ビジネスブログ

2009年12月27日 (日)

2009年雑感

ヒット商品応援団日記No431(毎週2回更新)  2009.12.27.

ここ2週間ほど、日経ビジネス、エコノミスト、東洋経済、ダイヤモンド各誌の2010年の予測特集を読んできた。リーマンショック以降の出口の見えない大不況、デフレはこれからも続くといった認識は共通しているが、毎年巻頭に組まれている日経ビジネスの提案は一つの着眼となっている。「常識を捨てた者が生き残る!」とし、そのためには「応変」「個客」「自立」の3つのキーワードを掲げている。私の言葉に直すと、前回書いた異端児、ビジネスアーチストとなるが、何か10年前の「顧客満足」が主要なテーマであった時代、その原点回帰のように思える。
来年から始まるNHKの大河ドラマ「龍馬伝」を踏まえてのこともあって、書店には明治維新や坂本龍馬に関する雑誌や書籍が平積みされている。ここ数年、和回帰を筆頭に多くの回帰現象を消費の視点で見てきたが、今年は特に歴史や過去へと遡る現象が多発した一年であった。坂本龍馬を始め、歴史・過去の中に何を見出すのか、これが最大課題である。単なる英雄待望論的なものに終わるのか、それとも未来への何かを見出しえるのか、ここ当分の間はそうした論議が続くであろう。

「気分の時代」といったのは誰であったか忘れてしまったが、昨年末のような年越し派遣村といった暗いニュースがないにもかかわらず、うっとうしい位の重苦しさが漂っている。デパ地下のおせち予約も高額のものは売れず、上野アメ横の正月商品であるいくらや数の子といった商品も既に20〜30%引きの安売りが始まっている。年末年始の近場の韓国旅行は依然として人気は高いが、激安ツアーは国内も同様で更に価格を下げた販売がこれでもかと続いている。
移動は消費のバロメーターであるが、今年の夏のお盆休みもそうであったが、年々故郷への帰省人口は少なくなっている。私の世代であると、老いた両親を呼んで同居するか、あるいは既に亡くなり、帰る故郷がない。この傾向は若い世代にとって顕著で、もはや第二の故郷づくりを自分で目指すしかなくなっている。自宅での巣ごもり正月となり、何か消費氷河期の入り口に来ている感すらする。

大掃除をしながら書籍や雑誌を整理していたが、ああそう言えばあの頃印象深く読んだ本で当時の記憶を呼び戻した本が何冊か出てきた。最近といっても7年ほど前であったが、リゾートの沖縄ではなく、もう一つの沖縄に魅せられて一人旅を更に促した一冊が作家陳舜臣の「沖縄の歴史と旅」であった。1993年NHKの大河ドラマ「琉球の嵐」の原作を書かれたのが陳舜臣であるが、沖縄の今を読み解きながら旅するにはとても良い一冊で、私の沖縄理解の土台となった本である。
もう一冊は、黄色く変色した岩波新書の「古事記の世界」(西郷信綱著)である。西郷信綱先生は私が在籍した大学の文理学部の教授で、当時商学部に居た私が簿記など商学部の講義に興味を覚えず、何回か相談した先生である。「文学なんかは社会人になってもいつでもできるから」といって、社会学のゼミに転学部させてくれた方であった。その西郷信綱先生の「古事記の世界」の序文「古事記をどう読むか」を思い起こした。歴史や過去をどう読み解くのかという良き方法なので活用されたらと思う。

『・・・・たとえば、古事記を理解しようとするには、現代という椅子に腰をおろしたままふり返って眺めるのではなく、古事記の世界に実践的に入り込んで行き、古代人と親しく交わるようにしなければならない。』

そして、古代人と同じ言葉で対話することだと続き、フィールド・ワークという対話の重要性を説いている序文である。フィールド・ワークを現場に置き換えてもかまわない。現場で何事かを感じ取ることこそが重要であると説いてくれており、今なおその着眼は新しい。
前回「ポストモダン」について触れたが、日本にはあり余るほどの豊かな過去という資源を持ち、それらを工夫することによって次の時代、ポストモダンへと向かうことが出来る。近代という合理性を求めた経済世界からこぼれ落ちてしまったものが、実は地方に埋もれたままとなっている。埋もれたままを都市という舞台に上げても、「古事記の世界」ではないが、そこには対話は成立しない。そこにどんな工夫が必要なのか、マーケッターの課題だ。そして、そのことは価格競争を超える一つの方法であろう。つまり、文化という固有性は何物にも代え難い価値を持っているということだ。
この一年、ブログをお読みいただきありがとうございました。(続く)

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2009年12月23日 (水)

2010年予測  ビジネスアーチストの時代へ 

ヒット商品応援団日記No430(毎週2回更新)  2009.12.23.

今年の元旦、出口の見えない時代の踊り場から「次」を見出す試み、既成を破壊するための人物を称し、「出てこい異端児」と呼びブログに書いた。一年経ったが、残念ながらそうした異端児は現れてこなかった。いや、未だ悪戦苦闘しており、ビジネスの表舞台には登場していないだけであると確信している。「明日というものは、無名の人たちによって今日つくられる」と指摘したのは、あのP.ドラッカーであるが、町工場で、商店街の片隅で、あるいは山間のどこかで無名の人達が、世間を、世界を驚かそうと繰り返しトライしていると思う。2010年6月W杯が南アフリカで開催されるが、日本代表監督の岡田武史氏はW杯4強を目指し、十分可能性はあると語っている。くだけた言葉に置き換えれば、”世界を驚かそうじゃないか”ということだ。コトの大きさや困難さの違いはあれ、無名の人もW杯の代表選手も監督も、とんでもない何かをしようとすることにおいては同じである。

この2年ほど価格についてのブログが多かった。付加価値といった生半可なこだわり程度では、目の前の大きな価格差の前では何の役にも立たない、そう書いてきた。10年間で100万円の所得が減少した時代の生活である。マクロ経済の専門家は需給ギャップが30数兆円に及んでいると言うが、所得が更に減少し続けることが予測される時代に、どんな需要を創れば良いのであろうか。政府のデフレ宣言と共に発表された10月の消費者物価指数は前年同月比2.5%の下落であった。デフレ脱却には大きな財政出動と金融緩和策が必要であると言われているが、消費は所得の関数である。以前、欲しい商品がないのか、それとも欲しくても買えないのか、そうしたテーマでブログを書いたが、一部富裕層やシニア世代を除き、圧倒的に後者の生活者が増大した。流通を中心にエブリデーロープライス、エブリデーバーゲンとなり、更には総アウトレット化が進行した。

「国滅んでユニクロ栄える」といったバカな経済学者がいたが、少し前からデフレの犯人探しが始まっている。デフレは結果であって景気低迷の原因ではない。もし犯人というのであれば需給ギャップであって、内需を創造すべく財政出動という議論がある。昨年末の年越し派遣村問題の時、地方自治体が直接一定期間雇用するといった方法がとられたが、それらは根本的な解決策ではない。エコカー減税・補助金、エコポイントも官製消費促進策であり、来年6月から始まるであろうこど子ども手当支援も景気を下支えする効果はあっても、デフレの根本的解決にはならない。価格は需要と供給のバランスの上で決まる。その価格はユニクロに代表されるように、地代、人件費、設備費、素材原価といった低コストの財を持つ東アジアや東南アジアで製造・供給される。そして今、生産拠点の様々なコスト上昇から、中国沿海部から内陸部へ、ベトナムやカンボジア、更にはラオスやネパールにまで及ぼうとしている。日本における財の価値が下がり、こうした新興国・途上国の持つ財が上昇し、一定のバランスがとれるまで、日本の財という価値はゆるやかに下がり続ける。つまり、今のままでは所得は下がり、デフレはこれからも続くということだ。これはグローバル経済のもつ構造的宿命である。このバランスはいつまで続くか、私はマクロ経済の専門家ではないのでわからない。しかし、金融政策を実施しても財政出動しても、当分の間デフレが続くことは間違いない。

