東日本大震災

2012年2月 3日 (金)

スマートライフという新価値時代へ

ヒット商品応援団日記No524(毎週更新)   2012.2.3.

スマートライフのスマートとは従来の価値観とは全く異なる新しい価値をもたらす、そんな賢明な価値世界であると理解して欲しい。その新価値を先行し代表する商品がスマートフォンであるが、既に携帯電話市場の半数を超えてしまっている。携帯電話機能はあるが、携帯電話にあらず、インターネットに接続しPCが行なう世界がコンパクトに手軽に提供される全く新しい価値商品である。
実はこうした新しい合理的商品がスマートフォン以外にも続々と商品化が進んでいる。
例えば、住宅メーカーのほとんどが賢い住宅、スマートハウスを開発・販売している。いわゆる創エネと畜エネで快適で経済的な住宅である。同じ合理的商品であれば、車の場合はHV車であり、ガソリン車ではあるがリッター30キロを走る軽自動車も加わるかもしれない。
スマートフォンの開発者である亡くなったアップルのスティーブジョブズが思い描いたように、人の手に馴染みあったらいいなと思い至り得るヒューマンな新しい価値概念である。この概念、考え方を敷衍したライフスタイルのことを私はスマートライフと呼んでみた。

このスマートライフについては既に3年程前に「個人サイズの合理主義」というタイトルでその賢い「合理性」に着目しブログにも次のように書いている。
『個人サイズの合理主義は平成世代ばかりでなく、他の世代、他のエリア(都市と地方)においても浸透していくと考えている。「何が合理であるか」が、あらゆる消費の最大キーワードになってくる。昨年のヒット商品の一つであるパナソニックの電球型蛍光灯のように価格は高いが長持ちし電気代も節約できて結果として安く済む、といった費用対効果を物差しとした合理主義もある。1年前から生活者の消費キーワードとなっている「わけあり消費」も、その「わけ」が合理的判断の物差しとなっている。数年前から始まっている単位革命、例えば大家族の場合は業務用食品ショップで大量に買うことが合理主義となり、単身者やDINKSのような場合は小単位、食べ切りサイズが合理主義となる。1980年代から始まった個性化の時代、好き嫌いが消費の第一義であった時代を終え、価格認識に基づく個人サイズの合理主義の時代に入った。』
こうした新しい合理的価値によって生活再編集が始まったということだ。

そして、こうした一種の生活見直しが行なわれている真っ最中に、あの3.11東日本大震災を経験したのである。どんなライフスタイルへと変化を促したか、その第一は自己防衛市場として現出している。ブログにも書いたが、その合理的な自己防衛策として、地震などによって家を無くした場合を想定しアウトドア派ファミリーに売れ始めたのが避難住居にもなるキャンピングカーである。こうした大きな買物だけでなく、若い女性の足下ファッションも大きく変わった。多くの帰宅困難者が駅に幹線道路に溢れた経験からであろう、細いヒールの靴から長時間歩いても大丈夫な靴へと変化した。更には節電自己防衛策として冷感衣料を始め多くの自己防衛対策グッズが売れたのは周知の通りである。こうした変化は、首都圏には4年以内に70%の確率でM7クラスの直下型地震発生が想定されると東大地震研究所から発表もあり、今後のライフスタイル変化を更に促すと考えられる。

今後商品やサービスが選ばれる第一の理由として、「新しい合理性」が問われてゆく。その合理性の中心には創エネと省エネ、省マネーが置かれ、結果コストパフォーマンスが良いかどうかが競争軸となる。この「新しい合理性」という賢明さ、知恵ある工夫は、例えばLED電球のような新技術によるものが多いが、現在は忘れ去られてしまった「おばあさんの知恵」ではないが、古くから伝承されてきた方法論や商品にも焦点が当てられてくる。
以前、そうした合理的商品の一つとして、炊く、煮る、焼く、蒸す、万能調理道具土鍋に着目したが、高額商品である圧力鍋の代わりとして、普通の鍋を保温袋でくるむだけで十分代用することができる方法もある。こうした昔からの知恵を今様に復活させることもスマート商品となる。道具以外でも日本が誇る発酵技術による食品、健康食品は世界の調味料として醤油があるが、最近ブームとなっている塩麹などもヨーグルトやチーズと同じように世界に向かうスマート食品に育つかもしれない。

こうした消費の在り方を見ていくと、右肩下がりの時代、失われた20年と言われてきたが、実は成熟した消費社会であることがわかる。1980年代後半のバブル時代を経て、1990年初頭のバブル崩壊以降グローバル経済の荒波に洗われ大きく産業構造が変わる。更に2000年代に入り小さなITバブル、規制緩和による不動産バブルの生起と破綻を経験し、リーマンショックという世界の金融経済破綻まで経験してきた。消費もこうした変化を映し出してきた訳だ。
そして、今も大変化の途上にあるが、変化の波にもまれながらも新しい価値観による消費を実感し始めてきたように思える。但し、国会での議論をまたなければならないが、多くの生活者は数年先には消費増税が行なわれることを既に想定している。現政権の増税案が実施されるかどうかわからないが、10%の税率へと2回に分けて段階的に行なわれるとすれば一定の駆け込み需要はあるものの買い控えといった消費にはなりにくい。つまり、情報化社会にいる私たちは既に心理的には「増税」は始まっていて、買い控えではなく、いわば賢明な「計画消費」へと向かっているということである。別な表現をするとすれば「自己防衛計画」と言ってもかまわない。そして、実はこうした消費心理がデフレを後押ししている。デフレ下での開発戦略着眼をキーワード化するならば、それは新合理という価値世界、「スマートライフ」を目指すことのなかにある。(続く)

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2012年1月16日 (月)

情報革命がもたらしたこと

ヒット商品応援団日記No523(毎週更新)   2012.1.16.

前回、あらゆるものが過剰となり価値が下落する、そんなデフレ時代に対する着眼について書いた。案の定というか、すぐさま「食べログ」へのやらせ書き込みについて報道されていた。ランキング順位を上げる為の組織立った書き込みが、39業者に及んでいたということであったが、既に5年程前にもブログが急速に浸透拡大した時も、やらせブログを組織的に行なう新会社が出来ていた。やらせとは情報の価値を意図的に上げ、あたかも抜きん出ているかの如く見せることであるが、演出とは全く異なる嘘情報づくりの一つである。少し前には、佐賀県の九電玄海原発に関するやらせメール問題があったが、膨大な情報のなかでビジネスも生活も全てを行なう時代にあって、避けて通ることができない問題である。

以前にも情報革命という言葉を使ってブログにも書いたが、インターネットの普及によってマスメディア(=オピニオンリーダー)からパーソナルメディア(=個人・大衆)へと情報発信者の主人公が劇的に転換してきたと。その顕著な現象として、政治においてはチュニジアを発端とした「アラブの春」と呼ばれた民主化運動がそうであり、消費においては「食べログ」のようなランキングサイトやレシピ投稿サイトであるクックパッドの日常利用、あるいはツイッターによるパーソナルメディアの活用といったネット情報の活用は当たり前のものとなった。
こうした新しいメディアの出現によって過去10年間で流通する情報量が530倍になったと総務省からの報告もある。勿論、インターネット上のメディアによってであり、Googleなどの検索エンジンによって膨大な情報を取捨選択することが可能になったからである。しかし、Googleは玉石混淆情報の整理や情報の真偽まで検索してくれる訳ではない。こうした膨大な情報、個人の判断を超えた情報が行き交う時代にあって生まれてきたのが、判断基準・拠り所となるものへの「やらせ情報」であり、そうしたやらせを組織だっておこなう問題である。

