設費やその運営費は町民の負担とした。つまり、権利と義務を明確にしたのである。この延長線上に、災害時の食料を確保するための「囲い米」を保管する倉庫を作り、これも「七分積立金」の中から拠出させた。ある意味、不況対策は新しい町づくりとして、町単位での経済・社会運営をまかせ、世界に類を見ない都市国家を創ったと言える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;不況時の改革はこのように「町づくり」という市民参加によるものと併行して行われた。それは何よりも、市民の認識を変え行動することによってのみ変革は可能だということだ。そして、ある意味豊かな都市づくりが可能となったのも、江戸の生活が町単位という小さな単位であったからである。当時、江戸は「八百八町」といわれていたが、実際には1000以上あったようで、互いに「隣の町より良い町にしよう」と競い合っていた。お金を持っている人はお金を出し、力のあるものは労力を出す、経験ある者は知恵を出す、そんなことが当たり前のこととして通用する社会が実現した。&lt;br /&gt;
さて、今回の政権交代による「改革」は、新たな国づくり、町づくりへと進んでいくのであろうか。政治ショー化してしまってはいるが、「事業仕分け」という情報公開は必要である。しかし、それらは緊縮財政のためで成長への道にはつながらない。私見ではあるが、改革の本筋は地方分権にある。「生活が第一」としてきた政権であり、生活は現場、つまり地方にある。財源とそれを使う権限を地方に渡し、その土地ならではの産業を起こすことだ。そして、その構想力と実行力こそが首長に問われることとなる。行政能力だけでなく、経営センスと共に強いリーダーシップが要求される。不況対策には特効薬など無いが、「新しい町づくり」という市民運動、「ハードからソフトへ」という考えによってのみ困難さを超えることができる。（続く）&lt;br /&gt;
　&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:date>2009-11-25T13:28:16+09:00</dc:date>
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<title>デフレ下のヒット商品</title>
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<description>生活者は、生活そのものの構造転換がはかられつつある。セルフ化もその一つである。そして、そして、この生活仕分けであるが、子への教育費が下がり始めた時、その時本格的な消費氷河期に入ったと判断すべきであろう。何故なら、子は私たちにとって唯一の未来であるからだ。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No421（毎週2回更新） 　2009.11.22.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本経済の情況について、やっと政府は「ゆるやかなデフレ」であると認めた。デフレとは商品やサービスの価格が持続的に下落する状態のことだが、国際通貨基金（ＩＭＦ）によると、下落が約２年間続くことが条件とされている。しかし、このブログにも何回か書いてきたが、1997年をピークに1998年以降収入は減り続け、この10年間で100万円減った。六本木ヒルズのオープン前後数年間は、金融自由化を背景に世界の金融関連企業や外資ホテルに代表されるような企業群が大挙して東京に進出してきた。一種の金融バブル、不動産バブル、消費バブルが特定エリア（東京3Aエリア／赤坂・青山・麻布）、特定市場（ヒトリッチ市場）に起きて、インフレ的様相を見せたことは事実であった。しかし、それらは一部であり、私はそうした市場全体を「まだら模様」と名前をつけた。多くの企業、特に流通業、勿論生活者にとって、デフレは10年ほど前から実感もし、対策も立ててきた。消費で言えば、その象徴が「わけあり商品ブーム」である。デフレは今始まったことではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このデフレも問題ではあるが、1年半ほど前に「ねじれ現象」というテーマで書いたように、資源を持たない日本の場合、川上（輸入価格）ではインフレ、川下（消費接点）ではデフレという構造的問題を抱えている。今また、原油価格が上がり始めており、特に内需関連企業はその狭間で苦悩している。結果、有効求人倍率は40％台、正社員の場合は4人に1人しか求人はない。来年度の大卒における就職内定情況もひどいが、高卒の場合は更に深刻な情況だ。こうした雇用の情況下で、消費心理が上向く筈がない。&lt;br /&gt;
危機の本質はこの構造そのものにある。「わけあり商品」は、提供する側と消費する側とで生まれた一種のあだ花のようなものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先週は鳥取から大阪へと回ってきた。大阪ではいつものホテルが満室ということもあって、急成長している「スーパーホテル」に泊まってみた。セルフ形式ホテルという余計なサービスを削ぎ落とした、その分価格を下げて急成長しているホテルである。チェックインし氏名・住所を書くところはどのホテルも同じであるが、その後は全く異なる。コンピュータに入力すると、部屋番号と部屋の暗証番号が印字された、しかも領収書にもなるレシートが渡される。そして、最近のホテルや旅館では良く見かけるが、パジャマを渡される。後は全てセルフ、ご自由にというシステムである。翌朝の食事時間に集まった利用者は出張サラリーマン、OLから学生、シニア夫婦と多様な人達が宿泊していた。朝食は朝6時半から、勿論セルフ形式で、無料である。そして、スーパーホテルの特徴の一つが運営スタッフのほとんどが若い女性という点にある。しかも、ホテル経営における経費の中心となっている人件費が極端な位抑えられている。つまり、最小人数で運営されるビジネスモデルと言える。恐らく、中途半端なビジネスホテルはスーパーホテルのようなセルフ形式ホテルへと変わっていくであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2年ほど前から、外食→中食→内食への傾向を書いてきたが、別な表現を借りればセルフ化への進行である。勿論、食ばかりでなく、生活全体に対する傾向としてある。商品やサービスの厳選傾向は回数を減らす減選へと進み、そしてセルフに至る。これが消費氷河期の最大特徴である。東京では過激なほどの弁当競争が繰り広げられているが、サラリーマン・OLの間では自分で作るセルフ「弁当族」が増えてきている。&lt;br /&gt;
セルフ化とは自分で行うことであり、道具や方法を必要とする。大不況下で売れるのはこうした商品群である。例えば、理美容院であれば、安いクイックサービスや髪を梳くバリカンのような道具が売れていく。調理道具が売れ、家庭菜園も更にセミプロ化していく、こうしたことも全てセルフ化、ビジネス用語でいうところの内製化である。そして、言うまでもなく省エネ、省力、省マネー型の道具が売れる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回、「回帰のゆくえ」というテーマで回帰現象の根っこについて書いた。回帰体験とは「自分の感性、自分の知を手に入れる、そんな体験である」、と仮説してみた。十数年前から言われてきた「成熟」、成熟した消費社会を迎えるということだ。激安商品についても単純に飛びつく訳でもなく、しかし「わけあり」に納得すれば購入する。勿論、生半可なこだわりにはそれに見合う費用等はかけない。長い目で見た費用と効果、それらを踏まえた満足感を手に入れる、そんなしたたかな消費者像が目に浮かぶ。&lt;br /&gt;
昭和30年代、戦後のモノも心も荒廃していた中で食べるのが精一杯であった時代、それでもどん底から這い上がる生命力だけはあったと思う。そんな時代の風景と「今日」の荒廃さを重ねて見る。モノは安くなり至る所に溢れていて、しかしモノへの欠乏感はない時代が今である。何が欠けているか、言わずもがなである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;川上ではインフレ、川下ではデフレという構造的問題に危機はある。先日鳥取県で委員会があったが、そこでもこうした構造的問題の一端を垣間みた。鳥取県を代表する地域ブランド商品と言えば、「20世紀梨」である。日経リサーチによれば果物部門で第4位の商品だ。しかし、作付け面積は昭和58年をピークに年々減り続け、昨年度はピーク時の1／3である。背景は全国どの地域も同じで、農家の高齢化と跡継ぎがいないと言う。自給率40％の日本農業にあって、若者の農業への労働移動はそれほど単純なものではない。しかし、中長期的な産業構造の転換をはかることが問われているのだ。&lt;br /&gt;
生活者は、生活そのものの構造転換がはかられつつある。セルフ化もその一つである。政府は「ゆるやかなデフレ」と表現したが、この「ゆるやか」という表現は正確である。生活者は「ゆるやか」に生活を仕分けし、構造転換を計ってきたということだ。そして、この生活仕分けであるが、子への教育費が下がり始めた時、その時本格的な消費氷河期に入ったと判断すべきであろう。何故なら、子は私たちにとって唯一の未来であるからだ。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:subject>ライフスタイル</dc:subject>
<dc:subject>消費</dc:subject>
<dc:subject>経済・政治・国際</dc:subject>

<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-11-22T13:32:03+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-9037.html">
<title>回帰のゆくえ</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-9037.html</link>
<description>見事なくらいにエコ社会、循環型経済社会を創ったのが江戸時代であった。また、磨かれた感性、熟成した知が庶民レベルで開花したのも江戸時代であり、今日のライフスタイルの原型の多くは江戸にある。推測ではあるが、消費を含め「江戸回帰」が次なるテーマとなる。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No420（毎週2回更新） 　2009.11.18.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このブログを書き始めてから4年余となるが、多くの回帰現象について書いてきた。昭和回帰、和回帰、故郷回帰、といった時や場所への回帰が思い出消費として現れてきたり、自然回帰や家族回帰といった近代化によって壊されゆくものへの修復や取り戻しも数多く現象として出てきた。少し前にもサントリー角のハイボールを取り上げたが、昭和の時代のアルコール飲料も若い世代にとってはOld New、温故知新として受け止められるような消費の在り方もある。このように回帰はシニアばかりか、若い世代にとっても同様の多様な側面を持つ。&lt;br /&gt;
