日記・コラム・つぶやき

2008年11月12日 (水)

「今」という時代の空気感

ヒット商品応援団日記No316(毎週2回更新)  2008.11.12.

2008年度の新語・流行語大賞候補60語の発表があった。(http://singo.jiyu.co.jp/index.html)昨年は「(宮崎を)どげんかせんといかん」と「ハニカミ王子」が大賞であった。同じような意味で、その年の世相漢字の公募があるが、昨年は「偽」であった。食品偽装を始め、年金記録や政治活動費の「偽」が社会問題化し、嘘つきばかりが蔓延している時代を良く表していると思う。そうした時代を「どげんかせんといかん」と誰もが思う、閉塞感が強く出た一年。そうした中にあって、爽やかな風を送ってくれたのが「ハニカミ王子」であった。

流行語大賞も世相漢字も12月にならないと決まらないが、2007年が「偽」が蔓延する閉塞社会であったのに対し、今年は更に「危機」へと進行しているように思われる。流行語大賞候補には「汚染米/事故米」「毒入りギョーザ」「メタミドホス」 「サブプライム」があり、「どげんかせんといかん」という思いは「再発防止検討委員会」どころか「チェンジ(CHANGE)」が求められ始めた、ということであろう。一方、「ハニカミ王子」の流れでは、北京オリンピックソフトボールで金メダルをとった「上野の413球」、 あるいは北島康介選手の「何も言えねー」なんかも選ばれており、ピュア(純粋)コンセプトは時代の通低であると言えよう。

今年の特徴の一つが、やはり政治における出来事や言葉が多くなっている。「ねじれ国会」 「霞ヶ関埋蔵金」「居酒屋タクシー」「(福田前総理による)あなたとは違うんです」といった具合で、政治においても具体的な「危機」が進行していると言えよう。こうした危機的社会では、その裏側ではとりとめのない、単純に笑うしかないようなことが受ける。候補にも入っているが、「キターー!! 」「グ〜! 」「ゆるキャラ」「せんとくん」「おバカキャラ  」「世界のナベアツ」「 ポ〜ニョ、ポニョポニョ、さかなの子〜♪」といった具合である。ある意味、ヴィヴィッドな感性が摩耗してしまった時代を表しているように思える。

ところで、先日筑紫哲也さんが亡くなられた。筑紫さんへのコメントはそれこそ「多事争論」あるが、「ニュースに声を与えた最初の人」であったと発言していたのはコラムニスト天野祐吉さんであった。いままでの無表情な文字の羅列であったニュースに、思いがにじむ、息づかいがわかる「声」を与えた人であったという。「今」という時代の空気感を伝えてきた数少ない一人であった。私は感性が摩耗してしまった時代と書いたが、感性を声と置き直しても意味はかわらない。多事が他事になってしまい、争論されることなく、沈殿しつつあるように思える。そうした意味で、筑紫さんが亡くなられたことは「声」を失いつつある時代の象徴のように思えた。

こうした時代にあって大きなヒット商品、メガ・ヒットは出てこないであろう。もし、あるとすれば今まで無かった新技術や新素材、あるいはそれらを取り入れた新しい仕組みによる商品化ぐらいであろう。例えば、この秋冬でどの程度売れるかわからないが、注目したいのがユニクロの「ヒートテック」である。身体から発散する水蒸気を吸収して発熱し、保温する新素材を使った肌着やタートルネックシャツである。価格も790円〜1500円と買いやすい設定となっている。

内側に向いた安心を求める心理市場にあっては、今は小さなヒットを繰り返すことが賢明なビジネス指針であるといえよう。前回、「Yes we can 物語」というキーワードでオバマ米国について書いた。どの程度の変化となるか未知数ではあるが、日本の場合は「危機」にあるにも関わらず迷走を繰り返し、風はいまなお吹いていない。しかし、以前書いたことがあるが、例えばアニメ映画の宮崎駿監督やサブカルチャーの流れを組む村上隆さんのビジネス、あるいは私の知らないところで黙々と「何か」を創っている無名の人々がビジネスに新しい風を吹き込んでくれると思う。(続く)

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2008年10月16日 (木)

反語の時代 

ヒット商品応援団日記No308(毎週2回更新)  2008.10.16.

日本人4人のノーベル賞受賞に続き、ノーベル経済学賞に米国のポール・クルーグマン教授が選ばれたと報じられた。レーガン政権で経済諮問委員を務め、現在は反ブッシュの代表的な論客であるという。ブッシュが進める新自由主義路線の延長線上に今回の金融危機があり、なんとも皮肉な受賞である。クルーグマンは、米共和党政権が高所得者への減税を拡大する一方で福祉を削減し、格差を広げたと指摘。米国が経常赤字を膨らませながら、世界中のお金を吸い上げて繁栄する構図について、現在の金融危機が深刻化する以前から「世界恐慌前夜に似ている」と警告していた。新自由主義、市場原理という市場のダイナミズムにまかせるという考えは、今回の公的資金の導入によって自ら破綻を宣言したようなものであるが、今回のノーベル経済学賞は更に駄目押しをしたようなものだ。

ところで2009年度のノーベル賞ならぬイグノーベル経済学賞にはリーマンブラザーズ社の会長、いや米国現政権の財務長官ポールソン(元ゴールドマン・サックス社会長)が選ばれるかもしれない。ちなみに、私がヘッジファンドという言葉に接した最初の経済記事が、あのエネルギー商社エンロンの破綻(2001年12月)であった。その翌年のイグノーベル経済学賞を受賞したのがエンロンとその役員達である。

反語といえば今最も反語的存在なのが、ロックミュージシャン、タレントのDAIGO君であろう。あの元首相竹下登氏の孫である。世襲政治家の問題が指摘されるなか、自力でミュージシャンになり、TVに登場するや元首相をじっちゃん呼ばわりし、その存在感を見せた。時代を過激なまでにおちょくったのが、ツービート(タケシ)であったのに対し、存在そのものがおちょくりとなっているのがDAIGO君だ。「元首相の孫」なんてこの程度といってくれている訳である。

反語を批評・批判といっても、皮肉・おちょくりといってもかまわない。本来ジャーナリズムの存在理由の一つであったが、最早その機能を果たしえない存在になっている。そうした中で、DAIGO君の他にも、昨年木村伊兵衛賞を受賞した写真家うめかよ(梅佳代)さんなんかも、時代を痛切に批評していると見えなくもない。おじいちゃんが大好きで、「年をとるってかっこいい」と、「写真をとっていればおじいちゃんは死なない」といって写真を撮るうめかよは、ユーモラスな写真のなかに、今日の高齢社会の問題をするどく切り取っていると思う。

「見えないものを見る」、そこに時代の本質を見出すという反語的世界に生きるのがアーチストだと思うが、一方でそうした表現力を持ちえない人間はどうするかである。言葉にならない言葉、表現できない表現、それは沈黙となるしかない。沈黙を解き放してくれる一つが歌謡曲であったが、前回書いたように歌謡曲は痩せていく。言葉の原初的形態は音であった。悲しくて歌は生まれ、うれしくて歌は生まれ、何かを伝えたくて歌は生まれた。私の場合、そんな野生が残る場所の一つが沖縄であった。反語的とは、過剰情報のなかに沈殿している沈黙、都市が産み出した見えないものから生まれる一つの表現かもしれない。(続く)

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2008年10月12日 (日)

歌が痩せていく

ヒット商品応援団日記No307(毎週2回更新)  2008.10.12.

「歌が痩せていく」と語ったのは、昭和と平成の境目を生きた作詞家故阿久悠さんであった。平成の始まりとと共に、歌謡曲という言葉が消えたという俗説を半分認めながらも、阿久悠さんは「歌謡曲というのはそんなひ弱なものではなく、時代を呑み込みながら巨大化していく妖怪のようなもので、めったなことでは滅びたりはしない」と語っていた。
昭和にあって平成にないものを周知のように阿久悠さんは小林旭に歌わせた。代表作である「熱き心に」の8年後に、「あれから」(1993年)を作詞し同じように小林旭に歌わせている。
 心が純で 真直ぐで
 キラキラ光る 瞳をしてた
 はにかみながら語る 夢 大きい・・・・
純も、キラキラも、はにかみも、夢も、日本人が失ったものであったと阿久悠さんはいうのだが、これらのキーワードは歌にではなく、違ったところで生きている。阿久悠さんがいみじくも語っていたが、日本人が失ったものを探し出すには2つの方法がある。1つが昭和の秋の最後を語ること、もうひとつが平成の春を語ることであると。

これらの詞にまずピンと来るのが、夏の甲子園で活躍した早実の齋藤投手ハンカチ王子であろう。以降、ハニカミ王子石川遼君までの王子ブームとなって生きてきている。王子ブームという社会現象は後者の流れにある。勿論、歌として唯一継承している氷川きよしも後者に入る。「はにかみ」はないが、純で好奇心に真直ぐなキラキラ光る写真家梅佳代(うめかよ)なんかも平成の春を語ってくれている一人だ。

ところで、暗いニュースのなかで、4人のノーベル賞を受賞した科学者に、今なお失ってはいない何かを感じた人が多かったと思う。特に、益川教授は自らおしゃべりだと話し、表敬訪問した文部科学相に対し、受験問題に触れ「選択式の試験問題は考えない人間を育てている。今の教育は汚染教育だ」と。ひときわ異彩を放つ益川教授に、私は「心が純で真直ぐで・・・・・」と作詞した阿久悠さんの顔が重なって見えた。比較するのも失礼だが、4人の科学者は昭和を語る前者の方で、何か「ザ・日本人」とでも呼べるような清々しさを感じた。

晩年、阿久悠さんは「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念する。歌が痩せていくとは、心が痩せていくということである。
果たして、平成の歌謡曲は生まれてくるのであろうか。作家五木寛之は「変わる時代に変わらないものは何か」と問い、それは「人間の関係」、目の前にいるその人との関係を大事にすることだ、と語っている。バラバラになった関係が取り戻される時、そこに新しい歌謡曲が生まれるかもしれない。(続く)

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2008年4月27日 (日)

情報時代の通過儀礼

ヒット商品応援団日記No260(毎週2回更新)  2008.4.27.

少し前に「連鎖する社会」というテーマで情報の時代の特徴について書いた。こんなことは当たらない方が良いのだが、ここ1週間ほど、報道されるように「硫化水素自殺」の連鎖が起きている。この報道を耳にした時、日本が情報時代を迎えた1980年代に起きた岡田有希子後追い自殺現象を思い出した。1986年4月に所属事務所の屋上から飛び降り自殺したアイドル歌手であるが、死の現場に多くのフアンが集まり、彼女の死後2週間で27人の自殺者を出し、社会現象化した事件である。
当時はアイドル論が盛んで、「ディズニーランドに似合うアイドルを創ろう」といった仮想現実化に注目が集まっていた時期である。アイドルという身体をもたない創られた虚構の世界。そのアイドルの死を情報死として、いわば「情報心中」として連鎖していった社会現象である。このことに大きな衝撃を受けた事件であった。

こうした社会現象化する予兆を感じた時だけ、私は2チャンネルの掲示板のスレを読むのだが、いやなことだが無数の書き込みを読んだ。周知のようにサンスポのZAKZAKをはじめTVのワイドショーの情報源の多くは2チャンネルである。虚実、清濁、混沌とした世界であるが、鶴見済による「自殺マニュアル」以降、ネット上では「練炭自殺」を経て、硫化水素に関する書き込みは既に昨年後半からあった。勿論、自殺を助長してはならないので詳しくは書かないが、岡田有希子以降の時代背景が映し出されている。
その特徴だがネット上のスレは個人であり、練炭自殺の時は「仲間」を呼びかけたことにあった。今回語られていたことは、全て「個人」についてであった。しかも、スレの向こう側に膨大な自殺予備軍を私は感じてしまった。

「何かおかしい」と今から7年ほど前に既存情報をつぶさに調べたことがあった。勿論、経済ばかりでなく、社会現象や病気に至まで、ライフスタイルを構成しているであろう多くの指標となる情報を分析した。嫌なことだが市場が心理化していることから、精神病患者数や内容の変化、自殺者数の変化、公表はされていないが自己破産件数の推移なども含まれていた。
家計収入面では、バブル崩壊以降も増え続け、1998年から急速に減少する。1997年には拓銀や山一証券が破綻する。この年を境に自殺者が3万人を超えるのである。単に経済が悪化したからということではない。それまでの多くの価値観、大企業神話、終身雇用、年功序列、IT導入による仕事そのものの変化、そこに現れたのが「競争」である。こうしたパラダイム変化と共に、少子高齢化の入り口である生産年齢人口も減少へと向かう。つまり、今日現象化している多くは1990年代後半に始まっていた。

この転換点で一番大きな問題が個人化社会であった。豊かさと併行するように暮らし方が個人単位へと変わったことだ。住まい方も単身世帯と夫婦二人世帯が全世帯数の50%弱となり、夫婦共稼ぎは至極当たり前となった時代だ。この個人化を更に加速させたのがインターネットの普及である。皮肉なことに、瞬時に「答え」が手に入るGoogleという方法も手に入れることとなる。ちなみに2チャンネルの硫化水素による書き込みには「練炭自殺に代わる、新しい自殺方法が開発されました」とある。厚労省による商品販売規制の通達が出され、ネット上における監視規制が強化されると思う。しかし、どんなに規制を強化しても書き込みは続き、サイト訪問者も存在する。情報化社会にあって、ネット社会は越えなければならない新しい一つの通過儀礼のように思えてならない。自殺を100%思いとどまらせることは不可能かもしれない。しかし、詩人谷川俊太郎さんはコトの本質を詩人らしい表現で指摘してくれている。それはあの糸井重里さんが主宰している「ほぼ日刊イトイ新聞」の中で、読者からの質問に答えるという形でだ。「谷川俊太郎質問箱」より。

【質問】
どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。
(こやまさえ 六歳)

追伸:これは、娘が実際に 母親である私に向かってした質問です。
       目をうるませながらの質問でした。
        正直、答えに困りました〜
   
[谷川俊太郎さんの答え]

ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながらさえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
ことばで問われた質問に、
いつもことばで答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

今、私たちに一番欠けていることを指摘してくれている。「アタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね」と答える谷川俊太郎さんの暖かくもその明快さに強く共感する。母と子を、本人と回りの人との関係に置き換えてみる。アタマという言葉を理屈という言葉に置き換えても、ココロを愛情にと置き換えても、カラダを「虚構から現実へ」と置き換えてもいいかと思う。相談、会話、そして何よりも「ぎゅーっと抱きしめて一緒に泣くこと」が必要な時代だ。(続く)

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2008年3月 5日 (水)

「KY語」社会の意味

ヒット商品応援団日記No245(毎週2回更新)  2008.3.5.

過剰な情報が行き交う時代にあって、少しでも注目・話題を集めるために一時期バイラルマーケティングやサウンドバイトといった手法が専門家の間で流行った。一種のサプライズ手法でどれだけ伝達刺激を強くしていくか、政治は言うに及ばず広告や小売店頭にまで使ってきた。私は既に1年半ほど前から、こうした手法は終焉したと書いてきたが、以降のコミュニケーションの「今」について再度考えてみたい。

昨年の流行語大賞の時にも少し触れたが、とうとうローマ字式略語約400語を収めたミニ辞典「KY式日本語」が発売された。昨年の流行語大賞の一つに選ばれたKY(空気が読めない)も数年前から高校生の仲間言葉として使われていたが、昨年出版元に寄せられた新語募集ではこのローマ字式略語が上位を占め、発売に踏み切ったとのこと。ちなみに1位はKY、上位にはJK(女子高生)やHK(話変わるけど)といった言葉遊びが中心となっている。面白い言葉では、ATM、銀行の自動支払機ではなく(アホな父ちゃんもういらへん)の略語やCB、コールバックや転換社債ではなく(超微妙)の略語で若者が多用する言葉らしさに溢れている。

KY語の発生はコミュニケーションスピードを上げるために圧縮・簡略化してきたと考えられている。既に死語となったドッグイヤーを更に上回るスピードであらゆるものが動く時代に即したコミュニケーションスタイルである。特に、ケータイのメールなどで使われており、絵文字などもこうした使われ方と同様であろう。こうしたコミュニケーションは理解を促し、理解を得ることにあるのではない。「返信」を相互に繰り返すだけであると指摘する専門家もいる。
もう一つの背景が家庭崩壊、学校崩壊、コミュニティ崩壊といった社会の単位の崩壊である。つまり、バラバラになって関係性を失った「個」同士が「聞き手」を欲求する。つながっているという「感覚」、「仲間幻想」を保持したいということからであろう。裏返せば、仲間幻想を成立させるためにも「外側」に異なる世界の人間を必要とし、その延長線上には「いじめ」がある。これは中高生ばかりか、大人のビジネス社会でも同様に起こっている。誰がをいじめることによって、「仲間幻想」を維持するということだ。

KY語は現代における記号であると認識した方が分かりやすい。記号はある社会集団が一つの制度として取り決めた「しるしと意味の組み合わせ」のことだ。この「しるし」と「意味」との間には自然的関係、内在的関係はない。例えば、CB(超微妙)というKY語を見れば歴然である。仲間内でそのように取り決めただけである。つまり、記号の本質は「あいまい」というより、一種の「でたらめさ」と言った方が分かりやすい。

私もそうであるが、言葉を使うとは常に「過剰」と「過少」との間で揺れ動くものだ。「外」へと向けた過剰情報、サプライズの時代を経て、KY語が広く流布している「今」という時代は、過少、「内」に籠った言語感覚の時代なのかもしれない。以前、「Always三丁目の夕日」のヒットを含め、若い世代においても同じで、学校給食の揚げパンを例に挙げ「思い出消費」について書いたことがあった。思い出を聞いてくれる「商品」、思い出を丁寧に聞いてくれる「聞き手」を欲求している時代ということであろう。「かっわいい〜ぃ現象」も「私ってかわいいでしょ」という「聞き手」を求め、認めて欲しい記号として読み解くべきだ。

以前、作家五木寛之の「鬱の時代」に触れたことがあった。不安という不確かなことばかりの社会にあって、心が病む鬱病が増加している。その精神科医の仕事は治すことではなく、「聞き手」になり、患者と共に物語りを共有することであると言われている。今日の精神科医の基礎を作ったジャック・ラカンは患者の「理解してもらい、認めてもらいたい」という希望を「丁寧に聞くこと」が仕事だと言っている。病という情況に至らなくても、多くの人にもあてはまることだ。KY語世代を日本語を理解していない、何も分かっていないと嘆くのではなく、ビジネス現場でも社会生活を送る上でも、まず「聞き手」に徹することだ。「KY式日本語」という文脈(言葉の土俵)に沿って対話していくことも、「大人」には必要な時代だと思う。(続く)

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2008年3月 2日 (日)

次を睨むインキュベーション

ヒット商品応援団日記No244(毎週2回更新)  2008.3.2.

「ダ・カーポ」の廃刊に続き、あの「主婦の友」が休刊となった。年間200以上の雑誌が生まれ、そして廃刊・休刊の雑誌も出てくる。約3000種類発行されていると言われている雑誌全体でも対前年20%の売上減少とのこと。また、サブカルチャーの両雄と言われてきた少年マガジンと少年サンデーが過去のコンテンツを提供し合って一つの雑誌を創刊するという。いわば、過去の名作をコラボレーションによって再創造していく試みだ。この背景にも、最盛時15億冊あった販売部数も今や10億冊にまで減少している事情がある。多様な個に即したメディアの多様化に対応し切れていないと言えばそれで終わってしまうが、日本映画の再生という良きモデルがあるのに何故学ばないのか不思議である。

顧客が変われば、当然経営の在り方も変わる。少量生産少量販売、中抜きSPA、商品の回転スピードup、・・・・バブル崩壊以降多くの企業がこうした試みをビジネスモデルに取り入れてきた。対象とする市場が小さければ、小さくても経営できる方法を模索するのが経営である。日本映画の再生がそうであったように、大作ではなく小作映画をモデルに、小さな資金でしかも小さな単位のファンドで調達する。上映は小さな客席数のシネコン、夫婦割りや各種の割引特典を用意し、顧客を再び呼び戻した。そうした、小さな単位ビジネスに呼応するかのように、キラリと光る周防監督のような人材が出てヒット商品が生まれる。繰り返してしまうが、まずは小単位へと分解し再編しなければならないということだ。

最小単位、それは個人であり、この個人をメディアへと一気に加速させたのはgoogleとYouTubeである。漫画雑誌経営は販売収入であるが、一般雑誌や新聞・TVあるいはラジオメディアは広告収入を柱としたビジネスモデルである。こうした既存メディアの広告収入ビジネスを根底から崩したのが、ネットメディアだ。既存メディアの扱いに依存してきた広告代理店の再編が行われたのはこうした背景からだ。今、このネットメディアで注目すべきが「勝手広告」である。政治での「勝手に意見広告」から始まり、「勝手にブランド広告」までアイディア溢れるユニークなものも出始めている。ネットの掲示板の書き込みから生まれた「電車男」から始まり、ケータイ小説がベストセラーになる時代である。既存アナログメディア世界と全く同じことがネット世界でも起きている。最早、利用者にとってアナログとデジタル、既存メディアとネットメディアの境界はない。区別・区分によって行われてきたビジネスモデルは終焉したということだ。

ところで少年マガジンや少年サンデーの初期には顧客反応を採るはがきを分析し、更には「新人漫画家」の舞台が用意されており、一種のインキュベーション(孵化)装置が仕組みとして組み込まれていた。主要な商業施設は全てこうした孵化装置としてのスペースが用意され、「次」が何であるかの発見を行っている。例えば、渋谷東急フードショーでは売り場の中心に4コマ程度の売り場があり、常に新しい専門店が出店しており、顧客変化のアンテナ役を果たしている。また、今なお成長し続けている渋谷109では新規出店ブランドを公募し、常に顧客変化を受信する。こうしたインキュベーション装置があればこそ、変化に対応できるのだ。

孵化装置という言葉の如く、卵を産み育てる装置・仕組みであり、未来投資としてある。どんな卵が「次」をつくっていけるのか未来は分からない。だから小さく卵を産むことだ。そして、この装置は流通の場合は一定の売り場・スペースを用意することになるが、他の業種にあっても同様である。今、日本語圏のWebサイトは約1億5585万と飽和・横ばい情況であるが、個人が創った特定テーマにおける比較検索サイト等は既に数百万から数千万といった金額で売買されている。こうしたWebサイトを流通させる仲介業者も既に存在している。一方、個人事業であった農業についても変化の兆しが出てきた。確か埼玉で行われていると記憶しているが、跡継ぎのいないいくつかの農地を借り、更に知恵を借り、競争力のある大規模農業を会社経営として実践しているところもある。資本主義経済とは、あらゆるものを商品化しようとする経済活動のことだ。時代が変わり、顧客が変われば、そこに新たな市場機会が生まれる。(続く)

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2007年12月 2日 (日)

過剰情報からの質的転換 

ヒット商品応援団日記No223(毎週2回更新)  2007.12.2.

サブプライムローンにおける格付け問題の疑義やミシュランの東京版から、ネット上で行われている各種のランキングまで、今やすべてがランク・格という物差しによって動く情報の時代となっている。新しく何かをする時、頼るべき情報の第一として、こうしたランキング情報は重宝なものである。東京の東急電鉄が数年前から行っている駅のコンビニショップ「ranKing ranQueen」は売れ筋ランキング商品を集めていることから結構人気ショップとなっている。思えば耐震偽装事件から2年を経過したが、その後社会的事件と呼ばれる多くが経営指標の偽装から産地偽装や表示偽装といった情報による偽装事件ばかりである。

株式市場やビジネスにおける顧客への約束といった「公」のルールは100%果たさなければならない。しかし、この2年間公も私においても情報による偽装を学習してきた。情報の本質の一つが使用価値にある。新聞も使えなければただの紙であり、TVも無駄な時間を使ったことになる。もうそろそろ情報の時代の本質を受け止めなければならないと思う。自己責任などという一方的な話ではなく、自らの判断で線引きをし、その精度を高める工夫をしていくということだ。表層の情報からその背後にある世界へ、表通りから裏路地散策をするように自らの五感で体験学習することだ。受け手である私たちも、情報依存という体質を改善しなければならない。

東京新聞でも「あれこれランキング」(http://www.tokyobaystudio.com/main/ts_lanking/ts_lanking.html)というユニークなものをランキングしている。江戸時代もこうしたランキング遊びが盛んであった。まさに「なんでもランキング」でミシュランガイドのように料理屋ランキングから大食いランキングまで、いわば情報・話のネタ遊びとしていた。当時の週刊誌である瓦版もランキング遊びを取り上げ、江戸の人達は酒の肴にしていた。瓦版には2種類あって、1つは火事の速報などを扱った「方角場所付」で、今でいう報道である。江戸の人達はその情報を基に火事見舞いに使っていた。もう一つが「辻売り」と言われている瓦版でインチキ情報満載の瓦版である。江戸の人達は「瓦版は話三分」といって、七分はだまされようじゃないかとインチキ自体を楽しむ気風があった。

ところで、以前にも書いたことがあると思うが、例えばTVの報道は事実情報を正確に伝えるというより、まるで映画を見るように劇場化させている。事件が意外であればあるほど、レポーターはその不可思議さ、謎解きへと視聴者を誘う。今回の香川坂出の悲惨な事件においても、某地方局を始めいくつかのTV報道において真犯人探しどころか示唆するような報道がなされていた。その情報を基に真犯人を特定するかの如きブログを書いてひんしゅくをかったタレントも出る始末であった。視聴者を刑事や弁護人にしたり、時には裁判官にもさせるように誘う報道である。情報の特質であるが、そうした刺激をエスカレートさせていく宿命を持っている。まるで驚きがなければ情報ではないという世界だ。この10数年、企業も生活者も多くの「過剰」を削ぎ落とし再編を重ねて来た。過剰な情報の時代にあって、モノばかりでなく情報もまた厳選から減選へと向かい質的転換が行われるであろう。その転換を促す一つがブログであり、個人メディアであると思っている。(続く)

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2007年1月14日 (日)

生きてる感じづくり 

ヒット商品応援団日記No131(毎週2回更新)  2007.1.14.

暗いニュースばかりの年初めであったが、2007年は「生」という生命力溢れるものへの支持が高まると書いた。例えば、ローカルニュースだけのようだが、「猫の駅長さん」という微笑ましく、癒されるニュースがyoutubeに出ていた。(http://www.youtube.com/watch?v=-Xf2LAFdbMI)和歌山電鉄貴志川線の再生に一役かった三毛猫「たま」の駅長就任である。チョット笑える、癒される、そんなお話の「生きてる感じ」のする、理屈っぽく言うと「感応力」を刺激してくれるニュースだ。こうした暗く、不安の時代には日常の中の身近な「小」がキーワードになる。小動物、小さな植物、小さな自然、小さな季節、小さな出来事、チョットうれしい、そんな「小」がテーマとなる。

以前、東京都の小中学校の校庭の芝生化についてふれたが、今年度から本格的に始まるようだ。既に44校が芝生になっているが、10年で2000校全ての校庭が芝生になる計画と聞いている。都市におけるヒートアイランド現象の緩和や子供達の運動能力の向上など多くの期待がこめられている。間接的とは思うが、不眠症やいじめなんかにも効果が出てくると思う。子供達一人ひとりに「生きてる感じ」を取り戻すことができると思う計画だ。しかし、よくよく考えれば、少し前までは東京でも至る所が野原であった。そこには季節の自然もあり、喧嘩もしたし、怪我もし、遊びもした、いわば学習の場であった。ある意味、「生きる学習」の場であった。アスファルトで覆われた校庭だけでなく、不必要なダムや道路のコンクリートなどを壊し、調和のある「快適さ」が求められていく。その快適さの本質には「生きてる感じ」があると思う。以前、「心のデドックス」というテーマで書いたことがあるが、まさにこころも身体も浄化してくれる方法の一つだ。

想像力の欠如、摩耗した感受性・感応力、こういった言葉を私は取り戻すべきものとして挙げてきた。日常の言葉で言えば「生きてる感じ」となるが、人によっては様々だと思う。帰宅して幼い子供の寝顔を見て、そう感じる人もいれば、青春フィードバックではないが、子供の頃を追想しながら感じる団塊世代もいる。何かに熱中、夢中になっている時に感じるという人もいる。つまり、感じる「時」づくり、あるいは「テーマ」「場」づくりがマーケティングの目標となる。今はまだ寒いが、2月に入れば春の息吹がそこここに出てくる。商品や売り場、スタッフのユニフォームに生命感が感じられるようなマーケティングを行うということだ。自然時という季節をうまく活用した小さなテーマ売り出しとして、「生きてる感じ」をどう創り、伝えていくかである。その時、「猫の駅長さん」ではないが、チョット笑える、そんなセンスが必要な時代だ。(続く)

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2007年1月 1日 (月)

2007年、生への気づき

ヒット商品応援団日記No128(毎週2回更新)  2007.1.1.

新年あけましておめでとうございます。ブログを始めて1年5ヶ月、以前在職していた若いスタッフとの早朝勉強会の延長で書き始めたブログだが、3万件近くのアクセスになりました。感謝。昨年は年頭に書いた価値観の衝突・対立による混乱、カオスの時代そのままの一年であった。こんな予測は当たらない方が良いのだが、今年一年、そうした学習&体験を踏まえた一年であって欲しいと願っている。

昨年末、2006年の世相を表す言葉「命」についてふれたが、2007年は「生」という言葉の年であって欲しい。自然であれ、人であれ、「より良く生きる」ニュースが多い年であって欲しい。そうした願いは、ヒット商品のコンセプトにも表れてくると思っている。生命、生き生き、元気、鮮度、シズル感、・・・・こうしたコンセプト世界が中心となる。昨年ニュースとなった「根性だいこん」といったことではなく、生きている感じ、五感で感じるような「何か」に注目が集まる。感じ取る力を失いつつある都市生活者にとって、気づきを喚起する自然体験、体感プログラム、そうした時間の過ごし方に更に注目が集まるということだ。

「生」は、その始まりと終わりが象徴的である。誕生、芽生え、実、種、あるいは地球生命体という大きな視座に立てば、風、水、といったことも生の象徴となる。終わりはと言えば、はかなさ、生き様、散り際といった日本の精神文化につながっていく。いづれにせよ、「生きている感じ」「生き方」、その伝え方といったことが重要なポイントになる。今まで「言葉(=文字)」を使ってコミュニケーションしてきた。文字は便利な道具としてこれからも必要である。しかし、文字によって無くしてしまったものへの気づきが出てくる。音、言葉の響き、といった感応への気づきが高まる。意味や理屈から、感じ取る世界への変化、気づきである。言葉でいうと、マニュアルやメールではなく、口承、詩、歌、といった微妙なニュアンスによって伝わる時代だ。言い古された言葉だが、対話の時代を迎える。

感動というキーワードはスポーツだけでなく、日常の中にも小さな感動が求められていく。「生」によって感が動かされる時代ということだ。たった一言、小さなアクション、ピンポイント、スモールアイディア、こうしたことが重要な時代になる。どれだけ「生きている感じ」を創造できるか、そのアイディア競争となる。大自然ではなく、小自然。森林より、小さな野草。大きな動物より、小さな動物。小さな「生」への気づきが始まる。(続く)

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2006年12月24日 (日)

2007年ポリシーの時代へ    

ヒット商品応援団日記No127(毎週2回更新)  2006.12.24.