こうした時代にあって、「誰を顧客とするか」が極めて重要な課題であると書いてきた。同時に、「内」も「外」も無い時代であるとも。内を日本国内、外を海外と置き換えても良いし、内を地元、外をTOKYOと置き換えてもかまわない。内を既存顧客、外を新規顧客と置き換えることも出来る。
これは仮説であるが、前回書いたブログのキーワードである「ポストモダン」への着眼は、付加価値ではない、新しい価値創造の一つであると考えている。何故、欧米人が日本文化を「クールジャパン」と称し、アニメ、コミック、禅、サムライ、更には寿司や日本食レストラン、こうしたものに高い評価をするのか。一言でいえば、カルチャー、サブカルチャーを問わず、これらを産み出す日本の精神文化への高い評価としてあるからだ。機能と合理という単一的物差しで進化してきた欧米であるが、その行き詰りを脱却すること、ポストモダンの世界を多元的な日本の精神文化に見出しているからに他ならない。一つの事例であるが、以前「五感の取り戻し」というテーマで次のようにブログに書いた。

『実は音も合理化された音に囲まれている。最近は凋落傾向が激しい演歌であるが、日本は「こぶし」や「うねり」といった音楽感性をもった民族であった。古くは江戸時代に「虫聞き」といった風情ある遊びがはやっていたが、風鈴や鐘の音といった自然音は西欧音楽には無い世界である。実は、西欧もこうした自然音のような複雑な音階を使っていた。しかし、ピアノが大量生産されるようになり「12音階」に統一してしまった。音楽の合理化である。勿論、この合理化によって誰でもが演奏することも聞くこともできるようになった。あのマックスウェーバーが「音楽社会学」の中で「近代の音楽芸術作品は、われわれの楽譜という手段がなければ、生産することも伝承することも再生することもできない」と書いているが、合理化することによって進歩がなされてきた。そして、12音階に統一された西欧音楽が今日の私たちの音楽の基礎になっている。こうした12音階にはない、音符には表せない音楽は日本では民謡として、あるいはアフリカや中近東に今なお残っている。少し前のニュースで見た程度であるが、横浜で声明によるイベントがあり好評であったという。仏教音楽では高野山の声明が有名であるが、謡曲、民謡、浄瑠璃といった日本の伝統音楽は声明をそのルーツとしている。声明はまさに自然音に近く、私たちに「ゆらぎ感覚」といった心地よさを与えてくれる音楽だ。』

私は好きで良く沖縄に行くが、三線もその一つであろう。機能と合理という便利さに隠れ、足下にはどれだけの宝物が眠っているか、日本人は欧米の人たち、外からによって、「クールジャパン」という評価で気づかされている。タイトルの「ビジネスアーチスト」とは、芸術家がビジネスを行うという意味ではない。キャンバスからはみ出してしまう奔放なエネルギー。常識から外れた、ユニークさ。前例のない発想。そんな形容がふさわしいビジネスを起こす人間を、私はビジネスアーチストと呼ぶ。そんな異端児こそ、この時代には必要である。この一年そうした眼をもって消費市場を見てきたが、未だ現れてはいない。しかし、願望を込めてだが、デフレ時代を切り拓くビジネスアーチストの時代が来ていることだけは間違いない。(続く)

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2009年12月20日 (日)

2010年予測  エコライフ元年

ヒット商品応援団日記No429(毎週2回更新)  2009.12.20.

予測は当たらないというのが私の持論であるが、P.ドラッカーの「すでに起こったことの帰結を見る」ことを通して、敢えて2010年以降の消費傾向、ライフスタイル変化について書いてみたい。
経済誌などの予測記事から離れ生活実感としてあるのが、エコライフ・エコ社会が本格的に始まるということであろう。これは仮説であるが、巣ごもり生活の中で熟成されつつあった考え、無駄をなくし、費用対効果を考え、財布にも環境にも優しいとした考えが、一つの価値観としてライフスタイルやその表現としての消費に更に広く進化して表れてくる。2010年は、エコロジーが日常化するという意味で、エコライフ元年になる。

前政権によるエコカー官製販促支援が来年度も続くことが予定されている。今年度の目標である270万台が達成するか見極めることが必要ではあるが、市場は急速にHV車、電気自動車へと向っていることは間違いない。特に、三代目のプリウスが発売後1ヶ月で受注台数が18万台に至ったのも、価格が普通の車並みの200万円前後に設定されたことによる。二代目までのプリウスが「価格は高いが燃費は安く、5年乗れば元が取れる」という価格設定から、三代目は「3年で元が取れる」価格に設定されたことによる。
こうした価格設定への考え方と同様なのがLED電球である。今年の春、一般家庭向けに発売されたLED電球は競合商品の参入により、既に半額以下となっており、急速に広がっている。来年春には薄型TVへと本格的な導入が予定されており、あらゆる光関連分野に浸透していく。こうした一般家庭への浸透もそうであるが、既に新築&リニューアル物件である商業施設は順次LED電球による照明へと転換している。
これら省エネ型商品に共通していることは、「初期購入(投資)は高いが、結果お得になる」省マネー型商品である。従来の概念「エコは大切にしたいがお金がかかる」という認識から、「エコはお得」という新しい価値観が急速に広がっていく。こうした新技術商品は一定の価格以下に量産されることにより、キラーコンテンツならぬキラープライスによって急速に市場拡大していく良き事例である。

既に一般家庭にも太陽光発電が浸透してきているが、自家消費分以外の電力の買い取り価格が、これも一定金額以上に設定されることによって、同様に「エコはお得」という価値観が更に生まれる。ここ数年、石油エネルギー(=輸入依存)からの脱却を目指し、多くの新エネルギー開発が行われてきた。太陽光を始め、風力、地熱、海水、水力と。最近では、昔の水車のような小水力発電が山間の集落でテストされており、各家庭ごとの自給自足型エネルギー開発が進んでいる。こうした小さな単位でのエネルギー開発という地方でのインフラ整備は、次第にエコ・コミュニティ、エコ・ヴィレッジへと向かっていく。一方、エネルギー消費地である都市は無駄を削ぎ落とし、なおかつ都市鉱山と言われるようにリサイクルできるものを循環させる江戸時代のような生活へと向かう。
但し、既に米国では始まっているスマートグリッドのような双方向の送電網が全国に整備されたらのことである。エネルギー生産地は地方、消費地である都市はそれらエネルギーを購入するということである。既に、全事業所のエネルギー使用に対し石油換算による改正省エネ法が実施されることが決められている。こうした背景から、東京新丸ビルでは青森六ヶ所村の風力発電から直接電力購入を始めている。

リサイクルといったことについては「下取りセール」を始め、フードバンクやアウトレット等、循環型社会モデルである江戸時代の例を付け加えながら数多くブログに書いてきたのでここでは省略するが、これらは更に日常化するということだ。
ところで、数年前から単身世帯の増加を踏まえた個人化社会についてコメントしてきた。そのなかで、一番注目すべきは「単位革命」であると。食がそうであるように、無駄を省くには「小単位」にしなければならない。この「小」は「省」につながる極めて重要な着眼である。前述のエコカーもそうであるが、現時点での究極のエコカーは軽自動車であるとも言える。燃費ばかりか、税や保険、高速料金、メンテナンス費、・・・・HV車と比較してもかなりお得な車である。しかも、軽自動車のトップメーカーであるスズキは再資源化率も極めて高い。地方の場合、一人一台であり、こうした軽自動車は継続して売れていくであろう。一方、都市においては徐々にではあるが、カーシェアリングが浸透していく。所有から使用価値へ、しかもその使用は地球にも、財布にも優しいという価値観によってである。
また、リサイクルと共にこの1年間ブログのテーマとしてきたのが、自己体験型消費、安全安心を求めた消費生活である。食生活で言えば、顔の見える商品から始まり、自ら家庭菜園・ベランダ菜園で食材を育て料理するといった自己防衛生活である。都市郊外の休耕地利用についても農業委員会などの制度障壁はあるが、こうした休耕地利用のレンタル農業&スクールといったものも更に流行るであろう。これもエネルギーにおける自給自足型生活と同じで、地産地消と共に食料自給率を上げ自立していく方法の一つである。