変化と不安が常態化した時代には、こうした回帰現象は底流としてあり、これからも起こってくる現象である。変わってゆくこと、変わらないこと、変化することが良いとする価値と継続することこそが良しとする価値この2つがせめぎ合う、まさに混沌とした時代の特徴としてある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;変化を象徴するものと言えば、やはりインターネットの進化であろう。ブログの進化系としてトゥイッターが流行っているが、「今、渋谷にいるが、美味しい店教えて」と発信すれば、「○○のこれがおすすめ」といった情報がすぐに手に入る便利な時代だ。数年前、若い世代でケータイ小説が注目されたが、アマゾンの電子ブックリーダー「キンドル」やiPhoneの端末で読める電子書籍も出てきた。つまり、Web時代が本格的に到来し、本の読み方や学習の在り方、情報と知というテーマを根底から考え直す時代にきたということである。このWeb時代を招いたのが周知のGoogleであるが、キーワードを入れれば瞬時に欲しい情報と出会うことが出来る。そうした便利さに慣れてくると、逆に検索で手に入らない情報はあるのだろうかと、ふと自問することがある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私のマーケティング・ブログを訪問するキーワードには大きくは2種類ある。1つは人名で、だんとつに多いのが鬼頭一弥さんである。あの渋谷109のエゴイストを誕生させカリスマを育てた人物であるが、基本的には取材を受けないためマスメディアには一切登場しない、結果私のブログに来られるのだと思う。しかも、その多くは鬼頭さんの人物写真、画像を欲しがっているのも特徴の一つである。&lt;br /&gt;
もう1種類は、キーワードでいうと「未来予測の方法」と「うわさの法則」である。先が見えない、不透明な時代であることを良く表したキーワードだ。こうした「方法」や「法則」を欲しがっているとは、情報の時代にあって信頼できる情報がいかに少ないかである。&lt;br /&gt;
私のブログも、ちょうど1年ほど前から携帯を通じて訪問される方が増えてきた。私もそうだが多くの人にとって、携帯電話とPC、共に必携道具というより身体の一部分のような感覚があると思う。持たないで自由にいられたら、でも持っていないとどこか落ち着かないといった情報の時代に生きる奇妙な感覚である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした情報の時代が進めば進むほど、自ら体験することへと向かう。つまり、自らの実感を拠り所とする、ということだ。特に、人工的な暮らしに慣れてしまった子供達にとって、この体験は不可欠となっている。社会体験のキッザニアしかり、芋掘りなどの収穫体験、昆虫採集体験、農家での薪割り体験ですらビジネスメニューになる時代である。&lt;br /&gt;
宮崎駿監督のスタジオジブリ内にある保育園はエアコンなし、バリアフリー設計ではなく間違えれば怪我もする、そんな保育園とのこと。自然は危険でもあることを自ら体験できる保育園であり、人間が本来持っている一種の実感力を鍛えることであろう。&lt;br /&gt;
情報の時代とは、見なくても、体験しなくても済んでしまう落とし穴が潜んでいるということだ。情報から実感へ、自らの感受性を磨く方向へと向かっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;音楽業界も出版業界と同様に低迷している。大きなヒット曲もなく、CD売上は年々下がり続けるばかりである。アルバムを買うのではなく、好きな曲だけを安くダウンロードできる時代だ。しかし、クラシックからJPOPまでライブコンサートには多くのフアンが押し寄せている。何故か、そこにはリアリティ、臨場感、その場その時の空気感、そんな五感を震えさせてくれるものが求められているからだ。音楽の原点とは、こうした五感に訴えてくるライブ感にある。この原点に戻りえなくなった時、音楽業界も出版業界も消えてなくなるであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、回帰した後はどのように考えたら良いのであろうか。これは私論ではあるが、回帰することによって感性は磨かれ、知は熟成されることとなる。過剰な断片情報は実感を得て、確かなものとなるということだ。自分の感性、自分の知を手に入れる、そんな時代となっていく。もし、ビジネスという視点を当てるとすれば、感性磨きの手伝い、知の熟成を手伝う、それこそが音楽業界、出版業界が課題・テーマとしなければならない。&lt;br /&gt;
ところで、新政権には次の経済成長を目指す戦略がないと指摘されているが、どうも「エコ立国」を旗印として掲げるようである。見事なくらいにエコ社会、循環型経済社会を創ったのが江戸時代であった。また、磨かれた感性、熟成した知が庶民レベルで開花したのも江戸時代であり、今日のライフスタイルの原型の多くは江戸にある。推測ではあるが、消費を含め「江戸回帰」が次なるテーマとなる。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-11-18T10:57:41+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-18ee.html">
<title>生活仕分けと消費移動</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-18ee.html</link>
<description>何が生活にとって合理か、それはどの程度の支出＝価格が妥当か、そこに更なる支出を抑える工夫はあるのか、生活者は考え、生活仕分けを行い行動へと移してきた。こうした顧客変化を踏まえ、事業の再定義が必要となった。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No419（毎週2回更新） 　2009.11.15.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少し前に、ファミレスの「すかいら〜く」業態が閉店し、新たな「価格帯市場」へと変化し、価格を中心にあらゆる分野の事業を再定義する必要となったと書いた。「食」はライフスタイル変化が最も早く出やすいことと、デフレ状態があらゆる生活領域に及び始めたことによる。何が生活にとって合理か、それはどの程度の支出＝価格が妥当か、そこに更なる支出を抑える工夫はあるのか、生活者は考え、生活仕分けを行い行動へと移してきた。今、政治に於いてもやっと「事業仕分け」が始まっているが、生活者は既に2年ほど前から「生活仕分け」が始まっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;浮き沈みの激しいアパレルファッションにおいて着実に売上・利益を出し伸ばしてきた企業に神戸に本社をおいたワールドがある。製造小売り＆卸の企業であるが、数年前までは商業施設デベロッパーから「出店テナントで困ったときのワールド頼み」といわれるぐらい、多くのブランドを持ち、百貨店向け、駅ビル商業施設向け、専門店への卸向け、といった具合に業態別のブランドをもっている数少ないアパレル企業である。ある意味、こうした業態別とは「価格帯別ブランド」という側面をもっている。&lt;br /&gt;
しかし、周知のように百貨店では生き残りのために、デパ地下500円弁当を始め、わけあり商品の値引きセール、時間帯による値引きセール、更にはPB商品の導入や自社開発商品（リーズナブルな価格のSPA商品）、旧来の価格帯市場とは異なる売り場やセール、あるいは商品導入が組まれてきた。&lt;br /&gt;
さて、そのワールドであるが、昨年度の決算内容を見る限り売上利益を落とし始めている。優秀な企業であるワールドも恐らくブランドの再定義を行っていると思う。出店、卸先の変化と共に、顧客の変化をにらみ、次なるブランドの価格帯を模索、検討するということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「1000円高速」に顧客を奪われた鉄道各社であるが、9月のシルバーウイーク（18〜23日）の利用情況を見てみると、5月のゴールデンウイークと比較し、高速道の渋滞が敬遠され、鉄道にややシフトした形となっている。ちなみに、ＪＲ東日本によると、９月のシルバーウイーク中、同社の新幹線や特急、急行を利用した人は約275万人。ゴールデンウイーク後半（５月１〜６日）の約257万７千人に比べ約７％多かったと。&lt;br /&gt;
こうした大型連休以外の「1000円高速」では、中心となっていた近隣地への利用＝ドーナツ型行楽利用が減り、遠距離利用が増加しているという。その遠距離利用者の多くは、写真撮影や絵を書く、あるいは釣りといった個人趣味のための利用が多いという。こうしたケースを見ていくと、一時期あった「安ければ」という利用理由だけでなく、利用目的やそのための費用のかけ方が定着してきていると言えよう。行列しても「安さ」を求めるといった消費行動も、エブリデーロープライスではないが、かなり日常的な「生活仕分け」という計画に沿ったものとなっている。一種の計画家庭経済の如きである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まだ、正確な家計調査のデータを時系列で分析していないが、日経MJ等の調査によれば生活仕分けの廃止・節約の順番では「食費」と「衣料・アクセサリー」、更には「遊び・レジャー」という順番となっている。こうしたことは不況時にはいつも見られる現象であるが、そうした生活費の単なる順番ではなく、その内容の変化＝消費移動に着目しなければならない。&lt;br /&gt;
例えば、外部要因ではあるが、新型インフルエンザの消費への影響は様々なところにかなり出てきている。先日、再建中のJALの上期決算が1300億超の赤字決算になったと発表があったが、全日空も同様の赤字で売上でいうと▲18.8％であったと報じられた。ビジネス出張と団体旅行のキャンセルが続出したとのことだが、消費指標の一つとして考えてきた東京ディズニーランドもディズニーホテルの稼働率が90％台から70〜80％台へと落ち込んだとのこと。つまり、移動が極めて鈍くなってきたということだ。消費という視点に立てば、新型インフルエンザは「外」から「内」への移動を加速させたということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;従来の生活発想、生活仕分けでいうと、旅行を止めたから家族で楽しめる大型の薄型TVに変えようということになるのだが、今回の大不況下ではそうした単純なことにはなりそうにない。既に、一昨年暮れの帰省や海外旅行を止めて、その代わりにチョット贅沢におせちで正月を迎えようという消費移動があった。そうした移動事例の一つだと思うが、家電量販のビッグカメラは10／22にアウトレット専門店を東京池袋にオープンさせた。販売価格は新品と比較し最大50〜20％安いという。流通もこうした移動に備え多様な消費選択肢を広げているが、外食産業の中で成長している一つに回転寿司がある。大手回転寿司では単なる安さだけでなく、子どもが喜ぶゲームなどを用意し、食のアミューズメントパークの如くである。こうした回転寿司などに旅行の代替消費が移動することもあるであろう。数年前までの競争軸の一つは時間の使い方・時間の過ごし方競争であった。しかし、お金の使い方を軸に、生活仕分けが行われ代替消費が消費の全面に出てきた。