年末近くになり、マスメディアは一斉に2006年を振り返り始めた。ライブドアに捜索が入ったのは1月であったが、遠い過去のように思える。次々と新たな情報によって上書きされていく時代だ。過去を振り返ることはあまり好きではないので、振り返らないが、情報が行き交うスピードは年々速くなっていくと感じている。マーケッターとして、トレンドの状況をある程度は追いかけるが、常に立ち返る場所がある。それは、コンセプトは何か、掲げるポリシーはどうか、という問いである。そして、それらは生活者にとってどんな意味を持っているのか、という問いかけでもある。

1週間前に「2006年ヒットの読み方」でヒット商品の視点、視座として「知」について書いたが、その「知」のあり方、特に情報と知についてふれなかった。本格的に情報を集め、分析し、一つの私見を述べたかったのだが、今年最後のブログということから、私自身の宿題のつもりで書くとやはり「Web2.0」というテーマである。現象面で言えば、「yutyubu」になるが、ヒット商品という言い方をすれば来年あたりには大ヒット商品としてマスメディアも取り上げざるを得ないことになると思う。ただ、ネットの世界だけでなく、日々の生活を送る地域文化共同体、コミュニティにおける「Web2.0」はどうあるべきか、未だ表に出て来ていない。おそらく、私が知らないだけで、どこかの地域で行われているのかもしれない。あるいは地域ブランドといった矮小化した形で伝えられているのかもしれない。

いずれにせよ、マスコミが取り上げない情報が否応なく表に出てくる時代を迎える。ブログが1000万を超えると思えば、広告に代わって「やらせ」や「恣意的」ブログが急速に増え、一時期の「2チャンネル」のような喧嘩も出て来ている。しかし、そうしたブログは継続できないと思う。意見や価値観の違いはあって当然で、まともな対立は「yutyubu」のようなメディアを使って行われると思う。政治的あるいは社会的なことばかりでなく、ヒット商品をネット上で生むために、既に数多くのやらせブログが存在していることも知っている。しかし、そうした商品も長続きはしない。ヒット商品には明確なポリシーのもとで、顧客貢献する何かを持ち、魅力的なコンセプトとなっている。その魅力の広がりの先に社会貢献もある。2007年は猛スピードで駆け抜ける情報に「真」があるのか、それは「信」足りうるのか、見極めることのできる年となる。2006年、私たちは、情報の偽装、偽計、粉飾、うわさ、やらせ、といった情報体験を積んできた。そして、マスメディアが取り上げない、誰も知らない埋もれた商品が表へと出て、ヒット商品が生まれる。そんなポリシー&コンセプトの競争という本当のマーケティングの時代を迎えると思う。いや、そう願っている。この一年、堅苦しいコメントをお読みいただきありがとうございました。

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2006年12月20日 (水)

2006年は「命」  

ヒット商品応援団日記No126(毎週2回更新)  2006.12.20.

最近、新たなテーマに取り組んでいるので気がそちらに向いているせいか、なかなかこのブログに集中できていない。書きたいことは山ほどあるのだが、思考が中断してしまう。構えず、楽に書こうというにはチョット重たいテーマだが素直に感じた点を書いてみたい。
先日、日本漢字能力検定協会が募集した2006年の世相を象徴する「今年の漢字」が「命」にきまり、京都清水寺で発表された。漢字一文字ということと根源的な言葉なのでいかようにも読み取れるが、2006年の社会的事件である「いじめ自殺」や「福岡での飲酒運転による幼い子供の死」、更には「幼児虐待死」といった悲惨な事件、一方では悠仁さまの誕生や「崖っぷち犬」といったところによるものが大きかったからと思う。命という言葉を少し考えてみたいと思うが、生命では生物学的になってしまい、命は身と心を踏まえた言葉であり、正確に言うと、一文字にはならないが受け止め方としては「いのち」とした方が良いと私は考えている。

「崖っぷち犬」をマスコミが大々的に取り上げ、全国から引き取りたいという善意の問い合わせが殺到したと聞いている。一方では全国最低の生活、行政サービスとなった夕張市と同じように「崖っぷち犬」を取り扱うマスコミはおかしいという意見も寄せられている。人と犬とを一緒にするなという意見である。ところが、その「崖っぷち犬」のいた場所に次々と捨て犬があるという。これが実態と言えば実態であり、「いのち」に対する価値観、物差しはバラバラになっている。今年の年頭に、「異なる価値観が衝突する混乱の一年になる」と書いたが、最後の最後まで、そのような時代になってしまった。個人化社会とは孤独化社会であり、いじめのような個と個の衝突化社会である。ネガティブに言えばそうなるが、ポジティブに生死の「生」という視点でとらえれば、個は自由の時代であり、個と個がコラボレートすれば新たな創造的世界も生まれる時代だ。

ちょうどこの時期は2007年の予測ばやりであるが、予測は当たらないというのが持論の私であるが、命の年を踏まえていうと、生というポジティブな世界が少し拓けてくるような気がしている。不安、死、切り捨て、無視、偽装、偽計、嘘、こうした言葉が行き交った年であったが、この言葉の反対の世界、希望、生、共、対話、本当、といった明日への芽が出てくると思う。勿論、ビジネスも不安を語るのではなく、希望や夢を語る時代へと少しづつ向かっていく。夕張市についても、映画フアンのNPOも動き始めたと聞いている。東京23区では来年から小学校のコンクリートで覆われた校庭を芝生にすると聞いている。私たち団塊世代の頃の野原であり、いじめ問題も間接的には解決へと向かうと思う。こうしたコンクリートや情報という重ね着した「近代の洋服」を一枚一枚はぎとっていく時代を迎えると思う。(続く)

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2006年12月10日 (日)

カリスマ経営の本質 

ヒット商品応援団日記No123(毎週2回更新)  2006.12.10.

ここ1ヶ月ほど一つの時代を創り、今なお革新し続けている経営者と会い、経営に関する多くの知恵やアイディアを享受させていただいた。今も行列が続く「野の葡萄」代表の小役丸秀一さん、創業明治元年琵琶湖堅田でボートづくり「桑野造船」の代表を引き受けた古川宗寿さん、老舗ばかりの和菓子の世界で理想を追い求める「叶匠寿庵」代表の芝田清邦さん、あの渋谷109でカリスマ販売員というキーワードを一般化させた「エゴイスト」代表の鬼頭一弥さん、そして来週中には祈りの経営を東証1部に上場させる「ダスキン」代表の伊東英幸さんとお会いすることになっている。業種も企業規模も全く異なるこの5社、5人であるが、共通していることが一つある。全て革新者であるがその革新を実現するための「人づくり」が共通していることだ。この5社、5人については書籍という形で皆さんにお知らせできると思う。

ところでその一人であるエゴイストの鬼頭さんと一昨日お会いした。私が会いたいと無理を言って時間を作っていただいたのだが、アポイントの電話を入れたところ11日から22日まで全国を回るのでその日以外でしたらと快諾してくれた。その理由を聞くと、「500人にもなるショップスタッフとは顔を会わせることが少なくなり、せめて賞与のとき位は直接会って声をかけて渡したい」と答えてくれた。マスコミという表舞台にはなかなか現れない人物で、表に出てくるのはエゴイスト=カリスマ販売員である。渡部加奈さん、森本容子さん、中根麗子さん、そして熊谷真帆さん、と歴代のカリスマ販売員については若い世代は周知で、こうした人材を輩出した経営リーダーである。業界の人からはエゴイストは人材養成所ですねと言われると笑って答えてくれた。エゴイストを知らない方がいるかと思うので、若干そのプロフィールを言うと、
・1994年にエゴイストを創業、当初はインポート物のセレクトショップとして運営。
・1996年頃、韓国のテキスタイルと工場に着目。
・1998年、初代カリスマ販売員である渡部加奈さんと今日の生産、販売などのスタイルを確立。
・1999年9月にギネスにのる前代未聞の17坪弱の店で月商2億8万円を販売する。
そして、私もそうであるが、多くの注目が、渋谷109とエゴイスト・カリスマ販売員に集まったと言えば多くの人は思い出すと思う。

話の中で多くの示唆を頂戴したのだが、2つ印象的なことがあった。一つは、ハングリー、どん欲さである。ギネスにのる新記録についても月商1億9999万では駄目で2億1万にしなければ意味がないと答えてくれた。それは、売り上げという数字ばかりか、あらゆることに渡っている。お金へのどん欲さというより、目標という生き方のどん欲さである。そうした生き方がスタッフに浸透しているから、ギネスブックにのるような結果が得られたのだと思う。
もう一つが素直さである。私の話にも興味深く聞くといったこともそうであるが、現場スタッフ一人ひとりに対しても同様である。年2回直接会って賞与を渡すのだが、その時様々な事情で来月辞めるんですと言われるのが一番つらいと話す。自ら、年齢もそうだが皆のお父さんですよと笑っていた。まるでエゴイストという会社は鬼頭ファミリーのようだ。
今、次への革新、チャレンジの準備中と話してくれた。次なる夢経営、革新は続いている。どん欲さとはある意味で厳しさでもあり、また自分一人では何も出来ないという自戒と人への優しさだ。エゴイスト代表鬼頭さんに厳しさと優しさを感じたのだが、ファッションを通じて人をきれいにして上げたい、そんなスタッフにも幸せになって欲しいという「人間大好き人間」が鬼頭一弥の本質だと思う。(続く)

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2006年11月26日 (日)

景気と私生活防衛 

ヒット商品応援団日記No119(毎週2回更新)  2006.11.26.

先日財政破綻した夕張市の住民説明会が行われ、「全国最低の住民サービス」という一種のリストラ案が提示され紛糾したと報じられた。同時に破綻以降4ヶ月で220名の住民が夕張市から転出したとの付帯報道があった。多くの企業倒産と同じで、粉飾決算が行われていたことは周知の通りで、その責任は重い。政府内では随分前から破綻処理のためのプロジェクトがあり、その準備はできていたのだろう。また、第二、第三の「夕張市」は潜在的には無数にあるが、「世論の動向」を見ながら破綻、国の管理下に置くという形になると思う。多くの崩壊に伴う不安に、もう一つの不安が増えたことになる。ここ数ヶ月、「うわさの法則」や「いざなぎ景気と格差意識」といったテーマで書いてきたが、残念ながら不安心理による「自己防衛市場」は増々大きくなると思う。先日、政府の月例経済報告があった。高度成長期のいざなぎ景気を超え、プラス成長57ヶ月となり順調な回復を見せている、と報じた。但し、個人消費は伸び悩んでいるとも付け加えられた。少し調べれば分かることだが、生活者の景気感の指標(対前年同月成長率)である百貨店売り上げ、スーパー売り上げはマイナス成長、新車の販売台数、国内旅行などの個人消費もマイナス成長である。日本のGDPの6割近くを占める個人消費が伸びない限り、景気感はありえない。

ところで、夕張市の住民220名が既に転出したことは、この時代の一つの象徴のように思える。現代の「逃散」で、住民が領主である行政に対する対抗手段として、他県に逃亡するように見える。江戸時代には、その豊かな経済都市江戸へと集中し、「人返し令」が出され歯止めをかけたが、江戸の町は巨大化することを止めなかった。ある意味で自己防衛的行動であったと思う。勿論、非正規社員が多いが、雇用機会は圧倒的に都市に集中している。結果として、更に都市と地方の格差が加速する。また、今後の日本経済の見通しについては、多くの経済アナリストが言っているように劇的に良くも悪くもならない。例えば、英国経済がグローバル化という改革を行い安定成長へと向かった1992年以降14年間、2〜3%の継続成長を果たしているように、日本も同様のパターンを辿るという指摘である。
よく産業構造の転換と言われているが、その前提は日本の地方であってもグローバル化ビジネスという視点を抜きには成立しないということである。青森のりんご農家がヨーロッパへの輸出を考えて営業したり、既に世界には3000もの日本食レストランがありブームとなっていることは周知の通りである。こうした産業構造の転換にはかなりの時間を必要とする。そうした意味で良い景気感にはまだまだ時間を必要とする。

さて生活者はどうであろうか。その良否は別として、更なる不安を背景に「私生活防衛」が更に加速される。単なる、セキュリティといった安全・安心のための防衛から、生活のあらゆる断面において防衛意識が強く働く。マイブームというキーワードは当たり前となり、個別オーダー的サービスが基本となる。一方、日常生活の無駄・無理削減の創意工夫、知恵やアイディアが更に求められるようになる。自家菜園、手作り料理、手作り生活、こうしたセルフスタイルが生まれてくる。ある意味でホームリサイクルといった考え方から、そのための道具などに注目が集まる。また、手作りといった時間のないOLにとっては、全てが「小単位」の購入となる。これは単なる食の物販といった世界だけでなく、サービスの小単位化も生まれてくる。今流行の岩盤浴やマッサージのような時間サービスばかりでなく、部分サービスのような小単位化が出てくる。そうした、小単位のモノやサービスを賢く組み合わせて生活する、自己防衛的生活へと向かっていく。(続く)

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2006年11月19日 (日)

過剰情報時代の2つの眼 

ヒット商品応援団日記No117(毎週2回更新)  2006.11.19.

今年1月「情報の罠」というテーマで耐震偽装事件、ライブドア事件にふれて情報化社会における「罠」について書いた。こうした事件によって「そこに見えるのは偽計、風説、偽装、粉飾、といった情報操作によって右往左往する個人である」と。偽メール事件を持ち出すまでもなく、「情報」のもつ価値がいかに大きいか思い知っている。今、知っての通り、文科省大臣宛に27通の自殺予告文書が送られ、その真偽のほどが調査されていると報じられた。そして、相次ぐ自殺者も出てきた。ここには過剰報道による連鎖が明確に出てきている。TVを中心に、新聞、雑誌、ブログなどのニュースのほとんどはいじめや履修偽装といった「教育崩壊」か、幼い子供への虐待死などの「家族崩壊」である。人は「不可解さ」「曖昧さ」に対し、漠としたとした不安に我慢できなくなる。当然、情報の受けてには過剰反応が生まれる。これが社会心理におけるパニックへの予兆である。

誰もが知っているパニックというと、1973年に起こった「トイレットペーパー騒動」であろう。原油価格を70%引き上げる決定を受けて、「紙の節約」を発表したところ、「紙がなくなる」という噂が流れパニックに陥り、その騒動を「あっという間に値段は2倍」と新聞が報じたことにより、更に買い付け騒ぎが大きくなった社会的事件である。あるいは給食によるO157集団感染の原因と噂され大きく報道され、結果カイワレ大根業界が壊滅的打撃を受けた事件。社会心理学でいうと、うわさやデマといった流言は社会的危機において多発すると言われている。安定という社会のシステムが壊れ、こころが適応できなくなる訳である。こうした不安心理という潜在的危機に「情報」が繰り返し流されることによって、危機は顕在化する。トイレットペーパー騒動における新聞報道と今回の自殺予告文書に対する大臣見解の記者会見報道は同じである。残念なことに、情報があらたな情報へと連鎖し始めた。うわさとデマは異なり、デマはある意図をもって流される情報であるが、この2つが判別、予測できないような情報のカオスがやってくる。

しかし、同時に自らの考えをもって「教育」のあり方を提起する中学が出てきている。例えば、札幌の中学生たちが今回の教育基本法案に対し安倍総理に手紙を送っている。勿論、匿名ではなく実名でだ。ところがそのことを知った匿名の「大人」から脅迫とも取れるメールが送られてきたという。(札幌テレビ http://www.stv.ne.jp/news/streamingWM/item/20061117182019/index.html)この報道の詳細については分からないが、少なくとも自身の問題として受け止める中学生がいることは事実である。
私はマーケティングに携わる人間であり、社会の事象、出来事は無縁どころか不可分なものとして受け止めている。体験・経験の少ない子供に対し、キッザニアのように社会体験を提供するサービスが注目されるのは良く分かる。今、札幌の中学生のように、自ら教育を受ける子供たちが「教育」を考える活動体験は極めて大切である。マスコミ、ジャーナリストはこうした情報を伝えてはいないが、おそらく全国の中学校でこうした未来への芽が生まれていると思う。多様多元的な価値観が錯綜し、混迷する時代にあって、そうした情報には2つの眼で見ていくことが必要だと思っている。1つは俯瞰的な鳥のような眼と、もう一つは札幌の中学生のような当事者の目線と同じ高さの眼である。(続く)

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2006年11月15日 (水)

教育のサービス産業化  

ヒット商品応援団日記No116(毎週2回更新)  2006.11.15.

いじめ問題、履修不足問題など学校教育のあり方が問われている。幼児虐待も変わらず起こっており、子殺しもまた。私はこの春、「家族のゆくえ」でその崩壊のさまを既に書いてきたが、悪い予兆はこの1ヶ月ほどで大きく噴火してしまった。1990年代半ば、当時の文部省が指針として出した、「教師は教育というサービス業」という考え方に、当時の世相、社会を映し出していたと思う。文部科学省、教育委員会、学校長、現場教師、そして生徒と保護者、こうした教育に関わる役割において、平易にいうと民間企業と同じように、顧客は生徒と保護者であり、顧客が望むことをサービスするのが教師であるという考え方である。この考え方の延長線上には、顧客満足を数値化し、教師の評価につなげていく考え方となる。顧客満足は何かというと、志望する高校や大学への入学者数から始まり、しつけなど本来家庭で行うべきことまでサービス領域となる。「義務教育」は、本来家庭の事情などで行かせてあげられない貧しい時代の考え方から生まれたものである。今や、朝食抜きの子供が多く、学校で朝食サービスを行う小学校まで出てきている。つまり、社会の目やその価値がサービス産業的な見方に変化してきたからである。少し前に「マイブーム」というキーワードが流行ったが、マイティーチャー的価値を現場教師に求め始めたということだ。ここに矛盾点が凝縮されている。

さて、現場教師はと言えば福岡三輪中学校の教師のように「偽善者」「うそつき」呼ばわりし自殺への引き金を作っていた。勿論一部ではあるが、子供以下のどうしようもない教師がいる。学校長も右往左往するばかりで、とうとう自殺者まで出てきた。また、反対に学校長によるパワーハラスメント(いじめ)によって、自殺する現場教師がいかに多いか。教育を提供する側もまた崩壊している。
一方、先ほどの「顧客」である保護者及び子供はどうかと言えば、繰り返しになるが既に崩壊している。感情をコントロールできない子供たちを「キレル」と称して話題となったが、今や更に低年齢化し、保育所では「三歳児の崩壊」が始まっているという。人の話が聞けない、一人だけ走り回る、隣の子にかみつく・・・・・・箸を使えないばかりか、ボタンすらはめられない子供たちが急増していると聞く。母親はと言えば、平然と教師批判、サービス業としてのマネジメント能力不足を指摘する。

ここ半年ほど私が書いてきたテーマの多くは「回帰」についてであった。ふるさと回帰、自然(野生)への回帰、和回帰、こうした原点回帰は「都市化によって失ってしまったもの」をどう取り戻すかという視座であった。教育もまた原点回帰しなければならない。根源的には乳幼児期の母親の子育てから始めなければならないのだが、「今」という課題解決には遅すぎる。
企業の場合はどうかと言うと、一時期リストラなど行った結果、経済合理主義だけでは本当の顧客満足は得られないということが分かった。顧客の目は肥え、本物のサービスか否かを見極めるように成長している。例えば、アルバイトやパートといった経済合理だけの雇用形態では、本気・本物のサービスは難しいと正社員化を再び進め始めている。つまり、経済合理性だけでは経営できなくなってきているということである。意欲を持って仕事(顧客)に向かうには経済だけではなく、企業文化、企業風土、更には社会という見えざる価値の重要性に気づき始めたということである。もし、教育における原点回帰を志向するならば、学校、保護者、そして地域社会が交流しえる情報公開の場と時をつくり「今」を解決することだと思う。そして、一番重要なことは、江戸時代の大家さんのようなコミュニティリーダーの存在だ。(続く)

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2006年11月12日 (日)

こころのデドックス 

ヒット商品応援団日記No115(毎週2回更新)  2006.11.12.

今、都市の女性たちに人気なのがデドックス(体内解毒、体内浄化)という健康法である。便秘解消、血行促進、今キーワードとなっているメタボリック症候群の改善、アンチエイジング効果、・・・・こうした多くの言葉で表現されているが、つまるところ身体のもつ生命活動を活性化させるもので、エステから始まり、足浴、岩盤浴、デドックス体操、デドックス料理、サプリメント、お茶等多くの商品やサービスが一斉にデドックス効果を掲げている。TV番組「あるある大辞典」や雑誌の特集にも登場していることもあり、旧来ある商品やサービスも一斉にデドックスというキーワードに飛びついている。ここでも情報は情報に連鎖しており、古くは寒天ブームやコエンザイムQテンブームと同様の結果となる。一過性のブームは、更にそのスピードを上げ、最早瞬間的に売れ、そして終わる。どこか株式市場のデートレーダーに似ており、瞬間的に売り抜けないと在庫の山や投資回収が難しくなる。そんなブームとして見ていくのが妥当である。

身体もさることながら、実はこころのデドックスが求められ新たな市場が生まれる。書店では相変わらずスピリッチャル本が売れており、私が売れるであろうとブログでも書いた「えんぴつで奥の細道」も今なお同様に売れている。年頭のブログでも書いたように、多様な価値観が衝突するとは現場での話であり、ストレスはますます大きくなっている。大人社会ばかりか、子供社会にまで及んでいることは周知の通りである。西欧社会にはキリスト教というこころの拠り所があり、価値尺度がある。しかし、日本の場合は「なんでもあり」「やったもん勝ち」といった言葉が毎日のようにニュースになっているのは何故だろうか。唯一の拠り所である家族は既に崩壊しており、会社といえば個人単位の契約労働という競争社会が待ち受けており、居場所がないのは子供ばかりか大人も一緒である。都市の女性マーケットの特徴を「ひとりリッチ市場」と呼んでいるが、経済的自由はあっても、こころはリッチではない。女性だけが結婚しない訳ではなく、男も同様で個人化は更に進行していく。
ミーギフト市場(頑張った私にご褒美)や自己投資(防衛)市場はこれからも伸びていくと思う。メンズエステやメンズジュエリーも売れるであろうし、女性の場合はもっと激しく、ホストクラブフリークなども出てくる。

日本の場合はこころの拠り所がないと書いたが、おそらくあるとすれば仏教の世界、禅宗の世界の周辺にこころの拠り所を求めていくと思う。和ブームの先に、禅寺で座禅をくんだり、精進料理が注目されたり、茶道にも、華道にも新たな精神世界として注目があつまる。OLD NEW温故知新である。少し着眼がはなれるが、和歌や俳句も静かなブームとなるだろう。また、いやな話であるが、オーム真理教のような大きなカルト集団は出てこないであろうが、無数の小さな創始教が水面下に生まれてくる。
こころのデドックス、こころを解き放してくれるものは何か、禅のような日本の精神世界が再注目される。おそらくもう一つは自然と遊び、学ぶ体験からだと思う。例えば、お金を払って農業の手伝いをさせてもらい、旬の農家料理を食べ、そして収穫された農作物をお土産にいただく。勿論、漁業も同様である。また、子供たちへの社会体験で注目されたキッザニアのように、自然体験をテーマに地域のコミュニティの協力を得てつくるプログラムが出てくると思う。紅葉という自然を観察したり、どんぐりなどの木の実を集めたり、それらを使って遊んだり。こうした季節との遊びをコミュニティ事業として考えていく時代になる。(続く)

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2006年11月 7日 (火)

崩壊のあとに 

ヒット商品応援団日記No114(毎週2回更新)  2006.11.8.

昨晩深夜文部科学省が緊急の記者会見を行った。いじめに対する抗議の自殺予告についてである。この予告文書がいたずらなのか真実のものなのか、その信憑性については分からない。しかし、文面は教師をはじめとした「大人」といじめを行った当人たちに対するもので、自殺によって解決できるものではないと100も承知であるが、ああここまで来てしまったという感がする。情報の時代は、普通の伝え方ではなかなか伝わらない。だから、こうした自殺予告といった方法を採ったのだろうと思う。ここ数ヶ月、私がブログで書いてきた家族の崩壊、そして学校の崩壊、コミュニティの崩壊、つまり人と人との関係が崩壊しており、その根底にあるのが「個人化社会」「私生活主義」という巨大な問題であった。
実は数年前からこの個人市場だけは数多くのヒット商品が生まれ、活性化されている。いわゆる「おひとりさまマーケット」「ひとりリッチ市場」である。女性の一人旅メニュー、ひとりご飯、一人鍋、こうしたヒット商品を上げるまでもなく、オフィス街の昼食時を覗けば一人で食事をしている女性がいかに多いかわかる筈である。1000万を超えるブログの発展も、米国とは違って、個人間のやりとりという居場所が母体となっている。既に家族は崩壊しており、育児などの相談事といった情報交換メディアとなっていることは周知の通りである。

問題は一番弱い子供とお年寄りである。先日、福岡県遠賀郡岡垣町の「野の葡萄」に代表の小役丸さんを訪ねた。詳しい内容は別の機会にしたいが、その野の葡萄のHP(http://www.budounoki.co.jp/m12_gaiyo/m12_gaiyo_2.htm)に書かれているので是非ご覧いただきたいが、「夢を語り続ける企業でありたい」と話されていた。よく「絵に描いた餅」という言葉があるが、できそうもないことの意味として使われている。しかし、野の葡萄には絵もあり、餅になる前ではあるが種もあった。
「彩り事業」で全国的に有名になった徳島県上勝町と同じように、この岡垣町でもお年寄りは元気に作物を作っていた。岡垣町も地方の山村と同じようにお年寄りが多く、作物を作り続けることが難しくなり、次々と田畑が荒れていったという。そこで、お年寄りにとって一番の問題である集荷について、まず出荷用コンテナを作り、梱包の手間を省き、一軒一軒集荷に回っていく仕組みをつくったという。結果、70歳を超えても畑に出るお年寄りが増え、いきがいをもって働いていると聞いた。小役丸さんは「お年寄りの笑顔がうれしい」と話されていたが、今一番大切なことは「夢」を描き種をまくというビジネスにしていくことだと思う。

もう一つの弱い子供たちであるが、少し前に私は谷川俊太郎さんのことばを書いたが、夜回り先生こと水谷修さんであったらなんて言うのかなと思った。水谷先生の掲示板「春不遠」は今閉鎖され会員制となっているが、そのHPの中でインタビューに答えてつぎのように語っている。

「我々が行う心の相談にはルールがあって。メールの返信は3行、電話は5分、それ以上はダメ。メールでも電話でも、つらい話を聞いて受け入れてしまうのは危険なんです。つらい過去ではなく、明日を語らせなければいけない。過去を蒸し返し、自分のことしか考えられない状態を、僕は“自分の呪縛”と呼んでいます。過去を抱え込む子からいかに過去を切り離すか。外に意識を向けさせることで、救える可能性があるのです。 」(http://jp.getronics.com/today/helpful/mizutani_1.htm)

野の葡萄の小役丸さんが「夢」を語るのと、水谷先生が”自分の呪縛”を解き放すために「明日」を語らせることに、どこかでつながっている。多くのものが崩壊していく中、バラバラになった個と個をつなぐもの、それは夢であり、明日であるということだと私は思う。(続く)

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2006年11月 5日 (日)

標準語から方言へ    

ヒット商品応援団日記No113(毎週2回更新)  2006.11.5.

この6ヶ月ほど、このブログで取り上げてきたことは、次のフェーズ、価値観、次の生活へと変化していく「踊り場」についてであった。最近では回帰現象という次に向かうために「現在」から「過去」へと向かう思い出消費についてであったり、既成の観光=表通り観光から路地裏観光への変化であったり、表メニューから裏メニュー=賄い料理等への興味深化であったり、外側のメイクアップから内側(こころと身体)の美の追求への深化であったり、・・・・・こうした多くの視座と共にそこに起きる消費変化について書いてきた。生活者の価値潮流はどこにあるのか、私たちマーケティング用語で言うと「パラダイムチェンジ」(価値観の変化)のちょうど踊り場に来ていると思っている。こうした変化をキーワード的に言うと、表から裏へ、外側から内側へ、現在から過去へ、非日常から日常へ、個人から家族やコミュニティへ、規格標準品から手作りへ、話題・サプライズから体験・納得へ、過剰からバランスへ、洋のライフスタイルから和のライフスタイルへ・・・・・いくらでも変化を整理するための比較はできるが、今まで着眼してこなかったことが一つある。それは文化、言葉についてである。

江戸時代のライフスタイルについては過去かなり取り上げてきた。当時の識字率、今風にいうとリテラシーは70%にも及び当時の世界都市パリやロンドンと比較し、図抜けて高かった。ところで日本語の誕生はいつ頃かというと専門家によって若干違うものの、漢字が中国から朝鮮半島から渡ったのは紀元前2世紀頃で、日本語としての完成は、万葉仮名と略された片仮名(カタカナ)が生まれ、もはやどこから見ても漢字ではない文字・平仮名(ひらがな)が生み出されたとき、日本語(和語)が本当に始まったと言われている。そして、平安中期からから全国へと普及し、鎌倉〜室町時代、戦国時代へと、武士階級から農民へと広がっていった。実は、ながながと日本語の歴史を簡略化したのも、日本語は漢字・カタカナ・ひらがなを持ち、漢字は音と訓を持つ。しかもその漢語の意味も音ももはや中国語ではなく、かつ日本語も固有語の影を残しながらも形成されて来たものである。にもかかわらず、外来(漢意=漢字)と固有(和心=ひらがな)の匂いをなお持ち続け、一つの文字を二つに読み分ける世界唯一の稀有な言語が日本語である。日本人はわからない民族だとよく言われるが、日本語の複雑な構造、文化の構造を理解するには日本人ですら少なくなっている。天野祐吉さんのように、若い人達を駄目だというのではなく、逆に新しいことば遊びから生まれる感性に期待することになるのだろうが、日本語のもつ魅力・文化を再認識、勉強して欲しいと思う。

このブログにも書いたが、沖縄を訪れた時、「もあい」という講の一種が行われており大変興味深く思った。私が沖縄に強く惹かれた一つにことばがある。沖縄には何度となく行っているが常にリゾートホテルや観光ルート、あるいは那覇の国際通りであった。丁度10年ほど前、一人で散歩気分で好きな路地裏散歩をしたのがきっかけとなった。国際通りから公設市場へ、そして更に奥へと行くとオバアが一人野菜や果物を売っていた。並べられた中に、奇妙な形をした果物があった。今ではドラゴンフルーツと分かっているが、その果物についてどんな果物でどんな食べ方をするのか聞いたが、まるでオバアのことばが分からなかった。ああ、沖縄は全く異なる文化があるのだと強く実感した。琉球語とアイヌ語、2つの文化圏が過去あったと勝手に理解していたが、いや今なお琉球語文化が日常にあることに驚いたのである。沖縄の人に聞くと、琉球語も若い世代にとって分からない言葉(文化)になってしまいつつあるという。しかし、オバアやオジイの琉球語を子供たちへと伝える動きもまたあると聞いている。日本語という標準語と琉球語という方言の2つを生きる訳である。丁度、世界の標準語である英語と日本語という方言の2つのことば、文化をビジネスマンが生きているのと同じである。日本人はわからないと言われているが、一方世界の注目は日本に注がれている。分からないのは3つの言葉、特にひらがなという日本の風土が育ててきた固有文化であると言われている。このひらがな世界とどうつながっているのか私にはわからないが、注目の先は、世界に24,000もの店がある日本食レストランやアニメ、漫画、あるいはデザインという文化に対してである。表文化に対する裏文化と言ったら、自ら日本人であることを否定するようであるが、「方言」というコミュニティ文化に間違いなく注目が集まる。機能・合理、スピードの標準語から、歴史が堆積する生活文化そのものである方言への変化である。こうした「文化」が地域経済を活性化させ、そして世界へとつながっていくと私は確信している。地域起こしとは文化起こしである。(続く)

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2006年11月 1日 (水)

個人化というストレス社会 

ヒット商品応援団日記No112(毎週2回更新)  2006.11.1.