1990年代後半、インターネットの世界は広大な世界へと直接つながる「どこでもドアー」としてその理想が認識され、急激にあらゆる国、人種、性別、年齢、言語といった壁を超えてあらゆるところへ浸透した。こうしたIT革命の浸透は大きな良き変化をもたらしたのだが、同時に消費面においても前述のような問題を引き起こしてきた。こうした問題解決のために、行き過ぎた振り子を反対の極へと向かわせる動きが3〜4年前から始まっている。デジタルからアナログへ、仮想世界(体験)からリアル世界(体験)へ、インターネットという高速道路を下りて一般国道へ、個人から新たな共同体へ、・・・・・・つまり、ここでも「顔の見える関係」への揺れ戻し変化が見られてきた。
その顔の見える関係の象徴がFacebookやTwitterであろう。匿名という無縁空間として広がるインターネットの世界においても小さな単位へとダウンサイジングが起きているということだ。顔の見える小さな単位であれば「やらせ」はほとんど起こりえない。もし、嘘ややらせが発覚すれば、その共同体から退出させられる。

ところでIT革命のもたらした最大のものがグローバリゼーションである。市場が一つであることは、東日本大震災あるいはタイの洪水被害によってサプライチェーンがいかにグローバル化しているかがより鮮明となった。全てがつながっており、その部品一つが災害などによって供給が寸断された時、どんな事態となるか誰の目にも明らかになった。その時盛んに言われたのが、首都機能の分散を始めリスク分散、小単位化であった。
こうした多極分散の傾向はビジネス以外にも何か世界中を覆っているような感がしてならない。例えば、今EUの危機が更に深刻なものなった言われているが、その危機が財政の問題ではあるが、欧州統合の理念を掲げたEUの中で、右派政党が公然と移民の排斥、ユーロ離脱を訴え支持率を伸ばしていると報道されている。あるいは米国も同様であろう。数年程前から、アフガン、イラク戦争による巨大な戦費支出から財政的にも縮小せざるを得なくなり、昨年夏には米国債がデフォルト(債務不履行)寸前までいったことを想起すれば十分である。つまり、一極集中にあった米国もその力を失い、多極のなかの一国となった。意味的に言えば、ギリシャやイタリアと同じような普通の国になったということである。

国単位、あるいは大きな経済世界でITが直接・間接もたらすことを考えていくと、何が問題であるか論点がぼけてしまうが、日本の、あるいは自分のビジネスや生活を考えて行くともう少し情報革命の意味が見えてくる。こうした一種の気づきのようなものが様々なところに実は現れてきている。
その象徴例と考えられるのが、無店舗(ネット通販)と有店舗(百貨店)のクロスマーチャンダイジングで2年程前から積極的に小売り現場に出てきている。簡単に言ってしまえば、ネット上のお取り寄せヒット商品を百貨店で販売するものだが、いわば「顔の見える場」づくりと言える。こうした異なる流通の在り方をクロスさせていくのもITによるものであろう。更に身近な小売り現場では、面倒な試着もサイズやデザインコーディネーションも着せ替え人形のように瞬時に画面確認出来るIT活用も出てきている。しかし、決める為の相談は、やはり現場の専門スタッフとなる。これもデジタルとアナログのクロス活用である。事例をあげればきりがない程であるが、「顔が見える」ためにうまく組み合わせる方向へと向かっている。

話を戻すが、グローバリゼーションという振り子の反対にあるのがローカライゼーションである。このブログにも「今、地方がおもしろい」と、今なお残る埋もれた地方文化、そのビジネスチャンスについて書いてきた。文脈的に言うならば、地方は「顔の見える共同体」、その生活についてである。産土(うぶすな)という言葉があるが、その土地固有の風土から生まれた産物を指す。今や祭りなどの行事のなかにわずかに残っている程度で、日常生活となるとせいぜい京都ぐらいとなる。その京都や沖縄は閉鎖的であると言われるが、「顔の見えない」よそ者にとってはそう映るのである。
IT革命が進行すればするほど、情報量が増えれば増える程、「顔の見える関係」づくりが重要な課題となる。その関係づくりだが、顧客関係の場合ポイントはそのほどよい距離間、いや距離感と言った方が分かりやすい。共同体であれば、そのサイズ・単位となる。このことの大切さを、あの3.11東日本大震災が教えてくれた。

以前ブログにも書いたことがあったが、近江商人の心得に「三方よし」がある。その近江商人の行商は、他国で商売をし、やがて開店することが本務であり、旅先の人々の信頼を得ることが何より大切であった。つまりよそ者がどう信頼をいかに得るかでその心得である。その心得は売り手よし、買い手よし、世間よし、であるが、この「顔の見える」在り方を見事に表現している。売り手と買い手は顧客関係であり、世間とは共同体のことである。この心得で一番大切なことは何か、それは今昔にかかわらず、商人にとって何よりも大切なものは信用である。その信用のもととなるのは正直であると。つまり、情報こそ正直でなければならないということだ。
その共同体が「顔の見える」共同体として再構築が進んでいる。前述のFacebookやTwitterもそうであり、アナログ世界で言えば、地方の街起こしやB1グランプリなどもそうである。過剰な情報に振り回される、わかったつもりがそうではなかった、・・・・こうした経験を踏まえ、新しい共同体の一員としての生活へと向かう。(続く)

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2012年1月 4日 (水)

総デフレ時代の着眼  

ヒット商品応援団日記No522(毎週更新)   2012.1.4.

新年明けましておめでとうございます。
例年であると新聞各社の元旦号を斜め読みし、どんな一年となるのか私見をブログに書くのだが、3.11を始めとした日本の危機については多くの専門家によって昨年から語られているのでこのブログには取り上げないこととする。
私の専門領域は消費を通じた生活者研究であり、そこに見られる価値観の変化を見出すことにある。いわば選ばれる理由は何か、を明らかにすることである。そして、5年程前から再三再四ブログに取り上げてきたのが価格戦略、低価格にどう立ち向かうのかであった。

ところでデフレの定義であるが、OECDによると「一般物価水準が継続的に下落する情況」をデフレとしているが、こうした価格価値が下がり続ける経済の問題としてだけではなく、あらゆる面において旧来価値の下落が取り巻いていることを指摘してみたい。
価値の下落によって引き起こされる混乱、あるいは混沌について様々な変化事象が起きている。その象徴である地価は下がることはないとされてきた銀座の地価が下落した。銀座を代表する百貨店とインポートブランドによってつくられてきた街の風景に、ユニクロやH&Mといったファストファッション、カジュアル衣料量販店のフラッグショップが続々と出店し街の風景を一変させた。つまり、グローバル市場の象徴都市である東京銀座は、ある意味世界の主要都市と同様となった。