2009年、過去に遡り「温故知新」ではないが、多くのヒット商品や社会現象が生まれた。阿修羅像ブーム、歴女(戦国BASARA)ブーム、ドラクエ9、機動戦士ガンダム、サントリー角ハイボール、ビートルズの復刻CD、オリンパスペンのレトロデザイン、・・・・・・遡る時間の差はあれ、それらは一見するとバラバラに見えるが、時代転換の踊り場に立って次を目指すための、「日本って何!」を探ることであった。こうした回帰現象を私はタイムトンネル型消費とネーミングしたが、それらを通じ「生き方が変わる」ということでもある。何回も書くようであるが、近代化によって忘れ去られ、失ってしまったものへの取り戻し、ある意味ポストモダンへの自覚がそうさせているのだと思う。俯瞰的な見方をすれば、欧米の「クールジャパン」評価も、こうしたポストモダンを評価してのことだ。
こうした過去・歴史を学ぶ先に江戸時代の生活・社会にたどり着くと私は考えている。今日のライフスタイルの原型は江戸時代につくられたものであるが、学ぶべきエコライフ・エコ社会の良きモデルだ。

勿論、過去へと単純に戻るということでは決して無い。近代の経済合理主義からこぼれ落ちてしまったものや出来事を取り戻す、そうした意味でのポストモダンである。今年2月「おくりびと」がアカデミー賞の外国語映画賞を受賞したが、納棺師の仕事を通じ、象徴的な意味で失いつつある日本の儀礼に多くの人が気づかされた。1990年代に盛んにポストモダン論議がなされたが、そのポストモダン的なるものは、まだ地方には残されている。なんとか残るお盆や祭り、縁日といった先祖や神仏との関係、あるいは風土に培われた生活の知恵を表す一種の儀式・文化・生活スタイルに注目が集まると思う。既に、日本古来の伝統野菜に注目が集まっているが、それら素材調理法を含め郷土料理の復活が起きるであろう。決して大きなヒット商品にはならないが、欧米や若い世代からの評価によって気づかされる。特に、欧米や若い世代にとって、時代の行き詰りを打開すべく、OLD NEW、古が新しい、という着眼、「日本って何!」を問うことを通じ、新しいエコライフスタイルが創造されるであろう。(続く)

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2009年12月16日 (水)

未来予測は可能であろうか

ヒット商品応援団日記No428(毎週2回更新)  2009.12.16.

12月に入り、経済誌を始め2010年の景気予測をテーマとした特集が組まれ始めた。予測は当たらないというのが、私の持論であるが、次回以降に日経ビジネスを始めとした各誌を土台にコメントしてみたい。
ところでその予測であるが、サブプライムローン問題に端を発したリーマンショック、その後の世界大不況について、予測した経済学者、エコノミストはほとんでいなかった。私の知る限り、慶応大学教授の金子勝氏、ミスター円・慶応大学教授の榊原英資氏、三菱UFJ証券の嶋中雄二氏、水野和夫氏、更には野村総研のリチャード・クー氏、といった人達がかろうじて証券化を始めとした金融技術、その源である米国経済の危うさに警鐘をならしていた。マクロ経済の専門家でもない私であるが、月刊誌や経済誌に寄稿された内容を読む限りではあるが、こうしたエコノミスト以外の人達はリーマンショック以降の一年、その象徴的人物である中谷巌氏のように「間違った判断」をしてしまったと懺悔と混乱のなかにいる。

3年ほど前に、「未来は予測できるか」という課題に対し、P.ドラッカーの次のような言葉を入り口にブログを書いたことがあった。

未来について確実に言えることは2つしかない。
未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法も2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる。

私がブログに書いてきたことは、「すでに起こったことの帰結を見る」こと、という一言に極まる。常に変化し続ける消費について、「動かし難い事実」という断片情報を集め、本当にそれは動かし難いものかを繰り返し問い続けることによって、一つの「消費傾向」を言い当てることであった。P.ドラッカー流にいうならば「既に起こった未来」として情報を分析することである。例えば、今年の夏前に厚労省から発表された「過去10年間で100万円の所得減少」といったデータ類や公開されている各種調査結果、あるいは社会的事件とまではいかないが注目すべき話題、更には小売り現場を歩いての実感、そうした断片情報を集め、共通的な因子を探る作業であった。

こうして集めた情報の分析であるが、ある人はノートブックに、ある人はカードにメモとして書き留めている。私の場合もメモとノートを使っている。それら小さな事象を傾向毎にグルーピングをし、俯瞰して見る。そのグルーピングは生活であり、そこには単なる消費だけではなく、歌謡曲・Jpopから政治の世界まで、生活者の興味関心がどこに集まっているか、そこに共通する因子はあるのか、それらを探る。そして、その傾向因子は、ドラッカーのいうように「動がしがたい事実」であるかどうかを検討する。こうした一つの過程を実はメタノートの意味合いを含めブログに書いている。理屈っぽくいうとそうなるが、この傾向因子は他の生活領域や流通にも等しく及ぶであろうか、その時必要とする条件はなにか、について常に考えている。前回書いたように、2009年度の場合は、ライフスタイル的には「価格を軸とした生活再編集」の年であり、その中でも特徴的であったのは過去に遡る因子が強く出てきたと結論づけた訳である。

こうした思考の作業は、広告会社やマーケティング会社が行うライフスタイル調査、その因子分析のようなもので、私の場合は超アナログ的な方法で行っている。ただ、こうした方法の良いところは「考え」を寝かせることが出来る、熟成させることができるという点にある。情報ばかりか、「知」ですらストックされずに日々消費される便利な時代である。例えば、Googleなどで手に入らない情報は何か、と考えたことがあるだろうか。今なら、ツイッターを使って、「知」へのガイダンスも可能な時代である。しかし、情報の受けての想像力を刺激することは必要ではあるが、「知」へと熟成されることは稀である。

今、私は「熟成」という言葉を使ったが、実は生活者は巣ごもり生活のなかで「熟成」が行われていると私は仮説している。数年前までは、過剰な情報刺激によって消費は牽引されてきた。それを象徴したキーワードが「サプライズ」であった。しかし、周知のようにサプライズ手法は終焉し、巣ごもり生活のなかで、新たな生活価値観・考えが熟成してきたということである。どんな熟成、どんな消費として発酵してきているか、次回以降「すでに起こったことの帰結」という意味で、2010年を考えてみたい。(続く)

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2009年12月13日 (日)

2009年度の消費模様

ヒット商品応援団日記No427(毎週2回更新)  2009.12.13.