今年の年頭ブログで混乱の一年になるだろうと書いたが、今いじめによる子供たちの自殺や大学受験のための履修科目の偽装など教育現場が混乱の極みとなっている。更には、親殺し、子殺し、幼児虐待、陰惨な事件も多発している。また、飲酒運転をはじめ、ゴミ屋敷や違法駐輪などの違法行為や迷惑行為が日常となっている。誰もがおかしい社会になっていると実感しているが、なかなか議論が噛み合ない。私はこうした混乱の背景には象徴的に言うと個人化の進行に伴う「家族の崩壊」があると考えている。5月7日号の「家族のゆくえ」で次のように私は書いた。
”ケータイによって、個人から個人へといつでもどこでも瞬時につながり、情報を取り入れることがいとも簡単になった。しかし、同時に情報によって翻弄される「個」でもあった。その象徴例と思うが、たった一人、若い個達は友を求め街へと「漂流する」か、「ひきこもる」ことになる。「夜回り先生」こと水谷修さんが街へと夜回りしながら掲示板を開設するのもこの時期からである。既に、家族は崩壊していた。まだまだ残すべき家族という「過去」があると声をあげて言う人は少なかった。”

結論から言うと、こうした混乱や事件の裏側には、社会の最小単位が個人となり、自己責任という名のもとに「私(生活)主義」が大きな価値観として占めるようになったことによる。よく言われる核家族化とはバラバラ家族のことであり、そこには自分だけがいて他者はいない。戦前あるいは昭和30年代ぐらいまでは家族が社会としての最小単位であった。そこには寺内貫太郎一家ではないが、働き者のがんこオヤジがいて社会への窓口であった。子はオヤジという社会を通して多くのことを学んだのである。今や歌舞伎や伝統を受け継ぐ職人の世界、あるいは結婚や葬儀などの冠婚葬祭時の形式にのみ「家」が存在している。そして、戦後社会では家に代わるものとして会社があり、名刺には肩書きが必ず書かれている。崩壊した家(家父長という階層)の代わりが会社であると指摘をしたのは丸山真男さんであるが、その家の代替物である会社は1990年代半ばから終身雇用制から個人契約制へと変化した。そして、初めて「公的」な私と「個人」としての私の2つの私に向き合うことになったのである。公的とは平易にいうと、世間であり、世間という法のもとで生きることである。しかし、法は常に時代変化の後を追う。また、個人単位の小さな日常にまでは介入しない。幼児を虐待していても親権を立てにするため幼児を社会へと奪い返すことはできない。
あるいは今回の履修科目偽装に見られるように、2つの私の狭間に悩む学校長の自殺、あるいは公という「みんなで渡れば怖くない」式の無責任体系が現出する。個人が2つの私を我がものとするにはまだまだ未成熟である。しかし、一番弱い子供やお年寄りに対して放置してはならない。

江戸時代には大家(おおや)という町の治安や長屋などの共有スペースの運営維持、店子(たなこ)の世話をするコミュニティのリーダーがいた。”大家といえば親も同然、店子といえば子も同然”といわれるように、夫婦喧嘩の仲裁から酔っぱらいの保護にいたるまで重要な役割を担っていた。大家とはその名のごとく大きい家の主であった。江戸の人口は120万人、大家は2万人いたと言われているので、60人ぐらいのコミュニティのリーダーであった。今も残る祭りが町単位で行われるのも、わが町を良くしていこうという競い合いの表現でもあった。介護や育児も町ぐるみで行い、そうしたことを誇りとしていた訳である。今、家族という単位は崩壊し、全ての解決場所が個人になった。いじめる方もいじめられる方も家庭に原因があると指摘する専門家も多い。全てが個人解決になることからストレス社会になるのは至極当然で、それは子供の世界にまで及び始めている。いじめが直接的なストレス社会の産物だとはいわないが、しかし一度立ち止まって考えることが必要だと思う。そんなこころの持ちように詩人の谷川俊太郎さんが一つの示唆をしてくれている。これは糸井重里さんが主催する「ほぼ日刊イトイ新聞」の中で読者であるお母さんと子供のやりとりに答えたものである。

【質問六】
どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。
(こやまさえ 六歳)
追伸:これは、娘が実際に 母親である私に向かってした
   質問です。目をうるませながらの質問でした。
   正直、答えに困りました〜
   
■谷川俊太郎さんの答え
ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながらさえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
ことばで問われた質問に、
いつもことばで答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

「アタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね」と答える谷川俊太郎さんの温かいまなざしに多くの人は共感すると思う。アタマという言葉を理屈という言葉に置き換えても、ココロを素直にと置き換えても、カラダを行動すると置き換えてもいいかと思う。そして、この答えはお母さんに対してだけではない。教育者にも、社会に対してもである。(続く)

追記 前号で福岡県岡垣町の「野の葡萄」についてレポートしますとお知らせしましたが、代表の小役丸さんはじめ素敵な方々と出会い、常に行列ができる店の心髄にふれさせていただきました。中途半端になることもあり、ブログではなく、きちっとした形にてレポートさせていただきます。

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2006年10月29日 (日)

いざなぎ景気と格差意識 

ヒット商品応援団日記No111(毎週2回更新)  2006.10,29,

今回の景気回復(2002年〜2005年)について、1960年代からの高度成長期のいざなぎ景気(1965年11月〜1970年7月/57ヶ月間)を超える順調な景気回復であるとニュースで報じられている。生活実感からはかけはなれた情報との指摘があるが、至極当たり前である。いざなぎ景気時代は平均成長率11.5%、一方今回は2.4%で、物価変動を踏まえない名目では18.4%と今回わずか1.0%である。生活実感ベースで見ていくと、いざなぎ景気時代の雇用者収入は2.1倍に、今回は逆に1.6%減となっている。嘘の情報とは言わないが、そもそも比較する事自体がおかしい話で、恣意的な情報と言われても仕方がないと思う。いざなぎ景気時代には3C(カラーTV、クーラー、車)と言われた消費ブームが起きたが、今回はせいぜい薄型TV位が売れているだけで、あのマクドナルドも「100円戦略」に戻ったようにデフレは今なお続いている。都心部の百貨店では高額時計やジュエリーあるいは一尾700〜800円もする釧路の青刃さんまが売れているが、一方CVS既存店の売り上げは横ばいもしくは減少傾向にある。その内容を見ても、小さな付加価値商品による利益重視型の戦略を取っているのが実態である。

是非経済の専門家による本格的な分析を得たいと思うが、「失われた10年間」は多くの人が指摘しているように「3つの過剰」を取り去ることであった。3つの過剰とは人、設備(流通)、融資(投資)でいわゆるリストラを行い、人についても正規雇用は増やさずパートやアルバイトにてまかない、そうしたしわ寄せが中小企業へと波及していった訳である。周知のように日本の雇用者数の70%は中小企業である。この構造は大企業が集まる都市部と地方との関係でも同様である。こうした格差が生まれた背景には、グローバル化という世界的な競争と技術革新、特にIT技術の活用による合理化があった。今日、少子高齢化、生産年齢人口は10年前から既に減少しており、いざなぎ景気の時のように若い労働力が経済を引っ張っていくことはない。誰もはっきりとした指摘をしていないが、この10年で「過剰」をなくしていくことから、結果として「格差」が生まれてきた訳である。いざなぎ景気以降1980年代までの生活者意識は「一億総中流意識」と言われるように70%を超える人たちが幸福感を感じていた。しかし、今多くの人たちにはそうした幸福実感はない。

さて、この「幸福感」という生活者心理についてであるが、団塊世代以降の人はまだしも「立って半畳、寝て三畳」という比喩は今の若い世代には通用しないと思う。何を持って「幸福」なのか、その心理については明確な物差しはない。常に揺れ動くのが心理である。全て解き明かしている訳ではないが、経済の分野でノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンらが研究したプロスペクト理論は一つの参考情報にはなると思う。幸福感に影響を与える経済的な要素としては、
(1)絶対的な豊かさ:お金に対する明確な価値認識/立って半畳寝て三畳のような価値観
(2)他人と比較した豊かさ:誰と比較するのかによって揺れ動く心理
(3)以前の自分と比較した豊かさ:いざなぎ景気のように年々収入という形で比較実感した豊かさ
以上の三つの要素があると考えられている。今日の格差実感はこの(2)の心理状況によるものが大きい。特に、「ヒルズ族」、あるいは「ホリエモン的」成功といったこととの比較が今日のマイナスとしての格差意識をより強めていると思う。(3)については収入実態はマイナスであることから、より(2)の格差意識を強めていくこととなる。(1)については団塊世代以上のシニアにとって人生価値としての意味はあるが、若い世代にとっては全く異なる共感しがたい世界である。これが、生活実感としてのいざなぎ景気と今回の景気回復との違いである。
勿論、整理のための整理であり、(1)(2)(3)は相互に影響し合い絡み合ったものである。こうした経済との関連での豊かさ、別な言葉でいうとモノの豊かさについてである。しかし、お気づきのように、もう一つの豊かさである精神的充足、こころの豊かさが求められている。このことは格差を是認しているのではない。ところで、モノもこころも豊かであることを目指している企業、そこに働く人たちがいる。次回はそうした企業、福岡の「野の葡萄」について報告してみたい。(続く)

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2006年10月25日 (水)

コミュニティ再生への視座  

 ヒット商品応援団日記No110(毎週2回更新)  2006.10,25,

2006年のノーベル平和賞を、貧困撲滅に尽力したバングラデシュの経済学者、ムハマド・ユヌスさんと同氏が創設したグラミン(村落)銀行に授与すると発表したことは周知のことと思う。ニュースでは、受賞理由として「ユヌスさんは1983年、バングラデシュで貧困にあえぐ農村女性らを対象に無担保小口融資を実施する同銀行を設立。融資を受けた女性らが、工夫をしながら新たな収入源などを確保し、返済を実現。グラミン銀行の手法は、マイクロ・クレジットとして世界各国に広がった」と報じた。実はこのニュースを聞いた数日後に好きな沖縄に出かけ、訪沖の理由の一つであるライブハウスで面白い光景を目の当たりにした。それは、「もあい」(模合)と呼ばれる無尽、講の一つが、そのライブハウスで行われていたからである。同級生や親族、地域の仲間、経営仲間といった小さな単位のメンバーが親睦や助け合いを目的に定額のお金を積み立てて順番に飲み代や旅行、場合によっては資金繰りにも使われる金融の仕組みである。沖縄には未だこんな金融の仕組みが日常化していることに少々驚いた。今国会で論議されている消費者金融に関するあり方とは特例措置が撤回される方向に進んではいるものの、全く逆の助け合いの仕組みが沖縄には生きているのである。私は金融のプロではないが、もあいもマイクロ・クレジットもその仕組みの背景にある精神は同じだと思う。

5月2日の「家族のゆくえ」で個人化の進行に伴う多くの問題点と解決の芽についてふれた。家族という単位が崩壊し、最小単位の個人が社会の単位となった時代についてである。そして、バラバラとなった個人を今一度つなぎ直す試みが始まっており、そうした試みの総称として「コミュニティの再生」というキーワードが使われている。別の視点からいうと、唾棄すべきは過去にあり、過去を振り返るな、と言ってきた「考え方」の見直しと見るべきであろう。例えば、村落共同体、家制度は家父長制という封建制度の名残である、と全てを否定してきたのが戦後60年であった。しかし、子育て一つとってみても、祖母の手や目を、あるいはご近所の人たちの力を借りて育ててきた訳であり、若い母親にとって決定的に足りないのは経験であった。今、ららぽーと豊洲のキッザニアに注目が集まっているが、仕事という社会を幼い時から経験させたいとする思いから若いお母さんと子供たちで一杯である。別な視点で言えば、家あるいは社会という経験をサポートしてくれる「世間」が既にないという事実であろう。そうした世間を作ろうと、コミュニティ再生の一つである住居、住まい方として、英国を発祥の地としているコモンランドという考え方を導入しているところがある。コモンランドとは小さな公園・広場という意味で、その公園を囲むように住居を配置した暮らし方で、子供の遊び場である公園を互いにご近所が見守るようなかたちとなっている。この考えを導入しているのが、福島県伊達町諏訪野であるが、出生率は高いと言われている。こうした例を見るまでもなく、沖縄の離島を始め大家族世帯の多い地域では出生率は高く、東京目黒の出生率は全国最低の率である。あまり論議されていないが、少子化という課題についても、コミュニティという視座が必要であることは言うまでもない。

私はコミュニティ再生によって新たな市場が生まれてくるとこのブログでも書いてきた。都市が失ってしまったものの回復に最大の市場機会がある。今注目されているキッザニアに「社会体験」があるように、社会システムを変えていく入り口にある「体験」がこの時代のキーワードとなっている。失ってしまった自然の体験、野生の体験、それは農業だけでなく、漁業にも当てはまる「社会体験」である。農家にとって重労働である稲刈りばかりか、薪割りや雑草取りですら有料の体験観光(つばさツーリスト:http://www.e-toko.com/)になる時代である。農家や漁師の家の普通の家庭料理が身体によく、しかも美味しい料理観光になる時代である。それほど失われたものが大きくなっているということだ。このブログでも以前取り上げた金沢21世紀美術館の成功も、現代アートというテーマを子供たちの遊びという良き「文化体験」を提供しているからである。私の持論であるが、体験すべきは「自然・健康」「家族・関係」「歴史・文化」である。団塊世代が第二の人生をスタートさせる2007年、次代への継承という意味を含め、この「体験市場」は大きく顕在化する。(続く)

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2006年10月18日 (水)

私のWeb2.0 

 ヒット商品応援団日記No108(毎週2回更新)  2006.10,18,

今年の春「ウェブ進化論」(梅田望夫著ちくま新書)を興味深く読んだ。多くの方も読まれていると思う。流通業は情報産業であらねばならないということはかねがね認識していたが、インターネット、Web上の分からなかったことがよく理解できる本であった。私はWebにおける技術者ではないので、著者の梅田さんのように直線的にWebによる変化という未来を想像することはできない。今、私はいみじくも直線的という形容詞を使ったが、どんなにテクノロジーが進化しても、それを使うのもまた人間であることを含め、こころまで100%管理(=検索)されることはないと考えている。特に、常に揺れ動く心理的市場下にあって、心を読み解くことは現時点では不可能だと思っている。しかし、この半年常にこの「ウェブ進化論」、というよりグーグルやアマゾン、あるいはYahooや楽天市場のことを考えてきた。梅田さんがWebの「こちら側」と「あちら側」とに分けて書かれている整理はよく分かるが、私自身はどちらかと言うと「こちら側」の人間である。テクノロジーの理解が遅れている私でも、Web上には既に独自の大きな「経済圏」という消費社会が出来ていること位は知っており、更に巨大化していくことも理解している。また、若い世代がチャレンジしようとしている世界であることも知っている。

丁度1年半ほど前、元ライブドア代表の堀江さんがニッポン放送株(フジテレビ)の買収における記者会見でWebの未来について語ったことが未だに忘れることができない。堀江さんは「テレビで放映されたタレントのつけている衣装など欲しいものがあればネットですぐ買うことができる」とTVメディアとネットとの融合を話していた。当時、私の感想は、そんなことは雑誌メディア(ペイドパブリシティ)でもどこでもやっていることであり、テレビでは未だやっていないだけで、そんな新しい発想でもビジネスモデルでもないと思っていた。しかし、梅田さんが書かれた「ウェブ進化論」を読んで、堀江さんとは全く正反対の世界、「あちら側」に未来を見ていこうとしていることが分かった。それはグーグルの考え方の世界と同じであると思うが、気になることが一つだけあった。その著書の中で電子メールというプライベートな通信の中にも広告を忍ばせようとするグーグルの考え方にふれて、「作業は全部コンピュータが自動的にやるんです。そのプロセスには人間は関与させません。悪いことをするのは人間でコンピュータではありません」とその考えを引用されている。極論ではあるが、人間は信頼できないが、インターネットという「向こう側」にある不特定多数無限大に対しては信頼、信奉できるという考え方である。

ところで、ここまでの不特定多数無限大への可能性追求とまではいかないが、こうした発想でアナログとして小売りをしている企業はある。私の知る限り、ロングテールにおける可能性をMDの中心に置いているのはジョイフル本田であろう。いわゆる専門量販のホームセンターであるが、”ジョイフル本田に無かったら他にはない”と言われるほど「死に筋商品」を集め、5円のビスのバラ売りをする会社である。ちょうどアマゾンが死に筋の書籍の可能性、ロングテールに着眼したことと発想は同じである。勿論、広域商圏とはいえ狭いエリアのジョイフル本田の店舗と全世界という不特定多数無限大の可能性の中でのアマゾンとは比較にはならないが、ロングテールによって生まれる「たった一人の顧客発見」と「その顧客満足の提供」という意味では同じである。「あちら側」の情報発電所という不特定多数無限大に開かれたゲートに入れば、個々の意志によって満足が得られる世界である。私に言わせれば、そこにあるのはインターネットの「あちら側」と目の前に顧客がいる「こちら側」の違いだけである。グーグル流に言えば、「こちら側」は「悪いことをする人間」がサービスをする可能性があるビジネスと言えよう。しかし、人の成長によって企業の成長を目指そうという企業もまた存在する。「悪いことをする人間」も、良いことをする人間へと変化するのもまた人間であると思っている。たった一人の顧客の心を動かすことを目標に、「こちら側」で理想を目指していくのが、私にとってのWeb2.0である。そうした理想をもった企業を10月末から訪問していくが、このブログでもまた紹介していきたい。(続く)

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2006年10月15日 (日)

ピュアライフスタイル  

 ヒット商品応援団日記No107(毎週2回更新)  2006.10,15,

このブログでも何回か「ふるさと回帰」「普通への回帰」など回帰現象について書いてきた。前々回、おふくろの味は既になく、食堂や給食がおふくろの味の代わりを果たしており、商品開発の着眼になるのではとも書いた。私の持論であるのだが、工業化による自然や健康、あるいは近年ではIT技術による労働の平準化と更なるスピード、こうした変化によって失ってしまったものの取り戻しが回帰現象となって現れている。勿論、文明を否定するわけではないが、「過剰さ」に対する見直しが一人ひとり生活のあらゆるものに対し始まっていると考えている。回帰という記憶はいわばPCのメモリーのようなもので、次から次へと新たな記憶によって上書きされていく中、古いファイルから見つけ出す作業に似ている。
東京以外の方には不思議と思われるかもしれないが、昨年には都心のビルの屋上でミツバチを育て蜂蜜を採集するプロジェクトやJR北千住ルミネの屋上では大江戸屋上菜園が作られ野菜づくりが始まっている。ルーフソイルという泥炭を原材料とした魔法の土の開発により、コンクリートで固められた都市の再生が更に発展していくであろう。また、日本橋では大手デベロッパーとNPOが中心になって、古き江戸の界隈性を残そうと街作りプロジェクトがスタートしている。

こうした原点回帰における「原点とは何か」を発見することがヒット商品への入り口となる。原点とは、元、素、根、源、基、つまり多くのものの拠り所となる「もと」である。いろいろあるけれど、最後には何ですかと引き算をして残ったものである。足し算に足し算を重ねてきた過剰さへの見直しである。例えば、既に日常生活に取り入れられている一つに「塩」がある。美容やダイエットにも使われてきたが、素材の持ち味を生かすために塩にこだわった食が評判となっている。野菜、刺身、肉、といった素材に対し塩で食べるといった料理法だけでなく、塩だれのカツ丼やジンギスカンにまで出てきている。つまり、こだわりという視点に立つと、「加工」から「原素材」への回帰と言えよう。料理人だけの料理から、生産者、農家や漁師さんの手による料理も注目されてくると思う。つまり、素材の生かし方や健康に良い調理法を一番知っているのは生産者ということによる。また、加工しなければならないものがあっても、例えば煮すぎない、焼きすぎない、つまり手を加えすぎないといったこととなる。今、さんまが旬で一尾100円からの庶民の味となっているが、釧路で水揚げされた青刃さんまは船上で冷蔵され30数時間後には店頭に並び、都心の百貨店では一尾800〜900円で飛ぶように売れている。1年365日、冷凍技術によりさんまを食べることができるようになった。しかし、この時だけ、しかも漁師さんたちが地元で食べていた鮮度を食することができることへの「価格」が800〜900円ということだ。

引き算をしてなお残るものと言えば、水、光、土、空気(酸素やオゾン)、木、石、といった命にかかわることや最低限の生活に必要なものである。ここでは詳細については取り上げないが、それぞれについて思い浮かべれば、ヒット商品が出てくると思う。ご当地ウオーターではないが、ハイキングやトレッキングあるいは五街道ウオークの主要メニューに、森林浴ならぬ水を巡る旅が加わっても面白いと思う。不眠解決には、朝太陽光を浴びることが一番であるが、逆に明るすぎる夜に対し、電気を消して、小さな明かりのもとで暗闇を楽しむことにヒット商品が生まれるかもしれない。既に東京では裸足で遊ばせる幼稚園があるが、土と戯れるような体験農園や家庭菜園などが更に流行ると思うし、場合によってはコンクリートをはがして自然の土に戻していくような動きもこれから起きてくると思う。つまり、居心地の良い過剰さから、人間が本来もっている生命力を自ら活性するような商品やサービスの芽が随所に出てくる。ライフスタイル的にいうと、1970年代にも流行ったキーワードであるが、「シンプルライフ」ということになるが、次代の違いを踏まえて言うと「ピュアライフ」とでも呼べると思う。例えば、部屋の中にはあまりモノを置かずに、空間そのものの良さ・美を求めたり、材質や素材にこだわりそれらを生かしきるようなデザインのものが好まれる。引き算をしてなお残るものとは10年、20年と使い続けられるものである。私は美学研究者ではないが、日本の生活芸術に着眼した柳宗悦のような生活美の世界へと向かいつつあるような気がしている。数週間前に「デザインが変わる」で書いたが、皆川明さんや佐藤可士和さんのデザインを見ても、そうした傾向が読み取れる。(続く)

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2006年10月11日 (水)

働き方さがしの時代 

ヒット商品応援団日記No106(毎週2回更新)  2006.10,11,

労働基準法改定の論議が盛んだ。ほとんどの日本人がホワイトカラーになり、工業化社会の時代とは違って、「時間で働く」ことの意味合いが変わってきたことによる。そして、論議を加速させているのが、グローバリズム、競争力という怪物である。1992年、バブルの崩壊と共に多くの企業において成果主義が取り入れられ実施されてきた。しかし、一部営業主体の企業においては成果主義の成果が得られたものの、多くの企業にとって成果は得られてこなかった。そして、追いかけるように2000年頃からどれだけ人の意欲を高められるか、モチベーション論議が盛んになった。そして、プレゼンテーションテクニックや営業ノウハウなどのハウツー本が書店に並ぶようになった。つまり、この10年間の論議は極まるところ「人の生産性」につきる。その生産性すらも「時間で働くのか」、「成果で働くのか」といった2者択一的論議ばかりである。更に、IT技術の進化により、労働の平準化、つまり一定のスキルさえ持てば、誰でも同じ仕事ができるという環境が作られつつある。そして、仕事をする場は、自宅、出先、会社など多様になってきている。こうした傾向はJRの通勤定期券の減少というかたちで如実に表れている。

さて、個人の側での働く意味合いを、特に若い世代においては、「お金」と「生き甲斐」、どちらかといった論議もある。今なお、元ライブドア代表の堀江さんに共感する若い世代は多い。そこに見えるのは「成功物語」「シンデレラストーリー」である。一方、生き甲斐を見いだせないといって「ニート」と呼ばれる64万人もの若者がいる。しかし、奇妙なことに両者に共通していることがある。まるで人生を終えた老人のような醒めた達観した考え方である。(生き急ぐ、二十歳の老人  http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2006/05/index.html)そこには食べるために働くといった欠乏感はなく、精神的飢餓感だけがある。「精神的飢餓感」が成功物語に向かうか、自己の内面世界に向かうかの違いだけである。しかも、数年先の近未来のシュミレーションによるものであり、私のような団塊世代にとってはもっと「現在」を生きて欲しいなと思っている。こうした豊かさを背景に、どちらが良い、悪いではない現実がある。

一方、企業の側もリストラを行い、正社員を減らし、パートや派遣など非正社員の人間で経営をしてきた。しかし、日本一の出産数を誇る産院で看護士に医療行為を行わせるといった相次ぐ不祥事に見られるように、リスクとそのことによるコストもまた大きいことが分かってきた。人への教育、更には会社への帰属意識、ロイヤリティが今大きな経営課題となっている。経営の神様と言われたGEの前会長であるJ.ウエルチはインタビューの質問に、GEは100年以上の企業文化を持っており、その文化とは「誠実であること」と答えている。そして、「意味のない仕事を社員にさせることこそ残酷である」と言い、経営のリーダーは「尊敬される人たれ」とも言っている。
iPodで旧来のスタイルを変えたあのスティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の2005年の卒業講演で次のように話している。

”自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ。自分が素晴らしいと信じる仕事をやる。それしかない。そして、素晴らしい仕事をしたいと思うなら、進むべき道はただ一つ。好きなことを仕事にすることだ。”

このスティーブ・ジョブズのように「時間で働くのか」「成果で働くのか」といった論議を超えた企業、個人は、実は沢山あるのだ。ただマスコミが取り上げないだけである。ところで、業界内では取り上げられている企業にSHIBUYA109がある。あのティーンにとってのファッションの聖地である。多くの流通が苦戦している中、2005年度の売り上げは254億と過去最高売り上げを更新中である。ところで、SHIBUYA109の来館者数は月間500〜600万人で、その多くは「ヘアメイクなどの美容系」「ショップスタッフ」更には「モデル」になりたいと思っている若い女性たちである。多くのカリスマを輩出しているブランドショップであるが、ショップスタッフは単なる販売員ではない。1人2役3役当たり前で、ヘアメイク〜ファッションの変化を常に観察し、自ら取り入れ、オピニオン顧客の意見を取り入れたMDを行い、店頭ではその商品を自ら身に付け、モデルとなって顧客サービスに当たる、といったいわばミニ経営者の役割を演じている。しかも、刻々と変化するトレンドに追いつき追い越すために1週間単位でMDを投入するといったSPAである。「好き」を超えて、ブランドをマネジメントする働き方である。そのショップスタッフになりたいという若いティーンは多い。また、最近では元カリスマスタッフが戻ってきているという。J.ウエルチではないが、意味ある仕事と思い至り得る「マルキュー文化」が育ちつつある。

つまり、時間で働く就業形態があっても良いし、成果を目標に働くのも良いし、第三の道のように成果もリスクも引き受けるような働き方があっても良いと思う。1つの企業の中に、多様な働き方を一人ひとりが選択できる経営が理想である。まだまだ、労働力市場における流通が未成熟な日本にあって、しかし二者択一的な働き方ではない多様な働き方を採用している企業もある。そうした企業には間違いなくリーダーの理念が明確になっており、一つの文化を形成していることだけは事実である。そして、何よりもどんな仕事であれ「意味ある仕事・役割」であることを、生き急ぐ若い世代に説き続けることがリーダーの最大課題であり仕事となった。(続く)

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2006年10月 8日 (日)

話題と着眼

ヒット商品応援団日記No105(毎週2回更新)  2006.10,8,

ここ10年ほど、通信をはじめとしたIT技術の進化、インターネットの普及によって世界は圧倒的に小さくなった。私のブログですら、外国語圏からのアクセスが多い日には十件近くもあり、どんな読まれ方をしているのか興味がわく位である。ところで、情報化社会の特徴であるが、情報が集積すればするほどまた情報が集まる。人気の「きっこの日記」でも、取り上げて欲しいとする情報依頼が数多く寄せられており、こうした現象をよく表している。少し前に、エリアにおける情報&サービス集積が、代官山から表参道へと移ったと書いたが、メディア=情報発信という視点に立てば同じ「中心化現象」である。情報の中心へ、中心へと情報が集まる現象である。最近では「ハンカチ王子」が使う青いハンカチに情報が集中したが、大阪にあるメーカーは今から作っても2〜3ヶ月先にしか出来上がらないからといって製造しなかったが、ここにきてサンリオとのコラボレーションで発売されるという。まあ、そこそこ売れるとは思うが。国体終了の時間経過と共に青いハンカチは忘れ去られていく。

さて、このように情報は物理的距離を短くし、しかも中心へ中心へと向かっていく特質を持っている。こうした情報化社会にあって、誰もが情報の中心に身を置きたいと思っている。裏返せば、このように経済ばかりか「情報格差」が生まれているということである。しかし、更に裏返せば、こうしたマス化したトレンド情報には辟易とした人もまたいて、「隠れ家」や「路地裏」へと足を向ける。つまり、情報格差を量的な格差としてではなく、質的格差(=受け止め方の違い)として見ていくことが必要だと思う。私が「質的」という場合、使用価値、使える情報という意味である。使えない情報は単なるデータであり、紙や音声にすぎない。少し前にも書いたが、私にとっても情報源はマーケティングやビジネス分野というより、医やテクノロジー、サブカルチャーなど生活の断面を専門分野で切り取ってくれている人たちの情報である。つまり、その分野での情報の中心にいると、私が考えている質的な情報である。更には、日々起こる社会事象と生活者の反応である。理屈っぽく言うと、こうした情報をモザイクのように埋めて、見えてくるものが生活者像であり、生活像だと思っている。

しかし、「予測を読む」でも書いたが、どれだけ情報を集め、分析しようとも確信することにはならない。真の情報は現場にあり、しかも刻々変化し続ける。今から5〜6年前、札幌の専門店経営者の方につれられて当時札幌で話題の「スープカレー」の店に行ったことがある。路地裏の民家を改造したエスニックな店であったが、今や東京でもそのマジックスパイスなど出店しており、ブームになっている。しかし、来年の今も東京に出店しているスープカレーの店が更に増えているとは思えない。今は情報の中心にスープカレーも入っているが、いつ外れるか分からないということである。こうしたブームを継続させるには、良い事例としてはラーメンがある。ラーメンブームの発端はテレビ東京が取り上げたことからだと思う。ご当地ラーメンから、ご当人ラーメン、ランキング、達人決定戦、・・・・しかも競争がラーメンを進化させ、何よりも日常食、回数食であるから継続していると考えている。スープカレーは、こだわり、うんちくのあるカレーの一アイテムとしては確立していくと思う。しかし、もう少し俯瞰的に見ていくと、ラーメン、カレー、各種どんぶり、更には讃岐うどんに注目が集まっているが、全て「食堂」のメニューであることに気づくべきだと思う。確か幕内秀夫さんの「粗食のすすめ」が発刊されたのが、1995年7月で、丁度その頃大衆食堂や下町がテレビなどで取り上げられはじめていた。世帯収入が減少しデフレに向かう少し前である。「ふるさと回帰」にもつながるテーマであるが、新商品開発、新業態開発の着眼の一つには、間違いなく「食堂」がある。「プチ思い出消費」というキーワードでも書いた「給食」にも同様の着眼ができると思う。つまり、既に「おふくろの味」は無くなっており、食堂や給食がその代わりを果たしていると見るべきである。そして、そこにどう1〜2のアイディアを付加するかによって、次のヒット商品が生まれてくると思う。(続く)

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2006年10月 4日 (水)

デザインが変わる  

ヒット商品応援団日記No104(毎週2回更新)  2006.10,4,

サプライズの時代は終わったと書いたが、サプライズを生んだ「情報競争時代」が終わった訳ではない。劇場型、つまりメディア型発想が終わったということでもない。これからも情報競争は続くし、あらゆるものが情報発信していくというメディアの時代が変わる訳でもない。つまり、天野祐吉さん流に言うと「猫だまし」的手法については、この1〜2年十分学習してきた上での情報競争ということである。学習を積んだ生活者に対し、さてどんなコミュニケーションが必要とされていくのか、これが今回のスタディテーマである。古くから情報伝達の70%は視覚によるものであると言われてきた。そして、情報発信という視点に立てば、あらゆるものがメディアとなる時代にいる。街もメディアとなり、人も、店も、商品も、勿論通信メディアも視覚を最重要視して進んできた。そして、ここ数年どれだけ強く、惹きつけるビジュアルを創造できるかが、スピードを第一の眼目とした競争に勝つための入り口となった。また、使いやすく、しかも記憶の底に残るように、ことばも徹底して圧縮された。ティーンの間でかわされる携帯コミュニケーションは絵文字となり、叔父さん族には解読不可能なものとなっている。

さて、絵文字は別にして、デザインが、というよりコミュニケーションが市場を創っていく上で極めて重要な時代になった。デザインマーケティング、つまり新しい考え方に基づいたデザインコミュニケーションによるマーケティングである。「新しい考え方」とは、今や普通のことばになったが私たちはコンセプトと呼んでいる世界である。一つの商品をどう見ていくのか、あれもこれも良さはあるが、一つひとつ削ぎ落とし、たった一つのメッセージで魅力的(=アイディアのある)に表現したらどうなるのか、これがコンセプトワークである。1万の文字数を1000に、100に、たった一言で魅力あるメッセージにすること。これはビジュアルにしても同様で、たった1枚で表現したらである。このことは単純に圧縮すれば良い訳ではない。たった一言、たった一枚の絵とは、伝えたいメッセージの背景となる状況、大きくは時代の雰囲気や置かれている商品の状況を踏まえた、他には無いコミュニケーションの「創造」となる。
今、一番人気のあるアートディレクター、クリエイティブディレクターの一人である佐藤可士和さんが糸井重里さんとの対談(http://www.1101.com/design/)で、このコンセプトワーク・デザインワークのあり方を分かりやすく説明している。この対談にあるように、今佐藤可士和さんは幼稚園を創っているという。対談にも出ているが、幼稚園は子供にとって極まるところ「遊び場」であって欲しいと言っている。これがコンセプトである。絵や設計図は見られないが、幼稚園としての機能や場があるとは思うが、大人が考える世界ではなく、子供によって創られる遊び場になると思う。例えば、建物の屋根は雨や風、寒さを防ぐ機能であるが、子供に取って遊び場としての屋根はどうなるであろうか、という発想である。