それは従来の競争相手が変わったということでもある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一つ生活仕分けの前提にあるのがマイレージポイントの急速なる普及である。確か、2007年度のヒット商品番付にSuicaを始めとした電子マネーが入り、携帯電話のお財布携帯も急速に普及した。従来、航空券購入などのマイレージポイントだけであったものが、業界を横断するような生活領域にまで共通したポイントとして貯めることができるようになった。日常のスーパーやコンビニの買い物から公共料金の支払いまで、クレジット支払いでポイントが貯まるようになった。こうした支払いを一カ所にまとめマイレージポイントを貯め、海外旅行等に無料で行く「陸（おか）マイラー」が増加している。私の友人の一人もそうしたマイレージポイントで海外旅行を楽しんでいるが、生活費のかなりの部分をクレジット支払いに充てれば、1ヶ月で数千ポイントが貯まる。こうした生活仕分けの前提となる消費＝支払いでの「お得」競争が激化し、さながら「マイレージバブル」の様相を見せている。それはポイント提供者企業にとっては販促手段の一つと理解しているが、生活者にとってはポイントはお金との認識であろう。こうした認識の違いがクレームとして出てきているが、ポイント提供側も単なるポイント還元率を下げてバブル熱をさますことも必要だとは思うが、もっと根本的なところで事業の再定義が必要であろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、生活者・顧客は着々と生活仕分けを行い、消費内容に伴う消費対象の移動が始まっている。勿論、移動によって売れなくなる場合もあるが、売れ行きが好調であることもある。例えば、業務用専門の食品店や卸の市場には旧来の小売店ばかりか一般生活者が買い物に来ている。今月末、商業施設のデベロッパーと会う約束となっているので、どんなところに消費移動が起きているか、その動向についてまたブログに公開するつもりだ。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:subject>消費</dc:subject>
<dc:subject>経済・政治・国際</dc:subject>

<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-11-15T13:31:12+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/20092-a26f.html">
<title>2009年バッド商品番付（2）　自分仕様の合理性</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/20092-a26f.html</link>
<description>今年の冬、百貨店で何が売れるか売れないかを注視していくが、その視座は「自分仕様の合理性」という価値観の見極めである。何が自分にとって合理で、何が非合理なのか、その時「たかが価格、されど価格」はどうであったか、そしてどんな消費移動を見せるかをである。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No418（毎週2回更新） 　2009.11.11.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回も引き続きバッド商品について書いてみたい。前回指摘したのが顧客変化に応えられない業態は市場から退出せざるを得ないという点と、過剰を削ぎ落としている時代にあってどう低価格に向き合うかという視点で評価してみた。少し短絡的な言い方になるが、競合を見た類似的な「安さ」と、敢えて求める消費の本質を目指すための「安さ」、この2種類があると思う。今、100円ビールや第三のビールが主役となっているが、10数年前アサヒビールがキリンを追い抜くためにスーパードライを開発した時の開発責任者であった松井康雄氏の言葉、「たかがビール、されどビール」（日刊工業新聞社刊）を思い起こす。その言葉借りるとすれば、「たかが価格、されど価格」の時代にいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の小結　・・・・・総アウトレット化現象　&lt;br /&gt;
西の小結　・・・・・　マイブームからマイ合理主義へ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の前頭　・・・・・　ひととき消費からロングライフ消費へ&lt;br /&gt;
西の前頭　・・・・・ミーギフトとマイファミリーギフト&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の小結　の総アウトレット化現象であるが、生活のあらゆる領域、衣食住遊休知美に浸透してしまった。アウトレット化現象の根底には低価格要請があるのだが、本来は「定価があって、わけあって安くなりました」という規格外、基準外、季節遅れ、賞味期限間近、チョットした傷有り、展示商品、大量仕入れ、選択肢なし、これだけで終わり、・・・・・こうした「わけあり」故の商品であった。しかし、自店の在庫処分どころか、問屋にある在庫商品をかき集め「わけあり商品」として売っていくようなそれ自体を目的としたセールは論外である。あるいはオーシャンビューではない部屋を0円にする旅館やホテルも出てきて、話題に乗るだけの目的も同様である。&lt;br /&gt;
「わけあり商品」を日常化、システム化した先駆者はOKストアであり、旅行代理店のH.I.S.であろう。あるいは最近ではTV東京のソロモン流で紹介された「鎌倉シャツ」のように上質なシャツを半分以下の4900円で販売している。1万円以上するであろうシャツを、されど買い求めやすいようにと工場直轄で作られたシャツである。こうした企業は愚直なまでにポリシーを貫いており、一朝一夕ではエブリデーロープライスはなし得ない。つまり、奇をてらった「わけあり商品」のブームもそろそろ終わったということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少子高齢化の特徴の一つは単身世帯の増加であるが、既に昨年65歳以上の高齢者の単身世帯と夫婦二人世帯が1000万を超えた。人口は減少へと向かってはいるが、総世帯数は増えている。特に、東京の場合は人口も世帯数も増加している。つまり、従来の消費の中心にファミリー、家族をイメージしていたが、この10年間個人を対象としたマーケティングへと変貌してきた。その象徴として、「一人鍋」がヒットし、「ひとりっち」といったキーワードが流行った。私の場合は、そうした個人化社会の進行に伴い、「個族」と呼び、あらゆるものの単位革命が必要であると、このブログにも書いてきた。&lt;br /&gt;
それまでの物理的単位、量、サイズと共に、時間単位、スペース単位、あるいは金額の単位、それらの小単位化が進行してきた。それらは「食べ切りサイズ」「飲み切りサイズ」といった具合であったが、それらを称して私は「個人サイズの合理主義」と呼んできた。1990年代の個性化といわれた時代を経て、2000年代に入り好き嫌いを物差しに、若い世代では「私のお気に入り」というマイブームが起きた。しかし、周知のように中流層の崩壊といった経済的理由や就業への不安などによって急速に「お気に入り」から「我慢生活＝身の丈消費」へと移行した。そして、その個人サイズの合理主義の延長線上に実は質的変化が出てきた。今回のエコカー減税などにより車が売れているが、それは購入時における助成もあるが以降使用するガソリン等の費用がかなり軽減する、結果お得な買い時商品という合理的な価値観によるものだ。&lt;br /&gt;
今、都市部で住宅を購入する場合、従来の戸建住宅とマンション、新築と中古、といった違いを第一の選択理由に挙げる購入者は少なくなっている。最近ではリノベーション住宅が人気となっているように「自分仕様の暮らしを安く手に入れる。」といった理由で、そこには新築or中古といった価値観はない。ある意味、所有価値ではなく、使用価値を第一とする合理主義と言えよう。そうした意味で、今後はエコ単位とか、旧来の概念にはない新しい合理性に基づいた単位へとライフスタイルが変化していく。高機能商品群について書いたように、便利なようだが使いこなせなければ結果損をしてしまうということに気づき始めたということだ。また、今年の夏、エアコンがエコポイントがついたにも関わらず売れなかったが、補助的な除湿器が売れたと言う。あるいは今年の冬の暖房器具類については個人用の電気カーペットを始め個人サイズ商品のものが売れると予測されている。これも新しい個人サイズの合理的商品と言える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、前頭についてだが、前述の「自分仕様の合理性」といった価値観には、ひととき消費からロングライフ消費への志向が読み取れる。ひととき消費の象徴がわけあり商品の激安価格である。注目を浴び、わっと瞬間的な集客や売上を記録するが、それ以上でも以下でもない。最早、「目的買い」があるだけで「ついで買い」はない、という時代に入ったということだ。その「目的買い」の一つが、ロングライフ、長く使い続けられる商品、継続して利用したいお店ということだ。手に馴染む、身体にフィットする、何回食べても食べ飽きない、そんな商品づくり店づくりのためにも、顧客に対し「たかが価格、されど価格」の時代にふさわしい価格を用意するということである。顧客の側も永いつきあいをしたがっているということだ。そのための価格である。キリギリスよりアリ、冒険より安定、変革より保守、不満より不安、大より小、言葉より実感、・・・・・こうしたキーワードがあてはまるライフスタイル観である。これを顧客との関係として表現するならば、「アリ」とは愚直なまでにこつこつと役に立とうとすることだ。「安定」とは、いつ行っても驚きはないが、期待通りのものがある。「不安」とは、安心を強く求めており、そのための情報を常に公開し続ける。「小」は入り口であり、永く付き合うための「小価格」であり、「小サイズ」である。そして、何よりも「実感」、使ってもらうこと、食べてもらうこと、体験してもらうこと、そのための工夫が必要である。もし、バッド商品という言い方をするならば、この真逆の行き方を選んだメーカー、流通ということである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やっとマスメディアのコメンテーター達もデフレ状態にあることを認め始めた。私に言わせれば、資源輸入国の日本の場合は川上ではインフレ、川下ではデフレ、というねじれ状態が生まれ、何をもって判断するかが難しいが、消費という場面では既に2年ほど前からデフレとなっている。前述の「自分仕様の合理性」ではないが、財布の中身と相談しながら家計の計画経済を行っているのが生活者である。それを私たちは巣ごもり消費と呼んできた。以前、「ハレの日」と「ケの日」があり、消費は大きく「ケの日」へと振れてきたと。つまり、日常使い、普段使いに消費の重点が置かれ、「ハレの日」は減少する。今年もお歳暮のシーズンとなったが、お世話になった方へのギフトではなく、ミーギフト、自分へのご褒美としてシフトされている。バレンタインデーしかり、勿論中元もそうであるが、この時位はという自身への「ハレの日」としてある。意味的に言うならば、例えば百貨店は「ミーギフト売り場」であり、特別な日のための売り場ということである。既に、「自分仕様の合理性」の物差しの中には、お歳暮という考えは入ってはいないということだ。例えば、一昨年の年末のデパ地下ヒット商品であったのが正月のおせちセットであった。年末年始の旅行は止めて、自宅で正月を迎えるものへの代替消費、マイファミリーギフトとしてあった。巣ごもり生活であればこその、一つの合理的な消費移動である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年の冬、百貨店で何が売れるか売れないかを注視していくが、その視座は「自分仕様の合理性」という価値観の見極めである。何が自分にとって合理で、何が非合理なのか、その時「たかが価格、されど価格」はどうであったか、そしてどんな消費移動を見せるかをである。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-11-11T13:24:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/2009-e29e.html">