価値の下落、その価値とは従来価値あるとされてきたものの下落である。その冴えたるものの一つが情報であろう。周知のように、インターネットによるブログやYouTube、あるいはツイッターといった個人情報局の出現によって、既存メディアによる情報価値は総体的に下落した。例えば、その象徴例が既存雑誌が部数を落とし、あるいは廃刊していくなかで、宝島社の付録付き雑誌が部数を伸ばし、他の雑誌社も付録付き雑誌の発売へと追随した。書店は情報販売と共に、多様なグッズの販売をも引き受けることとなった。

実は高度情報化社会とはあらゆるものがメディアとなることが出来、情報を発信することができる社会のことである。街も、人も、ファッションも、勿論商品も、情報発信メディアとなる。そして、一挙にあらゆる世界に情報が押し寄せてくることとなる。ビジネスは勿論のこと、学校にも、家庭やコミュニティにも、人が集まるところに凄まじいスピードで駆け抜ける社会となった。
情報発信者はこうした量的にもスピード的にも、勝ち抜き伝達すべく、更にこれでもかと情報を発信する。過剰な情報、過剰な言葉が行き交い、演出というやらせが多発し、誰よりもどこよりも早く発信するためにメッセージは圧縮され、キーワード化されスピードを競うこととなる。結果、どんなことが生まれてくるか。圧縮されたメッセージ、その内実、深みの無い上滑りなメッセージとして「わかったつもり」となる。
言葉のデフレである。ここ10年程の政治の世界を見れば政治家の言葉の軽さだけではなく、自らメディア足りえる為にTV番組に露出することだけを求めて出演する。つまり、選挙は人気投票になってしまったということだ。そして、選挙民も過剰な期待を政治家に求め、それが過剰であるが故に時間経過と共に支持率は下がり、5年間で6人の総理大臣を誕生させることとなる。

「わかったつもり」が過剰を加速させてしまっているということである、このことに生活者は次第に気づき始めて来た。断捨離の勧めもそうであるし、ヴァーチャルからリアル体験もそうである。つまり暮らしに何が必要か、削ぎ落とし、更に削ぎ落としてなお残るもの、本質を求めるようになってきた。本質という言葉を、例えばこれだけは好きで好きで手放せないもの、これさえあれば他はいらない、そんな消費態度に置き換えてもかまわない。
更に言えば、オリコンによる昨年の音楽ランキングではAKB48が上位5曲を占め、大人にヒットした曲がなく、相変わらずCDは売れない状態が続いている。しかし、音楽そのものの不況ではなく、ライブハウスはどこも一杯であるし、ライブコンサートには多くのフアンが押し寄せている。何故か、音楽の本質はライブにあるという至極当たり前のことに気づいたからである。上位5曲を総なめにしたあのAKB48も会いに行けるアイドルとして秋葉原のビルに常設舞台を持っている。
こうした本質に戻る動きを更に強烈に教えられたのが、3.11である。節電を始めとした「省」のライフスタイルへと向かうのだが、あの被災地の衝撃に対し、豊かで便利な都市生活への原罪意識がどこかにあったことも事実である。

ところで日本には「用の美」という考え、いや美学思想がある。勿体ない精神の根底にある美学、使い続ける美学、生活美学。少し理屈っぽくなるが、使われ続けるという時を積み重ね、何層にも積み重ねられた顧客の使用価値集積の美学と言った方が分かりやすい。そこには「あっ」と驚くような美はないが、何故かしっくりする、手に馴染む、変わらないけれどそれがうれしい、そんな美への共感である。食で言えば、変わらぬ味、ふっと和む味、何度食べても飽きない味、そんな表現となる。そうした美への共感を元に、実は「信用」が生まれてくる。私たちは、それを「暖簾」と呼んできた。暖簾をブランドに置き換えても同じである。それは大企業であれ、商店街のお惣菜屋でも同じである。大きな価値潮流に置き換えて言うと、トレンドライフから、ロングライフへと価値の転換が起き始めているということだ。3.11はそうした物の本質価値を思い起こさせてくれた。節電を始めとした節約がキーワード化されてきたが、その根底にある価値観は、使い捨て消費文化から、使えば使う程愛着が湧く消費文化への回帰であろう。

この「用の美学」と相通ずるのが「用の技術」である。日本の製造業を支えている中小下町工場の職人技術と言った方が分かりやすい。それは技術を超えた、職人芸に入っている。こうした「技」は製造業だけでなく、農業にも、漁業にもある。農作物の品種改良、高品質な肉牛、・・・・・・・世界に誇れる輸出商品となっているのはこうした技によってだ。あるいは今回の東日本大震災の大津波によって壊滅的になった牡蠣養殖を見ればどれだけの技によってなされているか分かるであろう。豊かな海づくり、その養分であるプランクトンは、まず山に木を植えることから始め豊か栄養豊富な海をつくる、そんな漁業法は日本だけであろう。

日本社会はこうした職人社会によって今日がある。問題は、こうした技や方法を新しい市場へとマーケティングしてこなかったということだ。多くの場合、職人は寡黙である。社会に横溢する過剰な言葉は寡黙を更に進め沈黙へと向かう。そして、ともすると埋もれた宝に気がつかないで通り過ぎてしまう。地方を歩くとわかるが、いくらでも磨けば宝物となる素材はある。
失われた20年と言われるが、その根底にあるのが「成長」という視座である。財テクの失敗を今なお引きずっていたオリンパスを見るにつけ、ガバナンスの問題であると指摘されているが、その根底には成長神話があったと考えている。原発への安全神話だけでなく、既成を取り囲む多くの神話を自ら壊すことが必要な時代である。

以前、潰れない会社の持続力は何か、という内容のブログを書いたことがあった。周知の世界最古の企業金剛組という宮大工の会社についてである。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている会社である。日本にはこの金剛組を含め、創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でなんと14社しかない。
当然の如く、「なぜ、日本だけ老舗企業が生き残るのか?」という疑問が湧いてくる。結論から言えば、根底には継承されるに足る「技」と「人」がいたということである。

過剰が取り巻くデフレの時代にあって、取り戻すべきはこうした本質回帰である。本質回帰などと言うと、何か構えてしまいがちだが、好奇心をもって顧客を、市場を観察してみることから始めれば良い。何が見えてきたか、日頃見えてこなかったものもある筈だ。保有する技は役に立つか、役立つためには更にどんな技が必要か、こうした知恵が「次」へとつながる。そこにこそ成長がある。日本に少し前までごく当たり前であった商人・職人の心構えや技に着眼すべきということだ。(続く)

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2011年12月16日 (金)

2011年ヒット商品番付を読み解く 

ヒット商品応援団日記No521(毎週更新)   2011.12.16.