前回過去3カ年のヒット商品の傾向について書いてみた。一昨日には今年の世相を表す漢字一文字「新」が清水寺から発表されたが、今年の消費市場の模様をキーワードとして表現するとどうなるであろうか。前回のブログを読んでいただくと分かるが、

2007年度の消費模様 「まだら」
2008年度の消費模様 「新価格パラダイム」
2009年度の消費模様 「生活再編集」

2007年当時は「格差」というキーワードと共に、2003年頃から始まったミニバブル的消費傾向とがまだら模様のように偏在していた。当時、ヒトリッチというキーワードが示すように単身女性が消費を牽引していた。しかし、2007年夏をピークに都心の地価は既に下がり始めていた。そして、2008年には「10年間で100万円収入が減少した」ことが明確に消費市場へと反映した。ユニクロ・H&M、あるいはPB商品、低価格小型PCに代表されるように「低価格帯」というキーワードが急速にあらゆる消費分野に浸透した年であった。
さて、2009年であるが、東京お台場のヴィーナスフォートが12月11日リニューアルし、3階部分に49店舗のアウトレットショップが入ったと報じられた。従来は都心にあるブランドショップと競合することから郊外にアウトレットモールが出来ていたが、ヴィーナスアウトレットは都心初のオープンとなった。その背景であるが、ブランド既存店の低迷を踏まえアウトレット利用客を少しでも取り込もうという点と、来年秋に羽田に第四の滑走路が本格稼働することを踏まえた中国富裕層を獲得するためであろう。更に言えば、総アウトレット化がここまで進行してきたということだ。

この3年間の市場模様をマーケティング的に言うならば、格差というまだら模様の消費は次第に価格という軸に再編されてきたということだ。一言でいえば、生活者は価格(=収入)を軸とした生活再編集を行ってきたということである。この再編集の在り方であるが、例えばリアル店舗で商品を確認し、ネット通販やアウトレットショップで購入する。わけあり商品を美味しく、あるいは上手に使うことが日常化する。あるいは、GSがセルフ式に変わったように、自給自足型消費、セルフ化へと進んできた。その象徴が内食であり、家庭菜園であろう。
流通もこうした消費動向を踏まえ、イトーヨーカドーではキャッシュバックセール、イオングループでは既に1ヶ月早く冬物衣料のバーゲンが始まり、百貨店も福袋に名を借りたバーゲンが行われている。ブログに何回も指摘してきたが、エブリデーバーゲン、エブリデーロープライスが当たり前の時代となった。家電量販店もビッグカメラのようにアウトレット商品の常設売り場を設けた。旅で言うならば、随分前からH.I.S.はLCC(ローコストキャリア)を使った安価な旅を売り出していたし、同様にホテルや旅館は空室となった部屋を格安で提供してくれる一休を使うということが日常化していた。つまり、生活者、流通、生産者、3者共にリニューアルしてきたということだ。

恐らく5年後10年後に、2007〜2009年にかけて大きなパラダイム転換があったと指摘されると思う。一昨日、今年の世相を表す漢字一文字「新」が清水寺から発表された。戦火が絶えず、環境も大きな課題になり、「新たな心で生まれ変わって」という主旨であったが、時代の踊り場・曲がり角にいるという認識を踏まえてだ。昨年の世相一文字は「変」であり、「新価格パラダイム」という消費模様にも符号する。今年の「新」は新たに生活再編集が始まった年と言えるであろう。「新」は真であり、心であり、更には信である。様々な受け止め方があるが、時代の転換点を迎え多くの「新」が消費にも現れてきたということである。少し前に、「愚の力」というテーマで自己認識の重要性に触れたが、つまり「自ら変わろう」という大きな潮流を迎えたということだ。

転換期の変化は、まず価格破壊から始まる。初期のダイエー、ユニクロのフリース、マクドナルドの100円バーガー、最近では回転寿司も既成への価格破壊であろう。実はこの2年ほどの間、生活者は「価格」という良き体験をしてきたということだ。ただ単に安いものと、それなりの質を伴った安さ、両者の体験という意味である。断片ばかりの過剰情報の中で、唯一信じられる自己体験によってである。興味・関心という情報から、リアルさ・実質への原点回帰と呼ぶことも出来る。ただ、物不足であった時代に戻るということではない。好みや個性と価格とのバランス感覚がこの体験によって培われたということである。ここに新たなライフスタイルが生まれてくる。どんなライフスタイル変化として現れてくるか、次回以降書いてみたい。(続く)

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2009年12月 6日 (日)

2009年ヒット商品番付を読み解く 

ヒット商品応援団日記No425(毎週2回更新)  2009.12.6.

日経MJから今年度のヒット商品番付が発表された。毎年、ヒット商品がどんな消費傾向によるものなのか読み解いてきたが、番付に入った商品の多くはこの一年間ブログで取り上げてきた商品がほとんどである。同じことを書いても仕方がないが、一年間の整理の意味で、私なりに読み解いてみたい。
全体に言えることだが、パラダイム転換期という時代の踊り場に立ち止まり、「次なる何か」を探しに出かけている「消費者像」が目に浮かぶ。探しに出かけるところは「過去」であったり、「環境・エコ」であったり、あるいは生活防衛のための「価格」といったところである。

東横綱 エコカー、 西横綱 激安ジーンズ
東大関 フリー、    西大関 LED
東関脇 規格外野菜、西関脇 餃子の王将
東小結 下取り、   西小結 ツィッター
東西前頭 アタックNeo、ドラクエ9、ファストファッション、フィッツ、韓国旅行、仏像、新型インフル対策グッズ、ウーノ フォグバー、お弁当、THIS IS IT、戦国BASARA、ランニング&サイクリング、PEN E-P1、ザ・ビートルズリマスター盤CD、ベイブレード、ダウニー、山崎豊子、1Q84、ポメラ、けいおん!、シニア・ビューティ、蒸気レスIH炊飯器、粉もん、ハイボール、sweet、LABII日本総本店、い・ろ・は・す、ノート、

1、「過去」へ、失われた何かと新しさを求めて

大仰に言うならば、戦後の工業化・近代化(都市化)によって失われたものを過去に遡って取り戻す、回帰傾向が顕著に出た一年であった。しかも、今年の特徴は、数年前までの団塊シニア中心の回帰型消費が若い世代にも拡大してきたことにある。復刻、リバイバル、レトロ、こうしたキーワードがあてはまる商品が前頭に並んでいる。花王の白髪染め「ブローネ」を始めとした「シニア・ビューティ」をテーマとした青春フィードバック商品群。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」は出荷本数は優に400万本を超えた。ブログにも書いたが、若い世代にとって温故知新であるサントリー角の「ハイボール」。私にとって、知らなかったヒット商品の一つであったのが、現代版ベーゴマの「ベイブレード」で、昨夏の発売以来1100万個売り上げたお化け商品。この延長線上に、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」や神戸の「鉄人28号」に話題が集まった。あるいは、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラだ。売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ リマスター版CD」であり、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。
更に、今年の特徴の一つが「歴史回帰」である。国宝阿修羅像展についてはブログにも書いたので省くが、歴女ブームの火付け役となったのが「戦国BASARA」で、累計150万本売ったとのこと。
こうしたヒット商品番付に載るほどのヒットではないが、2年前にネット通販で話題となった「美少女キャラのお米」がある。秋田羽後町出身の編集者が村起こしとして企画したものだが、その包装ビジュアルには「美少女と日本の田園風景」が描かれていて、実は羽後町を多くの若者が訪れているという。こうした傾向も今なお残っている日本の原風景への、いわばオタク文化・美少女キャラを通じた「故郷回帰」の一つであろう。あるいは、私たちより上の世代にとって竹久夢二は大正ロマンのシンボルであったが、現代の若者にとってはメイド喫茶や萌え系キャラは平成ロマンのシンボルということになる。故郷を持たない都市漂流している若者にとって、虚構であるキャラクターの向こう側に、リアルな故郷を見出したということだ。歴史の向こう側に、あるいは昭和の遊びやゲーム、音楽や書籍に何を求めているのか多様さはあるものの、こうしたタイムトンネル型消費傾向は当分の間続く。