<title>2009年バッド商品番付（１）　過剰な時代のマーケティング</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/2009-e29e.html</link>
<description>便利な時代へと向かっていくことの中に、落とし穴も存在する。実はマーケティングそれ自体が問われていると思うが、その第一番目である「誰を顧客とするのか」、「市場をどう特定するのか」という原則が極めて重要な時代となった。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No417（毎週2回更新） 　2009.11.8.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回はヒット商品の裏側に潜む落とし穴、ある意味反面教師として見て欲しいこともあり、バッド（顧客評価に合致しない）商品を日経MJ風に番付をつけてみた。特に良かれと思って商品化したが、顧客が求める要請にずれていたり、安易に顧客要望に従ってしまったことによる落とし穴、こうした商品を取り上げてみた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の横綱　GMS業態&lt;br /&gt;
西の横綱　民放バラエティ番組&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の大関　ドン・キホーテ680円ジーンズ&lt;br /&gt;
西の大関　おまけ付き女性雑誌&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の関脇　シニアのコンビニレジャー&lt;br /&gt;
西の関脇　高機能商品群&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の小結　・・・・・　&lt;br /&gt;
西の小結　・・・・・　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の前頭　・・・・・　&lt;br /&gt;
西の前頭　・・・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;東の横綱のGMS（総合スーパー）業態については、既に10数年前から曲がり角に来ており、いくつかの手が打たれてきた。しかし、今年に入り、いち早く下取りセールなどを取り入れ成功させたイトーヨーカドーですら初めての営業赤字となり、イオンも同様の赤字事業だ。GMS業態の活路はPB商品の拡充というところだと思うが、特に衣料部門において価格を含めユニクロなどと競争しえるかどうかがポイントとなる。そして、今年の春からのジーンズ競争やヒートテックやパワーウォームといった暖か下着競争の結果でこれからの業態転換の行方が決まる。&lt;br /&gt;
また、こうしたMDのPB化、SPA的MD以外ではウォルマートの傘下に入った西友のようなエブリデーロープライス業態であるが、いち早く確立したOKストアを見ても分かるように、2〜3年でシステムが確立できるものではない。都市部に中型店舗の多いイトーヨーカドーの場合は、こうしたエブリデーロープライス型の「ザ・プライス」への転換が更に早まると思う。つまり、GMS業態は一部は残るにせよ、既に終焉したということだ。ちょうどファミレスの象徴であった「すかいら〜く」が幕を閉じ、クローズしたファミレスを居抜きで買い取り急成長しているステーキレストラン「けん」（＝ディスカウンター業態）と同じ構図である。既に破綻をしたダイエーが三越を抜いて小売業NO1となったのは1972年であった。その革新的であったGMSという業態も終焉を迎えている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;西の横綱の民放バラエティ番組であるが、これは言わずもがなである。「TVが消えてなくなる日」のところでも書いたが、若い世代のTV離れが激しく、年代順の使用メディアでいうと、携帯＞PC（パソコン）＞TVという順になる。現在のTVのコア視聴者はシニア層、65歳以上であろう。しかし、民放各局は騒々しいバラエティ番組と取材力を持たない2次情報による報道番組ばかりでシニア層からも更にそっぽを向かれていくであろう。シニア層に的を絞ったNHKが安定した視聴率を稼いでいるのと対照的である。&lt;br /&gt;
民放各局は経費を抑えるために、安い芸人を使った「バラエティのディスカウント」業態のような放送、もしくは例えば過去の高視聴率番組であった「8時だよ！全員集合」のような番組の再再？放送や昭和の名曲を取り上げるといった過去の財産を食いつぶすていたらくである。勿論、TVメディアが相対的価値を落とし続けるとは思うが、多様で過剰なメディアの時代にあって従来の既成を自ら壊さない限り、その価値を落とし続けるであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、大関であるが、東西共に追随する類似ビジネスの悪しき事例である。まずドン・キホーテ680円ジーンズであるが、ユニクロやイオン、ヨーカドー、西友といったジーンズ競争という話題に乗ることだけが目的で、売り出したジーンズの本数1万本がそのことを表している。ドンキ・ホーテは従来の概念には無かった異質なディスカウンターであった。深夜営業のDSという競争無風地帯の開発、コンビニの10倍以上の4万品目を熱帯雨林陳列、まるで宝探しのような新しい買い物感を創造する、小さな売り場に担当責任者を置き仕入れから売り場づくり、結果としての売上を1人で行う小さな単位経営の良きモデルとしてあった。つまり、既成に対する革新者として登場し、顧客支持を集めてきたのがドン・キホーテであった。低価格という時代の風にのっているとはいえ、増収増益という数少ない小売業の一社である。しかし、敢えて言うならば、革新者であり続けて欲しい、大企業病になってほしくはないということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このブログにも書いたことがあったが、廃刊、部数を落とし続ける雑誌業界にあって、唯一部数を伸ばし利益を挙げているのが「おまけ付き雑誌」の宝島社である。その後追いであろうか、「モア」を始め多くの既刊女性誌が続々と「おまけ付き雑誌」へと変貌している。雑誌も例外でなく、全てが「わけあり競争」市場になり、その内容次第で物（雑誌）が買われる、そんな市場へと移行している。その「わけ」は単なる「こだわり」ではなく、ある意味ここまでやるのか、こんなおまけなのか、といった常識を超えた「わけ」が購入を促進させる。&lt;br /&gt;
従来は編集長のセンスと編集者ネットワークで雑誌（商品）を創ってきたが、宝島社の場合は「おまけ」もさることながら、編集内容それ自体が明確にセグメントされた女性に向けた「わけあり情報雑誌」づくりが行われている。つまり雑誌業界で初めてマーケティングという手法を取り入れ、それに付帯した「おまけ」がつけられただけである。編集長とは編集のプロではなく、優れたマーケッターでなければならないということだ。雑誌の本業、「わけあって、こんな情報を掲載しました」という雑誌づくりではなく、単なる「おまけ付き」雑誌であるならば、「おまけ」に左右される一過性のものでしかない。つまり、一番重要な継続性がないということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、今年の7月北海道大雪山系のトムラウシ山・美瑛岳でシニア世代を中心に10人が遭難死した。夏山ということから軽装での登山で荒天による寒さが死に至らしめたと報じられた。そして、自然の恐ろしさを甘く見た旅行会社・ガイド、更には登山参加者に対し、気軽に便利な登山旅行の持つ危険性について「コンビニ登山」として問題指摘された。&lt;br /&gt;
10数年前からシニア世代の隠れたレジャースポーツの一つが登山・山歩きであった。東京では登山クラブの待ち合わせ場所としてJR八王子駅が有名で朝方にはシニア世代で溢れる状態である。マスメディアに取り上げられることは少ないが、この元気なシニア層が消費を下支えしている。特に、都市部におけるこうした消費の多くは、まさに手軽に気軽に、そしてリーズナブルな価格で提供されている。東京成城にある家庭菜園のクラブには道具のレンタルや指導員によるサービスばかりか、農作業の後のシャワー施設まで完備されている。こうしたコンビニ農業とでもネーミングしたくなるようなビジネスが至る所に浸透した。つまり、興味がそのままストレートに体験へと移っていけるコンビニ的便利さには、北海道大雪山系トムラウシ山の事故のような落とし穴が常に潜んでいることを教えてくれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうしたシニア世代の課題と同様に、家庭用電化製品はデジタル化の進行と共に、便利さがスイッチ一つで得られるようになった。その代表的商品が高機能商品群である。既に、携帯電話では高機能商品と単機能商品とに分化したが、I Hヒーターを先頭に電子レンジ、炊飯器、圧力釜、冷蔵庫、洗濯機、地デジ対応薄型TV・・・・・こうした製品群にも便利さの裏側、いや既に表へと出てきていることに「機能を使いこなせない」という初歩的問題がある。外食から内食化という巣ごもり生活が進行している中、クッキング教室が見直され流行っている背景の一つがこうした使い方学習、あるいは方法論学習である。各社共にカスタマーサービスを充実させようとしているが、既に体験学習の領域まで踏み込んでいるメーカーもある。誰でもが操作が簡単と思っている洗濯機の使い方を含め洗濯教室が開催されつつある。&lt;br /&gt;