ところで、ここ数年で薄型テレビが更に大きく画質も極めて鮮明になり、現実世界に近づきつつある。従来の仮想現実としての世界であったメディア、テレビ番組、広告などの創り方が大きく変わっていくような気がしてならない。周知のCNNが24時間、世界中のあらゆるところから情報を発信し、このスピード、同時性が今や当たり前となった。日本においてはブログが1000万を超え、玉石混合ではあるが情報発信の主要なメディアとなった。光ファイバーの普及を考えていくと、ブログを入り口に個人放送局が続々と誕生していくと思う。こうした個人単位のメディアがメディアとしての情報発信性を強めていく時、既存のメディアも変容を促されると思う。金沢21世紀美術館の成功も、現代アートの展示から子供の遊び場へと考え方を変えたことにある。旭山動物園の成功も、珍しい動物を集めてくることから動物が本来もっている行動展示(=野生の展示)という考え方に変えたことにある。佐藤可士和さんによる幼稚園もおそらくそうした新しい考え方によって作られていくと思う。時代が大きく変わろうとしている今、こうした新しい考え方による新しいデザインコミュニケーションが生まれてくる。

さて、その新しい考え方であるが、前回の「ライフトレンドの今」で書いたように和と北欧から生まれてくるような気がしている。最近のライフスタイル傾向、CiBONEにも見られるデザイン傾向、勿論北欧の家具もそうであるが、その美的感性方向を分析していくと、まさしく「引き算の創造」が既に生活者の生活の中に現れてきていると思う。それは、ミニマリズム、削ぎ落とし、ピュア・・・・・・「引き算の美学」である。こうしたミニマリズムをバックグランドにして、特に「時間が育ててきたもの」「老練な技」 「今は昔」、「アナログの素晴らしさ」、「手技」、つまり20世紀の合理主義によって失われたものの回復を目指しているように見える。そして、この引き算創造の源泉に日本と北欧があるというのが私の仮説である。「木」の文化、「職人」の文化といった精神性は北欧と日本は共通しており、今後の世界潮流の一つとなると思う。若い女性に人気のアパレルデザイナーである「ミナ」の皆川明さんのデザインを見てもそうであるし、京都の古い町家に住みたいと京阪神に仕事の場を移す若い世代が増えている。このように次のデザイン潮流の芽が出てきていると思うが、皆さんはどう感じているだろうか。(続く)

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2006年10月 1日 (日)

ライフトレンドの今 

ヒット商品応援団日記No103(毎週2回更新)  2006.10,1,

私はここ10年ほど前までは、「何」に焦点を当ててライフスタイル変化を見てきたかと言うと、衣食住遊休美健・・といった旧来区分でいうと「食」と「自由時間の過ごし方」であった。全ての生活変化をつぶさに見ていったり、定点観測していくには実務をこなしていく上で時間的に難しかったということもあったが、最大理由は「変化」が一番出やすい分野であるということであった。生活実感からすると、「チョットだけ」「この時位は」「なんとか」「無理がきく金額だから」といったように、365日同じような生活は難しいけれど食事ぐらい、自由時間ぐらいは、といった本音や願望が出やすい世界に焦点を当ててきた。調査などもフリーアンサー形式にして、できる限り「生の声」を取り、その「変化」のありようを見てきた訳である。
ところが、丁度10年ほど前、札幌を中心に40数店舗のファッション専門店を経営する企業において調査をしたことがあった。ファッションといってもかなり個性的なハイスタイル専門店で、主要な顧客は、いわゆるオピニオン層でこうした顧客に対する調査であった。最後の質問に「これからどんな商品・サービスを望まれますか」という質問に対し、その多くがファッションではなくインテリア商品と答えていた。その時の私の実感は"
ああ豊かさが変化してきたな"というものであった。

ところで、東京でも10年ほど前からインテリアや家具が静かなブームとなっている。東京目黒通り沿いには多くのショップがあり、アンティーク家具やセレクトショップ巡りの中心となっている。周知のように、インテリアや家具はお気に入りのライフスタイルづくりには今や必須アイテムとなっている。このインテリアショップの草分け的存在が、周知のアクタスであるが、今日の北欧ブームのシンボル的存在であるデンマークのアルネ・ヤコブセン、その火付け役でもある。そして、今やインテリアというより「一つの美意識」によって世界中から小物雑貨までを集めてくる「セレクトショップ」が標準となっている。私のことばでいうと、「ライフデザインセレクトショップ」となる。この「セレクトショップ」という言葉をつくり、キーワードとして流行らせたのは団塊ジュニアである。ビームスやトゥモローランドがその代表的ショップであった。ある意味で「個性化」の進展がファッションから住まい方まで進化してきたことに他ならない。数年前から、デザイナーズマンションが流行ったが、既成のデザイナーによるマンションから、今やセレクトしたデザイナーにオーダーするような売られ方が出てきており、セレクト&コーディネーション主体が生活者側に移ってきたということだ。既に、インテリア関連においてはリアルショップからネットショッピングへとその比重が移ってきている。その代表がCiBONE(シボネ/http://zozo.jp/shop/cibone/default.html?KID=50010100)やamadana(アマダナ)、+-0(プラスマイナス・ゼロ)といったところだと思う。

このライフスタイルを売るインテリア・家具のリアルショップも2年ほど前から少しづつ変わり始めている。従来の家具・インテリアというモノ売り場から、コーティネーションを売るショールームへと変化してきたが、カフェや本格的なイタリアンなど飲食を伴う業態への変化である。つまり、生活感という実感、雰囲気を体験してもらおうという意図からと、私は考えている。この先駆け的存在としては、周知のサザビーグループのアフタヌーンティーがあり、大手デベロッパーとのコラボレーションによるマンションもつくられている。このようにライフスタイルトレンドは「生活全体」を実感する方向へと向かっている。10年前のように、日常の小さな取り入れやすいものからの変化から、体験学習の成果と思うが、自らの美意識で生活をデザインするところまで成熟してきたと言えよう。
8月に最近の米国の動向を調べたが、注目するような米国発のニュースはなかった。米国発の「セレブ」人気の後はと言えば、人気モデルの出産ブーム位(http://fanet.jp/domani/cafe/newyork/newyork0302.htm)で、逆に北欧や日本ブームが変わらずトレンドの中心となっていた。LOHASもこうした大きな潮流の中で見ていくべきだと思う。私は世界的な和ブームの中心には京都があり、寺社文化を入り口としながらも、その奥には千年の時を経た生活美学が今なお生きていることに魅せられているからと思っている。そして、ビジネスばかりでなく、私たちのライフスタイルそのものがグローバル化しており、日本人はあまり意識はしていないが、これからは日本発の文化=デザインに注目が集まってくると思う。(続く)

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2006年9月27日 (水)

ケーススタディ:都市市場戦略 

ヒット商品応援団日記No102(毎週2回更新)  2006.9.27.

以前、「消費都市TOKYOでござる」というタイトルで江戸時代の江戸と比較しながら、新しい、珍しい、面白い、情報とサービスの集積力について書いたことがある。(http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2006/05/index.htm lNo62 2006.5.10.)今回ケーススタディのテーマとしたのは、「これから」の東京という市場認識についてである。先日、全国の地価について発表があった。TVニュースでは、地方(北海道ニセコ)でも地価が上昇している所も一部あるが、総じて「東京一極集中」とのコメントであった。しかし、格差社会のところでも触れてきたが、ていねいに見ていけば東京の中でも格差は生まれている。ここではその詳細については書かないが、都市生活者のライフスタイルに次なる本質を踏まえた提案を行っている2つの商業施設について考えてみたい。実は、立地も業態も異なる2つの商業施設であるが、共通している市場着眼が「時間」である。私のことばでいうと、「生活時間割」に対する新たな提案ということになる。

その一つが、今秋東京豊洲にオープンする「アーバンドッグららぽーと豊洲」である。(http://www.mitsuifudosan.co.jp/home/shopping_gourmet/new_project/toyosu/toyosu/index.html)石川播磨重工のドッグ跡地につくられた広大な再開発プロジェクトで、銀座までわずか3駅という都心湾岸エリアの中心となる「街」である。コンセプトは「ライフ・ソリューション・コミュニティ」である。都市生活者にとって、一番解決して欲しいのが「時間」である。以前、このブログで時間着眼について触れたことがあった。「省」時間と「賞」時間(お気に入り時間の意味)であるが、この街には立地によって通勤や買い物といった移動に要する時間は「省」時間となり、その分自由時間が増え、生活時間割を楽しむことができる街、というコンセプトである。ウオーターフロント、緑を配した街、存分に降り注ぐ光、早朝のジョギングや散歩時間が楽しくなる、そんな街である。また、都心までわずかであり、おしゃれなサイクリング通勤が似合う、そんな街である。そうした新しい都心のライフスタイルをリードするのが商業施設である。手に入れた「自由時間」をどう使うかが、商業施設の主要な役割でありMDコンセプトとなる。当然、従来のような「物販系」の専門店は少なく、カルチャー、サービス系の施設が中心となる。おそらく書店一つとっても「省」時間型の書店にはならない筈である。また、「賞」時間(お気に入りの時間)を100%生かすための、ドッグ跡を生かしたウオーターフロントレストランやウイークエンドリゾートエステなどが導入され話題を呼ぶことになると思う。

さてもう一つが「賞」時間に対する、「省」時間に着眼した商業施設の業態である。つまり、移動のコアとなる駅におけるサービス開発である。その代表例が「駅中」というコンセプトで、JR東日本が開発した「ecute」(http://www.ecute.co.jp/)である。わざわざデパ地下に行かなくてもパンや総菜、スイーツの専門店があり、朝・昼・夜といつでも使える飲食施設から、ドラッグ、書籍、フラワーショップまで、カジュアルで手軽な専門店集積ゾーンが駅に直結している。まさに「省」時間型のサービス業態と言える。こうしたJR東日本の開発の後を追うようにしてオープンしたのが、表参道ヒルズのオープンに合わせた「エチカ」(地下鉄東京メトロ表参道駅)である。エチカも駅中と同じコンセプトでつくられており、今後も数多くつくっていくと聞いている。こうした「省」時間型サービスの徹底さは、同じJRグループの商業施設、ポポシャポーにおいても、始発から終電までいつでも利用できるようにオープンするテナントを増やしている。つまり、駅が大きなサービスコンビニエンスストアになろうとしている。

この両極端ともいうべき、しかし異なる2つの時間を生活の中に取り入れざるを得ない都市生活者、そうした顧客と向かい合う都市流通に対し、どう商品開発、業態開発をしていけば良いのかが課題となっている。そこで、皆さんと一緒に1つのケースについて考えてみたい。一番日常的で回数多いのが食である。「賞」時間型のららぽーとでは、「食という時間を楽しむ」ことがキーワードになる。導入される食品スーパーではメイン食材もさることながら、例えば食前、食中、食後のワインやチーズなどが用意されるであろう。手作りカレーなどの場合は多くの香辛料が用意され、おふくろの味になるようなレシピサービスやプロ仕様の調理器具なんかも流行ると思う。ファミリーであれば、例えば鍋などの場合、具材は半加工食材が選択できるようなものであったり、美味しい出汁をとるための塩乾物なんかもこだわり商品が用意されるであろう。
さて、「省」時間を必要とする駅では、スピード着眼が全てとなる。これ一杯で、これ一つで、これだけ食べれば、一日に必要な栄養素、繊維質が取れ、しかも低カロリーといった商品・サービスとなる。サイズはより小さく、固形物というより流動食のように飲めばよいというありかた、具沢山おにぎりとかサンドイッチ、ジュースやスープ、和だと汁物となる。こうした時間着眼のもとで、カジュアルな店づくりで急成長したのが「スープストック東京」である。また、既にJR東日本では新橋駅や市川駅に黒酢バーを出店させ人気となっている。まだまだ、旧来ショップの多い駅であり、多くの提案が望まれていると思う。
こうした2つの「時間」着眼による商品化、サービス化が新しいライフスタイルを創っていくこととなる。しかし、地方企業にとって都市生活者研究が圧倒的に足りないと思う。どの市場を顧客とするのか、ここからスタートすることが極めて重要な時代となった。(続く)

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2006年9月24日 (日)

ケーススタディ:予測を読む  

ヒット商品応援団日記No101(毎週2回更新)  2006.9,24,

このブログを始めてから1年余りになるが、ブログを始めるきっかけは、以前いた会社で早朝勉強会をやっていたことがきっかけとなっている。というのも、当時の仕事はプロジェクト単位でチームを組んで進めることから、なかなか新しいメンバーと仕事を一緒にやる機会が無かった。”次回は一緒にやろうな”が口癖になってしまい、若手に教えたくても特別な時間を設けるような余裕はなかった。ある時、一緒にプロジェクトを進めていた女性から、”なぜそのように簡単にキーワードが出せるのですか”と聞かれ、一緒にやっている人間ですらまだまだ分かり得ないのだなと思いスタートしたのが最初であった。2週間に一度、事前にテーマ資料を渡し、早朝30分間の勉強会であったが、私自身にとっても伝えることの難しさを含め良い勉強になった。今、同じことをこのブログでもやろうとした訳である。いわば、「バーチャル勉強会」である。当時の勉強会参加メンバーの多くは転職し、異なるビジネスフィールドで活躍しているが、時々ログをチェックする際、ああ当時と同じように読んでくれているなと思っている。これがブログをスタートさせた一番の理由である。

ところで前回の続きであるが、「未来は予測できない。しかし、未来の芽は既に起こっており、その帰結を集め予測する」という方法論について書いた。そして、早朝勉強会ではないが、ケーススタディを通して、やってみようと思う。ところで、私が経験した具体的ビジネスは、クライアントとの契約上、過去となっても触れることができないことになっている。そこで、このブログでは多くのシンクタンクや総研が毎年出している予測の内、今回は電通消費者研究センターが出した「2005年の話題・注目の商品」(www.dentsu.co.jp/news/release/2005/pdf/2005067-1207.pdf )をテーマに一緒に勉強してみたい。このリリースは、5つの消費トレンドを抽出し、2005年度というヒット商品の「帰結」を踏まえ、2006年のヒット予報を行っている。前回の方法論の内、最初の「情報源」については、ネット上でのアンケート調査と、トレンド系の雑誌の編集長へのアンケート調査による「予測」である。さて、皆さんは2006年の上半期を既に終え、今年度の予測がどれだけ当たったか、どのように判断するであろうか。

消費トレンド①の「華」というキーワードにおける2006年のヒット予報の内、確かに予報どおりだなと思ったのは「高級ヘッドフォン」と「表参道ヒルズ」ぐらいで、あとはヒットしたとは思っていない。昨年上半期の超ヒット商品であるiPodを追いかけるように携帯各社を含め各社が音楽配信に向かう中で、特に若い世代は更なる高音質の「違い」をヘッドフォンに求めヒット商品となっている。また、表参道ヒルズは、あの安藤忠雄さんが創られたということと共に、エリア移動が行われる位の情報集積力(=テナント)を集めたということである。具体的にいうと、数年前まではファッションを含め集積力を誇っていた代官山エリアから、いくつかのインポートブランドが表参道ヒルズにそのまま移転している。代官山アドレスに入っていたアパレルブランドの後にはドラッグストアが入っていることを見れば一目瞭然である。予測したフィギュアスケートブームもモーツアルトブームも起こってはいない。ただクラシック音楽は数年前から静かなブームとなっており、CD等も着実に売れている。
もし、高級、高額というならば、プロのシェフを自宅に招いてのパーティのようなサービス系のものがごく一部の市場で流行っていると思う。あるいは、シャネルのようなスーパーブランドのセミオーダーサービスなどであろう。また、バブル期とは全く異なるが、絵画や骨董品など美術品のコレクターマーケットが静かなブームとなっている。

次の消費トレンド③の「賢」というキーワードであるが、LOHASとメリハリ消費(使い分けの意味と理解)を取り上げている。さて、2006年のヒット予報を見て、いかがであろうか。ビオ・ワインは確かに小さな話題にはなっているが、寒天ほどのブームにはほど遠い。無農薬有機栽培という傾向は食全体の傾向で、ワインまで行き着いたといった程度である。次の野菜カクテルであるが、野菜の取り方をもっとおしゃれにという意味の商品で、単なる作り手の勝手な思い込みだけでブームのかけらもない。デパ地下ブームは一段落したが、当時のブームの一翼を担った総菜のロックフィールド(RF1)の一番人気は今もなお「30数種類サラダ」である。多くの野菜をまとめて食べられたらというニーズに応えたまさに賢いメニューである。「曲がり角のLOHAS」でも書いたが、「賢」というキーワードをもって着眼するのであれば、京都の生活に今なお残っている「始末」という考え方の生活に着目すべきである。京料理の原則は「だしの取り方」にあり、素材そのものの「持ち味」を味わうためである。このように「賢」は「持ち味」を生かすための商品へと向かっている。つまり、塩、醤油、味噌、ソース、オリーブオイル、ドレッシング、各種香辛料、こうした地域商品の品揃えに「違い」を求めてきたのが百貨店である。そして、どこよりも早くこうした傾向を売り場に取り入れ注目されてきたのが静岡の食品スーパー「アオキ」である。このNO1と言われるスーパーが、今秋東京豊洲のSCに初出店するが、期待したい。

ここで私が言いたいことは、電通消費者研究センターの予報が当たらないということではない。少し前のブログで「過剰の時代を終え、『普通』が求められる時代になった」と書いた。雑誌社の編集者も「普通」では面白くない、話題にならないと思っている。実は、隠れ家ブームや路地裏ブームは生活者、消費者がつくったものであり、私のことばで言うと「普通」への回帰である。今や、TVや雑誌、新聞が「後」を追うだけになっているのだ。但し、ブームというマスマーケットへと広がるには、こうしたメディアの力が作用する。つまり、既にヒット商品の芽は至る所で出ているということである。難しいのは、そうした「芽」があっても、地方メーカーなど作り手がまだ芽であるとの認識がないこと、つまり都市生活者研究が足らないことにある。つまり、そのままではヒット商品にはならないということである。ここに第一の難しさがある。一方、都市の流通にとっても全国くまなく、継続して未来の「芽」を探し続ける方法をもたない。私がヒット商品応援団というプロジェクトをスタートさせた理由もここにある。ただ、最近はブログというまだまだ混沌としたメディアであるが、都市生活者と地域とをつなぐ一つの「場」の可能性がでてきたという感がしている。10月になったら、ブログで知り合った沖縄糸満のお母さん起業家(目指す!)二人と、更には福岡県岡垣町の「野の葡萄」小役丸代表に会いに行く予定である。どうぞ地域の情報をTBでもコメントでもお寄せください。(続く)

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2006年9月20日 (水)

未来予測の方法 

ヒット商品応援団日記No100(毎週2回更新)  2006.9,20,

最近寄せられたメールに「これからヒットする商品をどのように予測するのですか」という質問があった。十数年前、ビジネス書やマーケティング書は「未来予測」ばかりであった。21世紀を前にして、という意味合いが大きかったこともあったが、そうした予測はことごとく外れてきた。当時、生産年齢人口が減少に転じたと警鐘をならし、「少子高齢化社会」に入ったことを指摘したのは堺屋太一さんぐらいであった。最近では、トフラーが書いた「富の未来」ぐらいなもので、上巻はある程度はなるほどと考えさせられたが、未来を描いているとは思えなかった。メールをいただいた方にドラッカーのことばを引用して、私なりの予測の方法論をサジェッションした。

未来について確実に言えることは2つしかない。
未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法も2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる。

つまり、自分で未来をつくらないのであれば、「すでに起こったことの帰結を見る」という方法をもとに予測していく方法しかないと私も思っている。ドラッカーの本のタイトルにもなっているが「既に起こった未来」、つまり「少子高齢化」のように動かしがたい事実を集め、それがどんな方向へと進んでいくのかを見定めていく方法である。

さて、この「動かしがたい事実」という情報は「何」であり、「どう集める」かである。私が行う方法の一つに「オピニオン情報の収集」がある。オピニオンとは時代に対し先行して意見を述べ、自らもそう行動している人たちが発信している情報である。例えば、私の場合は「ほぼ日刊イトイ新聞」の糸井重里さん、ビジネスの底流を読み解く寺島実郎さん、脳科学の茂木健一郎さん、文化人類学の中沢新一さん、サブカルチャーの大塚英志さん、文明への目線をもった数少ない指摘をされている月尾嘉男さん・・・・・時代の雰囲気を伝えてくれる人気ブログの「きっこの日記」までと幅広くチェックしている。また、話題になっている映画、TV番組、雑誌、ショップ、商品、人物、エリア、・・・・こうした「メディア」も好き嫌い別にして見たり使ったり、体験するようにしている。中でも商業施設はその時々のライフスタイルを映し出していることもあり、できる限り定点観測している。また、一緒に仕事をした仲間がメーカーや流通におり、今売れている情報もいただいている。こうした繰り返しの中から、「変化」している事実を見いだしていく方法を採っている。

例えば、こんな情報を結果として集めることになることもある。周知の相次ぐ凶悪少年犯罪、BSEや鳥インフルエンザの不安、年金などの社会保障不安、リストラ、・・・こうしたことばにならない不安の時代にいるが、数年前ある美術館で見た数点の絵に衝撃を受けたことがあった。石田徹也さんの絵(http://www.cre-8.jp/snap/390/index.html)であるが、こんな若い世代が「息苦しく」「生きづらい」時代なんだと実感したことがある。あるいは同時期だと思ったが、これでもかというぐらいサプライズばかりのCM世界にあって、谷川俊太郎さんの詩を使った「地球上の朝」をテーマとしたネスカフェの広告に強く惹かれたことがあった。ああ、静かな、大人の時代を迎えるな、というのがその時の印象であった。少し後に、書籍売り場には後にベストセラーになる柳澤桂子さんの「心訳般若心経生きて死ぬ智慧」が置かれていた。こうした「気づき」は私の記憶の底に堆積し、市場はかなり内側に向き「心理化」しているな、原点へと回帰するこころの芽が出始めたなと感じた。結果、「動かしがたい事実」とまでは断定できないが、そうした気づきが市場への着眼、キーワードといった世界につながっていくのだと思っている。

こうして集めた情報の分析であるが、ある人はノートブックに、ある人はカードにメモとして書き留めている。今なら、PCのexcellに入力して分析加工しやすくする人がいると思うし、横着な人は「はてなダイアリー」を使うかもしれない。いづれにせよ集めた情報は傾向毎にグルーピングをし、俯瞰して見る。そして、その傾向は、ドラッカーのいうように「動がしがたい事実」であるかどうかを検討する。理屈っぽくいうとそうなるが、この傾向は他の生活領域やマーケットにも等しく及ぶであろうか、その時必要とする条件はなにか、などとコンセプトの可能性について考えてしまうのが常である。そして、このブログのタイトルにあるように、仮説をもって「予測の方法」の精度を上げるだけである。以前、ヒット商品は「人為的につくれますか」という質問があったが、短期的なヒット商品の多くはマーケティングによるところが大きいことは事実である。但し、投資するマーケティングコストは利益を上回るケースが多いことも、また事実である。ビジネスは「継続」であり、誰を顧客とするのか、という市場の規定の仕方さえ間違わなければ利益を得ることは可能である。しかし、規模のビジネスを追いかけたとたん、往々にして間違いを犯してしまう。次回からは仮説としてどんな「傾向」のものが流行るか、具体的な事例を挙げて皆さんと一緒にスタディしてみたい。(続く)

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2006年9月17日 (日)

「普通」回帰への視座      

ヒット商品応援団日記No99(毎週2回更新)  2006.9,17,

数ヶ月前、過剰物語、サプライズといったコミュニケーション手法は終わったと指摘した。つまり、こうしたコミュニケーションは一つの方法であり、いわゆる過剰消費時代を終えたということである。「ハレ」と「ケ」という言い方をすると、ハレからケへと重点が移ってきたということである。非日常から日常への変化である。別なことばでいうと量から質への変化、基本回帰という言い方もできる。そうした潮流を「普通回帰」と呼んでみた。こうした概念をもっと身じかな生活実感としていうと、ごちそうばかりの日々から、干物に白いごはん、みそ汁、漬けもの、みたいな食事への志向とか、これでもかと笑いをとる芸人から、マギーシローさんの芸のようにくすっと笑える芸への志向変化である。サービスなども、送り迎えから始まりいたれりつくせりのサービスよりも、ポイントだけは気遣ってくれて、あとはほっておいてくれるサービスなんかも当てはまるかもしれない。そこそこ、ほどほど、といった表現がふさわしい時代である。こうした傾向は団塊世代が市場をリードしていく傾向とパラレルなものと思う。

私のPCはMacなので、音楽もiPodで楽しんでいるが、映画の配信も米国では始まった。日本でも始まると思うが、PCを前に何時間も見続けるといったことにはならないと思っている。そして、映画の上映時間や内容が、どんどんTV番組のように短く、誰でもが分かりやすい創られ方へと変化していくかもしれない。しかし、映画を復活させた一要因である「シネコン」のように、2時間位真っ暗な中で鑑賞するといった、いわば映画の原点に戻るような気がしている。こうした映画配信のようにIT技術によって、何もかもが「便利」になった。この便利さの象徴にはPCがあると思うが、同じようにこれでいいのかなという感じを受けている。10年ほど前、インターネットの世界を「なんでもドアー」と言っていたが、まさにそんな便利な世界が現実となっている。欲しい情報は最新のものが瞬時に手に入るし、自分と異なる考えを参考としたいと思えば同様に手に入り、「知らない」とブログに書けば、瞬時に分かった人からコメントが寄せられる。まるで、料理が何一つできない人間が、材料からレシピーまで用意してくれて、いとも簡単に料理ができてしまう。そのように、自分が作った料理だと錯覚させてしまう時代にいると思っている。逆に、「不便さ」を自覚的に必要とする時代を迎えていると思う。つまり、「不便さ」を楽しんだり、わざわざ五感で感じ取ることに身を置いたりすることが必要な時代となっている。

少しづつではあるが、タイトルにあるように不便さのある「普通」に戻る方向に消費は進んでいると考えている。この普通というのは単純に「元」に戻ることではない。過剰という体験・経験を踏まえた普通である。目が肥え、体験を積んでいるから、普通への「戻り方」にも一工夫、アイディアが必要だということである。例えば、このブログでも取り上げた「えんぴつで奥の細道」のヒットは、PCで書くことを忘れてしまったことに対し、楷書や行書の教本でトレーニングするのではなく、慣れ親しんだ「奥の細道」という名文を教本にしたところにアイディアがあった。結果、道草をするおもしろさに気づかせてくれた訳である。食に関していうならば、「干物に白いごはん」と書いたが、ごはんは土鍋や釜で炊き、天日干しした干物といったこだわりの食となる。外食が廃れるということではなく、「内食」ならではの良さを取り入れた外食が流行ると思う。あるいは、「おふくろの味」ではないが、内食という固有の楽しさを味わう「中食」や「外食」ということになる。「普通」への戻り方、一工夫、小さなアイディアがヒットを生む。

何年か前に、幕内秀夫さん(管理栄養士・フーズ&ヘルス研究所代表)が「粗食」を提案され話題になったことがあった。しかし、当時は健康というより、ダイエットの方に欲求が強かったため、幕内さんは粗食を素食(そしょく)、シンプル&ナチュラルというように言い換えられた。私ならば、素食(もとしょく)と呼んで、「普通」回帰、以前の普通とはひと味もふた味も違う「普通」を提案すれば良かったのではと思っている。私がイメージする素食(もとしょく)は、「ホテイチ」の人気メニューである「豆サラダ」のようなもので、日本古来から常食としてきた雑穀や豆類、海藻や魚介類を素材としたメニューで、低カロリーであり、必要とする栄養素は十分あり、しかもカラフルで食欲をそそるシズル感のあるメニューである。LOHASは「ソトコト」の今月号でも食をテーマに取り上げているが、食にアートの世界を取り入れた貢献は認めるものの、その基本である「食育」をテーマに掲げるだけで具体的活動はほとんどしてはいない。食育とは日常食をベースとし、特に家族における食のあり方を追求することが最大課題となっている。エルブジ風の料理を見せられても、「普通」の生活にはなりえない。求められているのは、新しい考え方に基づいた、次なる「普通」の生活のデザインである。(続く)

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2006年9月13日 (水)

ふるさと回帰市場 

ヒット商品応援団日記No98(毎週2回更新)  2006.9,13,

今までのライフスタイルトレンドの多くは海外、特に米国からのものであった。しかし、今や海外では逆に日本ブームが起きており、健康志向を踏まえた日本食が人気となっていることは周知のことと思う。健康でいうと、長寿県といわれていた沖縄では米軍基地の存在=洋風化が進み、今や肥満度全国NO1(男性)となっている。勿論、50歳以上では長寿県であり、健康のモデルとなっている。つまり、「洋」のライフスタイルからの回帰現象として、少なくとも沖縄のように50歳以上の頃の「和」に注目が集まることとなる。そして、食だけでなく生活の隅々において見直しが始まっていると理解しなければならない。その結果としての回帰現象である。さて、どこにどこまで回帰するのか、またその際どんな物差し(価値観)をもって回帰するのか、これが最大課題であり、誰もが答えを欲しがっているポイントでもある。
以前、冷凍みかんに注目が集まった時、ティーンにとっての「プチ思い出消費」であると指摘したが、今や団塊世代を対象とした「思い出消費」が消費の表舞台に大きく出てきた。例えば、新宿プリンスホテルでは団塊世代を対象としたイベントばかりを集中的に実施している。8月中旬には「給食ランチ」に始まり、10月には従来のディナーショーに代わって「ディスコ&オールディーズナイト」が予定されている。9月23日に行われる「吉田拓郎×かぐや姫」による嬬恋ライブは、4月に売り出されたチケットは即日完売で、9月に新たにスペースを作り売り出したほどの人気である。トヨタセリカに対する根強いフアン、サントリーオールドやキリンラガービール、こうした話題を取り上げてきたが、ある意味で「思い出の再生産消費」というストレートな市場である。

つまり、団塊世代を中心に「記憶を辿る」ことに一斉に走り出したということである。さて、その記憶とは何かである。記憶とは三木成夫さんが「胎児の世界」で書かれているように、本能、野生といった生命記憶のように突如として思い出す記憶もある。もう一つが人生の出来事としての節目の記憶である。幼い頃、両親と行った動物園や行楽地、入学・卒業という節目での仲間との思い出、卒業旅行や夏の林間学校・・・・ライフステージ毎の記憶である。そして、この2つの間にあるのが「教育」であろう。ある人は思い出そうとしても思い出せない記憶が教育であると語っているが、教わったことは今なおなんらかのかたちで出てくる。こうしたことを考えていくと「時代感の共有」という意味でのジェネレーション市場は極めて重要な着眼となってくる。数年前までは、ジェネレーションという市場セグメントより、好き・嫌い、といった好みの世界で個性市場をセグメントしてきた。しかし、こうした市場のセグメントは現在もあるが、おそらくこうした方法以上にジェネレーションによるセグメントが重要な時代を迎えることとなる。こうしたことを考えていくと、「洋」という世界を最初に取り入れたジェネレーションは団塊世代である。生活に、遊びに、特に米国文化を取り入れた世代である。私はこの世代が今後の消費市場の帰趨、方向を決めていくと考えている。団塊というマスマーケット、量として大きいから言うのではない。「洋」を初めて取り入れ、そして見直しし「和」へと回帰し始めている。それはどこまで進むのか、その影響として他の市場へとどう映し出していくのか、団塊世代はそのキー・マーケットとなる。(数年前に作った年表であるが参考にしていただきたい)Photo


ところで記憶を辿る「先」には何があるかである。1ヶ月ほど前「団塊世代の心象風景」で書いたように、幼年期〜少年期に過ごした「場所」へと帰っていく。いわゆる「ふるさと」である。定年後はふるさとで暮らす団塊世代も多くいると思う。ふるさとは場所であるが、ふるさとを想起させるビジネスが更に流行ることと思う。東京は全国各地方〜世界が集まった雑居都市であり、既にその「芽」は出ている。昨年オープンした丸の内のTOKIAにはそうした「ふるさと」が数多く出店している。大正12年創業の立ち飲み居酒屋「赤垣屋」、カレーと言えば「インディアンカレー」、串揚げの「旬's」、これら全て大阪の懐かしい飲食店である。ところで大阪の人が中心顧客かというと、そうではなく、大阪人以外が中心顧客となっている。つまり、東京という市場にとって、大阪という「地方」は新鮮でユニークな存在である。勿論、大阪以外の地方も同様であり、地域活性への大きなビジネスチャンスとなっている。ところで、人間関係における「ふるさと」はやはり学生時代ということになる。既に、小さな同窓会が無数に行われている。そこで飲まれるのはワインではなく、日本酒やウイスキーになる。オヤジ居酒屋も流行るであろうし、もしかしたら「トリスバー」も復活するかもしれない。「ふるさと」は懐かしく、優しい世界である。ポスト団塊世代にとって、そうした「懐古趣味」を保守的でつまらないものと指摘すると思う。同じ立ち飲みでも団塊世代が大阪「赤垣屋」や東京新橋・大井町の立ち飲み屋であるのに対し、ポスト団塊世代は東京恵比寿のショットバーになる。結果として、ジェネレーションという異なる個性文化市場が形成されていくと思う。つまり、それぞれのジェネレーションの記憶の先の「ふるさと」に、ヒット商品が生まれてくる。(続く)