2、「エコ」は生活そのもの、持続する新しい合理的ライフスタイルへ

誰もが予測したように「エコカー(HV車)」、「LED電球」、「下取りシステム」といったエコ商品、省エネ商品、循環型生活への意識化の仕組みが番付けに入った。その他前頭には以前ヒットするであろうと書いた花王の「アタック Neo」という節水型洗剤やエコ容器のコカ・コーラの「い・ろ・は・す」も入った。
エコカー・LEDがヒット商品となったのも買いやすい価格へとハードルが下げられたことによる。前者は周知の官製販促である減税・補助金であり、後者は競合の参入による市場拡大に伴う価格ダウンによるものであった。しかも、両商品共に、燃費や耐久性といった観点から「お得な買い物」という商品である。
このように、生活者にとってエコライフも「お得」な省マネーの時代へと既に入っているということだ。つまり、「省」という視点で商品やサービスを見直してみるということである。省エネから始まり、省スペース、省時間、省人。人についてもそうであるが、省く(はぶく)という単純な意味ではなく、生かし切れているかという意味も含めてである。今までのライフスタイル変化の中心は省時間であった。特に、都市型ライフスタイルの場合夫婦共稼ぎが多く、全てが時間に追われる生活であった。そうした意味で、省時間型道具、省時間型サービス、省時間型メニューに注目が集まり、いわば「便利さ」を生活へと取り入れてきた。しかし、こうした便利さを買ってきたライフスタイルから、省マネー型、しかもエコ型という新たな合理的なライフスタイル、しかもセルフスタイルへと変化し始めたと理解すべきであろう。
まだ、CO2の排出量取引の価格設定が定かではないが、中長期的に見た場合「エコはお得」という新しい価値観が生活にも産業においても確立された時、省エネ技術大国である日本は独自な国家になり得ると思う。つまり、全てに於いてエコな生活となり、それが普通であるという価値観へと進化していく。エコ経済、エコ社会の良きモデルが江戸であったように、東京を始めとした都市はエコな街づくりへと向かっていく。

3、「価格」の津波は、あらゆる商品、流通業態、消費の在り方を根底から変える

少し前にファミレスの元祖「すかいら〜く」の最後の1店がクローズした時、新たな価格帯へと再編されてきたことを「新価格帯市場」というキーワードを使ってブログにも書いた。ファミレスにおいては客単価1000円の「すかいら〜く」業態は客単価750円の「ガスト」業態に再編した。今回の番付にも、西の横綱の激安ジーンズは1000円以下、東の関脇の規格外野菜はわけあり価格、西の関脇の餃子の王将は安くて満腹、前頭のファストファッションは「フォーエバー21」のように上から下までコーディネートして1万円以下、更には韓国旅行、お弁当、sweet(宝島社)、・・・・・新たな価格帯市場を形成したシンボリックな商品が並んでいる。どれもこれもブログで書いてきた商品ばかりなので個々については触れないが、こうしたシンボリックな商品の価格帯を軸にして市場は再編されるということである。消費は収入の関数であり、この10年間で年間100万円収入が減少した時代にあっては至極当然のこととしてある。前回の番付に「ひき肉ともやし」が入っていて確かに不況期に売れる商品であるが、日経MJが載せることではないだろうと書いた。今回も同じ意味合いで「粉もん」(お好み焼き粉)が入っている。確かに、こうした不況型商品が売れる傾向は続いているということである。
こうした生活者の価格意識に合わせるように、次々と新価格帯市場形成へと参入が始まっている。例えば、売れない音楽業界にあってTSUTAYAはCDのPB化によって999円で発売すると発表があった。JALの地方空港撤退に伴って、その隙き間を埋めるように本格的なLCC(ローコストキャリア)が生まれた。物流大手の鈴与はFDA(フジドリームエアライン)を誕生させ、燃費の良い小型機2機からスタートするという。街角には必ず置いてある自販機であるが、昨年大阪でゲリラ的に80円台の飲料自販機が現れ、その波は東京にも出始めている。今年もミシュランガイドが発表されたが、ほとんど話題にすらならない。逆に、B級グルメを競う「B-1グランプリ」に行列する、そんな空気感が支配している。数年前までは居酒屋の客単価は3000円であったが、この1年ほど前からは2000円となった。しかし、最近では1000円となり、先日の朝日新聞は「せんべろ酒場」と表現していた。「千円でべろべろに酔うことが出来る」という意味で、これが笑えない現実である。

さて、こうしたヒット商品を見ていくと新たな価値観を求めながらも堅実な消費を求めるといった、生活仕分けが進んでいることが分かる。今年の年末消費を見ても、クリスマス用のホールケーキは小さくなり、福袋も実物を見て予約販売するといった先行バーゲンのような売り方となった。年末年始の旅行予約も安近短の韓国旅行が人気だという。縮小というキーワードが使われると思うが、私は数年前から消費は好みといった厳選から量や回数を減らす減選へ、便利さからセルフ方式へとゆるやかに移行してきたと指摘してきた。生活仕分けという俯瞰的視点に立ったキーワードであれば、まさに「省」の時代に入ったということだ。今年の流行語大賞は「政権交代」であったが、消費も「便利さ」から「省」へと交代したと言うことである。(続く)

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2009年12月 2日 (水)

愚の力 

ヒット商品応援団日記No424(毎週2回更新)  2009.12.2.

時代の踊り場にいる、と私は良く表現してきた。踊り場に立って見回してもどこに進んでいけば良いのか分からない、でも小さな一歩を踏み出すことが必要だと。混迷、混乱、ねじれ、混沌、閉塞、新たな価値観を創っていくために、この十数年踊り場で多くの事柄を見聞き、そして体験もしてきた。どう突破したら良いのか、パワーを求めた発言が多かった。最後は「人」に行き着き、最初の頃は知力から始まり、直感力、眼力、現場力、応用・転用力、大人力、脳力、最後は希望力といった具合である。
タイトルの「愚の力」は、「愚」をキーワードに西本願寺24代門主大谷光真氏が書かれた本のタイトルである。(「愚の力」文春新書刊)戦乱の世、何でもありの末法の時代に現れた親鸞の教えを今の時代に生かすための本として書かれものだ。大谷光真氏は「愚者になれ」と呼びかけているが、同時に愚者であることの自覚の難しさもである。いかに生きるかという人生の指針もさることながら、どうビジネスをすべきか多くの示唆を受け止めることのできる一冊で、是非一読をお勧めしたい。

私はマーケティングを専門領域としているので、ビジネス現場で愚者になるとはどういうことであるか、今回は私見を書いてみたい。
大谷門主は愚者の自覚には「裸の自分にかえること」であると言う。あるがままのビジネス、現場のビジネス実態、顧客から見たビジネス、あるいは経営数字から見えることもある。多様な視点による「自覚」が必要ではあるが、ビジネスの原点に立ち帰ると、「裸のビジネス」とは何か、ということである。言葉を変えて言うと、「何のためにビジネスをしているのか」ということでもある。大谷門主は、更に「愚者になる」とは人間は本来有限であり、その自覚を自分一人のこととして行うことであると言う。他者との比較ではなく、自分(自社・自店)で何が出来、何が出来ないかの自覚ということであろう。少し無理があるかもしれないが、私の言葉で言うと、競合との比較で自社・自店を自覚するのではなく、顧客に対する自覚ということになる。

10年ほど前、自覚の一つの着眼方法としてあったのが「顧客満足」であった。いつしか忘れ去られ、死語となってしまったが、今一度思い起こすことが必要な時代である。当時は市場競争下で「何」をもって差別化したら良いのか、常に他者を見て、特にサービス領域に違いを求めていた。つまり、顧客が満足する「違い」をいち早く探り提供することがマーケティングの主要課題であった。先日、ユニクロの柳井会長が記者会見であったと思うが、「同じ商品であれば、競争の最後には、無料となる」と。つまり、無料が唯一の競争力になるという意味であったが、価格に満足を求める顧客がマスマーケットを構成し始めていることは事実である。小売業はそうした顧客要請に従って、低価格商品のPB化を計ったり、訳あり商品をメニューに入れるようになった。今、円高であればイトーヨーカドーのようにタイムリーに「円高還元セール」を行うのは至極当然である。一方、生産者、メーカーは何を拠り所に顧客満足を得なければならないのであろうか。言わずもがなであるが、追随を許さない商品力そのものである。