当たり前のことであるが、こうした高機能商品も道具である。以前、ブログにも書いたが、一昨年位から土鍋が静かなブームとなっている。その背景には道具の原点に立ち戻り、和の合理性に着目したからである。更に付け加えれば、有機野菜は当たり前となり、日本古来の固有種の野菜に人気が出ているが、これも「どう調理したら良いのか」、使いこなす調理法とそのメニューが具体的に用意されないと、高機能商品群と同じである。つまり、とことん使いこなす時代になったということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回は東西の横綱、大関、関脇について書いたが、勿論番付といった観点ではない。モノもサービスも過剰な時代にあって、革新の継承の難しさ、顧客の変化にどう向き合えば良いのか、という課題がある。大企業もそのスタートは零細企業であった。町のパン屋さんもお惣菜屋さんも、人気商品が次第にその売上を落としていくことに向き合うことと同じである。あるいは便利な時代へと向かっていくことの中に、落とし穴も存在する。実はマーケティングそれ自体が問われていると思うが、その第一番目である「誰を顧客とするのか」、「市場をどう特定するのか」という原則が極めて重要な時代となった。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:date>2009-11-08T13:27:18+09:00</dc:date>
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<title>ブランドも原点に帰る　</title>
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<description>押し寄せる価格帯市場に対し、ブランドの再生を果たす道はただ一つ。奇人変人と呼ばれようとも自身のポリシーに生きる、一人の顧客に対し愚直にがんばる、そんな生きざまをもって向かっていくということだ。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No416（毎週2回更新） 　2009.11.4.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ブランド価値、無形の資産ブランドという考えがビジネスに導入されてきた背景には、同じ機能を持つ商品がA社では100なのに、何故B社では120なのかという、誰もが持つ心理的価値に着眼してきたことによる。その心理的価値とは何かであるが、結論から言えば「人は皆、記憶の生産者である」ということにつきる。多忙な日常の中で記憶はある時何かに触発され、「思い出すこと」によって記憶は深く刻まれる。&lt;br /&gt;
名著「胎児の世界」（三木成夫著　中公新書刊）に書かれているような人類の生命記憶と共に、人の心に刻み込む何事かによって創られる（生産される）記憶もある。後者に多くのマーケッターは着眼し、人間心理に刷り込むようなマーケティング、残像効果を発揮させる手法、そんな記憶に残る思い出づくりをテーマとしてきた。その中心にブランドマーケティングを置いてきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この10数年間、和回帰や昭和回帰を始め、多くの回帰現象が至る所で見られた。回帰とは記憶をたどることであるが、その中心は団塊世代であったが、若い中学生にも回帰はある。例えば、一時期コンビニのヒット商品となった「揚げパン」は小学校時代の給食に出された揚げパンの記憶によるものである。それを私は「思い出消費」と呼んで、どの世代にも等しくある消費であると書いたことがあった。&lt;br /&gt;
あるいは、思い出時間は遠い過去の記憶ばかりでなく、少し前の近過去の記憶もある。古い話で恐縮であるが、コンビニの創成期には、夕方になったら電球や電池をカウンター近く目につくところに置け、と言われてきた。夕方暗くなり、そう言えば電球が切れていたと店頭を見て思い起こさせる方法である。市場が心理化したと言われるのは、こうした記憶を呼び起こさせるマーケティングのたまものでもある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうしたマーケティングの成果を踏まえ、あらゆる領域でブランドが生まれた。国、街、エリア、あるいは横丁に至る場所から、商品においてはそのほとんどがメーカーによってあるいは流通によってブランド化された。更には、カリスマという言葉に象徴されるように、人ブランド、あの人が作った商品といったように、継続した情報発信力によって全てがブランドとしてマーケティングされてきた。前回取り上げた地域ブランドもそうしたブランドの一つである。いわゆるメディア化社会の特徴でもあるが、ブランド競争は情報競争、実体としての固有のモノ価値からどんどん離れてしまった。過剰な情報競争に勝ち抜くには話題になることだと、それにはTVメディアに取り上げられることだと、ブランドの本質に根ざさない世界へと向かってしまった。&lt;br /&gt;
しかし、10年間で100万円所得が減ったことを見ても分かるように、消費は所得の関数という事実は1年半ほど前からブランド消費においても顕著となった。特に、話題づくりこそブランド化への第一歩とするようなブランドは急速に市場から消えていった。そして、ハイブランド、スーパーブランドというブランドはアウトレットで買われ、20〜30％程度売上を落とし、いくつかのブランドは中国市場へと方向転換を計っていることは周知の通りである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、先日象徴的な出来事がまた一つ起きた。戦後の高度成長期という豊かさを追い求めた時代の象徴であったファミレスの元祖的存在であった「すかいら〜く」の最後の一店がクローズしたというニュースである。その時代的な意味合いについてはここでは触れないが、すかいら〜くを始めとした飲食業界では「価格帯業態」について明確な考え方をとっている。すかいら〜く業態は顧客単価1000円、ガスト業態は顧客単価750円、ちなみに500円業態はテイクアウト業態で（お弁当+お茶）、ファストフーズ、コンビニ、スーパー、町の総菜店など大激戦市場となっている。すかいら〜くの閉店は1000円から750円へと顧客要望が変わったということである。&lt;br /&gt;
ブランドもこうした価格帯市場と無縁ではなく、兄妹ブランドとしてg.u.を発売したユニクロにはこうした価格帯市場を見据えたもので、その戦略性は高く評価したいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、課題は価格帯市場が進展するなかで、ブランドを育て創る顧客心理の今である。その前に考えなければならないことは、ブランドを育て創るということはどういうことであるかだ。「記憶」というキーワードをスタディしてみたが、ブランド経験、単に商品を買ったということではない記憶に刻まれた何か、そのことにブランド担当者は思い至らなければならない。育てるとは「ブランドの記憶を思い出すこと」であり、そうした記憶を伝承することだ。単純化してしまうが、ブランドを育てるとはその「記憶の継承者」をいかにつくっていくかである。&lt;br /&gt;
記憶は個人的なものとしてある。そんな個人の思い等付き合ってはいられない、これが誰しもが思うことである。しかし、たしか中国のことわざに「聞いたことは忘れ、見たことは覚え、したことは理解する」とある。体験、体感したこと、言葉では表しきれない個人的なこと、そのような感動、感激、感謝が記憶をつくってくれている。少し前まで、感動マーケティングとか、感動経営といった書籍が出されていたが、こうした背景からである。しかし、その多くはテクニックが中心となっていたため、価格帯市場を打ち崩すまでには至らなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;記憶に残る、深くこころに刻み込まれる何か、それがブランド再生への道となる。過去、多くのブランドについてスタディをしてきた。シャネル、ティファニー、ロレックス、SONY、・・・・その創業者の精神がどのように受け継がれてきたかをである。結論から言うと、明確なポリシー、理念、ミッションをもった人、生きざまをビジネスとしてきた人、そう表現できる。そして、全てのブランドに共通していることは、創業当時周りの人からは奇人変人扱いされてきた。例えば、とびっきりの奇人変人であったシャネルであるが、そのシャネルフアンは時代に向き合い既成に対し激しく戦う生きざま、その生きざまに共感する。シャネルの服を着るとはそうした生きざまを纏うことに等しいということである。シャネルの生きざま記憶と自身のブランド体験記憶とが重なることによって、深くこころに刻み込まれるということだ。&lt;br /&gt;
ブランドが再生する道はただ一つ。創業の精神に立ち戻ること、その生きざまを「今」に重ねてみることだ。それは前回取り上げた地域ブランドも同じである。単なる産地識別表示としてのブランドではなく、その地域はどんな生きざまを「何か」を通して見せることができるか否かである。日経リサーチによる地域ブランドの第1位は「讃岐うどん」であった。つまり、無数にある町の讃岐うどん屋さんが一店一店独自なうどんを提供するという地域の生きざまが見えるということだ。押し寄せる価格帯市場に対し、奇人変人と呼ばれようとも自身のポリシーに生きる、一人の顧客に対し愚直にがんばる、そんな生きざまをもって向かっていくということだ。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-11-04T13:23:08+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-a547.html">
<title>地域ブランドの再創造へ　</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/11/post-a547.html</link>
<description>2006年以降、様々な地域ブランド商品が生まれた。なんとか全国へと浸透させるためにTVメディアの取材を受け、一時的には売れたと思う。しかし、その数ヶ月後には言わずもがなである。地域の固有性とは何か、当たり前の話であるが顧客評価、ブランドは顧客が創るのだ。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No415（毎週2回更新） 　2009.11.1.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回、隙き間市場、小さな市場に対し、ブランドマーケティングを行っている事例について書いた。ブランドというと、「固有のらしさ」が過去もそうであったし、今も未来もそうであるであろうと期待を膨らませてくれる他とは違う新しい価値として総称してきた。それを商標という財産、別な表現をすれば暖簾といってもかまわない。そうした無形の財産を創るためにマーケティングをしてきた。ここではブランドの再生といった一般論を語る気は一切ないが、一つだけブランドの盛衰に共通していることは、マスプロダクト化、日常化すればするほど、そのブランドとしての固有性は陳腐化していくという事実である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2006年4月に商標法の改正が行われ、地域名をつけた商標が登録され、町おこし、地域団体起こしに活用されるようになった。商標ではないが、地名をつけた街に銀座がある。昨年秋、H&amp;Mが銀座に進出した時にレポートしたが、ユニクロやZARA、GAPといった量販カジュアルブランドと世界のハイブランドのフラッグショップが混在し、まだら模様の如くに変貌したと。更には、300円弁当戦争に乗り遅れまいと、デパ地下では500円弁当が売られ、スーパーの特売セールの如き売り出しが日常的に行われる。低価格という波が銀座の街に押し寄せ、以前とは異なる表情を見せ、全国の主要都市も同様の傾向となっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;マンゴーブームの土台を作ったのが沖縄マンゴーでファインフルーツ沖縄が知られているが、宮崎マンゴーが舞台に上がり、最近では宮古島マンゴーも出てきた。価格帯が高いということから、松阪牛以降、各都道府県のほとんにブランド牛がある。農水産物の多くが地域名がつけられたブランドとして登録されている。&lt;br /&gt;