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2006年9月10日 (日)

「知の旅 」観光政策   

 ヒット商品応援団日記No97(毎週2回更新)  2006.9,10,

東京でも京都でも路地裏ブームが続いている。大通りから中通へ、裏通り、横丁へ、路地裏へと「未知なる世界」を求めて多くの人の足は向かっている。従来の観光概念が大きく変わろうとしている。名所旧跡、風光明媚な自然、といった観光は既に一巡し、知的な楽習旅行の時代が始まっている。以前、中沢新一さんが書かれた「アースダイバー」にふれて、”1万年単位で遡る「野生の思考」にヒントとなる視座を感じた”と書いた。中沢新一さんのように、縄文時代の地図をもって、東京の地下に眠る野生を探索する人はまだまだ少ないと思うが、例えば「東京の坂巡り」や「神社巡り」は始まっている。いわゆる「散歩ブーム」であるが、外見上は散歩に見えるが、中身はと言えば「知の遊び」「知の冒険」である。TBSの番組で977回を数える「世界ふしぎ発見」という長寿番組があるが、まあ小さなふしぎ発見の旅と考えてもよいかもしれない。以前、このブログでANAの「旅割」という時間帯による割安料金について書いたが、旧国鉄時代からのロングセラーきっぷ「青春18きっぷ」も「小さなふしぎ発見」の旅に活用されると思う。この「青春18きっぷ」は期間が決まっており、その期間中は特定路線が混雑するといわれているが、団塊世代が一斉に第二の人生を歩む2007年以降はこうした混雑は「日常」となる。

さて、こうした大観光時代を向かえることとなるが、課題は受けて側が「世界ふしぎ発見」ではないが、「ミステリーハンター」というガイド役を果たせるかどうかである。勿論、旅人が求める知的興味は何か、ということでもある。最近は大分湯布院のガイド役として、シニアの人たちがボランティアとして活動していると聞く。これも一つの方法である。一番重要なことは、都市生活者が「ふしぎ」と感じることは何かということである。地域起こしには「バカもの」「ワカもの」「ヨソもの」の三者が必要であるが、「ヨソもの」による「ふしぎ物語」が必要であると思う。地元の人にとっては、当たり前のことであっても、旅人にとっては驚きに満ちたものが沢山あるのだ。興味は想像をはたらかせる入り口であり、知的興味心は次から次へと増大していく。ふしきはふしぎを呼び、勝手に謎解きは始まる。例えば、TBSの「まんが日本昔ばなし」が再放送されているが、物語のコンテンツをこうした番組と連動させる方法もある。口から口へと伝承され今日に至るには、それなりに「ふしぎ」が深いということである。おそらく、以前であれば書籍メディアが謎解きのナビゲーターになって、追体験するような旅が生まれるのであろうが、これからはブログによる「謎解きの旅」が生まれると思っている。同じテーマのブロガーがリンクしあい、謎解きを進めていくような時代になる。以前、団塊世代の旅のところでも書いたが、「桜前線を追いかける旅」なんかも、全国各地の桜の開花状況をブログで公開し合いながら互いに旅を楽しむことになる。

ところで私が書いているブログは近代化によって失ってしまったものの回復、取り戻しというメガトレンドが背景としてあることに気づかれていると思う。これは私の持論であるが、近代化によって失った自然・健康、歴史・文化、家族・絆、という3つの取り戻しが始まっている。「知の旅」コンテンツもこうした「取り戻しの旅」となる。ただ「知の旅」という知的興味は常に進化、深化することから、自然・健康は「野生」「原始」「生命」へと志向するであろうし、歴史・文化は「源流」「誕生」「民俗」へ、家族・絆は「血縁」「共同体」「コミュニティ」へと興味は深まっていくと思う。例えば、従来のような美しい自然観光から、自然のもつ荒々しさと原始の美しさを体感する野生観光へと。沖縄でいうと、沖縄本島の海浜リゾートから、波照間諸島や屋久島のような離島への観光となる。大通り観光から路地裏観光への進化・深化と同じである。ところで、こうした自然・健康、歴史・文化、家族・絆の3つひっくるめると「生活」そのものである。私はこうした生活が日常として残っている代表が京都であると考えている。昨年12月京都新聞の依頼で記事を書いたが、課題は「京都ふしぎ物語」であり、そのミステリーハンター役である。Kyoto生活とは、過去や環境によってつくられた「今」であり、その裏側には意識するとしないとに関わらず、人生観や生命観、家族観、労働観・・・・多くの価値観によって結果として集約され表現されたものである。豊かな時代とは、モノ充足を終えて、こうした価値観を考えたり体験したりして生活の中にとりいれていく精神的生活のことである。つまり、失われたものを求めるとは、埋もれた見過ごしてきた生活を取り入れてみようとすることであり、今言われている「和」ブームの本質はここにある。こうした生活観(感)を探り、楽習する旅を私は「知の旅」と呼んだ。今、「旅」に求められているのは、この「知」を刺激する情報、仮説としての「ふしぎ物語」の発見である。全国のテーマとなっている地域活性とは、「知」の活性、ふしぎ発見に他ならない。(続く)

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2006年9月 6日 (水)

曲がり角のLOHAS   

 ヒット商品応援団日記No96(毎週2回更新)  2006.9,6,

LOHASは、たしか2000年頃に新聞各社で新しいライフスタイルが米国で生まれたと報じられ、翌2001年にLOHAS運動の概要が雑誌などで取り上げられ注目されてきたと理解している。私は当時、今から20年ほど前のDINKS(ダブルインカムノーキッズ)というライフスタイルが話題となったのを思い出した。より具体的な運動については周知の2004年4月の「ソトコト」創刊によって広く認知されることとなる。そして、ロハスブランド、商標としてのライセンスビジネスとして展開し始めたが、多くの批判にさらされ商標の使用をオープンにして今日に至っている。私がLOHASに注目したのもDINKSとは異なるポリシーをもったライフスタイル運動で、スタンフォード大学でMBAを取得したビジネスマンが中心となって、自ら創り上げてきた米国文明への批判・見直しから生まれてきた点にあった。私にとっては、丁度戦後日本の工業化によって、失ったものを取り戻す動きと重なって見えたこともあった。このブログでも何回か取り上げたがLOHASは日本の至る所に存在しており、既に多くの回帰現象として消費面に出てきている。LOHASが果たすべき役割は食育やエコライフなどの生活運動・社会運動の一つの旗印であり、ブランドでないこと位当たり前である。

さて、江戸時代のライフスタイルをスタディすればすぐ分かることであるが、日本は最もLOHASな国であったし、今もそうである。例えば、江戸時代、紙は極めて貴重なものだった。今で言うリサイクル業者である「紙くず屋」は紙を回収し、10〜20位に仕分けをして用途にあったものにリサイクルしていた。また、何でも貸す「損料屋」というレンタル業者がいて、手ぬぐい1本から着物や掛け軸まで貸すビジネスがあった。この損料屋は江戸だけで、大阪や京都にはなく、江戸が単身生活者が多かったことから生まれたと言われている。また、ある意味で長屋という住居、住まい方も理にかなったものであった。部屋は3坪程度で現代人にとっては狭すぎると思われるかもしれないが、ほとんどベッドルームとして使われていた。ダイニングはといえば共同の井戸のある水場で、バスルームといえば近くの銭湯であり、リビングルームもかねていた。最近流行の老人ホームなどの施設レイアウトを想像してもらったら分かると思う。また、「三方よし」をテーマとした時にも書いたが、儲けたら社会貢献は当然で、江戸時代は商人、地主、家主といった民間人は「町役人(ちょうやくにん)」と呼ばれ、掃除から道路整備、果ては捨て子や迷子の養育までを行っていた。今日でいうところのボランティアである。

そして、LOHASが今なお最も生活現場に色濃く残っているのが京都である。「始末(しまつ)」ということばがあるが、単なる節約を超えて、モノを最後まで使い切ることであり、その裏側にはいただいたモノへの感謝、自然への感謝の気持ちが込められている。そして、「始末」には創意工夫・知恵そのもでもある。誰でもが知っている、「にしんそば」も「鯖寿司」も、内陸である京都が生み出した美味しくいただく生活の知恵・文化である。もう一つ素晴らしいのが、季節、祭事、といった生活カレンダー(旧暦)に沿った暮らし方をしており、「ハレ」と「ケ」というメリハリのある生活を楽しんでいる点にある。京都をLOHASの代表としたが、こうした風土に沿った固有の文化ある暮らしは地方を歩けばいくらでもある。好きな沖縄には、今なお沖縄らしさが残っている糸満では、漁師料理である「バクダン」があり、鳥取米子には鯖のぬかずけ「へしこ」がある。数ヶ月前、アエラの特集にLOHASの知恵は名古屋に学べという記事があったが、まるで分かっていない。地方には京都でいう「始末」という知恵ある生活文化があり、ロハスクラブは「ソトコト」を通じて、宝の知恵を集め公開することに再シフトしなければならないと思う。「地方」が困っているのは、今ある商品へのもう一工夫、都市生活者へのプレゼンテーションが分からないだけである。デザインコンペティションもこうした中で進めればよい。地域格差が問われ、地域活性が求められている今、地方に埋もれた知恵ある商品や暮らし、あるいは人をLOHASという旗印のもとに集め公開し、再スタートすることこそ、LOHASコンセプトであると思う。(続く)

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2006年9月 3日 (日)

湖上通勤と農工一体  

 ヒット商品応援団日記No95(毎週2回更新)  2006.9,3,

先日、ある出版企画の件で滋賀県琵琶湖にある桑野造船を訪問した。明治元年創業のボートを作っている企業の代表である古川さんを訪ねたのであるが、ボートが好きで、こよなくボートに魅せられた方で桑野造船の再建にご苦労されている。話を終えた帰り際、”皆にそんな無謀なことと言われているんですが、実は湖上通勤をしているんですよ”と話された。琵琶湖は天候が変わりやすく、プロ中のプロである古川さんも用意周到な準備をもって臨んだという。ボートというモノづくり、モノへのこだわりの裏側には自然への畏敬とチャレンジがあった。それが、湖上通勤であると私は感じた。古川さんは瀬田から会社のある堅田まで17kmの湖上通勤のきっかけを次のように話されていた。

「世界のボートデザイナーであるクラウス・フィルターさんを呼んで講演をしていただいた時、”冬でも湖に出る。風も波もまたこれ自然だ。それを楽しんでいる。仕事場まで湖上通勤することもある。”このことばに刺激を受け、私たちは静水という人工的環境で、しかも安全まで他人に守られて漕ぐことに慣れすぎてしまった」

今、私たち都市に住み、目の前にある自然は古川さんが言うように、そのほとんどが「作られた自然」である。自然の恐ろしさを感じるとすれば、ヒートアイランド現象や集中豪雨による都市水害であろう。この自然も都市が人工的に作り出したものであるが。多くのリゾート地も人工的に作られたものであり、沖縄の海浜リゾートですら海辺の砂を白砂に変えるといったことがなされている。

桑野造船を後にして、同じ滋賀県の山間にある叶匠寿庵「寿長生の郷(すないのさと)」を訪問した。このブログでも何回か取り上げた叶匠寿庵であるが、創業者芝田清次さんが理想とした農工一体、鍬をもって耕し、自然の恵みを得て、お菓子を創り、おもてなしをするといった6万3000坪の理想郷である。今から20年ほど前に創られた郷であるが、当時はお菓子の材料である杏を作っていたと記憶していたが、今は梅など多くの恵みを作っている。入り口までは舗装された道路であるが、車止めからは砂利道を歩いていく。これも「おもてなし」である。歩くとは、自然、日の光や緑、風、鳥のさえずり、こうしたことを五感で感じとれることであり、一休みできるように緋毛氈が鮮やかな休み所が林の中に点在している。自然を目一杯感じ取ってもらうことが、最高のおもてなしとなっている。

桑野造船古川さんの湖上通勤にも、叶匠寿庵「寿長生の郷」にも、都市生活者が失ってしまった自然、自然に対する畏敬の念、感謝の気持ちが通低していると思った。ところで今、子殺し、親殺しといった事件あるいは少年犯罪が多発している。育児、教育の問題、倫理、モラル、様々な視点で言われているが、産經新聞(8/31朝刊、希薄になった「死」)に次のような記事があった。東京純心女子大の中村博志教授が行ったアンケート調査結果をもとにした記事で、

「一度死んだ生き物が生き返ることはあると思いますか?」という質問を行ったところ、「生き返る」「生き返ることもある」との答えが小学校高学年の3人に2人、中学生の約半数にも及んでいたのだ。・・・・・・”子供たちの周りから死が遠ざけられてきた結果、命について考える機会も失われたのではないか”

私は記事を書いた記者ほど驚きはしないが、やはり育児や教育などを超えて社会が根底から変質し始めているなと思う。確かに昔は祖父母と一緒に暮らしており、必ず祖父母の死に向き合うことがあった。丁度その年齢の頃、今や核家族化し個室でテレビゲームやインターネットといった仮想現実を生きている。ゲームのように、リセットすれば「また生き返る」と思っても不思議ではない。現実としての死に向き合うことが無いとは、現実としての生を生ききることが無いということでもある。夜回り先生水谷修さんが直面している問題もこうした子供たちである。水谷先生は「本来、人は人との生身のふれあいで学び合って生きていくものなのに、現代のコミュニケーションは電話上の音声やネット上の文字で行われる」と。私は、現代の便利さを否定するものではない。ただ、あまりにも表層としての自然、人工としての自然ではなく、もっと奥深い野生とか生命といった世界に向き合うことの必要性を言っているのだ。旭山動物園が再生した背景の一つがそうであるし、桑野造船の古川さんのように日常の中で本当の自然と遊んだり、叶匠寿庵のように自然のもつ生命美をお菓子の世界にまで求めたり、そんな市場への着眼がこれから更に求められていくと思う。今は閉鎖されてしまった水谷先生のHPでは、薬物中毒で病んだ子供たちに対し、こんな示唆的なやりとりをしていた。(続く)

少女「・・・・もう死にたい」
水谷「そういえば外は今、桜が満開だよ。外に出て見てごらん。花びらを拾ってごらん。匂いをかいでごらん」
少女「先生、行ってきたよ。きれいだった。来年も見られるかな?」
水谷「うん、いろんな明日があるよ。何がしたい?」
少女「考えてみる。ありがとう」

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2006年8月30日 (水)

道草のすすめ   

 ヒット商品応援団日記No94(毎週2回更新)  2006.8.30.

江戸時代のライフスタイルをスタディしていくとわかるが、当時の教育、識字率(読み書き)は極めて高かった。今日のような義務教育制度がなくても就学率は7〜8割で指南所と呼ばれた学校に通っていた。ひらがなから始まって、そろばん、地名や専門用語、礼儀作法、道徳まで多様な実学を教えていた。17世紀の世界三大都市といえば、ロンドン、パリ、江戸であったが、高い就学率といわれているロンドンでも2〜3割であったと言われている。当時の知的水準、文化の高さと今日の日本のレベルの低さを単純比較はできないが、実感として分かると思う。私が好きな天野祐吉さんは、こうしたことば理解の低さに対し、学習ではなくて、楽習を入り口にしたブログ「ことばの元気学」(http://blog.so-net.ne.jp/amano/2006-05-05)で、こんな話をしてくれている。

”なぜ、こんなことば(からだの一部をつかって感情を表現することば/胸おどる、血がさわぐ等)が生まれてきたか。それは、ことばって有限なのに、人間の感情には限りないひろがりがあるからですね。つまり、有限のことばで無限に近い感情の機微をあらわすために、ぼくらのご先祖さんは、すごい発明をした。そのおかげで、日本語はうんと豊かになりました”

デジタル社会はことばも例外無く圧縮し、いまや圧縮語を使ったコミュニケーションが日常となっている。周知の通り商品のネーミングなどの多くは圧縮を想定したネーミングとなっている。そして、教育という問題もあるが、結果豊かなことばを知らない若い世代が増加していることは、また周知の通りである。そして、感情表現をコントロールできない「キレル」子供が増えており、最近の脳科学では脳の発達を促す方法も模索され始めている状況にある。人間関係の基本である「会話」が、親子間で成立できなくて痛ましい事件に至ってしまうことも周知の通りである。
ところで、時々覗くサイトに糸井重里さんが主催している「ほぼ日刊イトイ新聞」がある。夏休み特集として、読者からの質問に詩人の谷川俊太郎さんが答えるという企画が載っていた。その中に「ことば」の本質を生きる詩人である谷川さんが、お母さんの質問に次のように答えている。

【質問六】
どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。
(こやまさえ 六歳)
追伸:これは、娘が実際に 母親である私に向かってした
   質問です。目をうるませながらの質問でした。
   正直、答えに困りました〜
   
■谷川俊太郎さんの答え
ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながらさえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
ことばで問われた質問に、
いつもことばで答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

素敵な、なおかつ本質を踏まえた答えだと私は思う。「アタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね」と答える谷川俊太郎さんの温かいまなざしに多くの人は共感すると思う。アタマという言葉を理屈という言葉に置き換えても、ココロを素直にと置き換えても、カラダを行動すると置き換えてもいいかと思う。
以前、ベストセラー「えんぴつで奥の細道」にふれたことがあった。「えんぴつで奥の細道」の書を担当された大迫閑歩さんは”紀行文を読む行為が闊歩することだとしたら、書くとは路傍の花を見ながら道草を食うようなもの”と話されている。けだし名言で、今までは道草など排除してビジネス、いや人生を歩んできたと思う。このベストセラーに対し、スローライフ、アナログ時代、大人の時代、文化の時代、といったキーワードでくくる人が多いと思う。それはそれで正解だと思うが、私は直筆を通した想像という感性の取り戻しの入り口のように思える。全てにおいて瞬時に答えが得られてしまうデジタル時代、全てがスイッチ一つで行われる時代、1ヶ月前に起きた事件などはまるで数年前のように思えてしまう過剰な情報消費時代、そこには「想像」を働かせる余地などない。「道草」などしている余裕などないのだ。そうした時代にあって失ったものは何か、それは人間が本来もっている想像力であると思う。自然を感じ取る力、野生とでもいうべき生命力、ある意味では危険などを予知する能力、人とのふれあいから生まれる情感、こうした五感力とでもいうような感性によって想像的世界が生まれてくる。ことばを知らないとは、想像力への入り口を閉ざしてしまうことであり、時に道草も必要であるということだ。天野祐吉さんがやっているように、ことば遊びをしてみたり、無駄を楽しんでみたり。そして、想像力を働かせるとは、谷川俊太郎さんの答えのように、ココロもカラダも使って答えを探すことだと思う。勿論、ヒット商品を生み出すことも同様である。(続く)

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2006年8月27日 (日)

日本資本主義の源流

ヒット商品応援団日記No93(毎週2回更新)  2006.8.27.

現在あるライフスタイルの原型は江戸時代にあると、ここ10年ほど江戸のライフスタイルをスタディしてきた。それは歴史的建造物だけでなく、隅田川の花火大会のような祭りやお花見のような季節歳時、握りすしや屋台ののそば屋、あるいはことばの中に、生活の隅々に今なお数えきれないほど残っているものの原型が江戸時代にある。少し前に「三方よし」という近江商人の商いの心得について書いたが、江戸時代をスタディしてきたテーマの一つであった。実は、私のブログに検索アクセスされる中で一番反響が大きかったのがこの「三方よし」であった。これは、ホリエモンのように「ビジネス倫理は時代によって変わるから」とグレーゾーンでも良しとする考えに疑問を持っている方が多くいるのだなと思っている。どの時代にも異なる人が一つの土俵で一つのルール、モラルをもってビジネスしてきた。これは江戸時代も同様で、その代表事例として「三方よし」を取り上げてみた訳である。
ところで私の考え、価値観を大きく変えた一人に網野善彦さんという歴史学者がいる。既に2年半ほど前に癌で亡くなられているが、異端の歴史研究者として晩年になってやっと社会の舞台に上がった方である。中世の日本について、四方を海に囲まれた島国という地形、荘園、封建制、こうした閉鎖された国というイメージを歴史教科書などで刷り込まれてきた。しかし、網野さんは、そうではないと民俗学の手法を使って庶民の生き生きとした歴史をレポートしてくれた。島国という四方を海に囲まれていることとは、逆に自由に朝鮮半島や中国、更には南米ペルーにまで日本人が行き来していたという事実をもって、私たちを目うろこさせてくれた方である。さて、江戸時代におけるビジネス倫理を明確にしてくれたのが近江商人であったが、それ以前にも中世時代、宋銭をはじめ絹や布などを使った貨幣流通への転換が鎌倉時代に既にあったという。つまり、従来教えられてきた自給自足的農耕経済ではなく、商工業者、金融業者、水上交通を中心とした流通業者、そこには当然であるがルールやモラルも未分化ながらもあったということである。面白いのは、そうした経済単位=荘園は政治の場所であると同時に、経営者としての役割を果たしていたという事実である。今で言う、官営会社のようなもので、代官という社長は農民を使って、塩の安い伊予道後に買い付けさせ、その塩を京都へ持っていき、高く売りその差額を利益とするような代官まで出てきている。(「日本中世に何が起きたか」網野善彦著洋泉社)この時代の代官は、武力をもつ領主という側面と、商人的金融業者的経営者としての側面を併せ持っていた訳である。しかも、特に着目すべきはそれら代官の多くは禅宗の僧侶や山伏であったという。この頃の荘園経営について詳細にわたった帳簿(領家方銭所下帳)が残っている。特におもしろいのは支出の中に酒宴にまつわる支出項目として、鯛、昆布、大根、豆腐、兎、狸などがあり接待費として、いわゆる必要経費として認められていたという。また、荘園経営の結果である帳簿、決算書に対する監査も実施され、経営を請け負う代官を競争させたり牽制したりしていたという。つまり、当時から収入をどれだけ多くし、支出を減らしていくかという経済の原則がはたらいており、世俗から縁の切れた禅僧が適任と考えられていたようである。丁度、西洋の資本主義がプロテスタンティズムという禁欲的な倫理によって発展してきたのと同じように、日本の場合も鎌倉時代を源流にして、世俗という世界から離れた経営者が中心となり、市場原理に基づいて発展してきたことが分かる。こうした経済の現場が「市庭(=市場)」であった。歴史の教科書では織田信長によって作られた如くイメージされているが、既に鎌倉時代に無数の市庭があり交易交流してきている。この市庭のルールというのは地域差を超えた共通ルールが2つあったという。1つは老若という年齢によるもので、集団という組織の秩序を老若で決めていったという点である。もう一つが、平等原則であったという。この平等原則は親子兄弟という縁を離れ、ある意味身分を超越した個人によって市場が運営されていくという点にあったという。この市庭の立つ場所は国と国との境に寺社と共に作られている。歴史家は無縁空間、血縁や顔見知りといった縁から離れた場所であったことから、様々な人間が集まってきた。ある意味で自由空間であり、今で言う「自由貿易地域」「自由都市」のようなものであった。この時代にあっても、自由を良いことに「泥棒市」のようなものもあったようだ。そして、既に、フーテンの寅さんのような香具師が居て、「口の芸」が発達したようである。
私は歴史研究家ではないので詳細については分からないが、中世時代に資本主義の源流があり、それもいつしか既存商工業者の既得権益、独占販売権や非課税権を生み、織田信長による規制緩和政策である楽市楽座へとつながるのであろう。そして、城下町という「都市」形成へとつながっていくと思う。「三方よし」では近江商人の商いの心得、倫理について書いたが、その源流である鎌倉時代における商いも、世俗を離れた「聖なる」禅僧や山伏が商いのリーダーとなっていることは銘記すべきと思う。また、市庭のルールの一つであった「老若」という規範は今日では何に該当するであろうか?これは私の想像であるが、「老」とは知識経験をストックし未来を予見できる人とすれば世間の尊敬もまた集めていたと思う。今回は、大きなテーマを取り上げてしまったが、中世の日本あるいは市庭に関する研究者の方から是非お教えいただきたいと思っている。(続く)

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2006年8月23日 (水)

素の魅力 

 ヒット商品応援団日記No92(毎週2回更新)  2006.8.23.

ここ2週間ほど、多くの人が高校野球に釘付けになった。特に2日間にわたった決勝戦「早実×駒大苫小牧」とのゲームには誰もがハラハラドキドキ感動したと思う。3月のWBC戦のイチローをはじめとしたゲームにも感動したが、この2つには共通する「感」を動かす何かがある。つまり、プロとアマという違いを超えた何かである。そして、多くの人は先日のWBA世界ライトフライ級のタイトルマッチ「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦を比較してしまったことだろう。決勝戦もそうであるが、智弁和歌山×帝京戦のように逆転、再逆転といった「面白さ」と「恐ろしさ」を併せ持った緊張感、緊迫感のあるシナリオの無い物語であった。亀田興毅の戦いを安物のパフォーマンスとはいわないが、一昨日の決勝戦は物語のクオリティさがある。甲子園を一杯にした応援であったが、決勝戦はどこか静けさを感じさせるゲームであった。真剣、無心、気迫、全力、あきらめない気持ち、そんな言葉で表現されるのであろうが、そこにはスポーツする人間の素顔、素の姿があった。やたらとタレント的パフォーマンスばかりの時代にあって、素顔こそ新鮮に映る。私はそんな今回の高校野球を「素の魅力」と呼んでみた。演出なし、シナリオなし、簡素な舞台、演じるのは無心になった人間である。イチローも早実齋藤投手も”良き仲間を信じて””良き仲間と一緒で良かった”とコメントしたが、そこには素顔の人間だけがもつ、清々しさがあった。早実にとって、駒大苫小牧という最高の敵は、最高の友になったと思う。最近耳にしなくなった「勝ち組」「負け組」もいない。ここ数年間、エンターテイメントの作り手はエンターテイメントというものを誤解してきた。コンセプトを創るにあたって、過剰なパフォーマンス、過剰なことば、過剰な演出、過剰な繰り返し、「インパクト」という妄想に支配されてきた。唯一、人工的なエンターテイメント世界で成功してきたのはディズニーランドだけである。あとは最新式のジェットコースターを投入し続けている一部の施設だけである。周知のように、旭山動物園や水族館のような自然をテーマにしたエンターテイメントへと向かっているのだ。
私のブログを続けて読んでいただいている方はすぐ理解いただけると思うが、伝え方=受け止め方が変わってきているのだ。話題、サプライズ、劇場化、ある意味で伝え方過剰の時代から、納得、奥行き、体験といったバランスの時代へと向かいつつある。私のことばだと「日常物語」「素の物語」ということになる。ここ数年「話題」は発信先が創るものと考え、意図的に実行されてきた。しかし、話題は受け手が創るという当たり前の原則に立ち戻ったということだ。早実齋藤投手を「ハンカチ王子」と誰となく呼んだのであって、マスコミは後を追っただけである。今誰もが、マスメディアの流すニュース、話題を斜に構えて受け止めるようになり始めている。その結果が先の「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦の判定に対する反発であった。結果、再戦することになって良かったとは思うが。耐震偽装事件、ライブドア事件、偽メール事件、村上ファンド事件と立て続けに起こった事件は全て「情報」に関するものであった。作られた情報、ある意図をもった情報、そうした膨大な操作された情報が錯綜する中で、何を信じ、何をよりどころにして判断して良いのか私たちは学習してきた結果であると思う。少しネットビジネスを知っている人ならば周知のことであるが、誰が何に対しどんな発言しているか情報を収集分析するビジネスが盛んだ。今回の「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦についても多くのブログに意図的な情報をコメントする組織だった動きが表面化していた。従来は、一部の反論者が書き込むだけであったり、いわゆるスパムと呼ばれる連中による「荒らし」もあったが、ブログが1000万にもなる今日、公開されているネット上での情報は常に監視されていると思わなければならない。いわゆるログのデータベース構築による活用である。誰でもが知っているオンライン通販のアマゾンが行っている各種サービスの精度の高さは、こうしたデータベースによるものである。アマゾンのような便利さは顧客にとって良い活用法であるが、亀田興毅戦の時のように炎上するブログが多数出てきたことは残念なことである。いつかネットの未来についても書いてみたいと思っている。
さて、超コンセプト=素の魅力であるが、実体のないイメージとスタイルばかりが先行する時代にあって、本当に顧客は喜んでくれているのかと、厚手の皮膜を一枚一枚はがしていけばよいのだ。最後に残ったもの、それを更に削ぎ落とし続けることの中に「コンセプト」「素の魅力」があると思う。削ぎ落とせば落とすほど、コトの本質に迫らざるを得なくなる。超コンセプトとはコンセプトを超えた本質である。今一度立ち戻らなければならないことは、コンセプトの素(もと)である。キーワードとしていうと、素顔、素直、素朴、素食、素服、素地、簡素、質素、・・・・飾らない、うまれたまま、ありのままの、人という文字をつければ素人となる。今回、素の魅力という素敵さと強さを高校野球は教えてくれた。テクニックに汚染されたコンセプト世界を超えられることを教えてくれたと思う。今、過剰な物語の時代から素の物語へと変わりつつある。これからは素をどれだけ素そのものとして伝えていくかの競争となる。(続く)

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2006年8月20日 (日)

消費から作り手へ

ヒット商品応援団日記No91(毎週2回更新)  2006.8.20.

団塊世代の心象風景を読んでいただいてわかると思うが、物への欠乏感が残る最後の世代である。特に、食べ物がそうで飢餓感とまではいかないが、美味しいものよりお腹いっぱい食べたいという欲求の方が強い。小学校時代の給食ではコッペパンに脱脂粉乳、栄養補給に肝油が出た時代である。エンゲル係数という言葉は既に死語となっているが、家計支出に占める食費の比率は優に50%を超えていた時代であった。今日とは比べられないほど貧しかったが、見回しても皆貧しかったので、今日ある格差社会ほどのものではなかったと思う。そして、1970年から続々と社会人、サラリーマンとなっていくが、高度成長期という言葉の通り、物質的豊かさを手に入れていく。ちょうど1970年代半ばと記憶しているが、CMフェスティバルのACC賞の最優秀賞に松下電器の冷蔵庫が選ばれた。そのCMの内容であるが、冷蔵庫を前にして武田鉄矢が一人”思えば遠くへきたもんだ”とつぶやくシーンがある。サラリーマンになり、がむしゃらに働き、大きな冷蔵庫をやっと手に入れることができたという時代感を表現していた。その頃、車でいうと日産サニーのキャッチフレーズが”隣の車が小さく見えます”というものであった。生活感としては、少しでも大きいものを手に入れたい、そうしたプレステージなるものを手にすることが働く意欲、生きる意欲であった。前回取り上げたサントリーオールドも同様である。こうした学生〜サラリーマンへと走っていく団塊世代にとって大きな刺激を与えたのは、なんと言っても「平凡パンチ」であった。1964年創刊の男性週刊誌であるが、ファッション、車、セックスというテーマで圧倒的な支持を得て、創刊翌年には100万部を超えた。今日あるサブカルチャーの先駆けである。この平凡パンチから、アイビールック、みゆき族が生まれ、更にはエレキギターブームが起こってくる。大学には漫画研究会や落語研究会のようなクラブが初めて生まれる。そして、1970年には「アンアン」が創刊され翌年には「ノンノ」が創刊。(ファッション年表http://park2.wakwak.com/~osyare/page001.html)
物が充実してくると共に、新しい考え方が新しいスタイルとして表れてくる。必要に迫られた物としての合理性や機能性から、「好み」「好き」といった個性が生まれた最初の世代である。こうした戦後世代に対し、1970年代のはじめ頃と記憶しているが、全共闘運動解体の意味合いを含め、文芸春秋は「三無主義」、無気力、無関心、無感動、つまり「しらけ世代」という指摘をした。確かに政治という舞台には立たなかったが、自身の生活という舞台を充実させる方向へと進んできた。1970年代半ば、団塊世代は結婚し家庭を持ち、「ニューファミリー」と呼ばれる新しいライフスタイルを創っていく。冷蔵庫に限らず、新製品を積極的に生活の中に取り入れていく。前回取り上げたトヨタセリカ、日産スカイライン、今で言うセミオーダー的仕様のオプションを取り入れた車が飛ぶように売れた世代であった。寺島実郎さんはこうした生活のあり方を「私生活主義」、今で言うところの「私」「マイ」というたこつぼに閉じこもった個人主義であると指摘(われら戦後世代の「坂の上の雲」PHP新書)しているが、戦後世代の消費の根幹を作っていったのは、この団塊世代であったと言える。つまり、少し前に流行った「マイブーム」の端緒は団塊世代であったと言えるし、また「オタク」にもつながっていく。もし、消費の構造を「物充足」→「情報充足」という進化として見ていくと、団塊世代、ポスト団塊(新人類)、団塊ジュニア、・・・・・と物消費から情報消費へのウエイトが高くなっていく構図が見えてくる。
さて、団塊世代は情報消費へと向かうのであろうか?私は母娘消費に見られたような「娘」が情報ナビゲーターになることはないと思っている。向かう先は物消費へ、そして物へのこだわり、物オタク、物の生産者、モノクリエーターを目指していくと考えている。ここ数年、団塊世代市場論に欠けているのは「作り手」としての視座である。前回の話ではないが、単なる田舎暮らしではなく、例えばハーブ栽培に凝って、生活の食からバスなど各種の香りまであらゆるところでハーブライフを楽しむ。永田農法ではないが、美味しいトマトが食べたいと土作りから始めたり。「こだわる」とはモノの裏側にある理想や作り手の気持ち、あるいは歴史をモノに込めることである。つまり、モノの裏側にある精神世界を探り自らも生きてみようと思うことだ。団塊世代の幼年〜少年期にあったモノ欠乏感から解放されるかのように、好きなモノにこだわった第二の人生となる。外側からは田舎暮らし、農作業のように見える生活も、実は物づくりにこだわる精神生活として見ていくことが重要である。結果、モノの作り手へと、ホームクリエーター、ライフクリエーター、夢の中へ、失った何かを取り戻すクリエーターとなる。消費から作り手への転換である。ここに大きな新しい市場が生まれてくる。豊かさとは、作ることのできる豊かさであり、精神的豊かさを目指すこととなる。そして、もしかしたら、柳宗悦がいう「無作為」の美まで到達するような達人が生まれてくるかもしれない。(続く)

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2006年8月16日 (水)

団塊世代の心象風景

ヒット商品応援団日記No90(毎週2回更新)  2006.8.16.