こうした小売りとメーカーとの間で価格を間にした衝突がある。それは常にあることで、しかし顧客に対しては常に同じである。顧客にどれだけの満足を提供できるかという一点に於いてである。もっと分かりやすく言えば、どれだけ喜んでもらうかで、また次回も買ってみたい、食べてみたい、と思ってもらうことだ。リピーター顧客、俗に言うところのリピーターの囲い込みと理解してはならない。顧客は誰も囲い込まれたいなどと思ってはいない。
2年半ほど前に、「儲ける」と「役に立つ」  、この2つのテーマについて書いたことがあった。2つともビジネスには不可欠で表裏、鶏と卵のようなものであるが、この2つをもう少し分かりやすく整理すると、「儲ける」にウエイトを置くのが欧米の商慣習、「役に立つ」にウエイトを置くのが今までの日本の商慣習である。1990年代半ばから、日本も欧米型の儲けるビジネスへと大きくシフトしてきた。しかし、行き過ぎた儲け主義の先に待っていたのが周知のリーマンショックであった。私の考えであるが、今一度「役に立つ」 ことを続け、結果「儲ける」ことという理想に戻るべきと考える。

そのためには、顧客を、量で、数値で見てはならないという原則に戻ることだ。今日来てくれた顧客に感謝し、またのおこしをと願ってお辞儀することだ。お辞儀と言えば、やはり和菓子の「叶匠壽庵」の創業者芝田清次さんから聞いた話を思い出す。
芝田さんは太平洋戦争に従軍し満州で片目を失い日本に戻り、その戦争体験を踏まえ「美しく生きる」ことをビジネスとし和菓子の専門店をスタートさせる。話の中心はパリの菓子博覧会で優秀な賞をいただいた菓子職人の話であった。彼は身体が不自由でうまく接客できないでいたという。当時は、1号店を大阪梅田の阪急百貨に出店し、間もない時期である。職人も売り場に立って接客もこなす状況とのことであった。芝田さんは、うまく接客できないその職人にこう言ったと話されていた。”自分たちが創った商品をお買い上げいただいた思いを伝えたいのならば、ただ一つお客様が見えなくなるまでお辞儀をしていなさい”と。ハンディキャップのある職人さんにとって、出来ることはお辞儀であり、その自覚を促したということである。後日、阪急百貨店の方に聞いた話だと、小さな坪数であったが年間20数億の売り上げを上げたとのこと。

そんな効率の悪いことなどできないと思うかもしれない。しかし、叶匠壽庵の職人さんの思いはいつしか顧客に伝わるものだ。それが低価格市場の特効薬にはならないが、「小さな何か」が実を結ぶ。愚直なまでに、ひたすら何事かを追い求める、そんなことが問われている時代である。その愚直さの中から、次へと向かうヒット商品が生まれてくる。巣ごもり生活の中で心の扉は閉じられ、洪水のように押し寄せる断片情報に翻弄されることにも生活者は疲れてしまっている。そうした時代にこそ、「生き方」共感がキーワードとなる。大仰な理念をいうのではなく、愚者であることを自覚し、目の前のお客様に「たった一言」「たった1つのアクション」を真摯に本気になって示せばよいのだ。もし、その一言、1アクションが普遍性をもっているとすれば、それは大きなヒット商品となる。(続く)

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2009年11月29日 (日)

江戸時代の成長戦略

ヒット商品応援団日記No423(毎週2回更新)  2009.11.29.

前回江戸時代の不況対策、吉宗が行った享保の改革の概要について書いた。そして、好況と不況を交互に繰り返したとも。今回は好況を生み出した成長戦略について書いてみたい。
まず、江戸時代最初の好況期で元禄バブルと言われた頃の経済であるが、当時の経済を活性させたのはインフラとしての水上交通であった。海と川、これら水路を通じて多くのモノが流通していた。この元禄バブル期の象徴で伝説の人物が周知の紀伊国屋文左衛門である。紀州のみかんを江戸へ、江戸に集まった塩鮭を上方へ、といわば江戸と上方との価格差を巧みにビジネスに持ち込んで莫大な富を手にした商人である。幕府の側用人柳沢吉保に取り入り、賄賂政治、賄賂経済を行ったとされ、浅草吉原での豪遊ぶりが絵にも残っている。そこには吉原を一人で借り切り、豆まきの豆の代わりに金銀を蒔いて、幇間や芸者が競い合って拾っている絵であるが、拾った金銀は背後にいる役人に渡るという、官僚接待の構図である。一晩で千両、二千両がばらまかれたと言われている。しかし、バブル期にはバブルであると認識しないのが江戸時時代も今日も同じで、新興企業、新興商人の代表で江戸庶民のヒーロー的存在であった。

江戸に幕府が置かれ、1600年代〜元禄にかけて漠大は富を得たもう一人の人物に淀屋常安がいた。大阪の陣の時に徳川方を支援し、その褒美として米の相場を立てる「米市」の権利を得る。米の価格は仲買人によって無秩序に決められ、実はインフレ&デフレを起こすのであるが、その安定をはかる市である。淀屋は大阪中之島に市を立てる。その淀屋に行くために橋を架け、その地名は淀屋橋として今も残っている。
ウイキペディアによると、1620年当時米の収穫量は約2700万石で自家消費や年貢の分を除く約500万石が市場で取引され、その4割の200万石が大阪で取引されたと言われている。米市の取引は現物取引ではなく、手形の売買に発展するのだが、ある意味世界の先物取引きの起源とされている。米経済「=米の価格は他の物資の価格統制・安定につながる」という幕府の考えと、貨幣経済「=先物取引き・貨幣それ自体が富を産む」と考える商人、この2つの矛盾が次第に生まれてくる。今で言うところの実体経済と金融経済(投機マネー)という言葉に置き換えてもそれほど違わない。
そして、五代目廣當(こうとう)の時、「町人の分限を超え、贅沢な生活が目に余る」という理由で、実は諸大名への貸し付けが莫大になり、(ウイキペディアによると銀1億貫/現代では100兆円に相当)淀屋の全財産を没収する処分を行う。

少し短絡的な言い方になるが、貨幣経済が日本全国に浸透していくことによって、新たな産業も生まれ、経済は活性化する。この活性化を可能にしたのが前述の物流・水上交通であった。今日の高速道路に該当するが、江戸も大阪も水の都と言われるように、水路が張り巡らされていた。米価を決める大阪はいわば通貨政策を取り仕切る大蔵省や経済産業省であり、京都はというと皇室があり公家文化とそれに基づいた下り物商品の生産経済機能というある意味文化庁があり、長崎にはさしづめ外国との交易を含めた外務省がある、そして江戸は政治機能を果たす行政府や国会があり、それぞれの機能を果たす分散型国家がこの時代に出来上がりつつあった。
こうした政治機能以外は、幕府から認可され商人自らが実施する国づくり・町づくりであった。水上交通のみならず、陸上交通についてもこの頃五街道が整備され、ヨーロッパの街道が軍事道路であったのに対し、日本の場合商人によって街道は整備・発展した。この街道を天秤棒を担いで全国へと商売に出かけたのがあの近江商人であった。今日言われているような政官業の癒着といった問題や一人歩きしてしまう投機マネーといった問題をはらみながらも、商人を中心にした民に任せる民活戦略が江戸初期の経済を成長させた。

こうした元禄期のバブルを改革したのが、前回書いた吉宗の享保の改革であった。前回を少し補足すると、実は吉宗は5代将軍綱吉の重用によって幕府に参画しており、綱吉の頃の元禄政治を全否定することはできなかった。享保の改革は緊縮財政政策と社会福祉・保障政策を中心に行われたが、拠って立つ思想的裏付けをしなければならなかった。吉宗は幕府を開いた家康に戻る、いわば原点回帰を拠り所にした。キーワード的に言えば、元禄という華美で贅沢になってしまった風土に対し、「質実剛健」をポリシーとした。1990年代バブル崩壊後、多くの企業が危機に対処するために創業回帰、原点回帰に向かったとのと同じである。