2005年夏に始めたブログも6年半近く経過した。スタート当初は理屈の多いブログであったが、次第に「消費の変化」を通じて、経済ばかりでなく、社会や文化の変化・推移を見ていくといったスタイルへと変化してきた。そのなかでも、日経MJのヒット商品番付は全てではないが、時代を映し出しているものの一つである。
ところで2011年上半期には東西横綱に該当するヒット商品はないとした日経MJであるが、今年の横綱をはじめ主要なヒット商品は以下とした。

東横綱 アップル、 西横綱 節電商品
東大関 アンドロイド端末、    西大関 なでしこジャパン
東関脇 フェイスブック、西関脇 有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)
東小結 ミラーイース&デミオ、   西小結 九州新幹線&JR博多シティ

2011年度の新語流行語大賞、あるいは世相を表す恒例の一文字「絆」も東日本大震災に関連したものばかりである。つまり、ライフスタイル価値観そのものへ変化を促すほどの大きな衝撃であったということだ。西の横綱に節電商品が入っているが、例えば扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料が売れただけではなく、今は暖房こたつや軽くて暖かいダウンが売れている。震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといった情報端末やサイトの活用。震災復興の応援ファンドにツイッターが使われたこと等、スマートフォンやタブレット端末も震災との関連で大きく需要を伸ばすこととなった。

震災から9ヶ月既に年末商戦に入っているが、百貨店を始めほとんどの流通のテーマは世相を表す「絆」ではないが、人と人とを結びつける商品や場づくりとなっている。阪神淡路大震災の時と同様に、東日本大震災後婚約指輪が大きく需要を伸ばした。こうした消費は一つの象徴であるが、母の日ギフトや誕生日ギフトなどいわゆる記念日消費に注目が集まった。
あるいは家族や友人といった複数の人間が一つ鍋を挟んだ食事は、家庭でも居酒屋でも日常風景となった。こうした傾向、「絆消費」は一過性のものではなく、今後も続くであろう。そして、前回も書いたが「国民総幸福量」の国、ブータンの国王夫妻の来日は、人と人との絆、その精神世界にこそ幸せがあることを再確認させてくれたということだ。

日経MJでは取り上げていなかったが、東日本大震災によって新たに生まれた市場が自己防衛市場である。「絆」とは真逆のように見えるかもしれないが、自然災害などに対しては自らを守る志向が極めて強く出てきている。防災グッズは言うに及ばず、電気自動車を蓄電池代わりとする。帰宅難民化に対処するために自転車が飛ぶように売れ、避難住宅にもなるとしてキャンピングカーまで売れ行きを伸ばした。また、主婦感覚とでも言うべきなのか、賞味期限の長い日持ちする商品が売れている。ソーセージなどがその代表であるが、従来鮮度価値の日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
ところで、液状化を恐れ売れ行きが難しいとされた東京湾岸の高層マンションが意外にも好調な売れ行きを見せている。液状化への更なる地盤対策、あるいは地震による周期地振動対策、・・・・・多くの教訓を踏まえたものであるが、なんと言っても都心から歩いて帰宅出来る点が再認識されたようである。

また、福島原発事故による放射能汚染に対する自己防衛策は子育て中の母親を中心に防衛のための活動が活発化した。放射能汚染が広範囲に渡ることが明らかになった3月末、私は放射能の線量計がヒット商品になるとブログに書いたが、残念ながら現実のものとなってしまった。そして、汚染された農畜産物、水産物といった食への不安は、二転三転する政府の安全基準にあって自ら基準を持つ生活者が増えてきた。
マスメディアを含め、「風評被害」という一言で全て片づけてしまうが、こうした「不確かな情報」こそが、風評を産む原因になっている。やっとここ数ヶ月前から「汚染の見える化」が小売店頭において始まった。繰り返し言うが、命にかかわるような重要なことで、しかもあいまい・不確かであった時、うわさは生起し、しかも連鎖し続ける。その連鎖の先は元となった情報とは全く異なったものとなる。それを私たちはうわさではなく、デマと呼んでいる。

ところで東日本大震災の衝撃によって見失いがちの消費がある。それは西関脇に入った有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)であり、九州新幹線の開通による効果も踏まえたJR博多シティという2つの商業施設である。特に、有楽町ルミネについてはその出店専門店の顔ぶれを見てそれなりの売上をあげるであろうと思っていたが、旧西武百貨店との時とは全く異なった館内レイアウト&動線のつくりがプロの目から見てもうまくつくられていると感じられる。特に、A館とB館をつなぐ動線のつくり方などがそうで、従来のおおざっぱな売り場づくりとは正反対のディテールにも美意識が感じられるものとなっている。また、JR博多シティを見てきた友人の感想であるが、九州ならではの未だ知られていない食の専門店がかなり出店していて、金太郎飴の如き顔ぶれの専門店集積SCとは一味異なっているとのこと。両SCは勿論コンセプトも異なるものであるが、次なる消費を踏まえていることは間違いない。
3.11以降いくつかの商業施設を見てきたが、東京においては11月ぐらいからかなり旺盛な消費が見られ始め、この12月に入り、昨年より良い売上の商業施設も出てきている。年末には2012年度の消費傾向をまとめの意味を含め書いてみたい。(続く)

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2011年10月19日 (水)

居心地の悪い空気感

ヒット商品応援団日記No520(毎週更新)   2011.10.19.

ブログの更新に大分時間が経過してしまったが、前回「安全の見える化」というタイトルで原発事故による放射性物質の拡散による検査結果を具体的な数字をもって表示することが安心・信頼獲得への道であると書いた。その後、やっと日経MJ(10/12号)はどこまで検査数字を表示したらよいのか小売現場では困惑していると取材レポートがあった。この取材のなかで「通販生活」で知られているカタログハウスではチェルノブイリ事故後ウクライナが制定した安全基準に基づいた基準、放射性セシウムは果物では1キロ当り70ベクレル以下、野菜は40ベクレル以下とし、検査数字を店頭表示している。ちなみにこのカタログハウスの基準値は日本政府の暫定規制値500ベクレルと比較してかなり低く設定されている。更に、あのエブリデーロープライスを実現した中堅スーパーのオーケーでは消費者の要望から野菜・果物については西の地域の商品仕入れとし、割高となった物流コストから価格表示にはその旨を説明し了解を求めるといった店頭表示としている。前回私が指摘をしたように「安全の見える化」が始まっているということだ。

また、先日東京世田谷の区道で高い放射線量を計測したとして詳しく調べて欲しいと市民団体から区に対し要請があった。詳しく調べた結果、幸い放射性物質がラジウムであったが、横浜市港北のマンション屋上など3カ所からはストロンチゥムが検出され、千葉船橋市の公園ではセシウムの線量の高い場所が発見され除染された。更にその後都内葛飾区や足立区でも同様のいわゆるホットスポットが見つかった。既に多くの住民、市民団体が線量計を持って調べに向かっているということである。本来であれば行政が行うべきことであるが、汚染が広域に広がっていることは分かっており、一種の自己防衛策であるが、行政と住民とが一つの仕組みとして汚染マップを作り、除染も住民が行えるところとプロに任せるところを明確にして実行しなければならない。