前回「好き」を入り口に団塊世代の旅が始まると書いた。団塊世代の夫婦にとって共通の「好き」というテーマは同世代結婚の意味合いを含め「時代感」「時代のもつ雰囲気・出来事」にある。サントリーが「ザ・サントリーオールド」として再び舞台へと発売したが、団塊世代を狙ったそのCMにものの見事に表れている。井上陽水の起用もさることながら、”話はわかった、まず飲もう”という、理屈ではなく同じ時代の空気感、仲間としての「あうんの呼吸」をうまく表現している。あるいは海援隊が歌う「思えば遠くへきたもんだ」のように、人生60年ここまでやってきたという思い、いわゆる青春フィードバックとなって表れる。この青春フィードバックには2つの意味がある。1つは当然個人の歴史・時間へと「好き」のテーマを遡り、少年少女となって生きてみたいという欲望である。昭和30年代ブームをはじめとしたリバイバルマーケットである。もう1つが、時代そのものが洋に振れたライフスタイルから和のライフスタイルへと、過去へ歴史へと遡っていく和ブームの潮流、この2つがからみあいながら今がある。さて、青春という過去を巡る旅であるが、過去はこの数十年によって変貌してしまっている。京都や奈良など環境条例によって残っている過去もあるが、その多くは都市化し少年少女期の風景は既にない。あるいは地方の町村では廃村が相次ぎ、生活そのものが存在していない。何のニュースか忘れてしまったが、ダムで水没した村に戻りたいと、帰巣本能ではないが家を建てたった一人で住む話があった。人は環境によって変化する生物であるが、生命記憶のように刷り込まれている本能がそうさせるのかも知れない。情緒的に語られる「ふるさと」であるが、理屈を超えてこころ落ち着かせてくれる場所である。ある意味でふるさとはこれから入るであろう「お墓」だと思う。私は生まれてこのかた東京であるが、ふるさとはと問われたら「浅草」と答えている。私の幼年期から少年期にかけて東京の行楽地は上野・浅草であった。動物園、花屋敷、国際劇場、映画館、浅草寺仲見世、そして飲食店街があり、休日の娯楽施設が集積していた場所である。定年を記念した豪華な旅、飛鳥IIの船旅のような旅は一度はあるだろう。しかし、「ふるさと」あるいは「ふるさと的」なところへと日常の旅が始まると思っている。ふるさとは一人ひとり個別であり、ここでは取り上げないが、ふるさとに寄与することを含め多くの団塊世代は戻っていくと思う。
ところで「ふるさと的」という意味であるが、幼年〜少年期に刻み込まれた原風景、心像風景のことである。東京生まれの私にとって、確かに「Always三丁目の夕日」に描かれているような、集団就職、路面電車、ミゼット、フラフープ、横丁路地裏、他にも月光仮面、力道山、テレビ、メンコやビー玉それら全てを含めた生活風景である。そして、東京という都市ですらまだまだ荒れ果てた中にも自然は残っていた。都心から少し離れた郊外には田んぼや畑があり、クヌギ林にはカブトムシやクワガタがたくさんいた。いわゆる里山があったのだ。つまり、日本が近代化に向かって走る前、昭和30年代半ばまでの10年前後、団塊世代にとっての心象風景は、やはり路地裏にある生活の臭い、物不足な中にも走り回った遊び、少し足を伸ばせば里山があり、四季を明確に感じさせてくれる自然、そんな風景だと思う。そうした昭和30年と今を比較してみると、いわゆる第一次産業(農業・漁業など)の就業構成比は約40%で現在は4.4%、GDPは約8兆6000億で今日の約59分の一であった。つまり、団塊世代はこうした原風景をこころの底に置いて、がむしゃらに働き、「思えば遠くへきたもんだ」と思っている。世界に例を見ない急成長の50年であったが、これほどの大きな変化を創り生活の中に取り入れてきたのも団塊世代だけである。こうした変化が大きければ大きいほど、第二の青春へと振れる幅もまた大きい。そして、自ら近代化を推進し、その近代化によって失ってしまった最大のもの、それはやはり自然であろう。日常の生活感覚でいうと四季であり旬である。最も夏らしい夏、お盆らしいお盆、祭りらしい祭り、まだ青い冷やしトマト、それぞれ生まれ育ったコミュニティで違ってはくる。失ったものを取り戻すことが青春フィードバックとなる。既にその予兆が出ていると思うが、田舎暮らしは一過性のブームを超えて、日常化、一般化するであろう。TV番組のダッシュ村ではないが、何万というダッシュ村という個性溢れるふるさとができ、もはや話題になることもなくなるであろう。こうした団塊世代の心象風景の中に市場創造への着眼がある。
1970年代の人気車種の一つであったトヨタセリカが2006年4月をもって生産終了となった。そして、歴代のセリカが展示されているイベント会場には当時の団塊世代フアンを始め若い世代も多数訪れているという。団塊世代にとって、車は単なる移動のための道具ではなく、ドライブする楽しさ、醍醐味、スタイル感という「好み」の世界であった。今、団塊世代市場の論議が盛んであるが、実は着眼すべきはこうした団塊世代の生き方、ライフスタイル感が団塊ジュニアを含め他の市場へと鏡のごとく反射していくことにある。(続く)

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2006年8月13日 (日)

好きは未来の入り口

ヒット商品応援団日記No89(毎週2回更新)  2006.8.13.

前回「現代隠居文化」のところで自由時間消費の多くは「旅」となると書いた。団塊世代による最大マーケットとなる「旅市場」について、もう少しどんな旅が生まれてくるか仮説とともに予測をしてみたい。まず第一に、「誰」との旅かという仮説である。団塊世代の夫婦はその多くが同世代(同時代)結婚であり、友達夫婦と呼ばれ、団塊ジュニアとの関係でいうと一時期注目された「母娘」消費のように「仲良し親子」のような互いを認め合う関係である。つまり、戦後世代のフラットな夫婦関係である。ここ一年ほど前から、年金分割を含め定年離婚がニュースとなっているが、離婚率(離婚絶対数ではない)は低いと思う。旅の中心は「夫婦単位」となる。ゴルフでいう「ツーサム」ではないが、「二人」がキーワードとなる。既に、映画館においてはシニアの「二人割引」が実施されており、多くのシニアが映画を観に行くきっかけとなっている。全日空の時間帯割引の新商品「旅割」ではないが、「夫婦割」といった単位割引がますます盛んになり旅市場全体を牽引することになる。こうした夫婦単位の旅と共に盛んになるのが「三世代の旅」と「個人の旅」である。この三世代の旅は「記念日」市場と重なって出てくると思う。例えば、孫の誕生日祝い、孫の入園祝い、といった「孫」市場の一つとして出てくる。団塊世代にとっては「良き人生時間」を楽しむこととなる。そして、団塊世代から孫への贈与市場は大きく、記念日市場としては最大のものとなる。金額としては旅も大きいがキッズジュエリーやホビーなどその裾野は広く大きい。さて、個人の旅であるが、夫婦それぞれ人生テーマに沿ったものとなる。陶器に興味のある人は、最初は陶芸教室に通うであろう。そして、次第に興味は深くなり、いつしか自宅に電気窯を備え器を焼くようになる。さらに、日本国中の窯を巡る旅へと出かけもするであろう。一時期、家庭画報が主催していたが、窯元を訪ねその窯で焼いた器で食事をするツアーである。ところで、団塊世代の少年期は、多くの新しい商品が続々と市場化された時代である。一眼レフカメラ、ステレオ、ギター、青年期に入れば車やバイクなど高額でなかなか手に入らなかった商品である。やっとそうした商品を手にすることができるようになった。カメラ好きは、今やヴィンテージとなったコンタックスを持ち、カメラ小僧になって旅に出る。少年少女に再び戻っていくのだ。ある意味で「失った何か」「失った時」を求めた旅となる。外側からはなかなか見えない旅である。見知らぬ旅人は、コミュニテジの中へ、大通りから中通へ、横丁から路地裏へと。コミュニティに住む人にとって、おそらく不審者のように見えるかもしれない。実は、私は10年ほど前、旅の小冊子に次のように書いた。

[好き]は未来の入り口

自分というものを無理なく自然体で見つめ、自分の時間を取り戻し、
好きなもの、好きな時間と暮らす時代がやってきた。
休日という視点に立てば、与えられた休日から、自分で創っていく休日へと、
生活は自己表現の場へと変わってきた。
日頃、歩き慣れている道でも、春になればコンクリートの端から小さな
自然が顔をのぞかせている、そんなことに気づく[自分]との再会によって。
あるいは、ふと目にした懐かしい[言葉]や[食べ物]に、
故郷の風景の中の子供の頃の自分を思い浮かべたりして、
仕事とか社会とかに奪われていた自分を見つめ直す。
なにも肩肘をはって自分を見据えるのではない。日常の何の変哲もない
風景の中に佇んで、そっと耳を澄ましてみればよいのだ。
実体の無いイメージとスタイルが先行し、そんなモノばかりに囲まれて、
私達の自身の創造力が自家中毒を起こしている様が見えてくるだろう。
つまり、従来決められていたものを一回見限って、
本当に[好き]なものは何か、探しにいく時代となったのだ。
もし今の自分に[好き]を見つけることができなかったら、[時]を
遡ってみるのもよい。子供の頃何が好きだったか、熱中したのは何だったのか?
思い返してみれば、それらの[好き]が今のあなたを形成していることに気づく筈である。
時という埃をはらいのけて、あなたの[好き]を物置から引っ張りだし、
今一度磨いてみる。それこそ、失われた[私]を取り戻し、明日の自分を創り直す旅となる。

少しカッコつけた情緒的な文章であるが、団塊世代にとっても「好き」を入り口に人生の旅に出る。限定された時間という未来ではあるが、自分で創っていく休日である。そして、マーケティング&マーチャンダイジングの最大課題は、この「好き」の発見にある。次回はこの「好き」のテーマにふれてみたい。(続く)

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2006年8月 9日 (水)

現代隠居文化  

 ヒット商品応援団日記No88(毎週2回更新)  2006.8.9.

紳士服チェーンのアオキがフタタに対しTOBによる統合の申し入れを行ったが、周知の通り団塊世代の退職というビジネススーツマーケット縮小をにらんだ業界の再編である。こうした団塊世代に対する市場変化が急速に起きている。まずは、来年から始まる40〜50兆円という退職金争奪戦であるが、このブログでも何回か取り上げたので今回は団塊世代の自由時間消費はどんなかたちとなるのか、江戸時代の文化を引っ張っていった「ご隠居さん」と「団塊世代」とを比較しながら、考えを書いてみたい。ところで江戸時代では同じものを使い続けることに誇りを持つ文化であった。いわゆる「年代物」で、今風にはヴィンテージものということになる。この考えはモノだけでなく、人も同じで、年寄りは尊敬される存在であった。今のように少しでも「若く」といったアンチエイジング流行ではなく、年齢相応のスタイル、渋さが求められていた。ある意味では「チョイワルオヤジ」とつながっていると思う。
ところでその江戸時代の4大隠居文化は、「魚釣り」「盆栽」「歌舞音曲」「俳句」であった。今なお残っているのが江戸前のはぜつりであるが、自然が残る地方や海外へと釣り場は広がるであろう。私の大学の先輩の一人は、1年の内約半年は北海道紋別で暮らし、カヌーと釣りで遊び、残る半年は東京暮らしである。つまり、まだ自然が残る日本の隅々まで魚を求めて足をのばすであろう。そして、その足は開高健さんのようにアラスカや南米アマゾンまでのびていくと思う。勿論、道具に凝るだけでなく、好きな場所には何回となく足を運び、いつしかそこに住み着く人も出てくる。盆栽はといえば、今なおフアンは多いが、その植物のもつ生命美を凝縮した空間に置き換える技術や美的感性は奥が深い。ただ、生きている植物と遊ぶという世界へ少し着眼を広げてみると面白い。例えば、江戸時代の庶民の身じかな植物といえば「朝顔」であった。朝顔、昼顔、夕顔のように花を咲かす時間が異なる植物である。月見草、宵待草、月下美人、みな咲く花を見て時を知っていた訳である。まるでオーロラのように「この時だけ」に咲く花を見るための観光があってもおかしくない。この延長線上には「この時」を追いかける旅もある。沖縄をスタートに桜前線と共に約半年をかけて北海道まで桜を愛でる旅である。365日、24時間、自由時間となる団塊世代ならではの旅である。さて、歌舞音曲であるが、これは何回か取り上げてきた「オヤジバンド」がこれから大流行りとなる。勿論、クラシックからロックまでである。コンサートの種類も能や狂言から世界の民族楽器によるものまで多種多様となる。団塊女性では既に流行っているブラダンスが更に盛んになる。この世代にとって、1ドル365円時代の最初の海外旅行といえばハワイであった。思い出フィードバックではないが、京都・奈良と共に必ず一度は再訪する地の一つである。さて、俳句であるが、家を捨てて俳句の旅に出た松尾芭蕉の生き方まではいかないにせよ、自己を含めた表現の旅は盛んになる。絵手紙や本格的な絵画まで、あるいは陶芸など表現の世界は広い。
ところで、こうした隠居文化、道楽は全て旅となっていく。別な言葉で言えば「時間を楽しむ」ということになる。亡くなられて随分時間が経つが、好きであった江戸を杉浦日向子さんは次のように書いている。
「江戸の人々は”人間一生、物見遊山”と思っています。生まれてきたのは、この世をあちこち寄り道しながら見物するためだと考えています。・・・・・ものに価値をおくのではなく、江戸の人々は、生きている時間を買います。芝居を観に行く、相撲を応援しに行く、旅に行くーーーと、後にものとして残らないことにお金を使うのが粋でした」(「お江戸でござる」杉浦日向子より)
大移動化社会、大観光化社会の到来に対し、どんな「素敵な意味ある時間」を提供できるかが団塊世代、特に都市市場に対するマーチャンダイジング&マーケティングの要諦となる。夕張市の破綻のところで少しふれたが、地域活性には必ず観光政策が入っている。しかし、旧来のような名所観光をベースに温泉&グルメなどといった延長線上の観光であれば活性などとはほど遠いものとなる。「意味ある時間」とは限られた時間(亡くなるまでの20年前後)の意味であり、「人生」「生き方」といった精神世界にふれる時間となる。こころの旅であり、こころの琴線にふれる「何か」が団塊世代を動かすことになる。今、地方自治体の観光課や商工会において地元地域の再発見といった活動が進んでいる。政府もそうした活動に支援をしようとしており、私が暮らす東京では日本橋の新たな街作りがテーマとなっている。ここで重要なことは、古くからある歴史的建造物や街並の上に築かれた物語ではなく、以前取り上げた(「次」を見据える視座「野生の思考」   2006.3,19,http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2006/03/index.html)「アースダイバー」(中沢新一著)のように地中深く数千年数万年という時に眠っている世界、未知であり何か既知でもあるような「想像力」を働かせる物語が団塊世代の興味の扉を開くこととなる。(続く)

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2006年8月 6日 (日)

サプライズの終焉 

ヒット商品応援団日記No87(毎週2回更新)  2006.8.6.

少し前に「潮目が変わる」というタイトルでコミュニケーションも劇場型から日常型へと変わると書いた。ところで先日のWBA世界ライトフライ級のタイトルマッチ「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦に対する判定を含めた様々な「動向」は時代の潮目をよく表していると思った。ボクシング関係者やスポーツジャーナリストのコメントは別として、やくみつるさん曰く「安物のドラマ」と言い、Yahooの投票では約22万の内ファン・ランダエタの勝ちとする人が94%、ブログで人気の「きっこの日記」では疑惑の判定勝ちに対するアンケートが実施され13,767通もの声が寄せられ99.92%が同様に勝ちとし、しかもそのほとんどが疑惑やうさんくささのものであった。勿論、試合直後にTBSへ55,000件以上もの電話やメールが殺到したという。こうした反応を考えるにつけ、誰もが多くの情報を手に入れることはできるが、その真偽についてなんとなくおかしいと思っている状況が手に取るようにわかる。インターネットをはじめ多くのメディアには「何でもある」世界のように思えるが、取り出した情報が本当にそうなのか、自身にとってリアルで使えるものなのか、つまり自分の頭や体から出てきたリアルな情報ではないため常に躊躇してしまう。誰がプロデューサーなのかわからないが、今回亀田興毅をどう売り出すのか、採った方法が「劇場型」であったと思う。注目・話題になるようなニュースを連続してマスメディアに提供してきた。ワルを気取ったビックマウス、ユニークな練習法、親子の絆・・・・主役は勿論亀田興毅と父親である。シナリオ&演出については今回はTBS、舞台はタイトルマッチ放映ということになるだろう。エンターテイメントという面白がりは必要であるが、どこか「やらせっぽい」という感じは多くの人がもつようになっている。これが「潮目」である。プロデューサーであるTBSは劇場型ストーリー・ショーを展開し最高視聴率52.9%という成果を上げたと思うが、「判定」という現実に多くの人が疑念を持ち、この疑念はストレートに劇場型=TBSへの不信へとつながっていく。逆に、リング上で涙した亀田興毅の姿は、役者ではない19歳の少年として「素」の日常物語であった。もし、今後も劇場型のスタイルを踏襲するのであれば、プロデューサーはボクシングファンであり、視聴者であることを強く認識することが必要である思う。
もう一つの潮目がモラル・倫理の保持である。勝負の世界は勝たなければならないが、それだけではないというモラル・倫理喪失に対する反発だと思う。ある意味ではフェアプレイの精神であり、その受け止め方は採点方法というルールの問題にあるのではなく、「おかしいな」と感じる自身の実感、体感によるモラルである。ここ1年ほど、ライブドア事件や村上ファンド事件などの経済事件が立て続けに起こってきた。全てに共通しているのが、ルールやグレーゾーンの隙間を見つけることがビジネスであるが如くのやり方に対する反発である。勝つことだけ、儲けることだけを目標とした時代の風潮、藤原さんが書かれた「国家の品格」につながる問題でもある。以前、書いた「三方よし」ではないが、売り手(TBS、亀田親子)よしだけで、買い手(視聴者など)や世間はよしと納得しなかったということである。多くのコメンテーターが言っていたが、亀田が判定負けもしくはドローであったら、逆に今度こそがんばれと拍手が送れたのにとの指摘は的を得ていたと思う。ルール=採点方法に準拠したまでと、今後も同じルールでプロボクシングが行われるとするならば新しい市場拡大どころか既存の市場すら縮小するであろう。例えば1年前、流行っていたことば「勝ち組」「ヒルズ族」は、今や否定的な意味合いでしか使われなくなっていることに気づいていると思う。ここでも潮目が変わったのである。
今回の亀田親子によるボクシングイベントは従来の「やり方」とは異なる出来事創造によって新しいマーケット(=ボクシングもK1と同じショー)、女性フアンをはじめ市場を広げたことは事実である。私流の言い方をすると「新しい出来事を創れば新しい市場が生まれる」ということになる。ただ、劇場型手法についてはその受け止め方について賛否が分かれている。私は「一種のうさんくささ」「一種のやらせ」と書いたが、”そんなの当たり前””受け止める側が判断すればよい””結果が一番。成果が出ればいいだけ”といった考えがある。「うさんくささ」といった前者は40~50代の大人が多いのに対し、後者は圧倒的に若者が多い。ラジオという情報収集を経て今日に至った「大人」と、個室でAV機器に囲まれて育った「若い世代」とでは厳然とした情報格差がある。しかし、小泉さんによる劇場型サプライズコミュニケーション以降、多くの人は「情報」の学習をしてきている。その結果であろうか、今回の「判定結果」事件も世代を超えて、「どこかおかしい」と潮目が変わってきているように思う。短期的成果を求めた強いインパクト、効率の良いレスポンス、コミュニケーション投資に見合うサプライズ価値、こうしたコミュニケーション世界も、長い眼で見る持続型継続型の日常的対話コミュニケーション、奥行き深みのある実感・体感といった納得価値へと変わっていく。「猫だまし」のような、あっと驚かせて瞬間的に大きな売り上げを上げていくビジネスから、小さくても「いいね」と言ってくれる顧客への継続する誠実なビジネスへの転換である。(続く)

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2006年7月30日 (日)

楽習コンセプト

ヒット商品応援団日記No85(毎週2回更新)  2006.7.30.

前回欽ちゃん球団の活動を借りて「コミュニティ事業のあり方」についてふれてみた。スポーツというエンターテイメントを借りた街おこし、地域起こしと共に、各地域盛んなのが動物園、水族館といった自然をテーマにしたテーマパークのリニューアルである。少し前に夕張市との比較で取り上げた「旭山動物園」の再生、そのコンセプトとなった「行動展示」という考え方が多くの動物園、水族館で取り入れられてきた。例えば、シロクマの行動展示では、最大の好物であるアザラシ(=観客)がさもいるかのような仕組み、見せ方が構造上作られている。アザラシ(=観客)をめがけてシロクマが飛びかかる、観客はその野生にびっくりするといった、野生のもつ行動を興味深く展示する考え方で全ての動物が展示されている。これは私たちが知らなかった野生の一面、不思議さを見せてくれている。再生に取り組む「バカもの」と共に、このコンセプトが倒産寸前の旭山動物園を救ったのである。
都市化によって失ってしまった最大のものは自然である。切り身なっている魚しか知らない子供たち。図鑑の中でしか見たことのない動物。コンクリートの割れ目にけなげに出てきた「根性だいこん」が全国で話題になる時代である。都市、特に東京に住んでいると自然が自然である気象という情報すらあまり気にかけることもなく過ごすことが可能である。交通網や地下街が発達し雨にぬれることなく目的地まで行くことができる。こうした便利さに慣れてしまっているのが都市生活者である。そして、唯一自然を感じるのが「四季」であるが、そんな季節の移ろいを感じる時間の余裕さえない。身の回りにいる動物と言えば、ペットだけである。そのペットですら人気犬の過剰交配により障害犬が生まれている時代である。ある意味でコンクリートに覆われたことによるヒートアイランド現象や突然の集中豪雨による都市水害に唯一の自然を感じている。
こうした時代にあって、エコロジーや自然世界を構えて提案したり、理屈で理解を深めようとしても、残念ながらコミュニケーションとしては成立しない。勿論、エコロジー理解者は市場として存在し、日本は世界においてエコ先進国であると思う。しかし、都市においては体験、体感する術が圧倒的にないという現実がある。こうした体験、体感するマーケティングにおいて旭山動物園が教えてくれたことは、理屈としての学習ではなく、子供たちの興味世界を入り口とした<体験楽習>こそが重要なポイントとなる。動物園ばかりか、地元市民、商店街の反対を押し切ってオープンさせた金沢21世紀美術館も同様である。現代アートをテーマとした美術館で、子供たちには理解できないというのが反対論者の意見であった。しかし、見事に悲観論者を裏切り、子供たちの人気のスポットとなった。子供たちの興味、遊び場としての美術館、というコンセプトの勝利であった。まるで歩道から通り抜けられるような美術館との導線、見るものと見られるものとの逆転がはかられた空間、声を上げてもよい自由な環境。従来の静かに構えて見るといった美術館とは大きく異なる。子供たちにとって、アートは遊び場であり、興味のおもむくままに感じ取れる、まさに学習ではなく、<感性楽習>の場となっている。
あえてこうした事例を出したのも、動物園や美術館の再生を別な視点から見ることによって、他の市場への大きな着眼になるからである。どんなところに興味が集まっているか、関心はどこに注がれているか、好きな世界はなにか、そうしたことを「入り口」に、ちょっと触れてみる、声を上げてみる、肌で感じてみる、そうした体験による楽習こそがあらゆるマーケティングに必要となっていることが分かってくる。「冷凍みかん」にしろ、「天マス」にしろ、コンセプト着眼は「思い出消費」であり、遡る時間の長短の違いがあるだけである。冷凍みかんは「学校給食」という思い出であり、天マスはそのレトロなパッケージ表現となっている。若い子たちの興味がどこにあるのかは、明確に押さえられている。しかし、ヒット商品となるにはその継続にある。そのためにはモノとしての商品魅力だけではなく、その商品を使うことそのものに新鮮さを感じ取れるような方法論が必要なのだ。つまり、××××法、○○○○式、△△△△プログラムといった方法論こそが売れるのである。例えば、冷凍みかんであれば「学校給食式」というブランドのなかの1アイテムにするのも良いかもしれない。勿論、「学校給食式」というブランドコンセプトにするのであれば、育ち盛りの子供たちにとって一番必要な「栄養バランス」がメニューコンセプトとなる。旭山動物園のコンセプトは「行動展示」であるが、私のことばでいうと、「野生式」とか、「生命式」といったコンセプト表現となる。担当される商品やサービスに、例えば方法論として○○○○式という視点で見直していくと必ず異なる世界が見えてくると思う。(続く)

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2006年7月26日 (水)

コミュニティ事業のゆくえ

ヒット商品応援団日記No84(毎週2回更新)  2006.7.26.

欽ちゃん球団こと「ゴールデンゴールズ」の存続が決まった。欽ちゃんの責任の取り方について注目を集めた一つの事件であったが、メディアは好意的に球団の存続を含め報道したと思う。これは欽ちゃんの人徳だと皆思っている。今回の欽ちゃんによる存続判断は、判断を会社(内部)ではなく、社会(外部)にまかせた点にある。社会の声にまかせること、それが唯一生き残れる道であると欽ちゃんは判断したのだと思う。私は前々回「三方よし」というテーマで近江商人のビジネスの心得について書いた。今回の欽ちゃん球団の存続について欽ちゃんは欽ちゃん球団から市民球団へと変わりますと宣言してくれた。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしではないが、球場へ足を運ぶ地元フアンよし、世間・社会よし、となったが、広島カープのようにユニークな社会人クラブ球団よし、となって欲しいと思う。私流のことばで言うと、コミュニティ球団として経営していって欲しいと思う。今回の事件で「世間よし」となったのは、欽ちゃんの人柄・人気もさることながら「夢列車」にあると思う。夢という未来を語れるリーダーがいかに少ない時代になってしまったということでもあろう。三方よし、という夢列車だから多くの人が欽ちゃん劇場と言いながらも共感したのである。
さて、課題は「売り手よし」という球団経営についてである。欽ちゃんによるボランティアであってはならないと私は思う。夢列車という理念を欽ちゃんは掲げてくれた。後は、どう継続して夢列車を走らせるかである。つまり、継続は「経営」の最大テーマであり、コミュニティビジネスとして成長していかなければならない。NPO法人ゴールデンゴールズにはその芽が出てきていると私は思う。その1つはゴールデンゴールズをブランド化する試みである。現在は鶏卵や農産物にゴールデンゴールズのラベルを貼っており、逆の意味でゴールデンゴールズをPRしているにすぎない。ゴールデンゴールズというネーミングは糸井重里さんがつけたのだが、新しい野球の楽しみ方、欽ちゃんのパフォーマンスを含め、マーケティングでいうと新しいコンセプトを持っている。野球を新しい切り口のエンターテイメントとしてコンセプト化した訳だから、同じように鶏卵にも農産物にも”新しい面白がり方””楽しい食”としての「何か」が必要である。つまり、「食」の新しい物語づくり、コミュニティブランドづくりである。それは欽ちゃんファミリーではないが、テーマ設定としては安全・安心を踏まえた「食卓」「ちゃぶ台」を囲んだ家族の<食育物語>というコンセプトでブランド成長をはかるのも面白いかもしれない。
さて、今回の事件を取り上げたのも地域活性の良きモデルになると思ったからである。スポーツを街おこし、地域起こしに活用して成功しつつあるのは周知のアルビレックス新潟である。”スタジアムへ行こう!”をキャッチフレーズにお年寄りまでもがユニフォームを着て平均4万人を動員しているサッカー球団である。私も一時期京都サンガをお手伝いしたことがあるが、球場でのライブはまさに「感動」の二文字であった。今年4月の商標法の改正により、地域ブランドが可能となった。しかし、地域の名前をつければそれでモノが売れることなどありえない。「感」が動くような何かが問われているのだ。シャッター通りと化した商店街のなかにあって、今なお元気な商店街の代表は東京世田谷の千歳烏山商店街(えるも〜る烏山 http://www.elmall.or.jp/)であろう。地域通貨「ダイヤスタンプ」の交換のしやすさと豊富な特典で注目された商店街である。こうした特典の仕組みも必要と思っているが、このエリアには区の出張所でもある烏山区民センターという人が集まれる「場」が用意されている。そして、2ヶ月に1回程度のイベントやセールといった小さな出来事が実施されている。このえるも〜る烏山には「感」を動かすテーマと仕組み(=地域通貨)、集まれる場(=区民センター)と集積力(=加盟店120店)があり、それらの小さな出来事情報を各店で発信している。理屈っぽく整理したが、こうしたコト起こしには「バカもの」「ワカもの」「ヨソもの」が必要となっている。アルビレックス新潟もえるも〜る烏山もスタート当初には「バカもの」がいたと思う。今、ゴールデンゴールズは欽ちゃんという「バカもの」と野球好きの「ワカもの」がいる。後は「ヨソもの」という外からの眼が必要であると思う。コミュニティの場合、往々にして「ヨソもの」を排除したがるものである。今回の夕張市がそうであるように、手前味噌な投資による地域活性は必ず破綻する。行政であれ、メーカーであれ、生産者であれ、ゴールデンゴールズであれ、夢あるコミュニティ事業として、「継続」というテーマに取り組める<経営者>が今必要となっている。(続く)

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2006年7月23日 (日)

こころの解読競争 

ヒット商品応援団日記No83(毎週2回更新)  2006.7.23.