しかし、一方ではこの一年半ほど前から指摘してきているように、わけあり商品ブームが続いている。極論ではあるが、地域ブランドの多くは、単なる識別＝産地表示のためだけで、「固有性」としての価値は価格に反映されていないということである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は好きで沖縄によく行くが、頻繁に行くようになってから10年になる。当時の沖縄のイメージは、「長寿の島」、「癒しの島」、であった。長寿の島について言えば、雑誌サライを始め健康食がテーマとなり、その代表的な食として那覇安里の「あしゃぎぐわ〜」が取り上げられた。しかし、実態は正反対で、平均寿命は女性は全国NO1であるが男性は25位、肥満率は男女共に全国NO1、糖尿病の死亡率も全国NO1、という非健康県である。これは人口1人あたりのファストフーズ店が全国NO1であることと、移動全てが車であると言われている。そして、ホテルや観光ガイドに載っていない、ごく普通の食堂で食事をすればすぐにわかる。それは、その量の多さにである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1980年代後半、リゾートが大きなテーマになっていたこともあり、以降沖縄のホテルには体験すべくほとんど1回は泊まってきた。万座ビーチホテルもその一つであるが、キレイな白砂のプライベートビーチがあるが、他の場所から白砂を運び人工的に作られたものである。後に沖縄の知人から聞くと、沖縄の人は海では泳がない、ビーチはバーベキューパーティをする場所とのこと。つまり、極論ではあるが観光客にとって癒しの島はリゾートホテルの中だけということだ。もう一つの沖縄、知らない沖縄がいかに多くあるか、オキナワフリークの私ですらまだまだ多い。沖縄の海が何層にも緑や青みがかった色に映るのは、海底の砂の色が反射してのことで、その砂のほとんどが珊瑚で、世界でも珍しい海である。また、その珊瑚が危機に瀕しているのも、もう一つの癒しの島の実態である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年１月にまとめられた日経リサーチ「地域ブランド戦略サーベイ」（&lt;a href=&quot;http://www.nikkei-r.co.jp/area_brand/index.html&quot;&gt;http://www.nikkei-r.co.jp/area_brand/index.html）によ&lt;/a&gt;ると、地域・街や名産品のブランド力の総合評価としては、沖縄は北海道、京都に次ぐ3位となっている。訪問者の満足度では沖縄が第1位となっている。しかも、観光地別では10位以内に4つの離島がランクインしている。ホテルリゾートという人工的に作られたものとはいえ、まだまだ手つかずの自然が残る離島＝沖縄固有の海への評価は極めて高い。しかし、名産品、お土産となると極端にその評価は下がる。やっと26位に黒糖がランクインするだけである。ちなみに第1位は讃岐うどんである。&lt;br /&gt;
一方、沖縄県民自らが挙げた名産品は、第1位沖縄そば、第2位讃岐うどん、第3位ちんすこう、となっている。が、全国ランキングになると沖縄そばは71位、ちんすこうは56位となっている。つまり、沖縄県民の評価と全国評価とでは全く違うということである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;都市生活者が求める価値と地方がこれは良いと考えるものとの間には大きな違いがある。今回は沖縄を取り上げたが、持っている資源が単なる観光産業だけに終わり、他の産業へと波及していないということだ。誰でもが指摘していることと思うが、地方の人口が流出する時代にあって沖縄の人口は増え続けている。その多くは移住者である。しかし、石垣島の住宅乱開発など、私のブログにも”団塊様、お断り”とコメントが寄せられている。沖縄の人達は、人懐っこくシャイで、こちらが心を開けばその分心を開いてくれる、そんな程よい関係をつくってくれる人が多い。しかし、その奥底には、過重な基地負担、遡れば薩摩侵攻から明治政府による琉球処分・・・・その端的な表現として今なお「うちなんちゅ〜」（沖縄人）と「やまとんちゅ〜」（本土の人間）という言葉が使われている。こうした都市と地方の溝はどの地方にもあるのだが、顧客が求め、満足する多様な資源を生かし切ることこそが地域ブランドとなる。年間600万人の観光客、その大半が中学の修学旅行という壁を乗り越えるには、観光を入り口とした産業化であり、回数多く訪れてもらうための沖縄文化ビジネスの確立であろう。それが「沖縄という固有性」を保持し、発展させていくこととなる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;地域ブランドが単なる産地識別名になっているのは沖縄だけでなく、多くの地方でも同様である。2006年以降、様々な地域ブランド商品が生まれた。なんとか全国へと浸透させるためにTVメディアの取材を受け、一時的には売れたと思う。しかし、その数ヶ月後には言わずもがなである。地域の固有性とは何か、当たり前の話であるが顧客評価、ブランドは顧客が創るのだ。地元の人達はそれに応え、固有価値を磨くために、更に固有と言うテーマを進化させる。そこに産業化への着眼がある。沖縄で言えば、温暖な気候はリタイアしたシニアにはうれしいものである。できれば冬場だけの長期滞在型のコテージのような施設があったらと思っていた。今、北部金武町の米軍跡地に医療と癒しを融合させた「リゾート・リバビリテーション」をつくる構想が練られていると聞く。過重な基地負担とは、逆に基地依存でもある。こうした跡地利用という解決には、「長寿の島」復活にも大いに役に立つ。&lt;br /&gt;
少し長くなったのでここで終わるが、消費が巣ごもり状態の今、一度立ち止まって考えることも必要であろう。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-11-01T13:40:37+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/10/post-ca8c.html">
<title>巣ごもり消費とコミュニケーション　</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/10/post-ca8c.html</link>
<description>顧客の目が厳選から減選へと進化しており、逆に多くを売るのではなく、減選しやすいように小さく売ることである。巣ごもりする生活者の小さな消費欲望に対し、ていねいに小さく応えていくということだ。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No414（毎週2回更新） 　2009.10.28.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここ数年、顧客の変化によって多くの業界の再編・統合が行われてきた。その根幹には市場、顧客の変化があり、そのライフスタイル変化を映し出している流通の変化について多くを書いてきた。ところで、マスメディアは自分自身のこともあって、ほとんど取り上げてこなかったテーマの一つに広告がある。私自身若い頃広告代理店でマーケティングに携わり、自らの変化を語らなければという思いがあったが正直難しいことでもあった。書店には10年前に較べ、マーケティングの本は少なくなり、広告に関する本はほとんど無いに等しい。そうしたなかで、正面から向き合ったのが書籍では「明日の広告」（佐藤尚之著）と、確か「週刊東洋経済」（1／31号）ぐらいである。広告代理店においても、既に何回かの再編統合を終え、TV局も少なからず数年先には再編が行われると思う。巣ごもり消費の影響は広告代理店にも大手マスメディアにも多大な影響が及んでいる。特に昨年秋以降、TV局のCMに番宣（自社番組の宣伝広告）が急増し、いかに空き枠が多いか誰でもわかる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;周知のように、マスメディア広告は、顧客がマスとして市場形成されていた時代には極めて有効で効率の良いマーケティング手法であった。しかし、大量生産大量販売の時代から少量生産少量販売へと移行する時代には、逆に広告という大きな投資の効率を落とし、無駄を産むことへと変化した。好みも多様化し、メッセージを伝えるメディアも多様化する時代、つまりマスメディアが相対的に情報価値を失っていく時代にあって、いち早くパーソナルマーケティングへ、ネット広告を含めたメディアミックスへと転換したのが広告代理店であった。しかし、今なお、こうした変化に向き合う、広告を唯一の収入とするビジネスモデルの転換をはかれていないのが、日本のマスメディアである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1990年代半ば、セントラルバイイングという考え方が米国からもたらされる。マスメディアの購入を一社に集中させ、安く仕入れる方法で、クライアント（広告主）はそれを複数の広告代理店に競争入札（コンペティション）させる仕組みである。今で言う、一括大量仕入れによるコストダウンである。メディア売買において、激烈な価格競争が始まった。マスメディアの売上に大きく依存してきた広告代理店はそのビジネスモデルを転換させるが、転換できなかった広告代理店は再編・統合へと向かった。&lt;br /&gt;
また、広告主は広告メディアの購入と広告内容（クリエイティブ機能）を分離させ、従来の一貫性あるトータルサービスを変える。商品開発のための各種調査は、既に広告主自身が直接専門調査会社に依頼をしている。つまり、広告主自身が市場創造というマーケティング機能を持ったということである。&lt;br /&gt;