市場は心理化されていると何度かブログにも書いてきたが、情報の時代ならではの特性である。心理を動かすもの、それは情報に他ならない。情報のあいまいさ、不可解さこそが不安の源となる。そして、不安はそのままであれば更に増幅される。こうした不安を払拭するには、今回のような放射能汚染の場合、自らが除染という行動に向かい、しかも除染後の線量が低くなる実体験によって不安は解消される。放射能という見えない世界を除染後の数値変化をリアル体験、見える化体験することによって安心が生まれるということである。
もう一つの方法がソーシャルメディアの活用であろう。但し、このインタラクティブなメディアも少し前のやらせブログではないが、生半可な会話であると逆効果となる。一対一の徹底した会話によって、あいまいさ、不可解さを払拭していくことである。米国ではソーシャルメディア担当者の人件費に見合う効果が得られているか、といった投資評価のスタディが進んでいる。IT活用であれ、アナログな店頭でのコミュニケーションであれ、深いコミュニケーションが必要な時代であるということだ。

ところで7月から始まった節電を義務づける電力使用制限令が解除され1ヶ月半ほど経過した。解除から1〜2週間は駅も電車内も明るくなり、エスカレーターも動き、以前のような日常に戻ったなと、あるいは節電による暗さも我慢できる範囲内で慣れればそれほど違和感はないなといった感想をもったが、3.11以前のような活気のある街、一種の喧噪感のようなものはまるで感じられない。iPhone4S発売の行列にも、有楽町駅前の阪急メンズ館やルミネのリニューアルオープンにも、それなりの話題はあるのだが、どこか澱んだ空気に包まれている。
物が売れていない訳ではない。8月度の百貨店協会のレポートにもあったが、例えばロレックスのような高級時計も売れ始めており、永く使えるお気に入り商品への消費も戻って来ている。しかし、3.11の衝撃の裏側では年金の支給年齢の引き上げやG20では消費税を10%とする国際公約が発表され、消費が更に停滞・収縮する政策が進んでいる。こうした漠とした不安と共に、気持ちの落ち着き場所が定まらない、居心地が悪い、そんな空気感が社会に漂っている。(続く)

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2011年9月23日 (金)

安全の見える化 

ヒット商品応援団日記No519(毎週更新)   2011.9.23.

台風15号が首都圏を始め関東地域を縦断した。東京では山手線の運転が見合わせられ、ほとんどの私鉄も同様で帰宅時の足がほとんど失われ、3,11ほどではないが、タクシーやバス乗り場には帰宅難民ではないが長蛇の列となった。しかし、3.11の時のような突然何が起こったのかとした自然への畏れのようなものを感じることはない。防災への慣れといったことではなく、自然とはこうしたことも引き起こすものであるとの認識、自然をやり過ごす考えがあり、極めて落ち着いた日常的な出来事ですらある。ツイッターでは動いている交通機関情報や格安飲食施設やカラオケボックスの情報交換など、3.11の時とは異なる行動が多く見られた。

ところで本業が少し忙しくなったせいかブログの更新が遅れてしまった。この間、東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪を、 「京都五山送り火」で燃やす計画が放射能汚染を理由に中止された。風評被害に苦しむ福島県の生産者を支援するため、福岡市 の大型商業施設「マリノアシティ福岡」内に17日オープンする予定だった同県産品の専門店 が、計画中止に追い込まれた。更に、愛知・日進市の花火大会では、打ち上げが予定されていた福島県の花火が、放射性物質を心配する市民からのクレームで中止となった。市民から「放射能で汚染された花火を持ち込むな」といった抗議の電話やメールが20件以上寄せられたためであった。同時に、京都市の場合には何故中止といったことまでやるのか、やりすぎであるといった逆の抗議が寄せられたという。

放射能汚染に対する地方との情報格差と言えばそれで終ってしまうが、子どもを持つ母親とそうでない人間との認識の違い、3.11の受け止め方の違いが浮かび上がってきている。その根底にある原因は何か、それは原発事故、メルトダウンや放射能拡散の事実を結果として隠蔽した政府や東電にあるのだが、京都の場合も、福岡も、愛知の日進市の場合も、全て良かれと思って東北応援をした人間と、一方放射能汚染におびえる母親とが衝突する事態に至っている。
放射能に対する安全基準の不確かさが全てに基因している。国の基準では年間1ミリシーベルトとしているが、いや1年5ミリだいや年20ミリであると。しかも、それら基準は日本全国全てであるのか、半年も経過しているにも関わらず、それら数値は「暫定」のまま、つまり不確かな状態が今なお続いている。

以前、「うわさの法則」を引用しながら、その情報が命にかかわるような重要なことで、しかもあいまい・不確かであった時、うわさは生起し、しかも連鎖し続ける。その連鎖の先は元となった情報とは全く異なったものとなる。それを私たちはうわさではなく、デマと呼んでいる。
こうした不安心理がまん延する社会にあっては、例えば放射性物質の汚染情況について、「安全です」、「安全基準値以下です」といくら言っても不安は解消されはしない。パニックを起こさないためという理由から放射能汚染の拡散情報、スピーディのシュミレーション情報の開示を送らせた政府に対し、不安ではなく不信の塊となっているのだ。子を持つ母親の心理を考えれば、不安状態は続いている。

こうした市場にあって、ユニークな経営を行っている雪国まいたけが従来から行われてきた残留農薬や重金属に加えた放射性物質の検査結果を流通業者だけでなく、一般消費者にも日々公開すると広告において告知した。つまり、汚染の検査結果を数字で公開するというものである。その公開した数値を購入の判断基準にしてもらうということだ。つまり、不信社会にあっては、具体的な数値をもってしかコミュニケーションできないということである。その数値自体に嘘があったらどうするのだという声が聞こえてきそうであるが、少なくとも「基準値以下です」と表示することよりかは具体的数値の公開の方が信頼されるということである。福島原発事故後、放射能の線量計がヒット商品になるであろうとブログにも書いたが、その通りとなり、線量計を持つ母親がかなりの数に及んでいることを考えれば、生産する側も、流通する側も、最早自主検査の数値をも公開せざるを得ないところまできたということだ。

放射能汚染の程度を判断する安全基準だけでなく、自らの基準を持つことは成熟への第一歩である。それはお気に入りであることの前に、安全という基本欲求を自ら設定し、納得することが最大関心事となった。その納得とは何か、それは専門家の理屈ではなく、明確な数値で示すことである。見えない不安や恐怖を明確に数値化すること、いわゆる見える化が消費現場に要請されている。
安全というキーワードはこれからも続く。その後公開されたスピーディのデータを見ても分かるが、汚染は極めて広範囲である。ばらまかれた放射性物質は80京ベクレルという想像することが出来ない量である。つまり、これからもこの課題は続くということである。福島は桃や葡萄を始めとした果物が美味しい産地である。観光農園も盛んであるが、残念なことに桃狩りなどを楽しむ客は激減していると聞く。東北や北関東の山はキノコ狩りのシーズンであるが、各自治体は注意を呼びかけているという。魚介類の汚染情況について最近は情報に接することがない。小魚から大きな魚へと、いわゆる食物連鎖によって放射性物質はどの程度蓄積されているか、漁協の力を借りて行政は検査分析をしていると思うが、是非とも具体的数値をもって安全を語って欲しい。
生産する側も、流通する側も、そして消費する側も、その接点に置かなければならないのが、「安全の見える化」である。風評被害を防ぐためにも、安心を得る為にも、あいまいな表現ではなく、数値をもって安全を表現しなければならない時代だ。(続く)

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2011年9月 5日 (月)

流行歌(はやりうた)が聞こえない

ヒット商品応援団日記No518(毎週更新)   2011.9.5.