このブログをスタートさせ一年弱になる。当初一週間で70〜80のアクセスであったが、エリアを広げ複数のブログに書き始めたこともあり400アクセスを超え、累計で1万アクセスを超えた。感謝!マーケティングという専門分野であり、しかもご覧いただいている方との共通の言葉、文脈をもたないまま公開してきた。私自身もまだまだ勉強中であり、コミュニティの時代を迎えようとしている今、埋もれているヒット商品をぜひ教えていただきたい。コメントあるいはトラックバックはフリー(但し、アダルト関連については削除しています)で、またHP(http://homepage2.nifty.com/iizuka-takashi/)には応援団のメンバープロフィールも公開しているので是非ご覧いただきたい。私のブログはこれからヒットするであろう着眼点や視座について書いている。既にヒットしている商品や業態、サービスについてはYahooのランキングサイトを始め多くのメディアも取り上げているので取り上げるつもりはない。例えば、以前話題となった「冷凍みかん」について触れたことがあるが、GTOというミュージシャンの歌と連動させていることと共に、団塊世代ばかりか若いティーンにも過去に遡って消費している点、「プチ思い出消費」について指摘したかったからである。冷凍みかんだけでなく、学校給食の上位には「揚げパン」もあり、コンビニには既に置かれており人気商品の一つとなっている。そのように未来をどう見ていくか、その着眼点をこのブログを通じて提供していきたいと考えている。実は、先日私のパソコンが壊れ、HDを交換してもらう2時間ほど久しぶりに渋谷の街を歩いた。公園通りからセンター街、渋谷109へと歩いたのだが、2000年前後のティーンのファッションやメイク、いわゆるガングロ・山姥とかなり変わってきているなと感じた。当時のおどろおどろしいスタイルから、婆娑羅の世界を残しつつもう少し大人っぽく洗練されたスタイルになっていた。理屈っぽくいうならば、「大人化」は着実に進んでいるなと思った次第である。
ところで、今流通をはじめ多くのビジネスがいかに「顧客に近づくか」様々な試みがなされている。顧客に近づくとは、常に揺れ動くこころ、意識下にある潜在的な動きを把握することに他ならない。今から10年以上前、コンビニの成功はPOSデータの読み取り、分析にあると言われてきた。店頭には常に小さな変化、新商品は次から次へと投入され、その結果をPOSデータとして分析&ストックされてきた。その代表が1日の来客数2600万人のデータを読み取ってきたセブンイレブンであった。勿論、ローソンもファミリーマートも同じ方法をもって競争してきた訳である。しかし、以前気に入った商品が来てみると店頭になかったり、店頭にある商品を選択するに足る情報がなくて迷って買わなかったり、つまり顧客心理の奥を読み取るにはPOSだけでは不可能であった。こうした顧客心理を読み取る2つの競争が始まっている。1つは周知のICタグ・デジタル技術を活用してより顧客心理に近づこうとする試みである。商品についたICタグにより、瞬時に精算できるという便利さの向上だけではなく、顧客が商品を手に取ったかどうか、結果購入したか否かを分析する試みである。つまり、店頭での消費行動、どんな動きをしたかを分析しようとするnext POSへのトライである。もう一つの方向はセブンイレブンでは「ご用聞き」活動で訪問対話による顧客心理の把握であり、ローソンではシニア向けの店舗ではシニアの店長を置いたり、シニア同士が集い会話してもらえるようなコミュニティスペースを作ったりする試みである。旧来の商店街では当たり前であったアナログとしての対話や配達を取り入れる試みである。
さて、こうしたこころの奥まで入り込む方法についてどちらが正解かという問題ではない。おそらく2つの方法の組み合わせになるだろう。但し、問題は個人情報の取り扱いである。いくら法が整備されても、見えないところで個人情報は使われている。個人情報活用の代表的事例としては、あの書籍ネット通販のアマゾンだと思う。いわゆるカスタムメイドサービスで、以降多くのネットを含めた通販型のビジネスモデルに採用されてきた一つのシステムである。そのシステムのお手本はアナログ世界、例えば馴染みのレストランでは名前ばかりか前回食べたメニューをお覚えてくれていて、そうした履歴情報をベースに今回のおすすめを用意してくれるといったサービスであろう。こうしたアナログ的世界、別なことばでいうと記名された世界を、IT技術を駆使しストックされた情報をもとにシュミレートし、アナログと同様の顧客サービスを匿名世界においても行う時代となっている。わかりやすく言えば、問い合わせや購買といった「履歴情報」をストックし、アクションの結果を突き合わせ精度を高めていく方法である。専門的なことに入ってしまったが、こうしたデジタル世界を私は否定している訳ではない。問題は「無自覚」のまま、生活に取り込んでいるということにある。ある意味では「管理された」世界に住んでいると言える。このことを可能にしているのは、ことばにならない「不安」であろう。コンビニにおける新しい2つの試みも、「不安解決」を入り口にしたこころへのアプローチであると考えている。単純化していうと、ICタグのついた商品を手に取ったが結果購入しなかった場合、なんらかの不安があり、パッケージなどの情報では不安解決に至っていないと判断するであろう。また、シニアのこころはシニアが分かってくれるであろうという不安解決法の一つである。今、こころの解読競争が始まった。(続く)

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2006年7月19日 (水)

三方よし 

ヒット商品応援団日記No82(毎週2回更新)  2006.7.19.

前回、近江商人の商いの心得について触れたが、今日のビジネスあるいはCSRといった企業の社会的責任について示唆的な内容を持っているので「三方よし」について私の考えをコメントしてみたい。「三方よし」とは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方が良しとした近江商人が到達した「商いの精神」である。ところで日本の商人とはかくあるべしと一つの潮流を作ったのが周知の石田梅岩である。江戸時代の当時は士農工商という身分制度のもとで、物を右から左へと移動させるだけの商人を卑しいものとして見ていた。しかし、石田梅岩は欲しい物を欲しい人に交換させる社会的意義を語り、利潤は正当なものであると明確にした。但し、その利益を得る前提として、売り手、買い手双方にとって利益を生むものでなくてはならいと商道徳を説いた。この考え方は江戸末期の二宮尊徳や明治時代の渋沢栄一へと受け継がれていく。ある意味でこうした考え方を現場で実践したのが近江商人で、私達にとってより分かりやすい一つの物差しとなっている。今、近江商人発祥の地である滋賀県の経済同友会では、相次ぐ企業の不祥事を踏まえ、この「三方よし」に取り組み始めている。詳しくはHPをご覧いただきたい。(http://www.shigaplaza.or.jp/sanpou/index.html)ところでこの近江商人の心得には私達にとって活用しえる物差しが沢山あり、その一部をピックアップしてみた。

しまつしてきばる/ビジネスマンの心得
滋賀県近江ばかりでなく京都などでも耳にする日常の心構えである。倹約につとめて無駄をはぶき、普段の生活の支出をできるだけ抑え、勤勉に働いて収入の増加をはかる生活を表現している。「しまつ」は単なる節約ではなく、モノの効用を使い切る、生かしきることであり、「きばる」は、「おきばりやす」という挨拶につかわれているくらい日頃から親しまれた言葉である。近江商人の天性を一言で表現している。

暖簾(のれん)/ブランド資産
近江商人の家訓に「暖簾」という文字を見出すことは難しいと言われている。しかし、奉公人に別家(暖簾分け)を認める際の祝い品のなかには、たいてい暖簾が含まれている。それは、大切な屋号を長年の勤功と信用の証しとして与えているのである。主家の一統であることを示す暖簾は、世間の信用も厚く、別家として独立した商売を始めようとする奉公人にとっては、何よりの資本といえるものであった。今日でいうところのブランド資産である。

乗合商い(のりあいあきない)/一種のコラボレーション
多店舗展開のための資金調達の方法として創出されたのが、乗合商い(組合商い)と呼ばれる一種の合資形態をとった共同企業の形成である。酒造業を中心とする矢尾喜兵衛家の出店網は、地元の酒造業者から施設店舗を居抜きで借り受け、奉公人を支配人として送り込むやり方で作られた。その動機には、資本の有効活用・危険分散・人材の活用という、経営合理主義が貫いていた。

出精金(しゅっせいきん)/モチベーションの仕組み(ストックオプション&ボーナス)
出店する支配人の勤務意欲を刺激するために、給料以外に利潤の一部を配当する制度のことである。出店の決算では、経営資本に対して一割ほどの自己資本利子を課し、それを組み入れた資本額を超える正味財産がその年度の利益となり、算出された利益の一部が出精金として配分された。営業の最低達成目標を示した強制蓄積制と支配人への能率刺激制を組み合わせた、出店管理の経営手法であった。

陰徳善事(いんとくぜんじ)/企業市民としての社会貢献
人に知られないように善行を行うことである。陰徳はやがては世間に知られ、陽徳に転じるのであるが、近江商人は社会貢献の一環として、治山治水、道路改修、貧民救済、寺社や学校教育への寄付を盛んに行なった。文化12(1818)年、中井正治右衛門は瀬田の唐橋の一手架け替えを完成した。1000両を要した工事の指揮監督に自らあたり、後の架け替え費用を利殖するために2000両を幕府に寄付した。

押込め隠居(おしこめいんきょ)/取締役会決定
当主を強制罷免することである。今でいうところの社長交代である。正当な利益を積み上げて築かれた家産を、一己の欲望のために傾けるような当主が出現した場合は、後見人や親族が協議して当主を押込め隠居の処分にした。これは家訓でも認められており、単なるお飾りの文言ではなく、実際に発動されたことのある、生きた条文であった。積み上げられてきた家産は当主の私物ではなく、一種の法人財産と見なされていたのである。

さて、近江商人の経営理念のごく一部であるが、どう感じられたであろうか。”ルールは犯していませんよ。倫理なんて時代によって変わるんだから”と公言したのは堀江前社長。”めちゃくちゃ儲けましたよ”と会見で話した村上代表。石田梅岩の流れをついだ二宮尊徳は「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」と書き留めている。経済も道徳も共に必要である。そして、とことん儲けたビルゲイツも、悪名高いヘッジファンドのジョージソロスも共に慈善事業・社会貢献をしている。いわゆるビジネスと生き方(倫理など)とを分ける考え方である。こうした考え方の中に堀江前社長や村上代表も入るのであろうが、私にとって「三方よし」のようにビジネス=生き方として見ていくことの方が「未来」が見えてくるように思えてしかたがない。今、パロマガス器具の責任回避とも受け止められかねない会見があったが、少し前に同様の不祥事に対し刑事事件では既に時効になってもなおかつ回収に走り回っている松下電器と比較してしまう。マスコミは企業の危機管理を指摘するが、そうしたテクニックも必要であろう。しかし、松下幸之助創業者は「会社は社会の公器である」と名言している。その理念がキチンと現場にバトンタッチされていることの中に、実は未来が見えてくると私は思う。(続く)

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2006年7月16日 (日)

アナログ新感性

ヒット商品応援団日記No81(毎週2回更新)  2006.7.16.

あまり報じられていないが滋賀県の県知事選挙で無所属の嘉田さんが自公民をバックにした現職知事を破って知事となった。環境をテーマに東海道新幹線の新駅建設凍結を公約に掲げ、その時のキャッチフレーズが「もったいない」であった。政治的なことは別にして、この「もったいない」という日本語に着目してみたい。「もったいない」のもったい(物体)とは、もともと仏教用語で、物の本来あるべき姿になっていない、生かされていない、無駄になるのが惜しいとする言葉である。京都の庶民生活に今なお残っている「始末」ということばにつながっていることばである。以前取り上げた「えんぴつで奥の細道」ではないが、日本語、日本文化への再着目と共に、日常語の世界に戻る傾向を読み取ることができる。子供の頃、ご飯が少しでも残っていると”もったいない”と怒られたものである。特に、日本語の場合、使われ、磨かれ、新たな意味を付与され、といった時代の変化がことばの中に堆積されている。つまり、ことばは数千年前の世界とつながっており、遡ることができるアナログ感性の世界である。
一方、私達はことばを圧縮し、記号として使ってきた。「マルキュー」(渋谷109)や「セカチュウ」(世界の中心で愛を叫ぶ)、最近では女子高校生のヒット商品「天マス」(天まで届け!マスカラ)まで、ほとんど圧縮されることを想定してネーミングされている。猛スピードでことばをやりとりするには、デジタル化は不可欠である。というより、デジタル技術によって、このスピードが可能となったのだ。既に、死語となっているが、「ドッグイヤー」ということばの如く、時を駆け抜けてきた。以前、「二十歳の老人」というキーワードで若い世代の特徴を指摘したが、情報体験だけであたかも老人の如く達観してしまっている若者についてである。今、コラムニストの天野祐吉さんはブログ(http://blog.so-net.ne.jp/amano)にて若者の「ことば感覚」に触れ、ことばの本来の意味がわからないと嘆くのではなく、時代を色濃く映し出していることばとして、その遊び心、新感性を認めている。例えば、若者からの新解釈・珍解釈として、

「目が肥える」
「ヘロいん」さんの答;ヒアルロン酸の注入しすぎ。成形の失敗。
「チンゲン斎」さんの答;情報の取り込みすぎで肥えた目へのダイエット勧告。

前回「こどもびいる」のネーミングの妙について書いたが、私たちは物を買っているように見えて、実はその物に取り込まれている意味や情報という「物語」を買っている。その表現としての「ことば」は重要であり、ゆとり感、遊び心が必要になっていると思う。ある意味で、ことばはデジタルからアナログへと向かいつつあり、その向かう先は過去という世界もあるが、今感覚もある。デジタル世界は0と1、白と黒、善と悪、好きと嫌い、といった二者択一的世界であるが、0.5もあるよね、これは好きだけれどこの部分はチョット嫌い、とした第三の世界、第三の感性がやっと表舞台に上がってきた。そして、地域には地域固有のことば、文化がある。冒頭の知事選の滋賀県は近江商人発祥の地であり、商人の教え「三方よし」がまだビジネスに生きている土地である。「三方よし」とは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方が良しとした近江商人が到達した「商いの精神」で、「一人勝ち」は決してうまくいかないということでもある。このように潮目が変わってきたと言えるのだが、この「もったいない」を今の若者が解釈したとするならば、どんな新解釈、珍解釈がでてくるだろうか。勿論、「もったいない」と同様の運動の一つにLOHASがあることは周知しているが、自前のことばで素直な感性で解釈したらどんな世界が生まれてくるであろうか。ここに、新市場創造の着眼がある。(続く)

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2006年7月13日 (木)

こころに効く商品 

ヒット商品応援団日記No80(毎週2回更新)  2006.7.13.

ここ10年程「癒し」が都市生活者にとって大きなテーマとなっている。このブログでも「個人化」というキーワードを何回も使ってきた。マイブームは私用化であり、オーダーメイドによる「お取り寄せ」も盛んで、飲食店にまで個室が完備されてきている。しかし、個人化とはその本質が「孤独化」でもあることが、自覚され自己解決策がとられ始めてきている。そして、この孤独化を更に病的にまで進めてしまうのが「ストレス社会」である。数年前、「快眠」をテーマに眠り市場をスタディしたが、不眠の主要原因はストレスであった。そのストレス背景であるが、家庭内ストレスも多くあったが、最大原因はやはり急激なる「働き方の変化」にあった。特に、1990年代のビジネス進化を整理してみると、
1、知識集約型ビジネス=精神労働化時代へ→こころの疲労、こころの強化、
2、圧倒的なビジネススピードの時代へ→生活リズムの喪失、モードチェンジの難しさ、
3、個人契約労働化の時代へ→見えないストレス、自己解決
こうした背景から、ビジネスを終えて帰宅してもなかなかリラックスした自分に戻れない、そんな解決策として様々な癒し商品が生まれてきた。日常でのモードチェンジのための商品では、バスルームの充実がはかられ、香り商品も人気商品となった。勿論、快眠のための枕をはじめとした商品にも注目が集まった。あるいは、東京では恵比寿をはじめ多くの若いビジネスマンが帰路立ち寄るショットバーが繁盛している。更には、季節単位でのモードチェンジとして、沖縄離島などのリゾートが大人気となっている。この延長線上にはアニマルセラピー、もっと身じかにいうならば、ペットブームがある。現在、1200万頭の犬がペットとして飼われ、ペットにもトレンドがあり無理な交配が障害犬を生んでいることは周知の通りである。
少し視点を変えて見ていくと、「お笑いブーム」も一時ストレス解消娯楽であり、直接的ではないがエステも同じリフレッシュ効果がある。極論ではあるがファッションやアクセサリーの購入を見ても「自分へのご褒美消費」としての側面を持ち、自己癒し消費と言えよう。つまり、私達の回りにある市場の多くは「癒し市場」としての側面を併せ持っているという事実である。情報分野で言えば、こうしたブログ仲間、ネットコミュニティも孤独者同士がネット上で会話することも癒しと言えなくはない。今流行のヴィンテージジーンズや古民家、和雑貨など和ブームも歴史という時間のもつ「深さ」「穏やかさ」といった「美」が本質としてもっている癒しにつながっていると思う。そして、この分野での最近のヒット商品の代表は、1ヶ月程前「感の時代」で取り上げた「えんぴつで奥の細道」であろう。
ところで「こころに効く商品」で一番分かりやすい商品は、確かこのブログでも取り上げた「こどもびいる」であろう。福岡のもんじゃ鉄板焼「下町屋」(http://www.monjayaki.com/)が飲料「ガラナ」のラベルを「こどもびいる」に張り替えて出したところ、人気メニューになり全国に広がった、あのヒット商品である。チョットお洒落に、クスッと笑える、一種の癒し商品である。最近では「アヒルサイダー」を出しているようだが、できれば「おとなびいる」というノンアルコール系の「和みビール」でも出して欲しかった。いずれにせよ、ネーミング・ラベルという伝え方一つでこころに効くヒット商品となる。こうした「こころに効く」着眼市場は益々広がっていく。数年前までは一種の「隙き間市場」であったが、どの市場であれ、「こころに効く商品」がキラーコンテンツとなって当該市場全体を牽引していくこととなる。(続く)

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2006年7月 9日 (日)

少年少女回帰

ヒット商品応援団日記No79(毎週2回更新)  2006.7.9.

前号で「潮目が変わった」と書いた。片方に振れていた振り子が反対方向へと向かっていく。既にその予兆はあり、昨年「Always三丁目の夕日」を始め多くの現象を取り上げてきた。劇場型から日常型へ、洋から和へ、人口から自然へ、仮想現実から体験現実へ、極端からバランスへ、刺激から穏やかさへ、軽さから奥行へと。こうした価値観の揺れ戻しを現象面から見ていくと「回帰現象」となる。例えば、原点回帰あるいは基本回帰、企業でいうと創業への回帰であり、本業への回帰となる。個人でいうと、等身大の自分への回帰となる。虚飾や無理、背伸びといったことを削ぎ落とし、自身の感受性のままに戻ろうとすることである。生活者、特に都市生活者のライフスタイル変化として見ていくと、例えば”スープカレーも食べてきたけれど、やはり本格カレーはインドのチキンカレーよね”あるいは”やはりおふくろが作るじゃがいもカレーが一番”といった現象となって現れてくる。ファッションでいうと、茶髪から黒髪への変化であり、ダメージジーンズからリーバイスのようなオーセンティックなジーンズへの回帰となる。一時的なトレンド消費から、継続する定番消費への変化である。
既に、都心回帰、昭和回帰、あるいは日本文化回帰といった多くの現象が出現してきた。今、団塊シニアの動向が注目されているが、どんな回帰現象となって現れてくるであろうか。私は、まず「少年少女回帰」が始まると考えている。今流行のアンチエイジングの先、もっと生命力が、こころが輝いていた世界への回帰である。団塊世代の少年少女期はまだまだ物が乏しかった時代であった。食べることに精一杯であり、「遊び」道具にまでお金を投じることは少なかった。男性でいうと、その多くは野球少年であり、ギター少年であった。回帰の在り方からいうと、プロ野球でいえば、「マスターズリーグ」などは今後更に盛んになるであろう。ギター少年は周知の「おやじバンド」が全国隅々まで結成され広がるであろう。高額の楽器が不思議な程売れると思う。いやもう既に売れている。こうした趣味、スポーツでの回帰は益々盛んになっていく。ある意味ではコレクター、「大人のオタク」が遊び道具を求めて街の横丁・裏筋に出かけることとなる。3ヶ月程前のTV番組「人生の薬園」だと思ったが、子供の頃憧れの食べ物であったオムライスをメインにしたお店を夫婦二人でオープンさせるストーリーであった。今の若い世代にとって卵はありきたりの食品であるが、当時は大切な栄養源であった。朝食と言えばご飯にみそ汁、あとは納豆か生卵であった。周知の通り、今や「納豆ブーム」であり、「卵かけご飯専用醤油」が注目されている。ところで、話を元に戻すが、ご夫婦の店づくりに奥さんも協力するのだが、奥さんにも小さなやり得なかった夢がある。その夢は手芸であり、作られた手芸品を店のなかで販売することがオムライス店出店の条件であったという。こうした小さな起業も「少年少女回帰」の一つだと思う。つまり、全てがやりえなかった「自己表現=小さな夢」として回帰していく。好きな山登りが高じて、ヒマラヤを目指すシニア登山家、好きで集めたLPレコードを聞いてもらいたくてカフェを開店させる、こうした一見不思議に見える現象が至る所に現れてくる。少年少女期に描いた夢をかなえることの中に、いやその夢そのものに多くのビジネスチャンスが生まれてくる。社会人学校を含め、各人のテーマに沿った専門学校が流行り、シニアと若い世代が共に勉強するといった光景が増えてくる。再学習、再楽習といったスクール市場が大きくなり、百貨店や専門店、あるいは旅行代理店はこうしたスクールとネットワークを組むことになる。例えば、自然に囲まれたいと山歩きを始め、次第に本格的登山の講習を受けるようになる。当然、登山用具はまるでプロのようなものを求めるようになるだろう。そして、いつしか憧れの山、ヒマラヤに登ってみたいと思うようになる。このように単純に物語が進むとは思わないが、少年少女が青年・大人へと成長していく様を思い描くことは重要である。既に、こうしたプログラム化やネットワーク化については百貨店から始まっている。
井上陽水の初期に「人生が二度あれば」という曲がある。亡き父を想い「次なる人生を楽しんでもらいたかった」とする曲である。今や、二度目の人生を「少年少女」になって歩む時代となった。(続く)

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2006年7月 5日 (水)

潮目が変わる 

ヒット商品応援団日記No78(毎週2回更新)  2006.7.5.

小泉総理の訪米、プレスリーの聖地訪問におけるパフォーマンスも強いインパクトのある劇場演出とはならなかった。ましてや日本への帰国当日、元首相である橋本龍太郎さんの突然の逝去によって、小泉さんのパフォーマンスが対比され、ひと頃の驚きは単なる軽さへと変わってしまった。昨年の衆議院解散について、唯一正確に指摘していたのは天野祐吉さんであった。TVキャスターの質問に答え”あれは猫だましでしょ”と相撲の一手をもって喝破したのだが、この一年で私達の「感じ方」が180度変わったと思う。私は80数%の高い支持率を得た5年前の小泉総理誕生を、失礼ではあるが一つのブランドとして見立て、そのブランド戦略を分析をしたことがある。(http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2005/08/index.html)その分析の結論であるが、ブランドとして確立したその多くの創業者は、奇人・変人と呼ばれており、社会的事件といわれるようなニュースを継続的に流し、話題を常に喚起している。シャネルもロレックスも、ソニーの創業者である井深さんも、盛田さんも、あるいはHONDAの本田宗一郎さんも皆奇人、変人であった。小泉劇場もまさに、同様の戦略をとっており、おそらくこの9月の次なる総理候補者への「バトンタッチ劇場」が最後になると思う。どんなラストシーン、劇場のエンディングとなるかはわからないが、「潮目」が変わってきている。その潮目とは、劇場型コミュニケーションから、日常型コミュニケーションへの転換である。別の言葉でいうと、メディア(情報発信)コミュニケーションから、リアル(対話)コミュニケーションとなる。人工的エンターテイメントから自然のエンターテイメントへ、仮想現実から体験現実へ、極端からバランスへ、刺激から穏やかさへ、軽さから奥行へ、・・・・・・キーワード的にはこうした劇場型から日常型への変化が加速していく。
ところで地域ブランドの成功例といわれた夕張メロンの地である夕張市が財政破綻をした。632億円という膨大な債務に誰もが驚いたことと思う。そして、「メロン城」をはじめアミューズメントパークがつくられていたことに驚きを禁じえない。同じ北海道の旭山動物園と比較してみると、多くの点で「違い」が見えてくる。周知の旭山動物園も来場者の減少により閉園する瀬戸際までいった施設である。再建についてはテレビをはじめ報道されているのでここでは説明しないが、夕張市と比較すると違いが分かる。
■夕張市/遊園地を含む石炭の歴史館、メロン城(醸造所)といった人工的エンターテイメント施設。
□旭川市/(旭山動物園)動物の本能をリアルに体験してもらう自然のエンターテイメント施設。
仮想現実のエンターテイメント世界を提供して唯一成功したのはディズニーランドである。しかし、来場者数の減少に歯止めをかけるために、今もなお新たなアトラクションを増やし続けている。今から、5年程前に、私もあるバブル期につくられた地方のテーマパーク再建のために4〜5回現地を訪れプランを練ったことがある。作られた「箱もの」の活用に、あらゆる可能性・アイディアを駆使し、再建プランをつくったが旭山動物園のように好きを超えて死にものぐるいになって行動する人がいなかった。こうしたバブルのつけとでもいうべき施設は「塩漬け」にされ、あるいは廃墟となったテーマパークは全国至る所無数にある。これから、多くの地方は補助金が削減され、財政的には大変な時代を向かえる。どこも観光産業化と地場企業の活性がテーマとなっている。前号で、私は「削ぎ落とし、引き算をし、空けてみて、それでも残るもの、それは本質であり、本物であると思う」と書いた。観光産業で言えば、旧来の名所旧跡的団体観光から、その土地ならではの歴史の堆積した固有な生活文化個人観光へと変わっていくと考えている。その観光の中心は団塊世代であり、2007年以降、一斉にその旅が始まる。そして、地方のごく日常の商品から土産物を入り口にヒット商品が生まれてくるであろう。なぜなら、地方にとっての「日常」は都市生活者にとって未知の「新しさ」であり、小さくても奥行きのある文化である。但し、前号の最後に書いたように「道草」に耐えられるだけの、「感じ」とることができる「何か」を持っている商品ということになる。夕張市のような「箱もの」施設ではなく、その土地その土地ならではの固有な生活文化、日常の中にヒット商品が生まれる。潮目が変わったのだ。(続く)

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2006年7月 2日 (日)

感の時代

ヒット商品応援団日記No77(毎週2回更新)  2006.7.2.

やはり「えんぴつで奥の細道」(ポプラ社)が週間ベストセラーNO1に躍り出た。(トーハン6月27日調べ)芭蕉の名文をお手本の上からなぞり書きするいわゆる教本である。全てPCまかせでスピードを競うデジタル世界ではほとんど書くという行為はない。ましてや、鉛筆など持つことがない日常である。たまに、申請書類など直筆で書く時、こんなに書くことが下手になってしまったのかと思うことが多々ある。ある意味で、便利さから一度はなれて、自分と向き合う入り口になっているのだと思う。「えんぴつで奥の細道」の書を担当された大迫閑歩さんは”紀行文を読む行為が闊歩することだとしたら、書くとは路傍の花を見ながら道草を食うようなもの”と話されている。けだし名言で、今までは道草など排除してビジネス、いや人生を歩んできたと思う。このベストセラーに対し、スローライフ、アナログ時代、大人の時代、文化の時代、といったキーワードでくくる人が多いと思う。それはそれで正解だと思うが、私は直筆を通した想像という感性の取り戻しの入り口のように思える。全てが瞬時に答えが得られてしまう時代、全てがスイッチ一つで行われる時代、1ヶ月前に起きた事件などはまるで数年前のように思えてしまう過剰な情報消費時代、そこには「想像」を働かせる余地などない。「道草」などしている余裕などありはしない。そうした時代にあって失ったものは何か、それは人間が本来もっている想像力である。自然を感じ取る力、野生とでもいうべき生命力、ある意味では危険などを予知する能力、人とのふれあいから生まれる情感、こうした五感力とでもいうような感性によって想像的世界が生まれてくる。既に3月にこのブログで「野生の思考」で私の考えの一端を述べているので是非参考にしていただきたい。(http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2006/03/index.html)
ところで江戸時代、俳句は最も贅沢な遊びであった。有限である人生そのものを俳句という道草をする訳であるから、これ以上の贅沢はない。私は俳句の専門家ではないのでその美的感性世界を読み解くことはできないが、マーケティングとして少し読み解いてみたいと思う。和食、和のインテリアや古民家、浴衣に代表されるファッション、漢字、般若心経、・・・・洋のライフスタイルからの反転、揺れ戻しによる、いわゆる和ブームの時代に入っているが、日本の精神世界その根底にあるのが、削ぎ落とし、「引き算の美学」である。「なにもなにも、ちいさきものはみなうつくし」と言ったのは清少納言であるが、引く、空ける、削ることによって生まれる美学である。俳句でいえば、言外、行間、間に美を感じとる世界である。空間でいえば、茶室のように空白、余白、ミニマムに美を感じ取る。そうした日本古来の美学に対し、反逆した世界も出てくる。その代表例が歌舞伎であり、戦国武将の婆娑羅的衣装であろう。さて、こうした「引き算の美学」は、わびさび、あはれ、いき、といったキーワードへとつながっている。「わびさび」はよく使われる言葉であるが、「侘しい、寂しい」といった物足らない様のことであり、「あはれ」とは自然や人へのしみじみとした情感・交感であり、「いき」とは、意気地、洗練としての我慢の意味、それで良しとする一種のあきらめを含んだ色気、こうした精緻な美意識こそ日本の美である。
こうした世界を今風にいうと「シンプル&ナチュラル」というのであろうが、そうした程度の表現では追いつけない奥行きのある世界である。「伝え方」も当然変わらなければならない。全てが過剰であった時代から、物語も削ぎ落とされなければならない。多くを言う時代から、たった一言、たった一幕、たった一つのアクション、によって顧客が動く時代へと向かう。その「たった一言」に感じる時代へと向かっているということである。別な視点からいうと、削ぎ落とし、引き算をし、空けてみて、それでも残るもの、それは本質であり、本物であると思う。今、言われている「質」の時代とはそうした削ぎ落とされた商品であり、流通であると思う。一度、これでもかと引き算をしてみてはいかがであろうか。対象とする市場を狭めてみる、品揃え商品を絞り込んでみる、売り場を半分にしてみる、販売スタッフを少なくしてみる、一個売りをクオーターカットしてみる、量り売りをしてみる、・・・・・そこに「何が」見えるかである。リストラをしてみるということではない。引き算をし、削ぎ落としてもなお残るもの、それがあなたのお店・商品を代表する「何か」である。顧客から見れば”いろいろあるけど、あそこはこれよね”とする「代表性」である。そして、それは「道草」に耐えられるだけの、「感じ」とることができる「何か」をもっているか否かである。そして、その「代表性」をたった一言で表現してみることだ。(続く)

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2006年6月28日 (水)

未来の壁 

ヒット商品応援団日記No76(毎週2回更新)  2006.6.28.