話を元に戻すが、吉宗は倹約令を始めとした多くの禁止令を実行する。元禄期の過剰な遊び、物見遊山などは贅沢であると。歌舞伎、人形浄瑠璃の退廃的演目、特に「心中もの」を禁止。岡場所、賭博も禁止。以降、こうした政策は松平定信などへと引き継がれていくのだが、「毎日が節約」「まじめに働く」、そんな日々が長く続くと、楽しみがないと江戸市民は思うようになる。そんな江戸市民の気持ちを代弁するような歌が残されている。

白河の 清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき

白河とは白河藩主松平定信を引っ掛けたもので、田沼とは賄賂政治の田沼意次のことである。田沼が明和・安永という元禄と同じバブル時代を作った世を懐かしむ、今一度バブル時代が来て欲しい、と歌ったものである。松平定信によるあまりに道徳的清貧的ばかりの世では窒息しそうだと、そんな歌である。ある意味、民意は右に揺れ、左に揺れる、いつの世も同じであるように思えてしまう歌だ。

この田沼意次であるが、新たな税収を求めるために、多くの成長拡大政策を民の力を活用実施した人物である。町人資本による印旛沼・手賀沼干拓事業や蝦夷地での新田開発・鉱山開発、更には長崎を通じた輸出の振興、株仲間への規制緩和・・・・こうした成長戦略を採ったが、賄賂政治を批判され、天明の大飢饉(冷害と悪天候で数万人が餓死したと言われている)によって失脚し、松平定信へと政権が移るのである。

江戸時代も、右肩上がりの成長期には「新(外)市場の開発」と「規制緩和」、それらを行うに足りる貨幣の流通と消費の促進、結果として生まれる「インフレ」によって成長してきた。前回、260年ほど続いた江戸時代には好況期3回、不況期3回存在したと書いた。ほぼ40年サイクルで好不況の波があった訳である。1955年保守合同によって自民党政権が誕生した。54年ぶりに民主党に政権が移行した訳だが、まるで享保の改革を思わせるような動きに見える。
このブログを書いている最中にドバイ発の金融ショックがあり、円高へと大きく振れた。勿論、輸出企業にとって大きな痛手となるが、更に海外現地生産が加速されるであろう。仕事の場が国内には少なくなっていくということである。既に、数年前から技術を持った中高年のリストラがあり、仕事の場を海外に求め、中国を始めとしたアジアへと向かっている。大学生には少し困難さが伴うが、アジアに就職の場を求めるという発想の転換は必要である。

今、緊縮or成長、規制強化or規制緩和、公的支援or市場解決、消費で言うと低価格or適正価格、セルフ解決orプロ解決、・・・こうした二項対立的な発想・論議からの転換が必要ということだ。実は吉宗は元禄バブルの後始末として緊縮財政、社会福祉といった政策だけを採ってきた訳ではない。成長政策も同時に実行してきた。漢方薬の国産化や米に頼らない他の農産物の開発、あるいは江戸市民の華美な娯楽の禁止に代えて、健全な娯楽場所として桜の名所づくりを行った。つまり、吉宗はバランス感覚のある政治家であったということだ。
もし、江戸時代の好不況から学ぶとすれば、この大転換期への一つの視座は「バランス感覚」、あるいは「第三の道」ということとなる。(続く)

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2009年11月25日 (水)

江戸時代の不況対策 

ヒット商品応援団日記No422(毎週2回更新)  2009.11.25.

今日のライフスタイルの原型は江戸にあり、今日の消費を読み解く視点や新たな市場着眼の一つになるというのが私の持論であるが、江戸時代にも好不況の波は存在していた。昨年のリーマンショック以降の大不況について1929年に始まった世界恐慌の事例を持ち出す専門家はいたが、江戸時代の不況事例を持ち出す専門家、歴史研究者は皆無であった。勿論、日本一国の不況と市場が世界に広がる時代の不況とでは参考にならないということだが、当時の幕府(政府)がどんな改革という不況対策を採っていたか、奇妙に符号する点もあったので少し調べてみた。

江戸時代には好況期(元禄、明和・安永、文化・文政)は3回、不況期(享保、寛政、天保)も3回あった。NHKの「天地人」ではないが、周知のように戦国の世は終わり、江戸時代は天下泰平の世となった。この江戸初期は信長・秀吉による規制緩和の延長線上に経済を置いた政策、特に新田開発が盛んに行われ、昭和30年代の「もはや戦後は終わった」ではないが、戦後の高度成長期と良く似ていた時代である。この経済成長の先にあの元禄時代(1688年〜)がある。浮世草子の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門、といった江戸文化・庶民文化を代表するアーチストを輩出した時代だ。貨幣経済は地方へと広がり、以前ブログにも書いたが紅花や木綿などが各地で栽培され、瀬戸内の塩や京都の日本酒が全国各地へと流通する。鉱山(金銀銅)開発が積極的に行われ、それらを基に海外からどんどん舶来品を輸入していった。桜が盛んに植えられお花見が庶民の季節イベントになり始めたのもこの頃である。まさに「消費都市」として爛熟した文化を咲かせた時代であった。

しかし、元禄期の後半にはそうした鉱山資源は枯渇し、不況期に突入する。幕府の財政は逼迫し、元禄という過剰消費時代の改革に当たったのが、8代将軍の徳川吉宗であった。享保の改革と言われているが、倹約令によって消費を抑え、海外との貿易を制限する。当時の米価は旗本・御家人の収入の単位であったが、貨幣経済が全国に流通し、競争もあって米価は下落し続ける。下落する米価は旗本・御家人の収入を減らし困窮する者まで出てくる。長屋で浪人が傘張りの内職をしているシーンが映画にも出てくるが、職に就くことができない武士も続出する。吉宗はこの元凶である米価を安定させ、財政支出を抑え健全化をはかる改革を行う。この改革途中にも多くの困難があった。享保17年には大凶作となり、餓死者が約百万人に及び、また江戸市内ではコロリ(コレラ)が大流行する。ちなみに、吉宗が死者を供養するために翌年行われたのが両国の花火であった。その花火が名物となり、川開きの日に今もなお行われているのである。

今日の日本経済と単純に重ねてしまうことは危険とは思うが、生活者は10年前から収入が減り始め、ここ数年の消費はまさに倹約令を自ら行ってきたようなものだ。国債・地方債という借金を増やさないために、今「事業仕分け」という倹約をやっと政府が始めたところである。江戸時代の武士はいわば行政マンというサラリーマンで米価を基準にした禄高が唯一の収入源であった。収入保証を幕府は政策として打ち出すのだが、米価安定とはいわばデフレ対策としてあった。。現政権の政策であれば、直接的デフレ対策は出ていないが、こども手当という家計支援などが間接的ではあるが該当するであろう。

8代将軍吉宗は老中水野忠之や江戸町奉行大岡忠相というブレーンと共に、江戸市民の声を聞く「目安箱」を置き、民意を生かした行政を行う。この目安箱に町医者が投じた意見書から生まれたのが小石川養生所である。貧しい町民の医療を含めたセーフティネットであるが、山本周五郎が描いた小説「赤ひげ診療譚」の舞台となった施設である。
こうしたセーフティネットの背景には吉宗の改革ポリシーが明確にあってのことであった。一言でいえば、「元禄バブルによって、心が荒み、本来もっていた優しさを取り戻したい。財政の赤字改善だけでなく、こころの優しさをも」ということになる。この吉宗のポリシーは、後の松平定信に引き継がれる。それは、「七分積立金」という寄付制度で、町会費を節約してもらい、その節約分の七分(70%)を小石川療養所の運営費に充当してもらう制度である。おもしろいことに、この制度は明治政府になっても「東京市立養育院」となって続き、水道や道路整備更に築地の埋め立てなどにも使われた。