東日本大震災への義援金が、8月23日現在約250万件、2816億円を超えたと報じられた。昨年末から今年にかけて、児童養護施設に「伊達直人」を名乗る人物からランドセルを始めとしたプレゼントが送られ、そうした善意が連鎖しタイガーマスク運動になった。その時感じたのだが、日本人はなんとシャイで照れ屋が多いことかと。無縁社会が流行語になるようなバラバラ社会にあって、互いにタイガーマスクという記号を使って匿名のままつながりあう現象であったが、東日本大震災はそれとは異なる次元のものであった。シャイも照れもなく、3.11の光景は我が身の痛さとして突き刺さったからだ。その痛みとは目の前で、多くの命、家族や知人・友人の命を持ち去ったことへの痛みであり、更に家屋も、学校も、車も、町も、生活の全てを持ち去った自然そのものへの畏れが痛みとして突き刺さったということでもある。そして、その痛みが義援金や現地ボランティアへと向かわせた。
その痛みが今なお続いているからであろうか、歌が聞こえてこない。多くのミュージシャンやアーチストが被災地を訪れ、支援のコンサートなどを行っている。被災した人達へ、ひととき心安らいで欲しいという意味で貢献しているとは思うが、被災者と無名の応援者とを結ぶ、そんな応援歌は未だ生まれてはいない。

戦後生まれの団塊世代の私でも物心つく年齢になると、まだがれきの残る東京の荒廃した風景のなかに多くの流行歌(はやりうた)が聞こえていたことを覚えている。美空ひばりを筆頭に、春日八郎、三浦光一、三波春夫・・・・戦中を経験してきた私より上の世代にとってはこうした歌手による歌が応援歌になっていた。私の世代と言えば、その後の米国文化の象徴であるエルビスプレスリーやベンチャーズによるエレキブームとフォークソングであろう。
歌は時代を映し出すとは、表には出てこない生活者の心の底にたまった自分では解決出来ない澱んだ何かを歌によって何十分の一、ほんのひととき気持ちを楽にしてくれるものの一つであった。心の底に澱んでいたものは「自分」を超えた時代そのものが持つ、故郷への想いであったり、別れであったり、男と女の愛憎などをテーマとしたいわゆる歌謡曲の時代であった。また、そうした世界の裏表の関係として水前寺清子の「365歩のマーチ」のような希望や夢をテーマとした曲も広く流行った。
歌謡曲が日本人がもつ繊細な心情のひだを歌い上げたのに対し、フォークソングやロックはストレートなメッセージソングとして歌謡曲とともに流行った。福島原発事故後、反原発のロック(「SUMMER TIME BLUES」)として2年程前に癌で亡くなった忌野清志郎が注目されたが、時代をどう生きるか、ストレートなメッセージとして歌っていた。私の場合、忌野清志郎と言えば、代表曲「雨あがりの夜空に」が好きあるが。同時代を今なお生きているあの吉田拓郎は、ありのままの自分でいいじゃないか、時に疲れたら少し休もうじゃないか、というメッセージソング「ガンバラないけどいいでしょう」を最後に音楽活動を卒業した。

卒業と言えば、3年半程前になるだろうか、アンジェラ・アキが歌ったNHKの全国学校音楽コンクールの課題曲「拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです」を思い出す。未来へと旅立つ中学生への応援歌「手紙」という曲であるが、まだそんな応援歌は出てきてはいない。
そもそも言葉の原初的発生は、最初はまさに音であった。うれしかったり、悲しかったりそうした感情は音、つまり表音としてあった。そうした音を人類は表意として、地域ごとに時代ごとに言語として制度化してきた。そうした意味で、音楽は原初としての言葉であった。この時代に言葉を与えてくれるミュージシャンは未だ出てきてはいない。まだまだ痛みは強く言葉にならないということだろうか。

亡くなった作詞家阿久悠は、晩年「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念した。しかし、3.11後の光景は痛みとともに、共助の光景をも見せてくれた。大津波は自助できるものを大きく超えたものであった。更に、頼りにすべき行政機関も津波で持ち去られ、残るは生き残った人々の共助だけとなった。多くの場合こうした災害後には略奪などが横行するのだが、日本の場合は互いに助け合う共助へと向かい、世界中から賞讃された。阿久悠は「心が無い」時代に歌うことはできないとしたが、実は心はあったのだ。

忌野清志郎が歌う「雨あがりの夜空に」の歌詞に次のようなフレーズがある。
・・・・・・・・・・・・
こんな夜におまえに乗れないなんて
こんな夜に発車でないなんて
こんなこといつまでも長くは続かない
・・・・・・・
Oh雨上がりの夜空にかがやく
Woo雲の切れ間に
散りばめたダイヤモンド
・・・・・・・・・・

そして、忌野清志郎は私たちに「どうしたんだHey Hey Baby」と投げかける。乱暴だが、とてつもなく優しい。そんな応援歌が待たれている。(続く)

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2011年8月 9日 (火)

多極多様がせめぎあう世界

ヒット商品応援団日記No514(毎週更新)   2011.8.9.

今なお被災地では日常を取り戻せてはいないが、首都圏の都市生活者はその消費を見ても分かるように日常へと戻って来た。3.11から5ヶ月近くになろうとしているが、日常に戻るのと併行し周りを見渡すと世界はその変貌の度合いを更に強めていることが実感される。
米国債のデフォルト(債務不履行)をテーマに米国内の政局が注目され、結果は周知の通り民主・共和と政府との間で妥協がなされこれで一段落かと思ったが、やはり米国経済は予想通り悪いということが米国債の格下げにも見られるようにはっきりした。結果、ドル安・円高基調は変わず、しかも世界株安となった。ギリシャを筆頭に欧州もそうであるが、3年近く前のリーマンショックはまだまだ続いている。東日本大震災の情報に埋もれてしまっていたが、北アフリカから始まった旧体制への変革の波は今なお続いており、シリアでは反体制派と政府との間の衝突で多くの死者が出ている。世界の政治も、経済も、多極化という不安定さは変わらない。

少し前に震災復興担当大臣が暴言を吐いたとして辞任したが、その辞任は当然ではあるが、村井宮城県知事に対し宮城県の漁業再生のための特区構想について漁業関係者間の異なる意見調整をするようにとの会話が報道されていた。暴言ばかりが報道されていたが、実はこれからの漁業をどうすべきか、大きな問題提起をしていた。一言で言えば、競争力のある漁業とするために大手資本の進出を認め、産業として漁業を育成するのが特区構想の狙いである。つまり、津波によって船を失った漁業者は会社組織のサラリーマン漁師になるということである。一方、零細ではあるが、代々続けてきた沿岸漁業をいち早く始めることを復興の狙いとする漁業者もいる。漁業は生活の糧ではあるが、それは単なる収入だけの問題ではなく、生活そのもの、更には生きざまとして考えている。全てを奪い去った海に対し、憎いが海にまた出るとコメントした漁師がいたが、まさに生き方そのものである。