ここ1〜2年、全ての産業がサービス化されるに従って、「人」へのモチベーションアップの手法や仕組みが盛んに議論されてきた。つきつめていけば、違いという付加価値を最終的に産み出すのは「人」であると気づいたからである。それが、生産現場であれ、研究所であれ、勿論流通現場であれ、鉱物資源など持たない日本にあって唯一生産性と共に固有性という何事かを産み出すものこそ「人」であるということに行き着いた訳である。こうした人の成長を経営の中心においた企業の一つにダスキンがある。祈りの経営というユニークなポリシーをもつ企業であるが、その経営理念は人の本質をついた世界となっている。

「一日一日と今日こそは
あなたの人生が(私の人生が)
新しく生まれ変わるチャンスです
自分に対しては
損と得とあらば損の道をゆくこと
他人に対しては
喜びのタネまきをすること
我も他も(わたしもあなたも)
物心共に豊かになり(物も心も豊かになり)
生きがいのある世の中にすること 合掌 」(ダスキン祈りの経営理念)

さて、皆さんはこの経営理念をどう読み解かれるだろうか?ダスキン関係者であればその理念を自分の体験を交えながら話をすることだろう。私なら今風に置き換えると、養老孟司さんの「バカの壁」ではないが、自分の勝手な思い込みで決めつけていた「自分」を解き放ちなさいと。朝、目がさめたら新しい真っ白な紙にどのようにでも描けますよ、生まれ変われるチャンスですよ、と変われる自分であることを経営理念としてもっていると解釈している。毎朝、この経営理念を声を出し全員で確認し合っている会社である。40数年前に創業した当時のベンチャー企業であればこそ、こうした自ら変化を受け入れ変わることに躊躇しないエネルギーとアグレッシブさが必要であったのだと思う。しかし、40数年前も今も「変化」に対する受容に変わりはない。逆に、パラダイムの変革台風の中心に入っている現在こそ必要な経営であると思う。未来は茫洋とした先にあるのではない。今、変化し続けることの中にしかない。
今、個人化が進行し、ビジネスにおいても個人力の総和がビジネスの基礎となりつつある。米国では三千数百万人のフリーエイジェントが活動していると言われている。一昔前、”数パーセントの優秀な人間さえいれば会社は成長する”と言われてきた。実際、そうした数パーセントの人間によって伸びてきた事実もあった。しかし、今日そんな悠長な時代ではない。一人一人が戦力となって競争しており、社内の垣根を超えたプロジェクトやアライアンスといったビジネスが日常化している。個人+個人という足し算ではなく、個人×個人という自乗倍の世界へと変化するのが人のもつ潜在資源力である。そして、ビジネスは継続であり、個人ではその発想力やアイディアに限界があり、チームという考え・単位が必要になっていると思う。いわゆるチームによる「協業」である。映画やオーケストラ、あるいは農業における協業にも例えられるが、それぞれが専門分野という役割を果たしながら、相互に刺激し合い高め磨き上げる仕事術である。こうしたチーム経営、プロジェクト、アライアンスに重要なことは、先ずは明快な目標・目的をもつことである。
ところで話をダスキンの経営理念に戻すが、「損と得とあらば損の道をゆくこと」とあるが、どういうことであろうか?今から30年ほど前、ダスキンは化学ぞうきんというヒット商品によって、本部&加盟店というチーム経営が順調に回り始めたその時に、「損の道」を戦略的に採択したのである。次なる「変化」として、愛の店事業という「損の道」を創業者鈴木清一が提唱したのである。“ダスキンは、これからが本番。どのような損の仕方をして経営を広げていくか“私流に言えば、損という「未来投資」をどのようにしていくのか、という次なる経営目標・目的を明確にしたと理解している。そして、この事業によって、周知のダスキングループの経営の基礎ができたのである。ここから学ぶことは、個人の成長こそビジネス成長の第一歩との認識と共に、チームには常に「未来」という変化を取り入れ、更に「生まれ変わる」ことができるとする強い経営への意志だと思う。ところで、多くの人がワールドカップでの日本チームの戦いを見たと思う。変化=未来を取り入れ続けるとは、中田英寿のいう「90分走り続けること」であり、「ボールを奪い勝つこと」である。ある意味で「損の道」、捨て身で闘った中田と言えると思う。ブラジル戦終了後、ピッチに一人仰向けに寝て涙していた中田の姿に、個人の成長とチーム経営という難しさを重ねて見てしまったのだが、皆さんはどう感じられたであろうか。中田英寿はどんな次なる未来を描くのか見守りたいと思う。(続く)

追記 ちなみにブラジル戦前日、中田は公式サイトに次のようなメッセージを寄せている。
・・・・・・・・・・・・
“全力でブラジルを倒しに行く”
これが俺がやるべき事であり、やれる事。
もちろん、これまでの2試合も、全力で相手を倒しにいったけれども、今度のブラジル戦は最低でも“2点差以上”で勝たなければならず、得点を取られないようにするという問題以前に、得点を取らないとどうしようもない。1-0で勝つような試合ではなく、もしかしたら3-4で負けてしまうかもしれない、そんな試合をしたいと思う。
ともかく、守らなければならないものは唯一
“誇り”
これまでの自分の人生の為に、これまでの自分に関わってきてくれた全ての人の為に、そして最後の最後まで、自分を信じ続けてくれているみんなの為に、すべてを尽くして戦ってきたいと思う!! この試合が最後にならないことを信じ続けて……。ひで (http://nakata.net/jp/hidesmail/hml277.htm)


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2006年6月25日 (日)

人力経営 

ヒット商品応援団日記No75(毎週2回更新)  2006.6.25.

ここ1年程の間に相次ぐ経済事件が起きた。一連の耐震偽装事件、東横インの条例違反、ライブドア事件、村上ファンド事件、最近では社保庁による情報改ざん、シンドラーエレベーター事件もそうだと思うが、全ての事件に通底しているのが「経済合理性の追求」である。1990年代半ば、IT技術を活用した革新的なマーチャンダイジングやマーケティングによって、市場を一変させた企業、ブランドが相次いだ。例えば、ユニクロ、楽天市場、・・・・・・それぞれの企業が果たした役割は知っての通りである。そして、今遅れていた業界、市場において2000年前後の規制緩和を一つの契機としてこうした経済事犯が起きてきた。経済合理性の追求はどの企業においても当たり前のことであり、利益の最大化のためにこれからも必要な視座である。しかし、一見非経済的に見える戦略を採り高収益を上げている企業も実は多い。マスコミにとって、話題にならないテーマであり、取り上げることはまれである。彼らも、視聴率や販売部数という目標を持っているからと思う。結果、類似したテーマ、類似した事件、類似した人に集中し、ユニークな経営をしている企業が表舞台へと出てくることは少ない。
一見非合理的に見えるが、実は理にかなった企業に未来工業という会社がある。岐阜にある電設資材メーカーで製品点数は約16,000点と極端に多く、売れない製品を作りつづけている。そこにはアイディア溢れる「小さな違い」の製品をどこよりも先行して作る現場経営の仕組みがある。この発想は、非常識経営と言われているホームセンターのジョイフル本田と同じである。「死に筋」だからこそ扱うとして、ねじ、釘、ビス類をバラ売りし、「ジョイフル本田になくてどこにあるんだ」と言われるまでになったケースと同じである。売れ筋を追いかけると店はどんどんつまらないものになってしまうと言って、売るものは「夢」ですというジョイフル本田と「楽して儲けよう」というアイディア溢れる小さな違いを創造する未来工業は、共に一般的な経済合理主義を超えている。
経済合理性を別の言葉に置き換えると、コストパフォーマンス、システム化、それらを貫くIT技術といった方法が盛んに言われ取り入れられてきた。しかし、同時にIT依存には限界があると認識を改めはじめている。一時期、より顧客に近いところのビジネス、中抜きビジネスとして通販が脚光を浴び、誰もが参入した。周知の通り、分厚い総合カタログはほとんど存在していないか、専門カタログとして再編されている。しかし、通販カタログで今なお元気なのがカタログハウスの「通販生活」である。勿論、コンセプトは明確であり、特定顧客を対象としたビジネスであるが、この通販生活の最大特徴は実は顧客接点である「お便りありがとう室」にある。顔が互いに見えないビジネスであることから、見えるように見えるようにと、いただいたお便りには必ず「手書きの返事」でお応えしている。こんな「アナログ的」運営を行っているのが通販生活である。未来工業もジョイフル本田も、通販生活にも共通して経営のコアとなっているのが「人力」である。しかも、顧客接点現場での経営、ある意味で「人力経営」、人の成長が経営を支えているとする企業文化と言えよう。どんなに、顧客データベースがあろうと、効率よいシステムが組まれようとも、コストパフォーマンスの良い地域で生産しようとも、常に経営の中心には「人」を置いているという単純な事実である。このことを忘れた時、経済事件が生まれる。(続く)

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2006年6月21日 (水)

うわさの法則 

ヒット商品応援団日記No74(毎週2回更新)  2006.6.21.

ダン・ブラウンのベストセラー小説の映画化である「ダ・ヴィンチ・コード」がヒットしている。6月6日には800万人を動員し、1000万人を軽く超えるといわれている。様々な暗号解読をビジュアルでうまく表現した点は、古くは「ビックリマンチョコ」とある意味では同じである。また、1990年代初頭の謎本「磯野家の謎」もそうであった。物語消費の過剰さは、一方で「謎解き」消費の過剰さへと向かっている。最近のマスメディアのテレビ報道までもがそうした方向に進んでいる。元来、いち早く正確な事実報道を主眼とするニュースはワイドショー化を超えて、謎解きに終始しはじめている。今回の秋田小1児童殺害事件も、鈴香容疑者のこころの謎解き報道となっていることは誰もが感じていることと思う。ゲストには犯罪心理学者や元警察鑑識、あるいは脳科学の専門家までが出演し、専門意見を述べる。視聴者は、時に警察官になり、被害者の母親になったり、場合によっては裁判官にもなる。常に、表現されるのは「こころの闇に迫る」といった、不可解さに対する投げかけである。視聴者、受け手にあるのは、「曖昧さ」に対する言葉にならない「不安」と「怖さ」であると思う。例えば、少年犯罪のデータを見てもわかるが、ここ10年間の刑法犯の推移は若干上昇気味ではあるが、戦後60年の推移と比べたら極めて少ない社会となっている。しかし、多くの人は「社会に少年犯罪が蔓延」していると思っている。これは情報化社会の特質で、「不可解=曖昧な情報」への過剰反応の連鎖が起きているのだ。
こうした過剰反応の連鎖については、「うわさとパニック」など既に多くのケーススタディ、社会心理における研究がなされている。ここでは、その原点ともいうべき「うわさの法則」(オルポート&ポストマン)を簡単に説明してみたい。

R=うわさの流布(rumor), I=情報の重要さ(importance), A=情報の曖昧さ(ambiguity)
< うわさの法則:R∝(比例) I×A >  
つまり、話の「重要さ」と「曖昧さ」が大きければ大きいほど「うわさ」になりやすい、という法則である。但し、重要さと曖昧さのどちらか1つが0であればうわさはかけ算となり0となる。例えば、1997年神戸で起きた「酒鬼薔薇事件」では次のような法則が成り立つ。
・重要さ:人命にかかわる   ・曖昧さ:犯人は誰かわからない  ・うわさ:次は誰が狙われるかも?
当時、「犯人は中年男性かも」といった「うわさ」が流布されたことを思い出すことと思う。私は敢てこうした事件を取り上げたのも、今流行の「口コミマーケティング」もこうした法則を踏まえて実施されている。ある意味で、「曖昧さ」に人は耐えることがことができないという「心理」をついたマーケティングである。視点を変えれば、心理市場の側面をもつ株式市場などはものの見事に当てはまる。「風説の流布」が極めて重大な犯罪となるのはこうした背景からである。私自身、30数年マーケティングを実践してきており、こうした法則は勿論頭に入っているが、「うわさの流布」を意図的にやったことはない。逆に、「うわさ」の対極にあるのが「実体験・リアリティ」であり、曖昧さの解決=「実体験」が連鎖していく方法こそ「口コミマーケティング」であると考えている。今、「曖昧さ」に対する不安は4つに分けることができる。
1、健康に対する不安:癌といった病気から身じかな不眠といった不安。更には、「食」への不安。
2、経済に対する不安:世代によっても変わるが、社会保障から勤務先企業の経営や仕事への不安。
3、社会に対する不安:主に、凶悪犯罪からオレオレ詐欺などへの不安。
4、人災に対する不安:住まい、エレベーター、電車など生活インフラに対する漠然とした不安。
今、「曖昧さ」の極にあるのが未知なる「こころ」である。しかし、最近の脳科学ではかなりのことが分かってきている。人間の脳の発達は、人と人、人と機械の間では大きな開きがあることが分かってきた。つまり、脳は五感で培われ、都市という五感を感じることの少ない環境では、いわゆる「キレル子供」が多い。既に25年間、「じゃれつき遊び」という情動のおもむくままに遊ばせこころを抑制する訓練を行っている幼稚園に注目が集まっている。都市化によって失ってしまった、いわゆる「五感を取り戻す」一つの動きである。情緒障害を起こしている子供だけでなく、ごく普通の子供ですら山村留学をはじめ自然を感じ取れる環境づくりが必要となっている。情報の表層をなぞるような「うわさ」の時代にあって、こうした「謎解き」こそ必要であると思っている。(続く)

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2006年6月18日 (日)

キラーコンテンツ 

ヒット商品応援団日記No73(毎週2回更新)  2006.6.18.

キラーコンテンツという言葉は一時期流行ったので記憶に残っていると思う。ある商品やサービスを普及させるきっかけとなるコンテンツ(情報やサービス)のことをキラーコンテンツと呼んでいる。あまり良い例ではないが、家庭用のビデオ普及のキラーコンテンツにはアダルトビデオがそうであった。最近では、コンテンツを更に明確化しようと「キラーアプリケーション」「キラーソフト」など細分化されてきている。しかし、言葉の意味合いを少し範囲を広げれば、今回のワールドカップが薄型テレビの拡販に大きく働いていることもキラーコンテンツと呼んでもかまわないと思う。つまり、小売業的に言うと、全てのフロア・売り場が平均的に売れている訳ではない。そこには、キラーコンテンツに近い、ブランドや商品、時にはイベント・催事などを組み合わせ編集している。もっと平易に言えば、「強い目的買い」と「ついで買い」といっても、それほど間違いではない。いづれにせよ、強く引きつける情報&サービスのことであり、誰もがこのキラーコンテンツを探している。ある一つの物語、ある一つのプログラム、ある一つの使用方法、概念を広げればたった一店、たった一人、たった何かによって、市場が異なるフェーズ(相)へと移行してしまうコンテンツである。
どこにでもある金太郎あめのようなテナントの入った商業施設であった渋谷109が、どこにもない固有なティーンのファッションビルへと変貌していく点となったのは、やはり「エゴイスト」であろう。大人になるための儀式衣装として「セクシー系」のアイテムが並び、入学を望むティーンは渋谷に集まったのである。そこには祭司をつかさどるカリスマ店長がおり、儀式を終えた生徒は商品というお土産を買い儀礼を終えるのである。ネーミングにあるように、「私」を超えた「エゴ」のスタイルというコンセプトは、他との小さな違いではなく、全く違う世界を提示している。そこから、ガングロ・山姥という婆娑羅ファッションが生まれたのである。
さて、今やインポートブランドの代名詞になっているシャネルも同様だと私は思っている。ココシャネルには多くの逸話が存在している。「この服は売りに出せないわ。私のものになっていないから」「仕事は私の命をむさぼりくった。私の恋さえも」…過去の破壊者、自由に生きる恋多き女、激しい、怒り、…多くの人がそうココシャネルを評しているが、ココシャネルにとっての服とは、そうした生き方や生活、アイディア等、全てが一つのスタイルとして創られたことにある。逸話はそうしたスタイル創造の過程として必然的に出てきたものと思う。クチュール以外でも単なる臭い消しであった香水を清潔でエレガンスなものへと革新させ「No.5」「No.22」を出していくことは知っての通りである。
エゴイストがシャネルのようになれるかといったことではない。エゴイストは渋谷109を一変させ、シャネルはヨーロッパ社交界のクチュールを始め香水、アクセサリーなど「オシャレ」世界を一変させた。いささか強引ではあるが、そこには「キラーコンテンツ」の持つ市場への在り方が見て取れる。エゴイストにもシャネルが生きた時代と同様に、ティーンにとって「既成」に対する破壊、反逆、アンチ、を受け入れる背景がある。別の言葉でいうならば、多様な価値観が錯綜、衝突するパラダイムの転換期市場ということができる。違いはシャネル自身が「モードではなく、私はスタイルを創り出したのです」と語っているように、エゴイストがモードであるのに対し、シャネルは「生き方」としてのスタイルを貫き通した点にある。変化への破壊であれば、破壊し続けることが宿命となり、エゴイストはコンビニ以上の鮮度を保つためのマーチャンダイジングを必要とする。一方シャネルの場合、後継者であるカール・ラガーフェルドが言うように、「スタイルを受け継ぐのではなく、シャネルの精神を受け継ぐ」ということになる。こうした違いはあっても「既成」への強い反逆、破壊がキラーコンテンツの本質であると思う。
話は変わるが、一連のライブドア事件、村上ファンド事件を思うにつけ、私はその倫理性の欠如について断罪してきたが、一方日本の証券市場をある意味で様変わりさせた「キラーコンテンツ」のように思えて仕方が無い。ここ1〜2年規制緩和と共に、書店の棚は金融関連の書籍・雑誌で埋められ、主婦のデイトレーダーが話題になり、証券市場の20%を個人株主が占めるようになったのも、堀江・村上というコンテンツが大きく作用してきたことには間違いない。結果として、自らを「キラー」としてしまったが、一度キラーコンテンツがどのように証券&金融市場に変化を与えてきたかスタディしたいと思っている。(続く)

訃報  6月13日、ヒット商品応援団の仲間である梅原豊和氏が亡くなられた。あまり大阪に行く機会がなく、昨年12月に食事をしたのが最後であった。癌との闘病中であったが、そんなそぶりは微塵も見せずによく食べていた。大阪から離れず、大阪のデザイナーのために少しでも貢献したいと、その時語っていたが、元来商売人であった梅原氏が死期を感じていたのかもしれません。叔父さんである梅原龍三郎画伯ばりの強いタッチのデザイナーであったが、あの世でもヒットデザインを創り続けることと思います。感謝、そしてご冥福をお祈りいたします。ヒット商品応援団 飯塚敞士

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2006年6月14日 (水)

起業と子育て

ヒット商品応援団日記No72(毎週2回更新)  2006.6.14.

「会社は株主のものでしかない」という考えに対し、なぜ会社は法人企業、「法人」という人格を会社に与えているのかと根源的な問いに答えてくれたのは岩井克人さん(「会社はだれのものか」平凡社)であった。私が近しく仕事をさせていただき尊敬もした経営者のお一人であるダスキン創業者鈴木清一は、創業時”神様、この会社が社会のお役にたたないのであれば、どうぞつぶしてください”と祈って、会社をスタートさせた。和菓子の叶匠壽庵の創業者芝田清次は、和菓子だけでなく”美しく生きよ”と従業員ばかりか、初対面の私にも説いておられた経験を持っている。あるいは今も「思いの経営」を目指しているオートウエーブの広岡さんや「野の葡萄」を立ち上げた小役丸さんもそうしたお一人だと思う。創業者には、というより創業精神がバトンタッチされている企業、例えばサントリーを始め、ある一つの明確な「人格」「らしさ」を持ち続けている企業も多い。そして、創業・起業とは「未来」への強い意志であり、それは昔も今も変わらない筈である。最近は「Always三丁目の夕日」を契機に昭和30年代がテーマとなっているが、当時は企業も個人も未来を思い描けた時代であった。描ければこそ頑張れた訳である。未来とは、いつか手に入れようとするもので、実は描いた未来を消費しながら今日へと至って来た。ところが、1990年代半ばから「未来」が分からなくなってきたのだと思う。明日は何が起るかわからない、多くの企業も個人もそう思っている。つまり、手に入れたいとする「未来」が無いのだ。私が「私生活主義」を解体し、内側にある私生活から外側へと向かう「未来」を思い描く時に来ていると指摘したのもこうした背景からである。
さて、思い描く未来がない時代にあって、しかし停滞という踊り場から一歩踏み出す動きもある。「既に起っていた未来」と教えてくれたのはP、ドラッカーであるが、今それぞれの足下から「小さな」未来が始まっている。先日、鳥取米子の企業家と話をする機会があった。おそらく誰も知らない「鳥取」である。せいぜい知られているのは知事の片山さんぐらいである。全国一人口数の少ない小さな県だからこそできることがある、と信じている人達がいる。多くの地方も同様であるが、市の中心部の商店街はシャッター通りと化し、全てが停滞しているように見える。どこにでもある問題を、どこにもない知恵と方法をもって一人一人が行動し始めている。このブログで知り合った二人の主婦は、沖縄糸満のディープな公設市場に気軽に集まれる場所をつくりたいと、コミュニティカフェをスタートさせて5ヶ月になろうとしている。「バカ者」「ワカ者」「ヨソ者」がコト起しには必要であるが、まずは「バカ者」が走ればいいのだ。バカになって未来を描き続ければ、必ず追いかけてくる人はいる。点はいつしか点とつながり線となる。線は線と重なり、時には離れ、そしていつしか小さな面になる。
最近、起業し会社へと成長していくさまは、子育てに良く似ているなと思っている。今、社会問題化している幼児・児童への虐待の多くは、その背景に母親自身愛情をもって育てられてこなかった事実。こころに傷を負った母親が、まるで子を私有物のように扱うのも、愛情という未来から疎外されているためと指摘する専門家も多い。未来は両親や兄妹などの「外」、大きく言えば社会から望まれてこそ未来となる。愛情という未来を受けて生まれ、時に怒られ、愛され、けがや病気も経験し、同時に「自分一人」で生きてきた訳ではない、と思い得た時、初めて「親」になる。子供を産んだからといって、親は最初から親になれる訳ではないのだ。起業も会社運営も、未来を描きながら子から親になっていく。そこにあるのは自己愛ではなく、回りへ社会への惜しみない愛情であると思う。(続く)

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2006年6月11日 (日)

もの言う時代

ヒット商品応援団日記No71(毎週2回更新)  2006.6.11.

先日、鳥取米子に行き40分程時間をいただき、「伝え方一つ」で価値が決まる情報化社会をテーマに講演を差し上げた。その主旨は、メーカーであれ、生産者であれ、勿論小売業であれ、全ての企業は情報産業との認識を強く持たなければならないという話であった。今年1月にライブドア事件に触れ、「情報の罠」というタイトルで情報のもつ「あやうさ」について書いた。商品も人もエリアも、勿論店頭・店も情報を発信しており、全てがメディアになった時代のただ中で私達はビジネスをしている。人が耳を傾け目にするのはその情報のもつ「鮮度力」と「回数力」によってである。ある意味で情報の「鮮度継続競争」をしている訳である。コンビニでは約3000点ある商品の内、70%が1年で入れ替わり、約3000程発刊されている雑誌の内、約1/3程が創刊し1年以内に廃刊される。ある商業施設では1年間で10数%のテナントを入れ替え、常に鮮度を保つ仕組みを導入している。情報化社会とはニュース化社会であり、膨大な情報の波の中で「もの言う」時代となっている。
ところで、「もの言う株主」こと村上ファンドの村上氏が逮捕された。私は金融のプロではないので、その法的な判断は差し控えたいと思うが、彼が自ら「メディア」と化し「もの言う株主」として舞台に立ち、発言してきたことの意味について考えを書いてみたい。ライブドア事件が起きた時、私はこのブログで次のように書いた。
”「情報」の本質はあらゆる「壁」を超えて変化を与える、ということに極まると思う。国境、人種、性別、年齢、勿論企業間という壁もである。そして、情報はIT技術の進化により驚異的なスピードをもって個人を直撃する、そうした社会のただ中に私達はいる。耐震偽装事件、ライブドア事件に共通していることは、この「情報操作」によるものと私は考えている。そして、問題は情報にあるのではなく、情報の本質を踏まえた情報発信者のモラルと情報操作を許さない仕組みにある。”(No38/情報の罠)
情報操作とは、偽計、風説、偽装、粉飾、虚偽、誇大、といったことになる。そして、何よりも大切なことは情報発信者のモラルである。株式市場を始め全てのビジネスは「公」の秩序のもとに行われ、良く言われるようなグレーゾーン、脱法的世界は常にあり、自らを戒めるモラルによって「公」が保たれるのだ。モラル、倫理性こそ企業経営の最大資源であると言ったのは「会社はだれのものか」を書かれた岩井克人さんであるが、モラル、倫理は極めて現実問題として私達の判断に迫ってくるものである。先日、以前仕事をした仲間で今は大手のファンド運用会社に勤める女性と食事をしたが、「数字が桁違いに大きく、現実感がない」とその苦労を話していた。彼女の「現実感」こそ重要で、村上氏、堀江氏の発言には「ゲーム感」はあっても「現実感」はない。私のいう舞台、劇場とは現実のお店であり、店頭であり、エリアであり、人である。シューティングゲームで狩りをして遊ぶ画面の中の舞台ではない。しかし、その虚と実との差は極めて小さく、情報のもつ「あやうさ」を常に認識し持ち続けなければならない。今回の一連の舞台は、やはりニッポン放送の株取得から始まったのだが、既にそれ以前から舞台は幕を開けていた。メディア舞台という視点に立てば、作・演出村上世彰、主演ホリエモン、ストーリーとしては「旧パラダイムに抗し闘う若者・チャレンジャー」といった図式となる。逮捕直前の記者会見で”聞いちゃったんだから仕方がない”という発言はまさに「ゲーム」でしかない。ゲームであるから、「だまし」「だまされる」ことも当然ある。そして、「シューティングゲームをして何が悪いんですか」と本人は本気で思っていると思う。ルール、つまり情報操作を許さない仕組み、日本版SECについての論議が盛んであるが、今一度資本主義・会社の中心に倫理性を置いた社会制度という考えから出発すべきと思う。私が尊敬するダスキン創業者鈴木清一は次のような言葉を遺し、今なお多くの場所にその自筆の言葉が飾られていると聞いている。(続く)

「今、天地のくだける音がする。目を覚ませ! 良く聞け!」

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2006年6月 7日 (水)

人生コンセプトへ

ヒット商品応援団日記No70(毎週2回更新)  2006.6.7.

過去このブログで団塊世代のこれからの動きについて数多く書き留めてきた。この世代の特徴は1)保守的で金銭感覚としてはケチ2)平和主義者で争いごとを好まない3)自然が好き4)友達夫婦・友達親子5)雰囲気・スタイル重視といったところで多くの調査も大体こうした結論のようである。この世代に支給される35兆円とも50兆円とも言われる退職金の行方を多くの企業は当然の如く考えている。ここではそうした消費や貯蓄にも結果としてつながることになるもう一つの市場、というよりもう一つの視座を考えてみたい。人生60年という節目を人は第二の人生のスタートと言うが、その節目は次の人生が「限られたもの」であることを強く認識させるものである。その限られたという意味には、まず限られた時間(残された生命ある時間)、限られた身体機能(健康&機能の低下)、限られた情報処理能力(スピード)、限られた家族・友人(子達の独立や友人の逝去など)、限られた経済(預貯金や不動産等)・・・・大きなところではこうした「限定」を意識して、旅を始め多くの消費や貯蓄を考えていくことになる。この「限定」意識とは、ある意味ではモノ充足という「物的欲望」を卒業し、「こころの学校」に入学することでもある。
さて、「こころ」はどこへ向かっていくのであろうか?既にその兆候は出始めており、私の仮説では「個」と「社会」「地球」という2つの広がりの中で「こころ」を充実させていくことになると思っている。「個」に向かう根底には大仰に言えば「人生観」があり、「社会」に向かう根底には「社会観・倫理観」がある。理屈っぽくいうと、こうした2つの価値観が重なるたった一人の「死生観」を目指すのであるが、整理のために敢て分けてみた。まず「個」へと向かう世界であるが、やはり「やり残したこと」あるいは「更に深めたい」とする世界が広がる。若い頃、やりたくても経済的にも時間的にも出来なかったことへのチャレンジである。趣味からコレクターへ、テーマは様々多岐にわたる。昭和30年代ではないが、多感な少年時代に憧れていた世界、例えば蒸気機関車を始めとした鉄道の模型集めは、いつしか大きなリビングは列車が走り回るジオラマに占拠されることとなる。子供の頃買おうと思っても経済的に買えなかった世界を取り戻すコレクターになっていく。そうした趣味の世界の中でも「ビートルズ世代」と呼ばれた団塊世代は、無数の「オヤジバンド」を出現させることになる。青春フィードバックである。ヴィンテージもののギターやアンプ、あるいはステージ衣装にもこりまくるだろう。まだ、エレキバンドの全国大会は生まれていないが、ここ数年でそうした舞台が用意されてくる。そして、全国至る所にあるコンベンションビューローは学術発表の場から「オヤジバンド」の予選会場へと変わっていくこととなる。勿論、こうした「やり残した世界」には様々な「起業」も含まれる。そば打ちが高じて手打ち蕎麦屋を開業したり、子供の頃夢見た漁師への道を歩んだり、オムライス店を開いたりする「小さな」起業、「人生」起業が無数に生まれてくる。
こうした「個」へと向かう志向と共に「社会」「地球」へと向かう世界は大きく広がることとなる。周知のボランティアやNPOへの参加である。少し前の「ソトコト」にもNPOの特集が組まれていたので、ここでは割愛するが、自ら社会に貢献したいとする「こころ」の世界である。「夜回り先生」こと水谷修さんのような活動はできないにせよ、「足ながおじさん」のような水面下での活動は増えてくると思う。そうした「こころ」充足を企業経営という視座で見ていくことが重要となる。一時期、「企業市民」という考えがあり、ボランティア休暇といった制度も用意された。しかし、ここ10年右肩下がりの時代にあって死語になってしまった感がある。パラダイムが激変する中、忘れ去られてしまった社会貢献は、企業人としての「志」「生き様」「哲学」という言葉として、再び経営者に企業に突きつけられてくるのだ。ジョージ・ソロスのように「投機」による利益を最大化させ、一方では得た利益を慈善事業に援助するといった、ビジネスと生き方とを分ける考え方には、日本人、特に団塊世代の人間にはなじめないと思う。江戸時代の大商人は「利益にしたがって社会還元」することがごく当たり前で、町役人と呼ばれ道路補修や防災、場合によっては捨て子や迷い子の養育まで支出していたと言われている。そして、町民から「尊敬」されることが、唯一のお返しであった訳だ。これからは儲かっているだけの企業から、儲けながら儲けを社会へ還元し続ける企業、いわゆる尊敬される企業に評価が集まっていくと思う。世にある無数の製品を選ぶ物差しの一番目に「尊敬する企業」というキーワードが来る時代となる。つまり、「志コンセプト」「生き様コンセプト」といった人生コンセプトがブランドのコアとなる時代が到来する。(続く)

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2006年6月 4日 (日)

ヒットの臨界点

ヒット商品応援団日記No69(毎週2回更新)  2006.6.4.

臨界点とはそもそも物理学用語であったが、私が知る限り異なる世界に使われるようになったのはサブカルチャーの人達が「オタク」の臨界点とか「美少女ゲーム」の臨界点のような使い方をしていたと記憶している。つまり、従来脱社会的な存在で海面下にあったオタクが、突如として海面上、社会の表舞台へと出てくるようになった、その飽和点、異なるフェーズ(相)へと進んでしまうその一点を臨界点と名付けたと思う。約1ヶ月程前に「アキバ系」について触れ、”どこに行ったのオタクさん”と書いたが、真性オタク、元祖オタクとは異なる「観光オタク」が今アキバに集まっている状況こそ、臨界点に達したと考えている。
今回、この臨界点というテーマを書こうと思ったのは、サブカルチャーにおける臨界点ではなく、多くのヒット商品・ヒット業態が抱えるテーマ、順調に伸びていく商品がある時突如として売り上げがぴたっと止まり後退していく現象、臨界点現象についてである。特に、情報消費商品であるファッションや食などは成長へのスピードが早いと同時に後退もまた急激に起る。私達誰もが経験してきた代表例はなんといってもユニクロだと思う。SPAという、しかも中国生産という画期的な仕組みで登場し、顧客の圧倒的な支持を得て急成長し、ある時パタッと止まったことは記憶に新しい。その時顧客にとってユニクロのフリースを着ることは誰もが着ていて「恥ずかしい」ものになっていたのである。ユニクロにとっては工業製品であるフリースは、顧客にとってはファッションであったのである。売れたのは、品質の高い安価な工業製品ではなく、ユニセックスファッションとしてのフリースが売れたのである。誰もが同じフリースを着ていることに気恥ずかしさを感じた時が臨界点であった。その後青山にデザイン研究所をつくり、ジーンズなどに生かしてきたのもこうした背景からだと思う。つまり、臨界点を超えた最大理由は、顧客は「違い」を求めるフェーズへと向かっていたということである。そうした状況を指して、個性時代と呼んできた訳である。ユニクロと同じように、セレクトショップの旗頭であるビームスもマス市場化を前にして出店をストップさせ市場を限定したことも「違い」を残す方法の一つであった。
市場が臨界点に達することはファッションばかりでなく、食の分野でも同様である。特定のフードチェーンビジネスについてはコメントしないが、マス生産された工業製品としての食から手作り感のある「違い」のある食へと変化してきている。中華の紅虎餃子からスタートした際コーポレーションは今や京料理の豆寅まで数多くのブランドショップを有している。例えば、1業態で100店舗100億というビジネスではなく、10業態10店舗100億という飲食ビジネスへと変化させてきている。こうした動きも全て臨界点を意識した経営である。アパレルファッションではワールドが代表企業であろう。
メーカーであれ、専門店であれ、ビジネスは「継続」である。継続できるか否かが最大の経営判断の時代を迎えている。「違い」を求める顧客市場にあって継続利用を促すものは何か、ということである。1つは、全てを「小」単位に限定し、その特定市場の中だけでビジネスをしていく考え方である。成長という視点に立てば、ワールドや際コーポレーションのように「小」単位を複数組み合わせていく経営と言える。もう一つは、ブランディングである。顧客の利用継続という期待値、未来期待値をどれだけ創造できるかである。ブランドという固有な物語を創れるかが経営の最大課題となる。今、日本茶飲料市場において熾烈な競争が行われている。周知のサントリーVSキリンVS伊藤園という三つ巴の戦いである。このブログでも取り上げた伊右衛門は物語創造というブランド戦略によって、従来の日本茶飲料市場とは別個に新たな市場創造を果たした。結果として、市場それ自体を大きくした点について特筆すべきことだと私は書いた。一方のキリンも伊藤園も広告CMを見ても分かるように「日本茶葉」「鮮度」というモノよりのコンセプトというポジションをとっている。私は、サントリーが打つであろう次の一手に注目している。それは伊右衛門物語をどう発展させブランドにまで高めていくかである。ウーロン茶のトップブランドであるサントリーが黒烏龍茶を出したことは花王のヘルシアを意識した「次の一手」であるが、「