そして、昨年のリーマンショック以降、未曾有の不況により広告は激減する。マスメディア広告の中心は車、家電、食品、住宅といった業種であるが、大企業だけでなく、広告産業の裾野をつくってきた中堅企業や地方企業の広告出稿はほとんど皆無に近い情況となる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、広告代理店も広告制作に携わっている人も原点に帰ればよいのだ。何故、広告やコミュニケーションを必要としたのかを。想定する顧客のメディア接触に従ってメディアを選び、「明日の広告」を書いた佐藤尚之氏のように顧客に向けてラブレターを書けば良いのだ。思いは通じる、そう信じてラブレターを書いた筈である。勿論、ふられることもある。何が原因でふられたか、本人（商品）であれば気に入られるように手を加える提案をすれば良い。何年か前に、「地方ビジネスはおもしろい」と書いたことがあった。それは素材としては極めて良いのに、一工夫、一手間がないために商品になっていない、という指摘であった。例えば、地方の例ではないが、サントリーウイスキー角瓶の復活を思い起こせば良いかと思う。右肩下がりの典型であったのが、ウイスキー市場である。嗜好の傾向としてはソフトドリンク化の中で、いかに強い度数のウイスキーを売っていくかであった。サントリーがメニュー化したのがハイボールで、その直営店として昨年東京青山にショットバーをオープンさせた。単純化してしまえば、ウイスキー（素材）+炭酸（素材）＝ハイボールをメニューとし、若い世代にとって新鮮な飲み物とした。私のような世代にとっては古くからある飲み物であるが、若い世代にとってはOld New、温故知新である。そして、ショットバーばかりでなく、居酒屋などの料飲店にもハイボールが浸透してきたことは周知の通りである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;全てを小さな単位で見ていくことだ。少量生産少量販売の時代に沿って、広告代理店も、広告制作会社も変わることである。もう少し分かりやすく言えば、小売業的発想で商品を見ていくことだ。顧客の目が厳選から減選へと進化しており、逆に多くを売るのではなく、減選しやすいように小さく売ることである。巣ごもりする生活者の小さな消費欲望に対し、ていねいに小さく応えていくということだ。発想はこうだ、一人ビジネス、一坪ビジネス、一コーナービジネス、一商品ビジネス、一時間ビジネス、一テーマビジネス、あるいはワンコインビジネス、「一（いち）」という最小単位でビジネスの可能性を追求していくことだ。&lt;br /&gt;
サントリーウイスキーにはオールドもあれば山崎もある。しかし、一番価格の小さい角瓶を選び、ハイボールという商品化をした、これが巣ごもり生活時代のマーケティングである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;広告を始めとしたコミュニケーションも饒舌な世界から、生活実感の伴った”自分のことをよく理解してくれているな”という世界へと変化している。その代表的事例が、隙き間市場、ニッチ市場という小さな市場を掘り起こしているのが”あったらいいなをカタチにする”小林製薬である。小林製薬の広告を担当しているのは小さなハウスエージェンシーである。小さな市場に対する商品を明確にブランドとして育てる、業界用語でいうとブランドマーケティングを採用し実行している会社である。各種の消費者調査を始め、広告は勿論のこと流通に対するプロモーションから店頭のPOPに至るマーケティングの全てをサポート＆実行している数少ない会社である。&lt;br /&gt;
小林製薬の”あったらいいなをカタチにする”は困っている顧客に対するラブレターである。それは単なるコミュニケーションだけでなく、商品そのものがラブレターとなっている、そんなことを必要としている時代にいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;過剰な情報の時代とは「知っているようで何も知らない」時代のことであり、広告も過剰な情報の一つである。サントリーのハイボールも小林製薬の”あったらいいな”商品も、小さな特定マーケットを対象としたものだ。そのためには、生活者研究、ライフスタイル変化への気づき、そんなアンテナを常に張り巡らしていなければならない。いつかこのブログにも書いてみるが、2〜3年前には「女性にとって、一駅電車に乗ってでも買いたいパン屋さん」、そんな現象が至る所で見受けられた。今、美味しいと言われた大手パン専門チェーン店の売上がかなり落ち込んでいる。厳選から減選という消費傾向を表している業態の一つであるが、価格以外の要因であるか否か、また明らかになったら報告したい。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-10-28T13:25:05+09:00</dc:date>
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<title>知っているようで知らない時代</title>
<link>http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2009/10/post-f8ec.html</link>
<description>スイッチ族というキーワードで便利さによって5感が失われてしまう時代のことを書いた。少し違う視点で言えば、生々しい現実を見なくても済んでしまう時代のことでもある。見ているようでまるで見ていない、知っているようでまるで知らない、これが情報の時代の一側面である。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No413（毎週2回更新） 　2009.10.25.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回、「モノを売るのではなく方法を売る」、いわば発想の転換について書いた。それは何よりも、過剰な情報が飛び交う時代とは、常に断片・部分情報だけで、つなぎ直し、編集し、物語とするには素人の生活者には極めて困難である、という認識を背景にしている。そして、つなぎ直し、編集し、物語とすることこそプロの仕事であるとも。&lt;br /&gt;
以前、消費のプロである生活者はどんどんセミプロ化し、店頭に現れる顧客を生半可な知識で対応してはならないと書いたことがあった。何か矛盾するような表現となっているが、セミプロ化しているのは得意領域と知識情報についてであって、修行し得られた経験に基づく技、ある意味言葉では表現しえない世界は未知のものとしてある。実はそうした技や世界は応用力や転用力となって表れる。プロの料理人とセミプロの人間に、食材3種を渡し、どんな料理の広がりと奥行きが可能か実際に作ってもらえば分かる。セミプロの場合はせいぜい10種類に満たないのに対し、プロの料理人であれば数十種類のどれも見事な料理に仕上げられる筈である。若い修行中の料理人にまかない料理を作らせるのも、基本の習得と共に応用力や転用力を学ばさせる訓練としてある。あるいはプロのスタイリストとオシャレ大好き人間に、一枚のスカーフを渡し、どれだけ素敵なコーディネーションができるか、これも料理の世界と同じである。プロとセミプロを分けるもの、勿論技術もあるが、やはり想像力の有無、想像を働かせる訓練の有無、私の言葉で言うと編集力の有無であろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;既に、知らないこと、複雑で理解するに難しく使いこなせないことを背景に、市場が分かれたのがPCや携帯電話である。周知の単機能PCや携帯と多機能PCや携帯の分化である。こうした傾向はデジタル家電の領域にも広がると思う。今、買い換え需要商品となっている薄型テレビも同じで、画面サイズに準じた価格帯となっているが、次第に単機能と多機能といった市場が現れてくることが予測される。&lt;br /&gt;
ところで、大変便利な調理器具の一つに圧力鍋がある。しかし、使いこなせない主婦が多く、圧力鍋を使いこなす教室が流行っていると聞いている。あるいは、電子レンジを巧く活用した煮物のように組み合わせ調理法に関心が集まっているとも。こうした道具類は常に技術進化し、新製品として導入されてゆくが、便利さとは裏腹に使いこなせない「道具難民」、特にシニア層において増加している。少し前にも巣ごもり生活について書いたが、便利さとは何か、必要とは何か、という問いかけが始まっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このような市場の動きを価格の2極化と呼んでいるが、それは結果であって、内実はセルフ・自己方式（低価格）とプロ診断・プロ指導式（プロに見合った価格）の2つの市場に分離し始めていると理解すべきである。今、市場を席巻しているのが、ユニクロに象徴される前者であるが、実は後者、プロの仕事の在り方の転換が促されていると理解した方が良い。このことは「低価格競争を超える方法」でもある。&lt;br /&gt;
プロは方法を売る。料理であるとレシピが方法化の一つではあるが、そこには応用力や転用力を引き出す想像を促すレシピとなっているものは極めて少ない。TVの料理番組の多くはレシピ本を出しているが、半歩進んだとは思うがプロの仕事に触れることにはならない。&lt;br /&gt;
ちょうど柿のシーズンになってきたが、昨年隠れたヒット商品の一つに通販の干し柿セットがあった。生柿と吊るす縄とその干し方ガイドをセットにした通販商品である。いわゆる手作りセットのニッチ商品であるが、これも一つのプロ指導による商品で前回書いたひととき農業と同じである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;断片・部分情報からは決して得られないプロの世界とは、ああこんな使い方もあるのだ、この発想にはまいったな、と、期待通り半分、期待を裏切ること半分、結果一つの想像世界を触発させてくれる世界のことである。&lt;br /&gt;
そして、プロは何よりも、自分が好きな世界、自分が食べたい、使ってみたい、着てみたい、他に見当たらないから自分でやってみる。ファッションであれば、アニエスbもそうであったし、古くはシャネルもそうであった。日本にも古くは北大路魯山人のように書家を目指すが、その食道楽から自ら包丁を握り、器を作り、顧客にふるまう料亭星岡茶寮まで作ってしまう人物もいる。そんな後世に名を残すような人物でなくとも、街の至る所にいるプロも原則同じである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前、スイッチ族というキーワードで便利さによって5感が失われてしまう時代のことを書いた。少し違う視点で言えば、生々しい現実を見なくても済んでしまう時代のことでもある。見ているようでまるで見ていない、知っているようでまるで知らない、これが情報の時代の一側面である。繰り返しになるが、スピードや効率故の断片・部分情報しか与えられていないからだ。しかも、それら情報は全て無料である。無料の断片情報を使って消費してきたのだが、生活者は情報とは何かについても気づき始めている。どんな情報でも瞬時に手に入る、そう勝手に思い込んできた。しかし、手に入らない情報も厳然としてあることに気づき始めたということだ。結果、生活者は数年前から急速に体験学習、リアルな現実に向かい合うことにシフトしてきた。&lt;br /&gt;
ある意味、新しいプロの時代に向かおうとしている。生活者の体験によるつなぎ直し、生活の再編集、新たな生活物語に手を貸すことがプロの仕事になる。もっと具体的に言えば、店頭・売り場に立つのは販売のプロではなく、顧客に実技指導を行うプロに変わるということだ。飲食店であれば、料理人自らが顧客をもてなすということであり、ファッションであれば顧客のスタイリングを指導するということである。つまり、極端な表現になるが店頭・売り場は学習の場、教室になるということである。勿論、プロは専門とする領域を常に学ばなければならない。プロの学習とは、顧客に先んじた未知の世界への冒険であり、挑戦である。そうしたサジェッションを受けて、顧客は生活の再編集へと向かう。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-10-25T13:46:02+09:00</dc:date>
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<title>モノを売るのではなく方法を売る</title>