このことは漁業だけではない。農業も全く同様の問題を抱えている。結論から言えば、産業としての大規模農業を志向するのか、それとも特にお米の自給率を保持する為に他国と同様に一定の農家支援策のもとで農業を続けていくのか。しかし、漁業と同様に農業もまた後継者不足で耕作放棄地の問題は周知の通りである。この膨大な耕作放棄地をソーラーパネルで覆い尽くし、太陽光という再生エネルギー発電事業を立ち上げようとしているのが、あの孫正義氏である。
そのエネルギー政策であるが、このブログでも取り上げたが、自然エネルギーを巧みに取り入れた地方自治体もある。大分県では地熱エネルギーを主として25.24%を占め、小水力発電を主とした富山県では16.76%を自然エネルギーが占めている。ちなみに、東京はと言えば、わずか0.21%である。
福島原発事故によって、放射能汚染は直接・間接全国へと広がり、今なお被曝は続いている。そうした実態を見るにつけ、感情的には脱原発に向かうのが自然であるが、例えば先の漁業を産業として育成していくのか、それとも良き生活文化としてもその固有性を生かしていくのか、経済の効率、合理性といった同様の判断が求められている。いや、原発の問題はそれ以前に、善かれ悪しかれ地域経済に組み込まれている電源三法をどうするのか議論しなければならない。既に、あの南相馬市の桜井市長は、電源三法交付金を辞退すると発表した。受け取る市町村と辞退する市町村が出てきたということだ。どんな生き方をするのか、地域もまた多様である。

ところで、私は経済の専門家ではないが、日本の製造業はトヨタ方式と呼ばれる在庫を持たないサプライチェーンというシステムによって、更に安価なエネルギーのもとで、唯一国内生産・輸出産業を成立させてきた。ちょうど、日立製作所がTVの自社生産を止め、台湾企業に委託すると発表があったが、マザーファクトリーと呼ばれるように研究開発や人材開発といった先進技術を産み出す母なる工場は国内に持ったとしても、ライン生産の工場は海外へと移転される。つまり、否応無く更なる空洞化が進むということである。バブル崩壊後1990年代半ば、中小企業もこぞって中国や東南アジアに生産拠点を移したが、これを第一次産業転換と呼ぶならば、3.11を一つの契機とした空洞化・海外移転は第二次グローバル市場に向き合う本格的な産業の転換点となる。

話は変わるが、7年程前好きな沖縄に行き、地元の人達と話をしたことがあった。沖縄本島の南端糸満は漁師海人の町であると聞いていた。沖縄に行けば必ず食べる沖縄そばには必ずかまぼこが入っている。このかまぼこのほとんどの製造が糸満で行われている。かまぼこの材料となる魚はぐるくんという県を代表する小さな魚である。ところが、原材料となる魚のすりみはベトナムからの輸入であると聞いた。海人の後継者がいないうえに、漁のコストに見合う価格で取引できないという。その時感じたのは、日本全国隅々グローバリズムの波が押し寄せていると。

パラダイムチェンジ、価値観の転換が始まると書いてきたが、失われた20年と言われ続けて来た日本の構造、経済、社会、勿論政治もであるが、それら構造の転換が3.11によって進んでいく。トヨタやソニーといったグローバル企業はそのグローバルさを更に進化させていくであろうし、一方岩手三陸の漁師のように再び小船に乗りわかめ採りに出かける漁業がある。
私の考えはこうだ。両方あって良い、両方あるからこそクールジャパンと呼ばれるのだ。来年5月にオープンするスカイツリーが注目されているが、浅草雷門に立てば、スカイツリーを借景とした浅草寺もなかなかいいものである。戦後の復興がそうであったように、既成というがれきの山に立ち、第一歩を踏み出そうとしている。衝突・混乱は必至であるが、避けて通ることはできない。恐らく際限のない不安定さ、不確実さ、瀬戸内寂聴さんの言う無常、常ならずという時間は当分の間続く。(続く)

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2011年7月29日 (金)

自己防衛市場の更なる拡大

ヒット商品応援団日記No513(毎週更新)   2011.7.29.

福島原発事故による放射能汚染が稲藁を通じ汚染牛肉となって全国へと拡散している。3月の水素爆発による放射能拡散の実態をスピーディによる汚染地域情報として公開すべきであったことがかえすがえす悔やまれる。「安全です」と言い続けてきた政府・東電の情報がいかに嘘であったか、その後の被害の甚大さを考えてもその責務ははかりしれない。初動を間違えるとこのような結果となる。畜産農家も、漁業者も、福島県民も、あるいは全国の消費者も、その被害者である。
ほうれん草といった葉もの野菜から始まり、茨城沖の魚や川魚、神奈川の茶葉・・・・・広がる汚染は稲藁を通じて牛肉まで汚染が広がり、東京のみならず不安は全国へと拡散した。稲藁ばかりでなく、腐葉土や堆肥などからも基準値を超えるセシウムが検出されており、ベランダにまで定着した家庭菜園であるが、そこまで汚染の影響がでてきた。3月のブログにも書いたが、残念だが汚染は空気だけでなく、水、土も汚染されており、それらを通じて全国へと広がりを見せている。
以前、中国での農薬汚染が問題になった時、イトーヨーカドーを始め大手の流通は自主検査体制を整えたが、やっと放射能汚染に対しても安全が担保できる検査体制が整ったようだ。今回の牛肉汚染に対し、畜産農家も地方自治体も独自に全頭検査の実施を志向している。これも全て安全を求める自己防衛策であろう。

一方、消費する側にも以前私が指摘した自己防衛策、停電時に備えた家庭用蓄電池や防災グッズの代用となるアウトドア商品、こうした商品が売れているとブログにも書いた。そして、アウトドア用品ばかりか、震災に備える意味も含めキャンピングカーまでもが売れている。節電対策として衣料を始めとした涼感商品が売れているが、更に夏場を迎え火を使わない食品が売れている。通年夏場は揚げ物やフライものといったお惣菜が売れるのだが、今年は通年以上に売れている。更に、賞味期限の長い日持ちする商品が売れていると言う。ソーセージなどがその代表であるが、従来日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
つまり、常に鮮度・新しさを追いかけてきた消費は、何かが起きた時の備えにもなる、そうした防衛意識の働いた商品へと消費移行が始まっている。この傾向は2ヶ月程前に起きた富山の焼き肉店のユッケによる食中毒事件も影響している。以前であれば、新しさと変化を求めた鮮度型商品を買い求めたが、今は極力買うのを控えるという傾向が出てきた。節電ばかりか、無駄にならない商品、ストック型商品へと移行し始めているということだ。5〜6年前、未だ十分食べられる食品が年間2000万トン以上も廃棄されている実態に注目が集まったが、恐らく今や四分の一以下の廃棄となっているであろう。