こうした吉宗による享保の改革はいわば社会福祉政策と呼ばれているが、そこには町民への明確な「権利と義務」を明らかにした上でのことであった。江戸は木造家屋であったことから火事は日常的にあり、安全・安心のための最大課題であった。当時の消防は、武士(行政)によるものであったが、町民自身も消防に参加すべきとし、「町火消し」制度が創られる。町火消しの番所建設費やその運営費は町民の負担とした。つまり、権利と義務を明確にしたのである。この延長線上に、災害時の食料を確保するための「囲い米」を保管する倉庫を作り、これも「七分積立金」の中から拠出させた。ある意味、不況対策は新しい町づくりとして、町単位での経済・社会運営をまかせ、世界に類を見ない都市国家を創ったと言える。

不況時の改革はこのように「町づくり」という市民参加によるものと併行して行われた。それは何よりも、市民の認識を変え行動することによってのみ変革は可能だということだ。そして、ある意味豊かな都市づくりが可能となったのも、江戸の生活が町単位という小さな単位であったからである。当時、江戸は「八百八町」といわれていたが、実際には1000以上あったようで、互いに「隣の町より良い町にしよう」と競い合っていた。お金を持っている人はお金を出し、力のあるものは労力を出す、経験ある者は知恵を出す、そんなことが当たり前のこととして通用する社会が実現した。
さて、今回の政権交代による「改革」は、新たな国づくり、町づくりへと進んでいくのであろうか。政治ショー化してしまってはいるが、「事業仕分け」という情報公開は必要である。しかし、それらは緊縮財政のためで成長への道にはつながらない。私見ではあるが、改革の本筋は地方分権にある。「生活が第一」としてきた政権であり、生活は現場、つまり地方にある。財源とそれを使う権限を地方に渡し、その土地ならではの産業を起こすことだ。そして、その構想力と実行力こそが首長に問われることとなる。行政能力だけでなく、経営センスと共に強いリーダーシップが要求される。不況対策には特効薬など無いが、「新しい町づくり」という市民運動、「ハードからソフトへ」という考えによってのみ困難さを超えることができる。(続く)
 

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2009年11月22日 (日)

デフレ下のヒット商品

ヒット商品応援団日記No421(毎週2回更新)  2009.11.22.

日本経済の情況について、やっと政府は「ゆるやかなデフレ」であると認めた。デフレとは商品やサービスの価格が持続的に下落する状態のことだが、国際通貨基金(IMF)によると、下落が約2年間続くことが条件とされている。しかし、このブログにも何回か書いてきたが、1997年をピークに1998年以降収入は減り続け、この10年間で100万円減った。六本木ヒルズのオープン前後数年間は、金融自由化を背景に世界の金融関連企業や外資ホテルに代表されるような企業群が大挙して東京に進出してきた。一種の金融バブル、不動産バブル、消費バブルが特定エリア(東京3Aエリア/赤坂・青山・麻布)、特定市場(ヒトリッチ市場)に起きて、インフレ的様相を見せたことは事実であった。しかし、それらは一部であり、私はそうした市場全体を「まだら模様」と名前をつけた。多くの企業、特に流通業、勿論生活者にとって、デフレは10年ほど前から実感もし、対策も立ててきた。消費で言えば、その象徴が「わけあり商品ブーム」である。デフレは今始まったことではない。

このデフレも問題ではあるが、1年半ほど前に「ねじれ現象」というテーマで書いたように、資源を持たない日本の場合、川上(輸入価格)ではインフレ、川下(消費接点)ではデフレという構造的問題を抱えている。今また、原油価格が上がり始めており、特に内需関連企業はその狭間で苦悩している。結果、有効求人倍率は40%台、正社員の場合は4人に1人しか求人はない。来年度の大卒における就職内定情況もひどいが、高卒の場合は更に深刻な情況だ。こうした雇用の情況下で、消費心理が上向く筈がない。
危機の本質はこの構造そのものにある。「わけあり商品」は、提供する側と消費する側とで生まれた一種のあだ花のようなものである。

先週は鳥取から大阪へと回ってきた。大阪ではいつものホテルが満室ということもあって、急成長している「スーパーホテル」に泊まってみた。セルフ形式ホテルという余計なサービスを削ぎ落とした、その分価格を下げて急成長しているホテルである。チェックインし氏名・住所を書くところはどのホテルも同じであるが、その後は全く異なる。コンピュータに入力すると、部屋番号と部屋の暗証番号が印字された、しかも領収書にもなるレシートが渡される。そして、最近のホテルや旅館では良く見かけるが、パジャマを渡される。後は全てセルフ、ご自由にというシステムである。翌朝の食事時間に集まった利用者は出張サラリーマン、OLから学生、シニア夫婦と多様な人達が宿泊していた。朝食は朝6時半から、勿論セルフ形式で、無料である。そして、スーパーホテルの特徴の一つが運営スタッフのほとんどが若い女性という点にある。しかも、ホテル経営における経費の中心となっている人件費が極端な位抑えられている。つまり、最小人数で運営されるビジネスモデルと言える。恐らく、中途半端なビジネスホテルはスーパーホテルのようなセルフ形式ホテルへと変わっていくであろう。

2年ほど前から、外食→中食→内食への傾向を書いてきたが、別な表現を借りればセルフ化への進行である。勿論、食ばかりでなく、生活全体に対する傾向としてある。商品やサービスの厳選傾向は回数を減らす減選へと進み、そしてセルフに至る。これが消費氷河期の最大特徴である。東京では過激なほどの弁当競争が繰り広げられているが、サラリーマン・OLの間では自分で作るセルフ「弁当族」が増えてきている。
セルフ化とは自分で行うことであり、道具や方法を必要とする。大不況下で売れるのはこうした商品群である。例えば、理美容院であれば、安いクイックサービスや髪を梳くバリカンのような道具が売れていく。調理道具が売れ、家庭菜園も更にセミプロ化していく、こうしたことも全てセルフ化、ビジネス用語でいうところの内製化である。そして、言うまでもなく省エネ、省力、省マネー型の道具が売れる。

前回、「回帰のゆくえ」というテーマで回帰現象の根っこについて書いた。回帰体験とは「自分の感性、自分の知を手に入れる、そんな体験である」、と仮説してみた。十数年前から言われてきた「成熟」、成熟した消費社会を迎えるということだ。激安商品についても単純に飛びつく訳でもなく、しかし「わけあり」に納得すれば購入する。勿論、生半可なこだわりにはそれに見合う費用等はかけない。長い目で見た費用と効果、それらを踏まえた満足感を手に入れる、そんなしたたかな消費者像が目に浮かぶ。
昭和30年代、戦後のモノも心も荒廃していた中で食べるのが精一杯であった時代、それでもどん底から這い上がる生命力だけはあったと思う。そんな時代の風景と「今日」の荒廃さを重ねて見る。モノは安くなり至る所に溢れていて、しかしモノへの欠乏感はない時代が今である。何が欠けているか、言わずもがなである。

川上ではインフレ、川下ではデフレという構造的問題に危機はある。先日鳥取県で委員会があったが、そこでもこうした構造的問題の一端を垣間みた。鳥取県を代表する地域ブランド商品と言えば、「20世紀梨」である。日経リサーチによれば果物部門で第4位の商品だ。しかし、作付け面積は昭和58年をピークに年々減り続け、昨年度はピーク時の1/3である。背景は全国どの地域も同じで、農家の高齢化と跡継ぎがいないと言う。自給率40%の日本農業にあって、若者の農業への労働移動はそれほど単純なものではない。しかし、中長期的な産業構造の転換をはかることが問われているのだ。
生活者は、生活そのものの構造転換がはかられつつある。セルフ化もその一つである。政府は「ゆるやかなデフレ」と表現したが、この「ゆるやか」という表現は正確である。生活者は「ゆるやか」に生活を仕分けし、構造転換を計ってきたということだ。そして、この生活仕分けであるが、子への教育費が下がり始めた時、その時本格的な消費氷河期に入ったと判断すべきであろう。何故なら、子は私たちにとって唯一の未来であるからだ。(続く)

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