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<description>過剰な情報が飛び交う時代とは、常に断片・部分情報だけで、つなぎ直し、編集し、物語とするには素人の生活者には極めて困難である。プロはプロの商品やサービスを提供するだけでなく、顧客が思い描くテーマの進化に合わせ、つなぎ直す方法、編集する「方法」を売っていくことだ。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ヒット商品応援団日記No412（毎週2回更新） 　2009.10.21.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここ数ヶ月、巣ごもり消費生活のなかで、どんな新たな価値観が熟成しているか、そればかりを考えている。消費傾向、消費実感の実態指標の一つとして東京ディズニーリゾートの集客傾向があるとブログにも書いてきた。それは極めて優秀なマーケティング＆マーチャンダイジングが行われていてそれでも集客を落としているか否かが一つ。もう一つが物語消費というテーマパークビジネスの良きビジネスモデルになっていて、今後の物語マーケティング、特にブランドの再生につながるからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;周知のように、東京ディズニーランドは1983年3月に浦安にオープンするのだが、そのディズニーワールドとは歴史を持たない移民国家米国が物語として創造した故郷としてつくられている。簡単に言えば、民俗文化を持たない米国人が人工的に創った疑似フォークロアである。過去、多くの民俗学者が指摘しているように、「ピノキオの冒険」や「不思議の国アリス」を始め、その多くが移民の故郷ヨーロッパの昔話しに素材を得ている。テーマパークビジネスの多くはこうしたディズニーの考え方や手法を学び、日本の至る所にテーマパークを創ったが、しかしそのほとんどがバブル崩壊と共に失敗・破綻に終わっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何故、東京ディズニーランドだけが成功し続け、他のテーマパークの多くが失敗に終わったか、その理由を明らかにしなければならない。ところで、先日NHKの「クローズアップ現代」で最新の「絶叫マシン事情」を取り上げていた。いわゆるジェットコースターを始めとした絶叫マシンであるが、利用回数を重ねるにしたがい刺激が薄れていく、結果スピードや回転などををどれだけ上げていくかが集客のポイントとなっていた。しかし、最新の絶叫マシンはスピードや回転は遅いが、予測できない動きへと変わる絶叫マシンであるという。乗る人の位置や重量によって、マシンの動きがまるで変わってしまう、予測不可能な恐怖感が創出できると、これが恐怖快感の今であると。まるで、一時期流行った激辛ラーメンやカレーがその辛さ＝刺激をエスカレートさせ、単なる話題に終わり以前のラーメンやカレーに戻ったことを想起させる番組内容であった。テーマ集積は必要ではあるが、例えば激辛ラーメンブームの後にどんなラーメンを用意したら良いのか、ということである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、ディズニーランドにも「スペース・マウンテン」のようなジェットコースター的乗り物はある。しかし、アトラクションのほとんどが歩いたり、ゆっくりとした乗り物による移動である。小部屋のような区切られた世界を巡るのだが、そこに展開されるエピソード、小さな物語をじっくり見る間もなく、次へと移動する。ここに、ディズニーならではの高いマーケティング＆マーチャンダイジングが行われている。つまり、一種の断片的情報（エピソード）を次から次へと与える。つまり観客＝顧客に物語を想像＝創造させる仕組みが構造化されているということだ。観客＝顧客は断片と断片をつなぎ合わせ一つの物語を創っていく、そうした再編集することを構造化させているということである。この構造、観客に想像させ創造に向かわせるには、情報遮断、日常を忘れさせる空間、異空間が不可欠となる。だから、お弁当の持ち込みを禁止したり、パーク内清掃すらもアトラクション的なディズニースタイルを創ったのである。つまり、新規アトラクションや季節イベントの導入という変化＝鮮度を常に提供するマーケティングと共に、そのアトラクションというメニュー構造それ自体に、リピーター経営、商品を顧客自身が育てる仕組みが内在化されている。つまり、観客が主人公、ディズニーランドという劇場の主役はミッキーでもミニーでもなく、観客＝顧客であることを徹底して実現している。これが、他のテーマパークビジネス、テーマを決めその集積をすれば良いとしたビジネスと根本異なる点である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一つディズニーランドと同じ構造をもつ商業施設がある。それは若い女性達にとって憧れのファッションの聖地渋谷109である。渋谷の再開発ビルという制約条件から、細長い円筒形のビルとなっている。中央にエスカレーターがあり、それを取り囲むように小さなショップが圧縮して配置されている。各ショップは思うがままの店づくり行い、光と音が交差し、日常からは遮断された、まるでジャングルの中にいるような異空間となっている。あのエゴイストもわずか16.9坪、こうした小さなショップばかりである。ショップの天井にシャンデリアを最初につり下げたのはエゴイストであったと代表の鬼頭さんは話してくれたが、まさにショップは劇場化している。こうした小さな劇場を巡る異空間体験こそ、ディズニーランドにおける物語を想像＝創造させる仕組みと極めて酷似していると言える。更に、ディズニーランドにおけるキャラクターグッズのお土産も、渋谷109でのショッピングも、同じ物語体験から生まれたと言えなくはない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、こうしたマーケティング＆マーチャンダイジングのケーススタディから何を学ぶかである。絶叫マシンのように最新の技術によって消費欲望を刺激する方法も無くはない。今、「低価格」というテーマ刺激が大きな波となって押し寄せているが、こうした差別化競争の先に何があるのか、生活者・消費者は見極めようとしている。ディズニーランドも渋谷109も、想像し、創造する主体は顧客の側にあるということを徹底した。インターネットの世界もそうであるが、作り手は顧客の側に既に移っており、消費物語の再構成、再創造に向かっている、これが巣ごもり生活の実体であると私は仮説している。&lt;br /&gt;
しかし、生活者は消費のプロではあっても、作り手としてのプロではない。一つの事例であるが、ブームという一過性を超えて日常化しつつあるのが家庭菜園である。都市周辺の農地を農業指導付きレンタルビジネスが流行、荒れ果てた休耕地をレンタル農園にする試みすら始まっている。そして、ヒット商品になったのが小型耕運機である。劇場は自然溢れる農地、日常を忘れさせてくれる農作業。いくら学習してもプロではないので断片・部分情報しか持たないのが顧客である。農業のプロ、指導員がそれをサポートしてくれる。また、例えばプロ農家になれる道、農家レストランへの道筋も用意されていたらなお良い。勿論、育てた農作物はこれもお土産となる。これが都市生活者にとっての「ひととき農村劇場」。テーマの進化という視点に立てば、自然志向、ナチュラルライフスタイルにおけるレジャー農業の進化系である。話題先行型で若干危惧しているが、秋田大潟村に渋谷ギャルが出かけ米づくりをしているが、リーダーの女性は新しい農作業ファッションをつくってみたいとコメントしていた。これも農村劇場における舞台衣装の一つであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自然志向、ナチュラルライフスタイルをテーマとする学習の旅にエコツーリズム、あるいはグリーンツーリズムがある。そうした学習の旅にいつもモノ足らなさを感じるのだが、実はビジネスになっていないという点である。自然は保護されるべきものであるが、その保護をするためにも継続・回数化できるビジネスにしなければならない。&lt;br /&gt;
一つ良きヒント、発想を変えるためのケーススタディとなるのが閉鎖寸前であった旭山動物園の再生である。従来の動物園は珍しい動物をどれだけ導入できるかが集客方法の全てであった。例えば旭山動物園では、シロクマの行動展示では、最大の好物であるアザラシ（＝観客）がさもいるかのような仕組み、見せ方が構造上作られている。アザラシ（＝観客）をめがけてシロクマが飛びかかる、観客はその野生にびっくりするといった、野生のもつ行動を興味深く展示する考え方で全ての動物が展示されている。従来は観客が動物を見る発想であるが、旭山動物園の場合は動物も観客（人間）を見ており、その野生を引き出したことにある。そして、私たちが知らなかった野生の一面、不思議さがどれだけあるかを教えてくれた。子ども達は驚き、そして野生の物語へと想像し、創造へと向かうであろう。絶叫マシンではないが、その正反対にある自然こそ予測し得ない出来事という刺激を与えてくれるものだ。少し飛躍するかも分からないが、ある意味旭山動物園の行動展示は東京ディズニーランドの構造と良く似ている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何故、単なるテーマ集積では駄目なのか、簡単に言ってしまえば、例えば、10年後のご当地グルメMー１グランプリはどうなるであろうか、と問うてみれば分かる。もし、劇場化というキーワードを使うとすれば、どんどん日常劇場になり、体験劇場へと向かっている。東京ディズニーランドや渋谷109は非日常体験劇場として希有な成功事例である。発表された「ミシュランガイド京都・大阪2010」があまり話題にならないのも、大不況下と言うことと共に非日常的であることによる。テーマの進化は日常テーマ、体験テーマへと向かっている。ただ、日常物語、体験物語の想像・創造主体は生活者であるが、実はプロの手助けを必要としている。何故なら、過剰な情報が飛び交う時代とは、常に断片・部分情報だけで、つなぎ直し、編集し、物語とするには素人の生活者には極めて困難であるからだ。仮に、消費刺激という言い方をするならば、プロはプロの商品やサービスを提供するだけでなく、つなぎ直す方法、編集する方法、それをプロ固有の裏技といっても、プロの基本といってもかまわない。つまり、東京ディズニーランドや渋谷109のようにハードもソフトも構造化させることが無理であるならば、プロは顧客が思い描くテーマの進化に合わせ、「方法」を売っていくということだ。例えば、今年もボージョレヌーボーを迎えるが、今年のワインの味はどうであったかではなく、家庭での楽しみ方、お金を使わずに済むホームパーティ法、プロが自宅で楽しむワイン料理、といった時代に合った日常物語づくりを手助けすることだ。あるいはファッションの売り場であれば、販売員ではなく顧客のスタイリングを売り、美容であれば美容法を売っていくということである。（続く）&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ヒット商品応援団</dc:creator>
<dc:date>2009-10-21T13:33:28+09:00</dc:date>
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