食に顕著に表れた自己防衛市場の主要な変化は以上であるが、6月度の百貨店協会の発表にもあるように、高額商品も動き始め、東京地区の売上では震災後初めて昨年同月比がプラス(0.4%)に転じた。ところで、既に学生を始め夏休みに入ったが、残念ながら茨城といった海辺の行楽地は昨年と比較し激減しているという。一方、都内のプールは大盛況となっている。以前にもブログに書いたが、行楽には不安要素が0であることが大前提である。不安を抱えた行楽等あり得ない。
戦乱の世を終えた江戸時代中期、江戸を中心に五街道が整備され、平和気分が横溢し一大旅ブームが起きた。なかでも、お伊勢参りには多くの庶民が旅をした。特に、1830年のお陰参りには500万人もの人がお参りしたと言われている。当時の日本の人口が3000万人ほどであったから、6人に1人が伊勢に旅をしたことになる。これも不安の無い平和な時代であればこそである。
さて今年の夏休みの過ごし方であるが、都内のホテルはファミリーで盛況となる。また、安全が担保されている沖縄や円高を利用した海外へと向かうであろう。これも自己防衛的夏休みの過ごし方である。

話は戻るが、茨城の海水浴場では勿論のこと放射能汚染については毎日海辺や海水を線量計で測り、その安全性を情報公開しているが、残念ながら安心へと再びクールジャパンへと至るには多くの時間を必要とする。これは風評被害といったことではない。不安は政府・東電への不信の裏返しであり、3.11以降のていたらくさは心理の奥底に強く刻まれている。その不安心理を除去するには、いささか政治的になるが、汚染された土壌と共に汚染された情報をまき散らした現政権をキレイに除染することだ。つまり、汚染を隠し今日に至らせた現政権がいち早く変わることだ。少し前の共同通信の世論調査にも出ていたが、まずは70%もの人が管政権には早く辞めてもらうことと答えている。しかし、野党である自民党への支持率が民主党を超えたとはいえ、圧倒的な支持に向かってはいないことがこのことを明確に示している。新しい政権のもと、福島を始めとした北関東や東北といった地域の汚染除去に徹底して取り組むこと。更には宮城や岩手の遅れに遅れた復旧に取り組んでもらうことだ。
安全を確保するために、生産者も、流通も、地方自治体も独自な検査体制とその情報公開へと進んでいる。生活者も同様に自己防衛消費へと大きく舵をとった。(続く)

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2011年7月10日 (日)

2011年上期ヒット商品番付を読み解く

ヒット商品応援団日記No512(毎週更新)   2011.7.10.

日経MJから上期のヒット商品番付が発表されていたが、あまり見るべき消費傾向はないのでブログに書くのを止めようかと思ったが、書くことがないというのも大きな消費傾向の一つである。
書くことがないという表現通り、東西横綱に該当するヒット商品はない。勿論、3.11大震災の衝撃は消費に大きく反映し、日経MJは「世のため消費」と名づけている。
扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料、震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといったサイト、更には夜行バスでいくボランティアツアーや「メイドイン東北」といった支援消費、こうした震災による変化を「世のため消費」と名づけたもので、マスメディアが後追いで報道していた事象を取り上げたにすぎない。

ライフスタイル変化を促したのはこのブログにも書いてきた自己防衛商品群である。懐中電灯といった既存の防災グッズばかりでなく、アウトドア商品をも防災商品としたり、3.11夜の帰宅困難を経験した首都圏の人間にとってかかとの低い歩きやすい靴や通勤利用の自転車が販売好調であるように自己防衛市場の広がりは極めて大きい。そして、この市場に続々と新製品が導入されているのが家庭用の蓄電池である。LED電球が量産効果によって価格が下がり購入しやすくなったのと同様に、家庭用蓄電池も今以上に安くなればかなり普及していくものと予測される。
何故、こうした自己防衛商品が売れるのかは、東北被災地とは異なる震災体験、鉄道が止まり、電話も通じず、道路は渋滞麻痺、それに震度5強という地震体感をしたことと、その後の原発事故に対する政府・東電の情報隠蔽への不信が自己防衛へと向かわせた。こうした不信は今般の脱原発を巡るエネルギー政策の混乱に見られるように、企業も、個人も、更に自己防衛へと向かわせる。

特に、福島原発事故による放射能汚染の広がりがやっと分かり始めた。結果、福島だけでなく100Kmも離れた場所にもホットスポットが次々と見つかり、避難と共に汚染への影響を少なくするための除染や子ども達の体内被曝を始めとした健康対策が急務となっている。政府の無策に頼らず、市民自ら線量計をもって汚染状態を調べる行動へと向かわせている。こうした目に見えない放射線への不安や恐怖はどんな消費行動をとらせていくのか、自己防衛の広がりと深化が大きな課題となる。
まず、防衛の第一は食の安全である。3月末のブログにクールジャパンはダーティジャパンになってしまったと書いた。その中心は海外における「食」を想定したものであったが、最近では少しづつではあるが、訪日海外客も増えてきた。そして、海外での日本食レストランも踏ん張っているようだ。しかし、米国が福島原発を中心とした80Km圏からの避難を解除していないことを冷静に見ておかなければならない。その前に、国内のダーティジャパンをどう解決するかだ。昨日、新たな工程表が政府から発表された。廃炉までの時間を数十年とされている。つまり、福島県住民の人達が放射線汚染との付き合いと共に、ダーティジャパンというイメージともこれから数十年付き合い、そして払拭する努力、除染も当然であるが、内部被曝に対する対策、特に食の徹底した検査体制が必要になるということだ。

ところで日経MJが名づけた「世のため消費」の先には、私が予測し推測する新たな「公」づくり、新たなコミュニティづくりに向かうと考えている。そこにおける消費の在り方である。3.11によって、生産地=東北、消費地=東京という構図を日常の農水産物から電力までの在り方が再認識された。政治、経済における分散化がこれからの課題になると思うが、生活においては「どんな世」へと向かう消費となって表れてくるかである。私はそれを新しいLOHAS的ライフスタイルになるであろうと仮説した。
実はそのモデルは京都を始めとした地方には今なお残されている。復興構想会議の提言で唯一考えるに値するのが「減災」という考え方である。この「減災」とは何かを一言でいうと、過去先人達は生活のなかに地震や津波といった自然災害を少なくやり過ごす知恵を身につけてきた、そうした自然との付き合い方、知恵に学ぶということである。
これは自然との付き合い方であり、生活レベルで考えれば、例えば節電といった節約精神は京都では「勿体ない」とし、最後まで使い切る、生かし切る方法が日常化されている。都市では扇風機と涼感衣料となるが、暑い京都では風通しの良い壷庭のある住居構造であり、夏の風物詩となっている鴨川沿いの床(ゆか)もそうした涼をとる知恵である。自然をねじ伏せるのではなく、自然をやり過ごす、時には逃げる、そうした自然観が生活歳時のなかに残っているということである。

京都をそのライフスタイルモデルとしたが、地方に、歴史・文化に埋もれた知恵や工夫を掘り起こすことへと向かうであろう。10数年前に起きた和回帰のような表象部分を生活に取り入れるのではなく、生活思想として、自然思想としてである。クールジャパンの復活もこうした生活思想に依拠した時、世界に誇れる生活文化国家となる。
残念ながら、福島はダーティジャパンの象徴として世界からイメージされている。汚染された土壌や緑の除染、安全の取り戻しは不可欠であるが、もう一つ加えるとすれば、例えば避難地域となった飯舘村のように、手間ひまを惜しまない心を意味する「までい(真手)」が残る美しい生活文化を守ることだ。それがクールフクシマへの道へと至る。(続く)

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